ナポリタン
俺が小学生の頃の話だ。
夏休みの雨の日。
ウチの喫茶店の軒下に、女の子が雨宿りしていた。
髪はボサボサ、白いワンピースも色が変わっていた。
雨は中々止まなかった。
見かねた親父は女の子を店内に呼び、カウンターの端っこに座らせた。
「あの、お金、ないので」
俯きながらボソボソと話す女の子。
親父は、子供が遠慮なんてするもんじゃねぇ、とパスタを茹でながら笑う。
「ほい、食べな」
女の子の目の前に置かれたのは、よくあるナポリタンスパゲティ。
その横にはレモンソーダ。
女の子は戸惑っていたけど、ケチャップの香りに誘われたのか、くぅとお腹を鳴らしてしまった。
顔を真っ赤にして俯くその顔が可愛くて。
名も知らぬ女の子だけれど、たぶんそれが俺の初恋だ。
「──そんなことよりだな、今日から転入生が来るらしいぞ」
「てめ、俺の純粋な初恋話をよくも」
転入生が来るとあって、高校二年生になったばかりの朝の教室は、異様なテンションだった。
「どんな女の子が来るんだろうな〜」
悪友は、顔面を緩ませて妄想に耽っている。
「……女子なのか?」
「転入生と言えば美少女に決まってる」
謎理論だ。
男子は転校しないと思っているのか。
教室の扉が開いた。
「席につけ。今日からクラスの一員になる、高本さんだ」
入ってきたのは……あ。
「高本ひよりです。好きな食べ物は、ナポリタンです」
あの時の、女の子だ。
「また、逢えたね」
あどけない笑みを浮かべた彼女は、たしかにそう言ったんだ。