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第八十三夜 六郎


 うわばみ殿には申し訳ないけれど、その連れ合いのくちなわ殿は、我が姉の手にかかって死ぬこととなったのです。


 もっとも、その姉の連れ合いのわたり殿をあやめたのもくちなわ殿であり、お互いさまでもありました。いずれもただ生き延びようと足掻あがいていたに過ぎぬというのに。


 暗い穴の底での殺し合い、最後に生き残ったのは私たち姉妹です。


 わたり殿の残した秘薬によって仮死状態となった私を残し、姉のかさねは生き残った最後の一人として洞窟の外へ向かいました。そこには御船みふね一族の腐れ術士ども、また多くのつわものらが手ぐすね引いて待ち構えております。姉ひとり逃げるだけなら逃げおおせたに違いないのに、私を助けようがために、外の連中を鏖殺おうさつせんというのです。


 舌も動かぬ仮死状態のまま、死なないでと願う私に向かって、姉は八重歯を突き出して嗤うのでした。あたしを誰だと思っている? すぐに片付けてきてやると。


 その後の姉の戦い振りは、まさに鬼神の如し。わたり殿の残した式鬼しきとともに、外で待ち受けていた連中をぎ倒していった。


 とはいえ、我が姉かさねも不死というわけではない。今宵の語り手は、荒れ狂う姉の息の根を止めた一人のつわものより。



……そうかそうか、聞きたいか。


 酒の席での自慢話など、誰も聞きたがらないものだが、そこまで言うなら聞かせてやろう。戸隠の鬼を仕留めた時の話だ。


 知っているか。戸隠の鬼は双子の姉妹でな、ここだけの話だが、大掛かりな術の生贄いけにえとされたのよ。それを黄泉穴よみあなから抜け出して、待ち構えていた我らに襲いかかった。姉のかさねという女でな。小柄な体で縦横無尽、飢えた狼のように荒れ狂いよった。


 ひとなですれば腕が飛び、ふたなですれば首が飛ぶ。月の明るい晩のこと、女性にょしょうの影が右へ左へ、宙を舞い、地を這うではないか。その度に、一人、二人、五人、十人、次々と味方はほふられていく。


 名のある術士も武人も、かさねの前では木偶でく人形さ。気付かぬ内に絞められる鶏の如し。


 その様をみて逃げ出す連中も多かった。むろん、自分も恐ろしくなかったといえば嘘になろう。だが、逃げるわけにはいかぬのだ。進んで相手になろうという者も居なくなってきた頃合い、真打ちの登場よ。


 我が名は六郎と名乗りをあげて、鬼の前に立った。かかって来いとね。鋼のような爪と牙で襲いくる鬼と死闘を繰り広げ、一進一退の攻防。時に追い詰められ、時に追い詰め、これは敵わぬと悟った鬼は、空中より大水を流し、大風を起こし、火の玉を降り注いできた。


 鬼の術によって死を覚悟した時、自然と南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつと唱えておったよ。すると、邪悪な術が破れ、ようやく止めを刺すことができた。


 死中に活を求めるとはこのこと。恐ろしい相手であった。


 と、何度も繰り返してきた嘘で記憶が塗りかえられていくようだ。本当は、戸隠とがくしの鬼に見逃してもらっただけだ。鬼に横道おうどうなしという。卑怯なのは我らの方であった。かさねが自分の前に立った時のことは忘れ難い。戸隠の鬼どころか、付き従う式鬼しきに仲間の多くがやられてしまっていた。


 実のところ強くもなければ豪胆でもない自分は、身動きもできず、武器を捨てて地べたに這いつくばり、殺さないでくれと懇願することしかできなかった。


 かさねは、そんな自分を憐れんだのか、くるりと背を向けた。


 ところが、無防備なその背中を見ているうちに、ふらふらと立ちあがり、すとんと背後から槍を突き出していた。魔がさしたというのも変な話だが、殺気もなにもなく、ただ静かに刺していた。刺されたかさねは、


 悪い、くず。死んじまうみたいだ。


とつぶやいて血を吐き、動きが止まったところへ降り注いだ無数の矢に射抜かれていた。


 卑怯だって? ああ、その通りさ。でも、仕様がねぇじゃねぇか。自分らにだって暮らしがある。あいつらにもあったのかもな。穏やかな暮らしってもんがさ。



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