第四十夜 山崎十和子
加藤寿史に頼まれて一緒に向かった息子夫婦の家で何があったか。応答がなく、窓を破って入ったところが血まみれの……。第二夜で名坂警部補が語った話です。
佳乃を殺そうとする鬼と、護ろうとする父母の思いの鬩ぎ合い。それが生んだ結末なのかもしれません。
なにやら様子のおかしな御船龍樹のことも気になりますが、いまは加藤佳乃の話から。鬼の娘として引き取られた先、記憶を取り戻した佳乃がどうしているのか。学び舎の保健の先生、山崎十和子の話を聞いてみると致しましょう。
……あらぁ、また来たのね。
いいのよ。佳乃ちゃん、可愛いから。なでなでしてあげましょうね。うふふ、そんなに照れなくてもいいじゃない。
それで? 今日はどうしたの。また賄いが口に合わなかったのかしら。そう、お肉が出たのね。別メニューにしてもらえるようにお願いしておきましょうか。
そのままで良いのです、って、そんなに遠慮しなくていいのに。食べられないなら、別の物にすればいいわ。
食べられないわけではない? むしろ好きなのね。それがどうして。すごく美味しく思う自分が怖い、あの頃に戻ってしまいそうで。そう言うのね。うふふ、大丈夫、もう鬼の娘に戻ることはないわ。
心が死んだまま生きていたと言うのね。いいえ、それは間違いよ。どれだけ踏みにじられ、詰られ、痛めつけられようと、心が死ぬことはないの。だから、つらい。
でも、思い出して。たとえ、食事が血の滴る生肉であれ、あなたの両親はあなたを生かそうとしていたのよ。それはとても凄いこと。
校長や高島先生から話は聞いたでしょう。あなたの両親は鬼に憑かれ、内側から喰われてしまった。本来なら、そのままあなたを殺すはずだったのに、そうはならなかった。
喰われたはずの二人の思いが、あなたを護り、戸隠の鬼よりの力に目覚めるまで生き延びさせてくれたに違いない。
震えているわね。どうしたの? 泣かなくっていいのよ。自分が殺したと思っているのね。あの日、なにが起きたのか。はっきりとわかる人はいないわ。中身のない慰めの言葉すらあげられなくて悲しいけれど。
わたくしも鬼なのですと、そう言うのね。
いいえ、そう思う時点で、あなたは鬼なんかじゃない。本当の鬼は、自分が鬼であると思いもしないのだから。




