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第十一夜 三郎


 今宵は少し暑いようですね。実のところ、そこまで暑さ寒さを感じることもないのですが。その必要もないですし。

 しかし、なんとなくそうしたことも気にはなります。貴方もいつも同じような格好で、そんなスーツ姿では暑くありませんか。


 御自身がそれで良いのであれば構いませんが、もっと楽な格好でもよろしいですよ。まだまだ八十八夜よりも長い夜が待っておりますから。さあ、その皮袋、温州蜜柑うんしゅうみかんを貸してください。ひと針ひと針、こころを込めてつくろうとしましょう。


 その間はいつものように、まだ定まらぬ行く末、十七年後の出来事をいつか御魂みたまに語り聞かせてもらうとしまして。このたびは、天狐てんこの三郎より。



……我が名は三郎。


 心水教の実働部隊、天狐の総元締めをしている。明治の頃、初代白里様から三代目白水様まで通して仕えた三郎様の名を代々受け継いできた。自分もまた、その名に恥じぬよう、七代目白里様の影として、危ない仕事、汚れ仕事、妖しの仕事をこなしてきた。


 しかし、この仕事はまた格が違う。


 どうやら十七年前の出来事と絡みがあるらしい。七代目も当時のことはあまり語られないが、凄惨なものであったと聞く。その鬼の気配があるなど、捨ておけない話だ。


 この三郎、身命しんめいして任を果たそう。


 ちょうど自分が生まれた頃の話で、遠い昔の出来事と思えるが、ひるがえれば、わずか十数年前のこと。

 七代目はもちろん、おかげ横丁の顔役、夏野千里殿もそれをじかに体験されたのだ。鬼の気配は御船龍樹みふね たつきのもとからするという。人に化けているのであれば、その正体、必ず見破ってやろう。


 そう心に決めて伊勢の地へ訪ねてきたものの、いまはもう鬼の気配は消えているようだ。御船龍樹は自分と同じ年頃で十六か十七か、短かい黒髪の女らしい。下宿には不在で、写真もなく、探すには千里ちさと殿の協力が不可欠だ。

 それなのに、千里殿は土産物屋みやげものやの営業があって日中は動けないなどと。緊張感のない方だ。学び舎へ行こうにも、これまた千里殿の助力がいるのだが。こうしている間にも、鬼が動き出すやもしれん。


 気がいて仕方がない。とはいえ世間は休日ゆえか、おかげ横丁はすごい人混みで、ここで人探しなど望めそうもない。

 ただ、御船龍樹は甘味かんみ好きで赤福本店へも立ち寄ることが多いと聞いた。観光を楽しむつもりもないが、千里殿の手が空くまで、そこで網を張っておくのもいいだろう。闇雲に歩き回るよりはいい。


 その赤福本店へ入るや否や、護り鈴が鳴った。ちりんちりんと、近くにあやしの気配があることを示していた。


 腰にぶら下げた霊水を手に取り、鈴鳴りの導きを辿たどる。その先、小学生くらいの男児と並んで床机しょうぎに腰を下ろしたセーラー服姿の少女が、目を細めて赤福を頬張ほおばっていた。短かい黒髪で、十六、七くらい、なにより鈴鳴りの示すこの少女が御船龍樹に違いない。


 こちらの緊張した視線に気付いたか、御船龍樹が顔をあげた。たじろぐことなく見つめてくる目は妖しく、口元のあんこをぺろりと舐め取る仕草にどきりとさせられる。


 細い目でじっくりと見つめた上で、どないしました、うちになんぞ用ですかと尋ねてくる。その目に魅入られ、自分でもほおが紅潮してくるのがわかった。これは何だ。一目惚ひとめぼれ? いや、なにかの術ではないのか。鬼の、あるいは、御船に伝わる術をかけられているのでは。


 思わず手が動いていた。


 万病に効く霊水といい、あやかしの真の姿を暴く霊水を、ばしゃりと御船龍樹にかけてしまっていた。人に化けたあやかしであれば、その正体を現すはずだ。

 しかし、頭から霊水を浴びてずぶ濡れになっても、少女にはなんの変化もない。うつむいていた顔をゆっくりとあげてくると、怒りで口もとをひくつかせながら睨み付けてきた。さらに床机しょうぎをがたりといわせて立ち上がり、なにしよるんや! と言うが早いか、湯呑みの茶を顔めがけてぶちまけてきた。


 ふーっ、ふーっと荒い息を吐いている御船龍樹を見つめるも、やはりなんの変化もない。むしろ、霊水に濡れた髪が水滴に煌めき、白いセーラー服が肩まわりに張りついて妙な色気をかもし出していた。鈴鳴りも止まっており、どうも何かの間違いであるらしいのだ。


 はっと気付いてこちらが無礼をびると、御船龍樹は見開いた目を細め、頰を伝う霊水を、ぺろりと口元で舐め取った。そのつやっぽく妖しい舌でいう。


 よう見たら、あんた、まあまあ可愛い顔しとるやんか。なんのつもりか知らんけど、うちの言うことを聞くなら許したろ。


 くくく、と笑うその顔に見惚みとれてしまったからなのか。三郎の名をけがす不始末を仕出かすこととなってしまった。



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