第五十三夜 御船亜樹
十七年先に起こるべくして起こる出来事をこうして聞きながら夜を過ごして参りました。外宮参道から姿を消した御船龍樹がどこへ行ったのか。それを語る者を喚ぶ前に、ひとつ。
古今東西、愛する者同士の仲を引き裂くのはその死であります。が、その恐れなき婚姻を冥婚と云います。
死者と生者の婚姻で、亡霊婚とも。
古くは神と人との婚姻であったのかもしれません。若くして死んだ息子のために同じ年頃の女性の遺体を貰い受け、妻として埋葬するという死者と死者の婚姻も含まれます。
劇的なことがなくとも人は死ぬ。そうして亡くなってしまうはずの女性、御船亜樹を喚ぶとしましょう。若き日の立花浩一と話しているところです。いずれ龍樹を産み、悠理を産んで母となるわけですが、いまはまだ学生気分の抜けない少女のような娘なのでした。
……ね、ね、浩一くん。3.8センチだよ。
なんの数字かわかる? にやにやしながら聞くなって? もう! はなから考えるつもりないでしょ? 教えてほしい?
別にって、そんな!
ねえ、知りたいっていってよ。むう、そんな風に、はいはい知りたいですなんて。もっと本気で知りたがってよ! ちゃんと演技して!
これはねぇ、月が地球から離れていく距離なの。1年で3.8センチメートル。
だからなにって? やだなあ、無感動はジジィになるぞ。つまりね、ほら、わかるでしょ? ぜんぜんわからん? むう、あほあほだよ、きみは。浩一くん、乙女心を察しなさい!
ああ、もう! なによ、その面倒くさそうな顔は! もういい、もう言っちゃうもんね。つまりさ、いま隣にいる人がいつまでもそばにいてくれると思ったら大間違いってこと。
だからね、大事にしなよ。いま周りにいる人たちを。主にあたしを、ね?
え? なぁに、月はずっと離れてはいかない? どっかで止まるの? へえ、そうなんだあ。って、そんなことはいいのよ。たとえよ、たとえ。いいのよ別に。こまかいことを気にしないの! ロマンがないわぁ。
あたしだって、いつまでもそばに居るってわけじゃないんだから! ま、まあ、きみが泣いて頼むなら居てやってもいいけどね。
十年後、あたしたちはどうしてるのかな。




