第四十一夜 松野六花
さてさて、佳乃は自分を取り戻し、それ故に苦しみをも取り戻してしまったようです。知る者と知らぬ者と、どちらが幸せなのか。
もしかすると、この皮袋も、このまま土に還してやる方が幸せなのかもしれません。
おや、途中でやめては不幸を招くと云うのですか。誰がそんなことを? 私ですか。どうでしょう、あまり記憶にありませんね。ふふ、人の言葉など、所詮は空気の震え。思い付きで話しておるだけですよ。そう真面目に取らないでくださいまし。
次なる語り手は、あまり真面目ではない中等部の女子生徒、松野六花で御座います。
……ぷぅっ、あー、息苦しかった。
保健室は六花ちゃんのサボり場だったのに、最近は人が多くてイヤになっちゃう。ウワサの加藤先輩と立花先輩がイチャついてたり、岸田が来てたりしてさ。
幸恵バアちゃんから加藤佳乃に気をつけろって言われてるし、亮子さんからも弓道場での話を聞いてる。加藤先輩とはお近付きにならない方がいいと思うんだよねぇ。
だけど、ちょいちょい保健室で一緒になっちゃうんだ。加藤先輩に付き添って立花先輩が来ることが多い。時々、久美ちゃんが一緒だったりするけど。先輩らは付き合ってるのかなぁ。
山崎先生はフラフラどこかへ行っちゃうし、あたしが居るのに気付かず、二人が話してる声が聞こえちゃってたんだ。変な声が聞こえてきたりしなくて良かったぁ。ちょっとドキドキしてたけどぉ。カーテンを隔てて、ベッドのシーツにくるまって話を聞いてた。
なんだろう、昔のことを思い出せない立花先輩のことを加藤先輩が詰ってるみたいな、でも、痴話喧嘩っぽくもなかった。加藤先輩は怒るというよりは悲しそうで、寂しがってる子供みたいだった。
少し話した後は諦めたようにして黙り込んでたよ。夕暮れを眺めていたのかも。保健室の窓からは外が見えるから。でも、川向こうの提灯と笑い声は、五十鈴川を渡って来るころには、ひんやりと冷え切っているんだ。
あたしには関係ない話だけど、お二人が仲良くおかげ横丁デートに行けるといいのに。あは、青春だぁ。もうすぐ猫祭りなんだよねぇ。あたしも誰かいい人と行きたいな。んー、岸田? ないない、ないわぁ。なんであんな奴の顔を思い浮かべなきゃなんないのさ。




