101.後悔と再起(レイノルト視点)
「はぁ…………」
彼女が去った部屋で、一人ただ座り込む。とても腰を上げる気分にはなれず、先ほどまでの振る舞いを振り返ってはそれを考えるということを繰り返していた。
告げるのが早すぎたかというタイミングの根本的な問題からかける言葉、伝える言葉はあれで良かったのかという話まで、悩む話題はつきなかった。
どれくらいたったかわからない頃、ガチャリと扉が開いた。
「……大丈夫か、レイノルト」
(……何があったかわからないが、大丈夫なのか)
「………………いや」
リトスの問いかけに自嘲気味に笑いながら答える。その表情には心配する旨が全面に出されており、そんなに自分はひどい顔と雰囲気だったかと思う。
「姫君が馬車で帰ってから二時間くらい経ったのにまるで音沙汰がなかったから、心配になって来たんだ」
「…………そうか」
時間が経っていたことには特段何の感情も動かず、ただ静かに頷いた。
「そんなに沈んでるってことは……」
(まさか………………そうなのか?!)
「…………」
さすが長年連れ添った友人というべきか、起きた出来事を説明せずとも察知する能力は高い。
そして理解した瞬間、一気にリトスも落ち込みだす。自分以上に悲壮感があふれでて、逆に冷静になるほどだ。
「………………レイノルト」
「…………あぁ」
「凄く……辛いとは思う。今はゆっくり休んで、しっかりと心の傷を癒してくれ」
「心の傷…………」
何故かリトスは泣き出している。
「あぁ。姫君という存在が素晴らしすぎて、忘れることはできないと思う。でも俺は忘れる必要はないと思うんだ。だからな」
「リトス待て。……どういう意味だ?」
「どういうって…………言わせるなよ、直視することになるだろ! 傷をえぐるような真似は俺には」
「いいから、何の意味なんだ」
「うぅ…………失恋したんだろ、お前」
「………………」
明言しなかった自分に少し後悔する。怒るにも怒れず、先を行きすぎたリトスを何とも言えない表情で見つめる。
「だから言っただろぉ……直視することになるって」
その表情さえも捉え間違えられ、心の中で盛大にため息をつく。
「……勝手に人の恋愛を終わらせないでくれるか」
「悪い…………ってん? …………え!! 失恋じゃないのか!?」
「……まだ答えはもらってない」
「あぁ、そういうことか……!」
状況を正確に理解したリトスの表情は明るいものへと一転し、途端に笑顔になり始める。
「じゃあ大丈夫だな!」
「……何を根拠に言えるんだ」
「逆に何をそんなに落ち込んでるんだ。あんなに気持ちを渋ってて、ようやく伝えられたんだろ? 凄い進歩じゃないか」
「それは……そうだが」
もどかしくなった俺はリトスに先程までの出来事と自分の考えを説明した。
「……なるほどな。言いたいことはわかった。お前の気持ちも理解はできる」
「あぁ」
「でも俺からしたら良い判断だったと思うぞ。それも最高の」
「…………最高の」
その言葉に偽りがないことは、リトスの性格上よくわかっている。真意は尋ねるよりも先に自らの伝え始めた。
「まず時期だけどな、今しかないだろ。この先姫君の戦いは熾烈なものになる可能性が高いことは、第三者の俺にもわかる。決着がつくってことは、姫君の本当の姿が明かされることを意味する。そしたらセシティスタ国内の貴族がこぞって求婚するのは、お前もわかってるだろ」
リトスから放たれた正論が胸を貫く。頭で理解をして、行動に移したはずなのに不安が拭えないのだ。
「……生誕祭のあの日。彼女は本当に綺麗だったんだ。成長し、立ち向かう姿も相まって。……焦りの感情に拍車がかかったのはその時だった。他の誰にも取られたくないと、本気で思った」
「あぁ、渡すなよ。こんな変わった……んんっ、魅力的な令嬢は他にいないからな。……まぁ、セシティスタ国内のよく知りもしない貴族にうちの大公が負ける要素はどこにもないけどな」
「リトス……」
「だから安心しろ。そして自信を持て」
バンっと背中を強く叩かれると、少し笑みがこぼれた。
「あー……あと言葉だったか? 話を聞く限り姫君は驚くくらい鈍感で恋愛に無頓着なんだろ。それならストレートに言う他ないと思うが」
「……それは、伝えられたと思う」
「充分じゃないか」
どこまでもポジティブな思考に持っていってくれるリトスのおかげで、少しずつ気持ちが落ち着きを取り戻してきていた。
「……レイノルトは恋愛事になると極端に自信をなくすよな。別人レベルで」
「……そうか」
自分でもそれは薄々感じていた。それほどレティシアのことを想って、慎重に真剣に考えているからだと思う。
「まぁ、それくらい姫君にかけてるってことだろ。俺は嬉しいね、レイノルトが恋愛をしているだけで幸せだよ」
「……終わるかもしれないぞ」
「そしたらまたアタックすれば良いだろ。潔く身を引くのも大切だが、お前には姫君しかいないんだから。引く理由がない」
「それも……そうだな。砕けたらまた挑めばいい」
「あぁ。俺は結ばれるまで応援する」
「……頼んだ」
リトスと目を合わせて頷き合うと、軽やかに笑い合った。
すっかり気持ちも軽くなった状態で、彼女の答えを祈りながら待つことにするのだった。