呪文
俺は石だ。
かなり前の話だが、なんとかという建設会社のトラックが沢山の仲間と一緒に俺を乗せてこの道を通った時、どういうわけか俺だけを落っことして行ってしまった。
それ以来、俺はこの砂利道にずっと居る。
俺の趣味は人間を転ばせることだ。
この道は、近くの小学校と幼稚園に続いているらしく、よく人間の子供が通る。
ここに来てしばらくした頃、人間の子供のオスが俺につま先を引っかけてすってんと転がった。
その様子ときたらなんとも不器用で間抜けで、尾を引く甲高い喚き声も非常に興味深いものだった。
目という器官から溢れ落ちる水がぽたぽたと俺の上を洗ってくれて、素晴らしく気持ちが良かった。
それから俺は転ばせること、転んだ様子を観察するのが趣味になった。
……他に何も楽しいことなど無いのだ。
ある日のこと。
ランドセルとやらを背負った人間の子供のメスが、俺を勢いよく蹴飛ばしながらすっ転んだ。
派手に足をぶつけたらしく、膝という部分から赤い液体をにじませていた。
メスの子供はどんな声で泣くのだろうと期待しながら待っていると、そいつはただ「うっ」とうめいただけだった。
そして立ち上がろうとしてぎくりと体をこわばらせた。
いたい、という感覚は俺にはわからないが、どうやらそういう状態らしい。
人間の子供は頭を膝に近づけて怪我の様子を確かめているらしかった。
どうもこれはいくらか冷静な子供のようだった。
そいつは鼻をすすると、ポケットからハンカチと呼ばれる薄いものを引っ張り出し、目にあてがった。
まず目から出かけた液体をぬぐい取り、それから鼻を拭き、もう一度ハンカチを広げて膝を押さえた。
そして、メスの人間の子供は不思議な動きをした。
押さえたハンカチの上から掌で撫でるように円を描き、子供らしい高い声で言った。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの、とんでいけ~!」
そしてその掌を思い切り払うように俺の方へ伸ばした。
そのとたん、俺の全身がズキズキとうずきだした。
なんだ、これは。
体が壊れる。いや、壊れるようだ。
トラックから落とされて地面にぶつかった後の振動よりも嫌な感じだった。
俺は初めて知る感覚に苛まれながら、子供の声を聞いた。
「……あ、治った。」
子供は元気よく立ちあがると、何事もなかったように俺の脇を通り過ぎて行った。
終
大昔に書いたものの焼き直しです。
元原稿は無くなってしまいました。
2009.03.03書き直し