1. 悪役令嬢に転生しました。
「あの運転手、一生恨んでやるっ!!」
これが私の最期の言葉だった。今でも鮮明に思い出されるそれは、あの場にいたほとんどの人の耳に届いただろう。
トラックに轢かれそうになった人を助ける、なんて、ヒーローのようなかっこいい死に方をしたのに、これでは台無しだと、その場にいた誰もが感じたことだろう。
私もそう思う。
まるで走馬灯のように駆け巡った記憶はなんだったのか。前世の記憶、というやつだろうか。ただの夢にしてはリアルすぎるそれは、一人の女性の一生を鮮明に感じるものだった。まるで本当に自分が体験したようだった。
この記憶が本当に前世の記憶なら、きっとここは、乙女ゲーム《進め!夢のプリンセスロード!》略してユメプリの世界なのだろう。
そして私は、アメリア・エルヴィス。このゲームの悪役令嬢。
記憶の中の女性が私であると仮定した上で考えると、私はかなりこのゲームに熱中していたようだ。この世界、そして私自身の行く末が手に取るように分かる。
私はこの先、婚約者である王太子に婚約破棄され、さらに国外追放まで言い渡される運命にある。
そして、その期限は明日の夕刻と、間近に迫っていた。
なぜこんなことに…
そんなことは誰に尋ねずともわかっていた。きっとこの運命が決まったのはあの日、あの子が学園にやって来てから。
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平民の娘、マリアがカーティス男爵の血縁と発覚したのは、カーティス男爵家の嫡男が不慮の事故で亡くなってから一週間後のことだった。
カーティス家には息子が一人しかおらず、カーティス夫人は病気で他界。男爵自身も既に子を産めるような歳ではなかった。跡継ぎがいないという問題が発生した男爵はあることを思い出した。
十数年前、男爵とメイドとの間にできた落胤。マリアと名付けられた娘とその母親に金を渡して男爵家から追い出したことを。
男爵は大量の金を使ってマリアを探し出し、平民として育ったマリアを社交界、ひいては貴族の子息・令嬢が通う、王都の学園へと送り出した。
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マリアはマナー・礼儀が全くなってない子だった。
婚約者がいる殿方とパーティーで2回以上踊ったり、必要以上に近づいたりと、女性の間ではあまり評判が良くなかった。
私も彼女の行為をあまりよく思っていなかったため、注意することが多々あった。
恐らくそのせいだろう。私があのゲームの中で悪役令嬢と呼ばれる所以。
しかしそれは、王太子の婚約者として、ひいては公爵令嬢としての責務だと私は考えていた。7歳で王太子の婚約者となった私は、次の王妃となるために、たくさんの努力を重ねてきた。
それなのに、マリアをいじめた張本人として婚約破棄される上に、国外追放だなんて……
私の何が悪かったのか。いや、悪いことなんてなかったはずだ。いじめなんてしていないし、陰口を言ったこともない。
やはり、ゲームだからなのだろうか。誰かにとって、ただのゲームでしかないこの世界で、キャラクターとして、悪役令嬢として産まれてきたからだろうか。
そう思った瞬間、私の両目から涙が溢れ出した。声は出さずに泣きじゃくった。
コンコン
部屋にノックが鳴り響いた。
しかし涙は止まらず、溢れる。
「アメリア、私だ。話がある」
私の部屋を訪ねたのはお父様、エルヴィス公爵だった。お父様の訪問を断ることはできず、泣き顔のままはい、と声をかける。
「失礼する。…アメリア?」
お父様は泣いて目を真っ赤に腫らした私を見て、目を見開き、動揺した。何せ私が泣くのなんて子どもの頃以来だったから。
「どうかしたのかい?なにか嫌なことでも…」
お父様は私の顔を覗き込み、心配そうな眼差しを向けた。
「なんでもありませんわ。ただ少し、気が滅入ってしまって」
「体調でも悪いのかい?明日のパーティーは休んだ方が…」
パーティー…。毎年、学園の創立記念日に開かれるパーティー。このパーティーには学園の生徒全員と、国王陛下も出席される。
私がこのパーティーに参加しなければ、婚約破棄も…なくなるわけがない。明日じゃなくてもパーティーはたくさんある。婚約破棄は避けられないのだ。それなら…
「いいえ、体調は大丈夫です。パーティーにも出席します」
涙が止まり、開けた視界でお父様を見つめる。
「しかし…」
お父様は少しだけ眉をひそめた。
「大丈夫です。公爵家の恥にならぬよう、しっかりと致します」
「……そうか」
「お父様、話とはなんですか?」
お父様は少し考えた様子だった。
「…明日のパーティーには私も出席すると伝えに来ただけだ」
なぜお父様が学園の創立記念パーティーに、と問いただそうとしたが、お父様はしっかり休めと言って部屋を出て行ってしまった。
お父様とは私が学園に入学する前からあまり話すことはなかった。私は領地の屋敷、お父様は王宮での仕事のために一年中王都の屋敷にいたため、話す機会はほとんどなかった。私が学園に入学してからも話す内容がなく、食事も別々だった。
お父様とこうして話したのは久しぶりだった。
少しだけ安心した。お父様からは嫌われているのではと思っていたのだ。でも今話をして、心配されて、嫌われているわけではないとわかった。
国外追放の前に知れて良かったと思う。お父様も、お母様も、今はマリアの魅力に囚われてしまっている双子の弟にももう会えなくなるのだ。そう思うと、これから切れる縁が少しだけ惜しくなってしまった。
先程まで少し寝ていたため、あまり眠くはなかったが、明日に備えるためにまたベッドに入り、目を閉じた。
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いつもより長い時間寝たにもかかわらず、いつもの時間にすんなりと起きた翌朝。いつも通りの時間に侍女のシーラが扉をノックした。部屋に入ったシーラは私の顔を見た途端、あっと声をあげた。
「お嬢様、なんですかその腫れ上がった目は!」
「腫れ上がった目?」
そういえば昨日は泣きはらしたまま冷やしもせずに寝たことを思い出した。
「大丈夫よ、放っておいても午前中には元に戻るわ」
私は、午前は予定ないから、と付け足した。
「ダメに決まってるじゃないですか!今日は大切なパーティーの日、国王様や王太子様もいらっしゃるのでしょう!?」
私は婚約破棄されに行くんだけどね。
なんて言える訳もなく、目を濡れタオルで冷やされている。シーラは私が公爵領にいた頃から仕えてくれている侍女で、家族みたいなものだと思っている。そんな彼女を悲しませる訳にはいかない。
ある程度目の赤みと腫れが引いてくると、ドレスに着替え、髪をシーラにまとめてもらった。
朝食を軽くとった後、シーラには部屋を出ていってもらった。
出ていってもらった理由は、これから国外追放された後に持って行く荷物をまとめるためだ。
領地から王都に来る時に使った大きめの鞄を引っ張り出し、そこに動きやすい服やお金になりそうなアクセサリーを入れた。
コンコン
「お嬢様、大変です!」
部屋の外からさっき追い出したシーラの焦ったような声が聞こえた。
「どうかしたの?」
「王太子様がいらっしゃいました!」