第五十一夜 早坂れな
人として口に出してはいけない言葉があります。攻撃的な言葉すべてがそうではありませんが、考えや意見を否定するのではなく、存在そのものを否定する言葉です。
殺してやる。
こんな言葉はまだ優しいものです。なんとなれば、相手の存在を前提とする言葉ですから。では、それよりも良くない言葉は何か。
産まなければよかった。
親として口が裂けても言うべきではありません。むろん、そう思わずにいられない時もあるでしょう。そういうこともあるでしょう。しかし、口に出して聞かせてはなりません。
死ねばよかったのに。
これもまた最上級の毒を含んだ言葉。無関心と無責任と、そもそもの存在自体を認めていない言葉なのです。能動的に殺す価値すらない。道端の蟻を意味なく踏みつぶすような言葉ではありませんか。
その後に続く佳乃とのやりとりを聞いたのは御船悠里と、その友達の早坂れなです。
……龍樹おねえちゃん?
本当に龍樹おねえちゃんなの? あんなことを言うなんて信じられない。悠里くんと一緒に商店街へ買い物に行く途中、参道の横断歩道に人だかりができていて、そこに龍樹おねえちゃんがいたの。
同じセーラー服姿のおねえさんに向かってあんなこと。まるで人が違ってるみたい。二人でよくわからない話をしてた。
『死ねばよかったのに。あんたは産まれるべきやなかった。千年前同様に、産まれることなく消えるべきやったんや』
『そう、なのかもしれません』
『あんたをトラックから護ったんは、立花浩一がつけた式鬼やろ。せやけどさぁ、もうさぁ、消えてしもたわなぁ。これで済んだわけと違うでぇ。そやな、空から飛行機が落ちてくるいうのはどうやろ』
『大勢死ぬわ。それで構わないのですか』
『かまへん、かまへん。黄泉比良坂での呪いどおり、毎日毎日、死ぬ以上に産まれてくる。いまや日に数百人どころか日に数十万人も増えとる。デジタル時計が時を刻むように、刻一刻と数字が増えていくやなんて、こんなに怖い呪いもあらへんわな』
『貴方は鬼に縛られています』
『そんなわけあるかい。鬼の娘はあんたや。ええか、いまからあんたの上に、空から、空からやな……』
龍樹おねえちゃんが、すっと息を吸って吐いて、ぺろりと唇を舐めた。そうして口を開きかけたところへ、悠里くんの声が響いたの。
姉さん!
と、普段の物静かな雰囲気とは違う凛々しい声。悠里くんは自分を意気地なしだと思ってるけど、そんなことない。優しいから迷うだけで、本当に必要なときには勇気をもってするべきことができるんだ。だから、あたしは……
でも、ほかに好きな子がいると知っているから、その想いをしまいこんで胸を押さえた。ふと下を向いた瞬間、龍樹おねえちゃんが冷たく、去ね! と叫び、あたしの横に立っていた悠里くんが弾き飛ばされていた。
なにが起きたのかわからなかった。
龍樹おねえちゃんの声が悠里くんを押しやった? 土産物屋の看板に突っ込んで倒れている悠里くんを抱き起こす。もう一人のおねえさんと向き合っている龍樹おねえちゃんは、こちらに背を向けて弟のことなんて気にしていない。でも、あちこちケガだらけの悠里くんは立ち上がって、もう一度、姉さんと声をかけた。
振り返った龍樹おねえちゃんの顔は歪んでいて、細い目の奥が暗く濁っていた。




