第九十八夜 白里様
穢れた黄泉穴の底で、立花兄妹と佳乃は無事でいるのでしょうか。
ああ、私を呼ぶ声が聞こえる。
社殿の下にある穴の向こうから、おうおうと私を呼ぶ。しかし、その呼びかけに応じることはできない。いくら愛しき人の声であったとしても、鬼の声に岩戸を開く力はないのです。閉ざされ、隠されてしまっている。
散らばっていた泥状の鬼が寄り集まり、もぞりと動きます。その様子を丑寅の方角より眺めている死者たちの話を聞くといたしましょう。
角塔婆に宿り、見守る、あるいは眺めやるのは心水教の初代白里様です。同じく死者たる御船亜樹と語っておられます。
……ひひひ、面白いねぇ。
思わず見物に立ち帰ってきてしもうたわい。いまの世にこれほどの鬼が黄泉がえろうとはね。長年月、封じられておったがゆえに衰えることなく、かえって激しく熾火が燃えあがったのであろう。
いやはや、何が恐ろしいて人の情念ほど始末に負えないものもない。のう、そうであろう？
そちらの生前の名は御船亜樹と言ったか。娘御は龍樹と言うんだね。土蜘蛛を祖とする一族が連綿と伝えてきた最後の技か、楽しみだねぇ。ふむ、自らの初恋をもって娘御を縛ってしまったと言うのかい。
ひひ、自惚れるでないよ。
親はなくとも子は育つ。よく見てみよ。三郎の名を継いだ男が傍らについておるだろう。互いに好いておるのではないかね。やわらかな変化こそが生者の特権さ。
九相図を経て塵と化した死者は滅びるのみで変わらぬが、生者は母の想いも越えて変わっていくものよ。
御船龍樹に悠里の姉弟、そして三郎。
鼓の音はなくとも、真打ちの登場じゃ。この度、口寄せるは何者か。伊勢の大穴よりつながる先に呼びかけよ。いまこそ冥婚の時ぞ。呼べよ、呼べ呼べ、呼ばうがよい。何も恥じ入ることはない。人を想い、人を縋り、人を縛ってこその男女の理。その想いほどに身勝手で美しいものもない。
ひひひ、面白い、面白いねぇ。
