第四十六夜 霧立律子
言葉は伝染する。
良くも悪くも人を変えるのは言葉だ。目にしてしまったら、読んでしまったら、聞いてしまったら、もはや、そこから逃れることはできない。言葉が呪術的である由縁がそこにある。それはその瞬間に伝染するのだから。螺旋のように旋回し、聞く者の耳下に潜り込んで行く。そこに寄生し、そこから子孫をばらまくのだろう。まるで、まるで、まるで、まるで、生殖のようだ。
と、これはとあるくだらぬ話のくだらぬ言葉で御座います。言霊と申すもの、また文字の霊と申すものの所業、まさに筆舌に尽くし難し。とはいえ、非業の最期を遂げた老博士のことを忘れてはなりますまい。
讒言をなすのはここまでとしまして、猫祭りも終わり、秋も深まって来た頃、表向きは静かな日々、人知れず訪ねきたる忘れられた神々のように、御船龍樹とその周りの人々になにかが染み入って来ているのです。
なにとはわからずとも、なにかに気付いているのは中等部の学生、霧立律子で御座います。
……龍樹先輩の様子がおかしいデス。
人を小バカにしたり、からかったり、よくわかんない言葉で煙に巻いたり、そんなことはいつものことだし、後輩にも厳しくて冷たくて意地悪なのもいつもどおりなのに。あ、これ、ディスってるわけじゃないッス。
数人しかいない書道部の部長で、すさまじく達筆、その分、すさまじく傲慢。って、なぜか悪口になるッスね。
んー、でも、そんな先輩ッスけど、本当は優しいのかな的な雰囲気があったり、なんだかんだで面倒見もいいし、口は悪くても心は錦、じゃなくて、なんだっけ。まあいいッス。とにかく、良い人だと思うんッスけど。
なんか変なんスよね。
前は言葉は冷たくても優しさを感じたりしたのが、いまは優しい言葉に冷たさを感じたりして。言うことも何か変な感じ?
そう感じるのは自分だけなんスかね。弟の悠里くんや、三郎先輩やら、それとなく聞いてみてもなにも言わないし。いつも元気な九郎は体調をくずして休んでるんスよね。
ちょっと自主的に早退して見舞いにでも行ってくるッス。
というわけで、行ってきたッス。え? 展開が早いッスか。自分、落ち着きないもんで。いやぁ、あの九郎が寝込むとは。正直、ただのサボりかと思ってたんスけど。
学び舎へ行くのが怖いとか言ってたけど、なんのことやら。龍樹先輩のことを聞くような雰囲気でもなかったんで、結局、聞けずじまい。
そうだ。龍樹先輩と仲の良い先輩がいたっけ。えと、大田先輩か。まさえの姉ちゃんだったっけ。ちょっと聞いてみるッス。




