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第三十四夜 七尾修斗


 私も走るのは苦手です。


 ただ、姉から受け継いだ力は凄まじく、獣並の速さで走ることができた日々を思い出します。わずかな間のことでしたが。


 人はなぜ速さに憧れるのでしょうか。自らの足で。時に動物や機械によって。なにかに追い立てられているのか、なにかを追いかけようとしているのか。


 ここにも速さにがれる男が一人。学び舎の一生徒で、自らの足で走るだけでなくバイクで疾走することも好きな七尾修斗ななお しゅうとです。先の志摩亮子と同じ高等部三年生のようです。さて、どのような話を聞かせてくれるでしょう。



……負けた。完敗じゃ。


 加藤佳乃。普通やないとは思とったが、なんじゃ、あの走りは。人の走りやないぞ。これまで持久走で負けたことはないゆうのに。


 講師の菱山美藝ひしやま びげいにも笑われてしもた。


 あんなったない緑色の、潰れたバッタみたくなバイクに乗りよる女に笑われるたぁ、末代までの恥じゃ。わしのカタナをバカにしよってのう。あれこそ日本人の魂そのものやっちゅうに。それをあのアホ講師、独逸人どいつじんがデザインした贋作がんさく、日本刀もどき、フジヤマハラキリ、びたゲイシャガールみたいなぞと言いおって。


 わしのことを、えせ広島呼ばわりするのは構わん。誰も広島出身やとは言っとらんわ。ヒロシマに憧れとるだけじゃ。百年は草も生えん言われよったのに、あれだけ復興したんは男らしい街じゃわな。


 いや、そんなことはええんや。加藤佳乃のことやったのう。ここの持久走は自分の力を使つこてもええけん、普通の人間には追いつけんはずの脚力で走っとった。それやのに、あいつは鼻歌うたいながらついてきよった。そのうえ、途中で引き返して、立花浩二をおんぶして追いかけてきたんや。


 わしの方が先にゴールはしたんじゃが、それでもほぼ同じタイムやった。まともに走られとったら確実に負けとったな。


 あかん、完敗じゃ。あげな女子おなごがおるとはなぁ。鬼の娘やゆううわさは、ほんまなんかもしれんな。



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