第五十夜 村田香織
此の世で最も残酷な発明は何か。
火薬でしょうか、鉄砲でしょうか、断頭台? あるいは鋼鉄処女か。いえいえ、最も残酷な発明は時計で御座います。
物の変化を数値化する機械によって、私たちは自らの衰えを、過ぎ去る時間を突きつけられるようになりました。さらには、時間と金銭との交換、即ち、給与、利子などと。心臓の肉はポンドでいくらか。命の切り売りです。
地獄太夫の耳に、一休宗純の声はどう響いたものか。門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし。
加藤佳乃がトラックにはねられたその前後、どういう経緯であったのか。事故を目撃していたのは村田香織さん。御船龍樹の御近所さんです。ちょいと時計の針を巻き戻してみると致しましょう。
……出前中のことやった。
伊勢うどんの村田屋いうたら、地元では老舗の名店。意地でも観光価格にしない良心的な店として通っとる。
そやから、家の手伝いをするのも嫌いやない。大学の講義がない日には出前に行ったり、いろいろ手伝っとるんさ。将来? どうすっかなぁ。このまま店を継ぐというのもなぁ。
などと頭を悩ましながら過ごす今日この頃。
そんな悩みなんて吹き飛ぶような出来事やった。目の前で人がはねられたんや。外宮参道の横断歩道で、女子高生がトラックにはね飛ばされてさ。こらもう死んだと思った。
そしたら、ターミネーターみたいに起き上がってきた。だいじょうぶかって聞くのも間の抜けたような話やけど、平然と、だいじょうぶですやて。こぼれるような長い黒髪がきれいで、思わずみとれてしまう。そのとき、やっと気付いたんやけど、その子はほんの少し宙に浮いとってな。立ち上がった時、とん、と段を降りるようにしたんさ。足下にあったのは黒い影みたいなもので、包丁を持った手がそこから突き出ておった。わっと思ったのも一瞬だけで、かき消すように消えてしもた。
なんやったんやろと思とるところに、龍樹ちゃんの声が聞こえてきた。はねられた子と同じ白いセーラー服姿で、友達なんやろか。たぶん怪我もないみたいとはいえ、目の前で友達がはねられてさぞかしショックやろうと思ったら、聞こえたんは怖い言葉やった。
死ねばよかったのに、と。




