第三十夜 九郎
天、地、星、空、山、川、峰、谷、雲、霧、室、苔、人、犬、上、末、硫黄、猿。生ふせよ、榎の枝を馴れ居て。
昔々の手習い歌、あめつちの詞ですが、敢えて、雨、風、雷などを避けているようにも思えます。
いずれも鬼の訪れを告げるものだからでしょうか。故意であれ、偶さかであれ、詞の面白さを感じますね。
いまでは百人一首の序歌として親しまれている歌に、「難波津に、咲くやこの花冬籠り、今は春べと咲くやこの花」というものがありますが、これもまた岩ではなく花を取り上げるあたり、純粋に寿ぎの意図とばかりは思えません。花は散る物ですから。
一方で、散って後に実をつけるものでもあり、磐長姫には縁のなかった恋を思わせる詞でもあります。
恋にまつわる美しい詞、怖い詞も多く、恋は盲目、落花流水、悪女の深情け、鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がすなどと。
恋い焦がれることの美しさと怖さが偲ばれます。さて、御船龍樹は何か良くないものを抱えておるようですが、この先どうなることやら。次は三郎を追ってきた者の語りです。その名は九郎、と男のようでありながら、まだ幼さの残るあどけない少女で御座います。
……三郎様が帰ってこない。
白里様の言い付けを忘れて何してんだろ。こんなことは初めてだ。十七年前の鬼の話なんて、あたしにとってはお伽話みたいなもんだけど、ちょびっとだけ心配だな。みんなは三郎様に任せておけばいいって言うけど、三郎様ってしっかりしてるようで抜けてるとこがあるから。
様子を見にいきたいってお願いしても許してくれないんだもの。だから勝手に来ちゃった。したっけ、ばりばりに怒られました。
自分のことは棚にあげて、勝手なことをしてはいけないだって! 三郎様こそ、報告にも帰ってこないくせに。し、か、も! わけのわからんとこで下宿までしてるし。
あきらかに御船龍樹にだまされてる。女の勘的にまちがいないよ。ああ、もう、別に三郎様のことなんて好きでもなんでもないけど、あたしを拾って助けてくれた人だから、性悪女に惑わされてるなんてヤダ!
さっさと任務を済ませて帰ればいいんだ。
目当ての鬼がいるのかどうか、いるならどこにいるのか。つめて聞いてみたら、学び舎にいるかもしれないだって。なら、やることはひとつじゃん!
学び舎への潜入捜査だ☆
白里様とも縁の深い場所なんだし、問題ない。さっそく白里様に連絡して手配してもらっちゃった。また、ばりばりに怒られたけど。
そういや性悪女は手をケガしてたな。どうしたんだろ。三郎様も悠里も、なんか隠してるみたい。まあいいや。考えるの面倒くさいや。そんなことより、学校の制服を頼まなきゃね。三郎様と龍樹は高等部、あたしは中等部で、悠里は初等部だって。
二人が一緒なのが気にいらないけど、さっさと片して帰ろうよ。ねえ、三郎様?