3.断罪パーティー
パーティー会場の扉は開けっ放しになっていて、参加者全員が入場したら扉が閉まった。
つまり私が最後だったというわけなんだけど、かなり注目を浴びている。私が一人で会場に入ったからだろう。
基本、婚約者がいる人は婚約者にエスコートしてもらってパーティー会場に入る。婚約者がいない人は父親や兄弟に頼むものなのだが、私はそれすらいない。王太子の婚約者である私が、だ。
王太子殿下に視線を滑らせれば、ニヤニヤとしながらこちらを見ていた。その傍らには男爵令嬢マリア・カーティスと私の弟のラルフもいた。そして、あの乙女ゲームで攻略対象とされていた者たちも。
攻略対象者は5人。
第2王子兼王太子でもあるアルフレッド・アンディーク。
王家に近い発言力ヲタ持つ公爵家の嫡男であるラルフ・エルヴィス。
王国騎士団長子息のハロルド・ドレーク。
侯爵家嫡男で植物学者でもあるリアム・サッチャー。
伯爵家次男で次期宰相候補のクリス・シェパード。
彼ら本人とはあまり話したことはないが、彼らの婚約者とは友達、親友と行ってもいいくらい仲がいい。
彼らはあんなに可愛くて綺麗な婚約者がいるというのに、ぽっと出の男爵令嬢に魅了されるなんて…。彼らがこれからこの国を担っていく重要人物だと考えると、この国の未来は絶望的だ。
これなら早いとこ国外に逃げた方がいいかもしれない。
それから5分も経たないうちに国王陛下がご入場された。父も陛下の後ろに控えるように立っていた。
国王陛下のありがたいお言葉を聞いた後、ついにパーティーが始まった。
本来なら、男性から婚約者をダンスに誘うものなのだが、王太子殿下は一向に誘いに来ない。マリアさんと踊っている様子はないため、今から始まるのだろう。
私の断罪劇が。
彼らのシナリオは私が殿下をダンスに誘うところから始まるらしい。そもそも、女性から男性をダンスに誘うのはマナー的にあまり良くないのだ。だから彼らを放っておいて壁の花になるのもまた一興。とか思いながらも、彼らに近づいて行く。そうしないと話が進まないと思ったからだ。
そして王太子殿下の前に立った。
「殿下、私と踊っていただけますか?」
お淑やかに笑顔を作り、ドレスのスカート部分を摘んで膝をおった。が、
「私はお前とは踊らない」
即答だった。ちょっと腹立つ。苛立ちで表情が歪みそうになるのをなんとかこらえた。
近くにいた生徒達がざわつき始めたのを感じる。
「それはなぜでしょうか?」
怯むことなく尋ねる。
「貴様、とぼける気か!」
「何がでしょうか?」
言いたいことはわかっているが、わざととぼけてみせる。
「私が気づいていないとでも思ったか、このクズ女め!」
ほう、公衆の面前で、しかも国王陛下やお父様が見ている中で私のことをクズ女と…。
殿下は昔から素直な人だったから、今のも本気で言っているのだろう。
ああ、そんなことよりも、今殿下が大声を出したせいでかなりの人から注目を浴びてしまった。
「何のことをおっしゃっているのかが全く見当もつきませんわ」
「あくまでも白を切るつもりか。ならば私たちが皆の前でお前の悪事を暴いてみせよう。リアム」
殿下が声をかけると、呼ばれたリアム様が一歩前に出た。
「アメリア・エルヴィス、貴女は学園で、ここにいるマリア・カーティスを元平民という理由でいじめていた!」
リアム様は声が会場全体に響き渡るように叫んだ。会場は一瞬しん、と静まり返り、次の瞬間にはまたざわめき出した。
「私はそんなことしておりませんわ」
事実私は何もしていないし、疑われる義理もなかった。
「まだ白を切るつもりか!?」
「…私がいじめたと、マリア様本人がおっしゃったのですか?」
「いいや、マリアは心優しい娘だからな。私たちに言い出せずにいたよ」
「お前はそんなマリアの優しさに漬け込んだんだ!…私たちも、ご令嬢たちに教えられるまで気がつかなかった」
教えられたことを確かめずにそのまま受けとったってことね…。恐らくそのご令嬢とやらは今すぐ近くでニヤニヤとしている子たちだろう。
ここで問題になるのは、マリア自身が話したわけではないということだ。マリアをチラリと見ると、俯いて青い顔をしていた。なるほど、この娘自身はそんなつもりなかったのね。私が彼女に注意をした時も嫌な顔をせず、きちんと謝り、直そうと努力していた。まあ、努力をしようとする度に攻略対象たちがそんなことしなくていいとか、俺たちがフォローする、とか言って邪魔していたし、結局あまり変わらなかったのだけれど。
「私はそんなに汚く醜い心を持ったお前と結婚する気は無い。よって、私はお前との婚約を破棄する!」
殿下は一際大きい声で言った。するとまたざわめきが大きくなった。
「それで、マリア様とご結婚なさるおつもりですか?いくら貴族令嬢といえど男爵家出身であればよくて妾程度。妾では跡継ぎを産めませんわね」
「黙れっ!私はマリアを正妻にする!つまりマリアは未来の王妃だ。そしてお前は、未来の王妃をいじめた大罪人だ!」
この男、本気で言っているのだろうか?男爵令嬢を正妻にだなんて…笑ってしまいそう。
「その大罪人に罰を与える!アメリア・エルヴィス、お前を…国外追放とする!!」
静まり返った会場でそう言い放った殿下は、得意気な顔でさらに言った。
「衛兵っ、この大罪人を会場から放り出せ!!」
殿下のその一言で衛兵たちが集まりだしたその時…
「……待て」
そう言ったのは、この国で一番の権力を持つ国王陛下だった。衛兵たちも陛下の命令には逆らえず、動きを止めてしまった。
「父上っ、なぜ止めるのですか!?」
陛下は殿下の言動に頭を抱えているようだった。
「アルフレッド、お前はなんてことをしてくれたんだ……」
陛下は眉間を押さえるような仕草をした後、こう告げた。
「アメリア嬢、この度のことに関してはまた便りを送ることにする。今日のところは一旦帰っていただけないだろうか?」
想定していたのとは違う反応だった。乙女ゲームの中での陛下はこんなことを言っていなかったはずだ。原因は恐らく、私がゲームとは違う態度をとったからだろう。
「承知致しました」
本当はこの先の展開も見届けたいが、陛下の言葉を無視できないため、丁寧な礼をしてから会場を出た。
「お嬢様っ!」
馬車にたどり着くと、シーラが慌てた様子で私に声をかけた。
「お嬢様、御屋敷へ戻りましょう」
会場内であったことはシーラたちの耳にも届いていたようで、馬車はすぐにエルヴィス王都邸へと出発した。
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「アメリア?早かったじゃない、どうかしたの?」
まだ報告を受けていなかったらしいお母様は、不思議そうに眉を下げた。そんなお母様にシーラたちが慌てて説明している間にさっさと部屋に戻った。
乙女ゲームの本来のルートから少しズレた現実は、ゲームの中のそれよりも面倒なことになっているような気がした。
悪役令嬢のアメリアはすぐには国外追放されずに国王陛下からの便りを待たなければ行けないようだ。まあ現実はそんなに上手く行かないのだろう。
これならさっさといじめを認めて国外追放されれば良かったのではと思ってしまう。
ドレスから部屋着に着替えると、シーラが慌てた様子でやって来た。
「お嬢様、旦那様がお帰りになりました!」
…思っていたより少しだけ早い帰宅だったな、と思いながらもお父様の書斎へと向かう。謝罪の言葉をある程度組み立て、ついに扉の前に辿り着いた。
ノックの音がなり響き、逸る気持ちを抑えながらも中にいるはずの父に声をかけた。
「お父様、私です」
「…ああ、入れ」
扉越しに聞こえたその声は普段よりもいくらか低く聞こえた。
「…失礼します」
緊張で震えた手で扉を開くと、そこにいたのは父一人だった。
私たち2人しかいない部屋で、座るように促された私は、2人がけのソファに父と向かい合う形で座った。
「…お父様、今回のことに関しては、」
「国王陛下のご意向に従う」
「え…」
「いじめの有無の調査が終わり次第、結果に沿った旨の便りを送られるそうだ。それまでお前は領地の本邸で過ごすように」
本邸で…ということは、王都から離れるということだ。
「学園には行かなくていい」
領地から王都までは馬車で2日かかるため王都邸から学園に通っていたが、通わなくていいならばもう王都にいる必要はない。
「わかりました」
「…怒ってますか?」
婚約破棄されて、国外追放を言い渡された上に、いじめの疑いまでかけられるだなんて…。エルヴィス公爵家の評判を落とすような真似をしてしまった私は、正直勘当されても文句は言えない立場だと思っている。
「怒ってはいない。…少なくともアメリアにはな」
「私にはって、何故ですか!?私は、」
「怒るべきはアメリアではない」
私ではないって…?
「お前はいじめなんてする子ではない。そうわかっていたから王太子の婚約者に推薦したんだ」
「へっ?」
そういえば、婚約者になった理由なんて今まで気にしたことがなかったが、お父様が推薦したからだったのか。
お父様と国王陛下は学園時代から仲が良かったと聞いている。だから国王陛下もお父様の推薦に応じたのだろう。それがこんな形で…。
「こんなことになるなら、お前を推薦するんじゃなかった…」
うぅ、すごく申し訳ない…。
「実は昨日、王太子殿下から手紙が届いていたんだ」
「殿下から…?」
「エスコートの断りの手紙だ」
エスコート!王太子殿下が王都邸に訪れる前に手紙が届いていたなんて。
「あの手紙を受け取った時から、まさかとは思っていたが、本当にこんなことになるとはな…。私がもう少し早く気づいていたら、アメリアが傷つくことはなかったかもしれない」
お父様は少し悲しそうに眉を下げた。
「いいえ、お父様のせいではございません!全て私の不手際のせいです」
正確に言えば、婚約者がいるのに別の女性を好きになったことだ。好きになることは別に構わないが、その女性に付きまとい、己の職務を疎かにしてしまったがために、こんな事態になってしまったのだ。
「だから、あまり気に病まないでください」
「ああ、わかった。しかし、国外追放だけは必ず阻止する」
あれ?私、国外追放される気満々だったんだけど。むしろ、前世の記憶が戻った今、貴族のままでいるより国外で平民として生きた方が楽な気さえする。まあ、お父様なりの罪滅ぼしなのだろう。まだ追放されないと決まったわけではないし、何とかなる、はず。パーティー会場にいた人の中には私を疑っている人もいたし、私がマリアをいじめていたと(嘘の)証言している令嬢たちもいる。何より、この国で2番目に偉い王太子殿下が言ったのだ。国外追放は間違いないだろう。
「…リア。…アメリア!」
「は、はいっ」
自己完結してほっとしている間にお父様に呼ばれていたようだ。
「どうしたんだ?昨日から様子がおかしいが、体調が良くないんじゃ…」
「大丈夫ですわ!この通り元気ですから、お気になさらず」
「…そうか。今夜のうちに領地へ帰る準備をしておきなさい。出発は明日だ」
「分かりました」
私は部屋に戻るように促され、書斎を出た。