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第九十六夜 赤蛙


 神宮の舞女まいひめが感じた地鳴りは何であるのか。それは後ほど聞いていただくとしまして、まずは心御柱しんのみはしらについて、私の知る限りのことを。


 神宮の地の底に立てられたひのきの柱、それが心御柱しんのみはしらで御座います。貴人の背丈に合わせてあるとも言い、日本列島を支える柱であるとも言います。また別名を忌柱いみばしらとし、軽々にその名を口にしてはならぬとか。神霊の宿る木、即ち神籬ひもろぎの一種でもあります。


 多くの参拝客が祈りを捧げる先にある依代よりしろですから、それはそれは神聖かつ穢れたものに違いない。神宮の地下を這い進むものが何者か、同じく地下に潜む赤蛙あかがえるに尋ねてみると致しましょう。



……ぐじゅぐじゅぐじゅと這って行った。


 地上が美しければ美しいほど、地下はけがれを溜め込むもの。だが、それが心地良い。湿って腐って、汚れて匂って、それが心地良い。


 そうさ、人間どもが捨てた穢れは地下にもぐる。消え失せるわけじゃねぇ。俺たちみたく地に潜む腐れものたちのえさとなるのさ。美しい小町も太夫も、死んで腐れて餌となる。九相図くそうずなんて大層なものを持ち出すまでもねぇ。犬が喰わずとも俺らが喰う。うじの苗床、きのこの寝床、西太后の尻からひり出された満漢全席の如く。ああ、くせぇ、くせぇ、くさくてうめぇ。腐った溝川どぶがわにこそ俺たちは生きている。見上げた空の美しさなんぞ糞食らえ。


 ああ、くせぇ、うめぇ。人の不幸は蜜の味、特にこいつは一級品。濃厚な黒蜜みてぇだ。


 腹を掻っ捌き、瀕死の男が救いを求めて這うように、ぐじゅぐじゅと這って行きやがる。跡に溢れたへどろみてぇなものを、ちょいと舐めてみるがいい。ああ、くせぇ、くせぇ、くさくてうめぇ。


 じかに喰ろうてやりたいところだが、そいつは危ねぇ、やりたくねぇ。こいつは鬼の残骸さ。飢えてなじられ潰されて、それでも死にきれぬ、彼の世に行ききれぬのろいの塊。うっかり近付けばこっちが喰われちまう。そいつはごめん、まっぴらさ。


 目も耳も鼻も口も削ぎ落とされた人面豚は、恨みのほかになにを抱く。暗闇の底に浮かぶ光を求めるように心御柱しんのみはしらを求めているんだろう。


 ぐっ、ぐっ、と俺の鳴き声みたいな音を立てて這う鬼が神の依代に宿れば何が起きるか。こいつは見ものだ。木戸賃きどちんを払う価値もあり。さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、欲得にまみれた清き地の、そのまた底の地の底で、鬼が宿るは忌柱いみばしら


 人間どもの祈りといい、願いといい、望みといい、妬みといい、怨みといい、呪いという。穢れた心をたんまりと吸った御柱みはしらからは、腐ったへどろが樹液の如くしたたり落ちるに違いない。


 畜生と堕ちてなお世を呪うその声は、怨み、妬み、さてまたすがりつくものに違いない。根の国へ落ちる時、此の世のすべてを道連れにしようというのか。この島を支える柱も根腐れしてはたまるまいて。


 神籬ひもろぎに鬼が宿れば、それはそのまま、いかさまに身の破滅。さてはて俺たちがどうするでもなく、どうできるでもないが、未曾有みぞうの地震か飢饉か擾乱じょうらんか、さあさあ、高みの見物と参りやしょう。



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