第三十九夜 加藤寿史
此の世で何がわからぬといって、自分というもの以上にわからぬものがありましょうか。人は常に生まれ変わっていると言われ、それは代謝によるのか、あるいは目に見えぬ心や記憶によるのか。
一貫して自分と信じるなにかは、本当にそこにあるのでしょうか。虎と化した李徴を思うまでもなく、かつて在り、かつて思った私は常に流れの向こうにある。
不死となった女性、ヘンリエッタ・ラックスの魂はどこへ行ってしまったのか。果たして誰にわかるでしょう。
さあ、変わってしまった息子夫婦に戸惑い、加藤寿史が知り合いの刑事さんに相談しています。
……名坂くん、聞いてくれるか。
きみは刑事として様々な事案を扱ってきたろう。その中には、どう言えばいいだろう、なんというか少し変わったもの。そう、常識では測り難いこともなかったかな。
少しはあったと言うんだね。
では、老いぼれの戯言と思わず、聞いてやってほしい。息子夫婦のことだ。恥ずかしい話だが、いつからか折り合いが悪くなって、ここ五年ほどは音信不通でね。やっと住んでいる場所がわかったものの、夫婦ともにまるで別人のようになっていたんだ。
姿も声も確かに優と理緒さんなのだが、それでも違うのだ。あれは何か別のものだ。もしかしたら、人ではないのかもしれない。化け猫に取って代わられでもしたかと思うような。
むろん人は変わるものだ。もしかしたら自分でも知らぬ間に、毛嫌いされるようなことを仕出かしていたのかもしれない。息子も良い歳だし、たとえ親子でも、自ら縁を切ろうならそれも仕方のない話だ。
ただ、孫の佳乃のことが心配でな。ちょうど十六歳になったころと思う。
近所の方に聞いても、住んでいるのは息子夫婦だけだという。こちらを呆け老人扱いだよ。近所付き合いにも問題はないようで、おかしいのは自分の方かと心配にもなった。
一人で行っても、また門前払いだ。息子夫婦の家まで一緒に来てくれないか。きみが佳乃の無事を確認してくれればそれでいい。
ああ、来てくれるのか。ありがたいよ。




