第二十二夜 わたり
息という言葉は、たいそう面白いですね。
人の存在そのものと結びつき、息と関わる慣用句も数多くあります。息を引き取る、息を吹き返す、息を殺す、息の根を止めるなど。
呼吸のことを気息ともいい、生命力、風や大気の力とも受け取られる。気の生じる根っこと書いて、きふねと読むそうです。死と火より生まれた水、それが濁らぬように濁音をつけぬともいいます。
きふねとは、この大穴そのものなのかもしれません。深く深く、地の底へ続き、どこまで根を張っているのか。あるいは志摩にある水穴や風穴とも繋がっているのかもしれません。穴の此方と彼方では、アリスのように世界が違うのでしょう。
だからというわけでもありませんが、今宵は少し趣向が違います。喚ぶのではなく、喚び出された義兄、わたりの話をお聞きください。
……誰だ、誰だ、わしを喚んだのは。
ほう、いつの時代かわからぬが、明治よりも先ではあるようだな。それだけの代替わりがなされ、やんごとなき方々がお隠れになられたというわけか。
お主は斎王だな。どれ、その顔をよく見せてくれや。はは、顔に障りが出ておるのか。そのように恥じらいよって。愛らしいものよ。白い羽毛に覆われたような姿でも、決して見目悪くはないぞ。のう術士殿、そう思うだろう?
いかんなぁ。無愛想にうなずくのではなく、一言二言、思うところを付け加えるべきぞ。女心をわかっておらんなぁ。喚び出しの術を使うようだが、そんなことでは役にも立つまい。
何を聞きたいにしても、ただ己の聞きたいことのみを聞こうというのでは誰の口も開かぬが道理。喚び出しの術は、御魂を従わせる術ではないのだからな。
答えてやるかどうか、嘘を混ぜぬかどうか、それはわし次第だ。そう前置きした上でいうのもなんだが、お主、何を聞きたいのだ。
鬼の話だと?
現世に現れし鬼が何者であるか。わはは、何者ともわからぬものをこそ鬼という。なんとも的外れな問いかけよな。そんなことのために、貴重な術を使ったのか。
だがまあ、せっかくの斎王の御招きだ。立花浩一といったか、お主の為ではなく、美しき斎王の為に語ろうでないか。
その昔、戸隠の鬼と呼ばれた姉妹がいた。化外の民として狩られ、大掛かりな術の贄として捧げられたのだ。
まあ焦るな。お主が焦がれて止まぬ仇の鬼はその姉妹ではない。姉のかさねは若くして死に、後には妹のくずも死んだ。むろん、諸人いずれ死ぬのだが、妹を殺した者こそがお主の求める鬼を喚んだ張本人よ。
くずの死に関わった術士はな、鬼を喚び、果てには己が鬼となったのだ。わはは、術士、術に溺れるといったところか。術士自身が、使役すべき鬼になってしまうのでは仕様もない。くず本人は、とある社に根を張っておるから此処には来れまい。詳しくは姉のかさねを喚んで聞いてみると良い。少しばかり怖い女だがな。わはは。