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第五十八夜 蜘蛛


 皮袋にファスナーをつけた理由わけですか。それはまあ、中身を出し入れできるからですよ。小豆あずきを取り出しては血を吸わせる必要があるのです。


 皮袋の中で無数のひるうごめいている?


 ふふ、高野聖こうやひじりじゃあるまいし、気のせいでしょう。小豆は小豆、自ら血を吸うような力は御座いません。ただ、この小豆一粒に血液一滴、それぞれ振りかけてやらねばなりません。温州蜜柑と関わりある人々から一滴ずつ。はてさて、黄泉がえらせることができるかどうか。


 今宵は趣向を変えまして、少し視線を低くしてみると致しましょう。ひる同様に、み嫌われる生き物、龍王社の鳥居に巣食う蜘蛛くもの語る話です。おや、視線が低くはなりませんでしたね。ふふ。



……うるさくてたまらん。


 我の巣食う鳥居のしたで、さきほどからおかしな連中が騒いでおる。一匹の雌を二匹の雄が取り合っておるのかと思えばそうでもないか。いろいろと複雑なようだ。


 黒い着物姿の雌が袖で口元を拭ってなにか言っておるな。ふむ、一匹の雄にあやまり、子供を産まなければ良かったと言っておるようだ。それに応じて、浩一と呼ばれた雄が顔を歪めて言葉を吐き捨てる。


『もう惑わされんぞ。亜樹が好きでもない男のもとへ嫁ぐわけもなければ、そんなことを言うわけもない。死者を愚弄ぐろうしおって!』


『そんなこと言っていいの? 龍樹の体は鬼の手にあるのよ』


『話しているのは亜樹か鬼か。心配無用だ。すぐに効いてくる』


『なんの話?』


 不思議そうに応じた雌、亜樹だか龍樹だか鬼だかしらんが、そいつが突然、き込み、喉を押さえて苦しみ出した。うめきの合間に、うってかわって野太い声で叫んでおった。


『おのれ、さきほどの口付けか。貴様ら、なにを飲ませた!』


『心水教の霊水よ。体の内側から、瘴気を浄化しておるのだ。さぞかし苦しかろう。いま楽にしてやる。の世ならぬ鬼よ、姿を現せ。天光丸てんこうまる!』


 浩一だったか、その雄の声が響くと同時、曇り空の下にまばゆい光が満ちた。照らし出された雌の影が、ジューッと音を立てて煙を発するのだった。両手で顔を覆い、光から逃れようともがいておる。


『なんだ、この光は。眩しい、やめろ。おれを照らすな。眩しくてなにもみえぬ。戸隠とがくしの鬼はどこだ。おれは、あやつを殺さねばならぬ』


『あわれな奴だ。今の世に鬼などおらぬ。おるとすればおまえだ』


『おれが? ばかな』


『おまえが何者かは知らんし、知る気もない。亜樹の愛娘まなむすめの体から、早々に立ち去れ。いや、この場で滅してくれよう』


 そう言う雄の手に小さな箱があった。金属のような布のような不思議な風合いを持ち、見る角度によって様々な色彩が浮かぶ。なにかはわからんが、禍々しいものだとはわかる。


『貴様、いつの間に! 返せ、返さぬか!』


『ふん、無駄な懇願だな』


 浩一とやらが箱を握りつぶそうとした時、光に焼け焦げる影の中から、むくりと起きあがるものがあった。


 鳥居のたけを軽く越して、ゆらゆらと揺れながら赤黒く燃え盛っておった。我の古い記憶にある姿と重なるそれは、まぎれもない鬼であったよ。



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