表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/100

第三十六夜 名坂月子


 おや、不安そうな面持ちですが、どうかされましたか。はあ、温州蜜柑のことですか。もちろん忘れてはおりませんよ。毎夜、毎夜、一粒、一粒、神水にさらし、清め、り、風に吹かせて皮袋に入れています。


 あの鬼に喰われることがなければ生きたであろう時を、立花浩二と久美の兄妹に。早すぎる死をいたまれるのはこの二人に限りませんが、私はただ失われた時をお返しするだけです。


 あわせて温州蜜柑にも良き時を与えてやりたい。いまあるものの多くが百年先には失われてしまう。だからこそ、温州蜜柑と佳乃には人として再会してほしいのです。


 さて、十七年後のセカイで、立花浩二として生きる蜜柑、加藤佳乃として生きる佳乃、それぞれは如何いかにして日を過ごしておるでしょうか。これもまた懐かしき月子様の話です。旧姓稲田、いまは名坂月子様で。例によって番台に座っておられます。



……はぁ、若い子はいいわねぇ。


 肌のハリとツヤが違うもの。私も歳のわりには若いって言われるけど。ねぇ?


 今日は学び舎の子らが来てるから賑やかだわ。足神あしがみ様のところで持久走をしてたみたい。まだ暑い時期に大変ねぇ。でも、汗と日焼けがまぶしくってうらやましい。

 若い女の子のむきだしの手足と張りついたシャツと、これは男の子たちには目の毒だわ。初等部、中等部、高等部と分かれているって話だったかしら。


 初等部の子も可愛らしいし、将来きっと美人になるわね。中等部の子は元気そう。ボーイッシュな感じが素敵だわ。体の方はまだまだね、ふふ。あとの何人かは高等部の女の子たちかしら。黒髪ショートの子は着痩きやせするタイプね。それから……


 あら、あの子、ちょっと変わった感じがするわ。長い黒髪に牙みたいな八重歯やえばが愛らしい。きっと、あの子が佳乃なのね。昔と雰囲気が違うのは、すべて忘れてしまっているからなのかしら。思い出してほしいような、いまが幸せならそのまま忘れていてほしいような、そんな気分だわ。


 きみの湯は天然温泉ですからね。佳乃も蜜柑も、人として湯を楽しんでいってほしい。でも、なにかしら、佳乃の肌に古い傷跡がいっぱいだった。あれはなに? 鬼の娘として育てられたって、そういうことなの?


 あ、ごめんなさい。お客さまですね。今日は学校行事で夕方まで貸し切りなんです。って、千里ちさとにスーじゃないの。あなたたちならお客さまじゃないからいいわ。どうぞ入ってちょうだい。そう、やっぱり佳乃と蜜柑のことが気になって来たのね。


 そう言って二人が浴室に向かったあとのこと。悲鳴のような声が響いて佳乃が倒れてしまったの。のぼせたような佳乃は、ここは……わたくしは……と繰り返してた。温泉のせいか、スーや千里の顔を見たせいか、それはわからないけれど、私のことも思い出してくれたようだったわ。やっぱり嬉しいかも。


 おかえりなさい、佳乃よしの



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ