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第七十夜 白蛇様


 くちなわ殿は思うたほど愚かではないようですね。ふふ、見られていることが分かってのことでしたか。


 大穴の向こうから私をばう声が聞こえております。鬼が喚ぶかじゃが喚ぶか。時と場所をへだてて、いえ、時も場所も同じこと、ただ離れた地より我を喚ぶ。


 しかし、私には託された役目、果たすべき役目があり、まだ此処ここを離れるわけにはいかぬのです。


 ですから、せめて、耳を澄ませて語りを聞くと致しましょう。今宵の語り手は、くちなわ殿の放たれた白蛇様で御座います。



……くちなわめ、蛇使いの荒いこと。


 われらを敬してまつらぬゆえに斯様かよう仕業しぎとなる。死してなお学ばずか。じゃが、こうして朽ちていくのみというのも詰まらぬ話だ。


 どれ、脇穴の向こう、水穴みずあな風穴かざあなをつなぐ洞窟の様子を探ってみるとしようか。ちょうど襲撃があったところというが、如何いかなる按配あんばいか。


 隠れ斎王の住まう社殿を、ねずみの群れが取り囲んでおるな。想い人の残り香に惹かれ、大穴から吹き出る黄泉よみの風に誘われたか。あるいは心御柱しんのみはしらの元へ向かおうというのか。


 社殿で襲撃に備えて気を張り詰めているのは、立花浩一、浩二、久美の兄妹と加藤佳乃、それに白い犬か。隠れ斎王と従者のうずめは言うまでもない。


 鼠どもは社殿へ入り込もうとしているが、目に見えぬ壁がそれを阻んでおる。


 それと知ってか、一箇所に集まり、小山のように盛り上がった鼠の群れが溶け合うようにして大きな黒い犬と化した。人の背丈に倍する巨躯で、ゴウと吠えると、ぐらり、社殿が揺れるではないか。


 鼠の侵入を防いでおった薄い結界など意味を成さず、容易に吹き飛んでいた。


 社殿の扉を前脚で破り、そこへ頭を差し入れて吠える。ゴウ、ゴウと吠える様は恐ろしさよりも哀れを誘う。月に焦がれる貴人か、灯火に惹かれて身を焼く火虫ひむしの如し。


 その目の先に映るのは、月の光を宿し、火の名残りを留めた佳乃だろう。想い人の面影おもかげを求めて足掻あがく地獄の亡者を思わせる。犬よ、犬よ、そなたの救いの火は此処ここにはない。



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