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第六十八夜 森由麻


 夕暮れにかくれんぼをしてはいけないといわれます。そのまま行方ゆくえが分からなくなってしまうかもしれないから。


 神隠しにい、そのまま帰ってこない。あるいは帰ってきても別のなにかになっている。そんなことが語られたりします。


 別のなにか。


 自分という存在の不確かさに恐れを抱いている証拠なのかもしれませんね。チェンジリング、ドッペルゲンガー、テセウスの船、すべて根は同じものなのでしょう。


 では、この皮袋は如何いかに。


 その解釈は語りを聞く人々にお任せするとしまして、今宵の語り手は、学び舎から少しばかり離れた地に住む幼い姉妹です。姉の森由麻もり ゆま、妹の森凪もり なぎ。二人ともまだ小学生で、夕暮れにかくれんぼをしてしまったようです。では、由麻ゆまの話を聞いてみると致しましょう。



……ナギのバカ。


 いつもいつも、わがままばっかり。もう知らないんだから。暗くなってくるから帰ろうっていってるのに、かくれんぼをしたいって。それも、ユマにばっかり鬼をさせるんだもの。


 だから、探してやらないんだ。


 怖くなって出てくるまで放っておこう。ナギは泣き虫だ。きっと、すぐに出てくるよ。そう思ったのに、ぜんぜん出てこない。もうお日さまが沈んで、空が紫色に変わってきていた。そのうちまっ黒になって夜になってしまう。


 少し不安になって、ナギを呼んだ。


 おかあさんに怒られるよ。もう帰ろう。そういいながら探してみたけど、返事がない。ナギ、ナギ、と呼ぶ自分の声だけが聞こえる。倉庫の裏へまわって、山がみえる田んぼに出ると、稲わらが干してあった。その向こうに、いた。ナギだ。暗いなかに、ナギの足だけが、ぽっかりと浮かんでいた。


 ナギ!


 少し怒っているように聞こえたからか。こっちへ出てこようとしない。もしかしたら、すぐに探さないでいたから、すねてるのかも。


 干してある稲わらの向こうへ回って、あっ、と声をあげたんだ。だって、ナギの体は足だけで、腰から上が無かった。稲わらの裏側に、キーキーと鳴くねずみが巣食っていて、ユマをみて笑ったみたいだった。


 そいつらはナギをかじっていた。


 ゲラゲラゲラゲラと笑い声が聞こえる。あっという間にナギの両足がなくなっていった。残ったのは黒いねずみの山だけ。その山を突き崩して、


 返せ、返せ、ナギを返せ!


と叫んだけど、もうそこにはナギだった物はひとつも残ってなかった。ユマのせいなの? ユマがすぐに探さなかったから? 早く連れて帰らなかったから?


 刈り取りが終わった田んぼに座りこんで、あふれてくる涙を手でうけた。それは、こぼれ落ちて土に飲まれてしまった。ゲラゲラゲラゲラ、ゲラゲラゲラゲラ、いやな笑い声が近づいてくる。黒いねずみたちがユマを取り囲んで、じわじわと迫ってくる。最初の一匹が指先をなめる。ちりちりとした痛みと恐さに、おかあさんを呼んだ。おとうさんも、ナギも呼んだ。


 そうしたら、おかあさんの声が聞こえたんだ。おねえちゃん、だいじょうぶ? とナギの声も聞こえた。気づくと、ユマは車に乗っていて、運転席にはおとうさんの姿もあった。


 心配していたのよ。と、おかあさんがいう。ナギだけが先に帰って来て、ユマが居なくなったと言うから。え、居なくなったのはナギだと言うの? いいえ、居なくなっていたのはあなたよ。だって、ナギは近くの人と一緒にあなたを探していたのですから。稲わらの下で倒れていたのよ。呼んでも起きないし、顔も真っ青で、本当に心配したわ。



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