第二十一夜 うずめ
中身の見えぬ箱、先の見えぬ穴、いずれも人を惹きつけて止むことがありません。何故なのでしょうね。知らぬなら知らぬ、分からぬなら分からぬ。それで良いじゃありませんか。
そう、貴方のように。
何にも興味なく執着なく欲薄き面持ちで。それでは、また幸薄きことにもなりましょう。もはや何代目かもわからない隠れ斎王とその従者と、今宵の話は、同じく何代目かのうずめから聞くことになりそうです。
……斎王様は御可哀想だ。
暗い岩戸の奥にずっと御独り。代々うずめが仕えてきたとはいえ、寂しくないわけがない。外へ出ることもなく、いつか年老いてしまわれる。その前に誰かが役目を継いでもらえないか。あるいは、外へ連れ出してあげてほしい。うずめは決して裏切りません。
それなのに、あの男は……。
斎王様が許しても、このうずめが許さない。立花浩一め。弟妹を亡くしたことには同情するけれど、だからといって何をしても良いという法はない。
表に知られることなく、山深い室の奥で一人寝を続けてきた斎王様に近付き、淡い恋心を利用して術を奪った。うずめに力があれば呪をかけてもやろうに。
ほんに斎王様は人が良すぎる。この世は蠱毒、良き人ほど早くに死ぬことになる。幸福な王子のように喰い物にされ、骨までしゃぶられて鉛の心臓が割れることになる。だって、そうでしょう。物語の作者は救いなどないことを知っていたのだから。
あの男は、道端に紙幣が落ちていれば黙って懐に入れるだろう。だが、紙屑が落ちていても拾いはしまい。誰かが拾えばいい。お人好しのどこかの馬鹿が片付けるだろう。そう思うに違いない。
すべての物事が悪く変わり、すべての良き言葉が捨てられていく時代に、独り、穢れを背負い、泥を被っているのが斎王様だ。それをあの男は後足で砂をかけるような真似をしよって。呼べといわれるなら、呼んでやろう。どんな顔をして訪ねてくるか見ものだ。
美味しい茶など出してやるまいぞ。そうだ、塩でも入れておいてやれ。うずめは、あの男を決して許さない。それでも、もし、斎王様がまだあの男を想っているなら、それなら、そうであれば、憤る心を殺して、いつでも、いつまででも斎王様の味方でいよう。




