第二十三夜 かさね
あらあら、どうされました。そのように青い顔をして。はぁ、百夜参りを続けるべきかどうか自問されておるのですか。
根の国より連れ帰ろうという、この不敬千万な行いが鬼を喚ぶのではないか。そう恐れているのですね。
ふふっ、貴方も存外お気の弱いことで。
もう始めてしまったのです。いま止めれば、より一層の不幸を招くに違いありません。黄泉に関わるということはそういうことですよ。国生みの神々ですら逃れられぬ。
少しばかり、馴れ合いが過ぎましたか。
私もまた鬼であると、そう伝えたはず。頭から喰われたくなければ、あと七十七夜、しっかりと勤められませ。次なる語り手は、戸隠の鬼と呼ばれた私の姉、かさねで御座います。
……なんの用だ?
わたりが行けというから喚び出しに応じてやったのだ。聞きたいことがあるなら、さっさと言え。わかることなら教えてやる。
くずの命を奪った術士のことか。
ふん、ばかな男だった。その時には、あたしはもう鬼籍に入っていたが、大事な妹だ、くずのことだけは気に留めていたものさ。
その愚かな男は、偉大な術士ではあった。だが、偉大さと愚かさは兄弟のようなもの。ばかで愚かで間抜けな男だった。何が愚かといって、自分の気持ちすらわからぬのだからな。
平安のころ、そやつの仕える一族は我ら戸隠の鬼に大掛かりな術を破られて都を落とされた。それを恨みに思い、生き残ったくずをつけ狙っていたが、あれは怖い女だからな。いつしか恋焦がれるようになったのであろう。
その術士は己の気持ちすらわからず、認めず、掴めずにいた。あげく、くずを死なせてしまったのだ。自ら放った式神によってな。しきは鬼につながり、人が術をもって縛り、意のままに使役する鬼神のことだ。鬼をもって鬼を制する、それを式神という。
くずは式神に弑され、また男も後悔と失意のうちに死んだと聞く。あたしが知っているのはそれだけだ。
いまの世にどう関わっているかだと。ふん、そんなことまで教えてやる義理はない。そもそも、後ろをむいて問いかける馬鹿がどこにいる。あたしたちは影にすぎない。
せいぜい喰われぬように足掻くのだな。
なんだ、まだあるのか。その問いかけが最後だ。慎重に聞くがいい。ああ、戸隠の鬼として有していた力は誰が継いだのか? さあな。邪悪な力か否か? 知らんな、そんなことは。そいつ次第、使い方次第だろう、と言いたいところだが、正も邪も周りが決めることだ。現に、あたしたち姉妹、戸隠の鬼は悪しきものとして殺されたのだ。
あたしが継いでほしいと望み、それが叶わなかった者のことであれば教えてやろう。生まれることなく死んだあたしの娘、誰にも呼ばれなかったその子の名前は、佳乃だ。
もういいか? あまり黄泉の戸を開くな。良くないものが抜け出すかもしれないぞ。




