表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/100

第十六夜 立花浩一


 祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘のこえ諸行無常しょぎょうむじょうひびきあり。沙羅雙樹さらそうじゅの花の色、盛者必衰じょうしゃひっすいことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前のちりに同じ。


 いつえいじても心地よい。いろは唄といい、平家物語といい、明治の御代みよに切り捨てられたものの美しさと儚さを感じます。


 とがなくてしす。いろは唄に折り込まれた言葉の不吉さとは裏腹に、かえって美しき音となるはなぜなのでしょう。


 色は匂へど

散りぬるを我が

   世誰ぞ常な

   らむ有為ういの奥

    山今日越えて

      浅き夢見じ

       酔ひもせず


 須佐之男命すさのおのみこと本地ほんじとされる牛頭天王ごずてんのうは祇園精舎の守護神とされます。その祇園御霊会ぎおんごりょうえの時に御船家より盗み出されし外法箱げほうばこには何者がまつられているものか。これもまた鬼なのかもしれません。その禍々しい匂いにひかれて伊勢の地にたどり着いたのは浩二と久美の兄にして、立花兄妹の長兄、立花浩一で御座います。では、お喚びしましょう。


 天清浄てんしょうじょう地清浄ちしょうじょう内外清浄ないげしょうじょう六根清浄ろっこんしょうじょう。寄り人は、今ぞ寄り来る長浜の、蘆毛あしげこまに、手綱たづな揺り掛け。



……禍々しい匂いがする。


 あやかしどものはらわたからにじみ出る腐った溝川どぶがわのような匂いだ。忘れもしない。十七年前のあの日と同じ、鬼の匂い。


 弟妹ていまいの命を奪った鬼は滅せられたはず。しかし、これは何だ。間違いなく同じ鬼の匂いだ。街中に充満しており、どこから匂うのかもわからぬ。おかげ横丁を往きかう人々の中にも、なにかを感じる者もおるだろう。


 虫や鳥や獣たちはすでに逃げ出そうとしている。よくはわからぬが、新橋のあたりを中心としているようでもある。落ちてきた鳥の死骸を辿たどると、どうも赤福本店を出たあたりか。


 目につくのは、白いセーラー服の娘とその連れの子供、着流し姿の男か。先刻、店へ入っていった妙齢の女性も気にはなる。それと、近くにもう一人、同じセーラー服姿の女子高生がいるが、あれで隠れているつもりか。薬屋のマスコットの影から三人組の方を見ているな。


 鬼と縁の深いものがいるとしたら此奴こやつらの誰かかもしれん。あるいは鬼そのものが人に化けているのか。ああ、また鳥が落ち始めた。これ以上瘴気が濃くなれば人にも害が出る。仕方ない。少々あらっぽいが……。


 ん、赤福本店から出てきたのは?


 馬鹿な! あれは浩二と久美か。そんなことはありえない。十七年前に死んだはずだ。たしかに鬼の手で胸をえぐられて死んでいた。兄妹で生き残ったのは私だけだったはず。


 傷が癒えてのち、死に物狂いで術を学んだのだ。二度とそのような不幸のないように。


 そうか、生きておったのだな。いや、だが、十七年前と姿が変わらぬのは何故だ。あやかしなのか?


 新橋の方へ向かうようだな。もう一人、作務衣姿さむえすがたの若い女も浩二らの連れだろうか。少し離れてセーラー服の女らも同じ方向へ行く。新橋の中ほどまで来て……。


 消えた?


 掻き消すように居なくなってしまった。鬼の気配もない。いつの間にか瘴気しょうきも消えていた。私の願望が見せた幻なのか。いやいや、そうではない。大事の物みつかるも触れてはならぬとの卜占ぼくせんは、これのことだ。この兄が二人を見間違えるわけがない。


 十七年前とは違う。


 鬼が出ようと恐れはせん。もし、あの時の鬼が黄泉よみがえったならば、この私が引導を渡してくれる。二人に触れさせはせん。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ