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第二十五夜 神尾美琴


 ところで貴方は、毎夜、毎夜、市中から車で来られているのですか。違う? なるほど、さすがに近場に宿を取られたのですね。

 その方が良いでしょう。先の長い話ですし、夜の神社など、あまりげんのよい場所でもないですから。なにか悪いものに憑かれてしまうかもしれませんよ。


 ふふ、私ですか。悪いものかどうか、それはご自身で決められることです。なにが良いことで、なにが悪いことか、それは誰かが決めることであって、それとわかるものではない。

 愛憎あいぞうなども表裏一体、可愛さ余って憎さ百倍とは上手く表したもので、うしこく参りですら、その根はむくわれぬ愛やもしれません。たとえ如何いかに身勝手なものであっても。そもそも愛などというものは、人のもつ大いなる呪いなのではありませんか? 人の想いは、すべからく身勝手なのですから。


 どうですか、森の奥深く、五寸釘を打ちつける音が聞こえはしませんか。それは間違いなく悪しきものなのでしょうか。ふふ、少なくとも、この百夜で私に惚れてはいけませんよ? 千年前のあの人のように。


 少し話が長くなってしまいましたね。先の神尾五郎の妻にして旧姓は稲田、いまは神尾美琴が話してくれるようですよ。



……あやめには、なにが見えているのかな。


 蜜柑ちゃんが居なくなって、妖しのものも見えなくなった。でも、きっと今も、五感に捉えられない何かは人の周りにいる。猫や子供は、そうした感覚が鋭くて、なにもない宙を眺めて動かないこともある。


 唐揚げ丼を食べて帰ることにした。


 高校生くらいの男女が切符売場にいて、どこかで見たことがあるように思えて眺めていたら、あやめが女の子を指差していうんだ。


 つの、つのと。


 つののことだと気付くには少し時間がかかった。赤色の作務衣さむえのような服を着て、長い黒髪が腰まで伸びている。その子の額に、うっすらとつのが見えた。ただ、それも一瞬のことで、あやめの言葉がなければ見間違いと思ったかも。


 女の子は、連れの男の子が切符を買うのをぼうっと眺めていた。ここに無いなにかを見ているのか、魂が抜けたように。でも、切符を渡されると興味津々の様子で、それを眺め、触り、果ては、がじがじと噛み始めた。電車に乗ったことがないとか、そういうレベルの話じゃないみたいだ。慌てて切符を取り戻した男の子に向かって不満そうに歯を剥き出しにする。どこか獣じみた表情の奥に、でも、なにか言いたそうな気持ちの種らしきものが浮かんでいた。


 そう、ちょうど、おもちゃを取り上げられた時にあやめが見せていたような。不満を言葉にできず、泣き出してしまう時のような。もう少しで言葉を掴めそうな、そんなもどかしさが。


 電車に乗る間際、あやめは駅のホームを向いて、おばけがいるよと教えてくれた。わたしにはなにも見えなかったけど、先ほどの男女の背後を指差して。

 それは電車のベルが鳴るのと同時で、不安を感じながら駅を出ることになった。あの子たちに、なにも悪いことが起こりませんように。



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