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第五十二夜 脇田幹久


 あ、皮袋のこと、危うく忘れるところでした。温州蜜柑うんしゅうみかんの魂の依代よりしろであり、立花浩二を生かすために必要なもの。


 十七年後に起こるべくして起こる出来事の元となるものですから忘れてはいけませんね。危ない危ない、うっかりしておりました。


 過去も未来も存在しない。そう思っても、それで何かが変わるわけでなし。しかし、それでも気になるところです。


 弟の呼びかけに応えて振り返った龍樹嬢たつきじょうですが、さて、どうなりますことか。その先を見ていた少年がおりました。早坂れなの友達の脇田幹久わきた みきひさです。



……れなの奴、悠里ゆうりなんか放っておけよ。


 辰子たつこおばさんのとこに下宿してるのは変な人ばっかりだ。あまり仲良くすんなって言っても、なにいてんのよなんて。妬くわけないだろ。


 悠里のねえちゃんは普段から怖いんだよな。でも、悠里に呼ばれて振り返ったときには、本当にゾクリとした。怖いときにゾクリとするって、ホントだったんだ。


 目が怖かった。


 まっくろに塗りつぶされたみたいで、人間の目じゃないみたいだった。でも、悠里が何度も何度も、姉さん、姉さんと声をかけると、その目が片方だけ元に戻った。そしたら、突然ベロを突き出して、がぶりと噛んだんだ。悠里のねえちゃんは、口元を押さえて背を向けると、学校の友達なんだろうか、同じセーラー服姿のねえちゃんに叫んでいた。


『畜生! あんたなんか嫌いや。うちは人を見ると呪うような目をして、口を開くと汚い言葉しか出てこんのや。それやのに、鬼に育てられたあんたが、どうして!』


 と、押さえた手で顔をなで回した。そうして血と涙にまみれながら逃げ出したんだ。もう一人のねえちゃんも、待ちなさいと言って追いかけようとした。


 でも、悠里のねえちゃんが走りながら何かを取り出して。それは小さな箱みたいなもので、そこからもうもうと黒い煙が噴き出したと思うと、空から、飛行機ではなかったけれど、ぼたぼたと黒い塊が落ちてきた。


 激しい雨みたいに降ってきたのは、すごい数の動物や虫の死体だった。鳥だけじゃなくて、犬や猫やいのししや、他にもゴキブリやトンボやセミや、大量の死体が降りそそいだんだ。


 降り止んだときには、もう悠里のねえちゃんはおらず、もう一人のねえちゃんも途方とほうに暮れたようにしてた。



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