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第百夜 加藤佳乃


 まことにおつかれさまで御座います。


 百日百度の願掛けも、今宵が最後となりまする。立花兄妹の失われた時を取り戻すことができたかどうか、それは来たるべき時にお任せしましょう。


 鬼の語りは儚きもの。次に眠り、目覚めた時には、貴方あなたもすべてを忘れてしまうのです。


 おや、姉夫婦の声、また愛しき伴侶の声が聞こえています。早く来いと呼んでおるようです。では、今宵を最後にくと致しましょう。この時を千年待ったのですから。


 では、みなさま、いずれお会いする日まで。しばしの別れで御座います。


 懐かしき語りが本当に起こるかどうか、起こったかどうか。それはご自身の目で確かめられたし。最期の語りは加藤佳乃かとう よしのより。



……貴方あなたの名前は、佳乃。


 こぽこぽと沈むセカイに力強い声が響く。わたくしはまだ外のセカイを知らずにいた。喜びも悲しみも、なにひとつ知ることなく線香花火のように儚く散ってしまった。


 それでも名付けを受けた魂は同じでありながら違い、異なりながら変わらぬものとして時を漂い、ある時は式神として、またある時は幽霊として、またある時は鬼として、またある時は人の子としてセカイを知った。


 こぽこぽと沈むセカイに何人ものあたたかな手が伸ばされる。その手を握り返そうにも伸ばすべき手がなく、永遠に流れ去るように思えた。けれど、髪を撫でられるたびに、からんでもつれた言葉がほどけていく。


 あの時のことはよく覚えています。


 暗い海の底のような闇に埋もれたわたくしを、誰かが呼んだのです。それは父であったような、母であったような、あるいは立花浩二こと温州蜜柑か、かさねか、わたりか、あるいは、くずか。


 誰であれ、わたくしは名を呼ばれることで目を覚ましました。他の誰かがいて初めて意味をなす。それが名前です。


 いまなら誇りを持って言えます。


 わたくしの名は佳乃よしの加藤佳乃かとう よしのです。願わくは、誰しもがおのれの名をいつくしまんことを。



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