第三十八夜 加藤理緒
ようやく語るべき時が参りました。
十七年前の陰惨な出来事を経て、この世に生まれ落ちた佳乃は、かつて望まれたまま加藤優の娘となったのです。しかし、いえ、その先は加藤佳乃の母親、加藤理緒に語ってもらいます。
……佳乃には驚かされるわ。
まだ赤ん坊なのに、話していることが全部わかっているみたい。親バカなのかしら。利発すぎて心配なくらいだった。
五歳になった時、額に角のようなものが見えた。私だけじゃない、家政婦の新美まやにも見えていたわ。それからだった。何かとおかしなことが続いて。
ただ、それも特段に怖いと思うことではなかった。なぜかしら。佳乃の愛らしい笑顔に、真っ赤な泣き顔に、驚いた時の表情に、蕩けるような気持ちだったからなのか。
でも、あの日、鬼がきた。
輪郭はボヤけていて、はっきりとどんな姿ともわからないのに、それが鬼だということが私にはわかった。
夜、寝ているうちにそれは夜這うようにやってきては私を囓る。足先から始めて、少しずつ私を囓るのだった。それが痛くも痒くもなく、むしろ心地良いと思えていることが恐ろしくて。目覚めると、隣で寝ている夫に話そうとするのだけど、その時には何を話そうとしていたか忘れてしまうの。
夢の中なのだろうか、私は少しずつ囓られていって、最後に残った目玉で隣の夫も囓られてしまっていることに気付く。
その頃には私を囓っていた鬼は私の姿をしていて、私の声で言った。佳乃を始末しなければならないと。目玉だけになった私は、絶対にそんなことはさせないと思いながら口に含まれて、柔らかい果実のように噛み潰されていた。そして……




