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適当短編集  作者: 宇佐見レー
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煌めいた空薬莢が見せる希望と絶望

   煌めいた空薬莢が見せる希望と絶望

 平和だった。

 跳び抜ける程に青が続き、陽光が穏やかなこの日を、平和だと言う他無い。

 昼食の為に仲間とビルから出て来るサラリーマンは、見回したところで上着など着ていない。

 同じく、子供と散歩がてら昼食を食べに来た若い母親と子供も、頭上からの熱に既に長袖は着ておらず、走り回る子供に大汗を掻く母親からは育児の大変さが見える。

 平和で、天気の良い日、仲睦まじい老夫婦もベンチに座るとお互いを気遣いながら談笑をする。

 そして人が多ければ、車通りも多い。

 窓を閉め、エアコンを稼働させた車からは水滴が落ち、道路にその軌跡を残す。

 信号が赤になり、停止線手前へ停まるとエンジン音を微かに唸らせながら青を待つ。

 そんなどこにでもある、平和な日常。

 青になると再び水滴の軌跡を道路に作り、車は進んでいく。

――――再び信号が赤に変わり停まった車は、そんな日常でも確かな『悪』がいる事を証明していた。

 米軍からの払い下げである高機動軍用車、武装は取り外されているがそれら四台によって挟まれたMRAP装甲車輌。

 それぞれに重武装をした警備員が高機動車四台に二十人、MRAP装甲車輌には貨物があり、運転手を含めた四人が乗車。

 計二十四人による護送だ。

 それぞれの隊員が改良され、オプションパーツを着脱できるようになった89式を手に持ち、使うことが無いように、と足の拳銃嚢には思い思いの拳銃が装備されていた。

 これだけの人員、装備、車輌は今現在の日本では厳重であり、通常となっている。

 いつもの平和な日常、だが人々は特に目をやる事もなく、横断歩道を歩いて行く。

「……MRAP、車列の前後にするのが正解じゃないすか?」

 一体どういう荷物かすらも知らされていない、得体の知れないものをちらと見やり、運転席から見える二台の高機動車を見ると、彼は少し不服そうに言った。

「黙って座れ」

 その対面に座る隊員は、呆れたように言うが、肩を竦めた後輩に同意を示すように溜息を吐く。

「今じゃ、どこから革命軍やらテロやら起こるかわからんのに、会社はこれが精一杯らしい」

 後輩は少し驚いたように語気を強めると、言葉を続ける。

「これだけ国の仕事やってんのに?」

「そうらしい。ただ今回の仕事はこれを壊すと明言した連中もいたらしくな……というか話を聞いていなかったのか?」

 自身の問いに憎らし気に「はい」と答える後輩隊員に、先輩隊員は頭を抱えかけるが、とりあえず仕事に支障が出ない様、片隅へ置くことにする。

「どうやら革命軍が明言したらしくてな……」

「走るぞ、警戒を怠るな」

 平和な日常、信号が青になり、車列が徐々に発進し始める。

 MRAP車輌助手席に座る、この部隊の指揮官が少し、イラついたように注意する。

 それは会社への不満を漏らした社員への当てつけなのか、それともただ単に静かにしろ、と言う事なのか。

 答えるまでもなく、静かにしろ、という意味だ。

 指揮官自身も会社へMRAPの使用許可を幾度となく出したが、結局許可が出されたのは荷物を運ぶ為のこの一両のみ。

 部下を守るのにはあまりにもひ弱だ。

 路肩爆弾、地雷、他社や他国ではそういった被害が国内、国外でも大きいと言われている。

「チッ……」

 漏れ出た不満は、まるで部下への当てつけの様に見えるが、彼はそれに気づいていない。

 何も起きるな、そう心の中で願うが――――前を走る車輌が予定通りに右ウィンカーを明滅、交差点へと走り出た。

 その刹那――指揮官の願いは、砂の城が如く崩れ去る事になる。

『右前方、進行方向から車輌が接近――!!』

――無線から聞こえたその怒号は、二度と聞こえる事は無かった。

 指揮官が前方へ意識を向けた時、一番前を走る高機動車の横っ腹へ、普通自動車が減速をすることなく超高速で突っ込んでいた。

 そしてほぼ同時――――積み込まれていたであろう爆弾が、前方二両目も半ば巻き込むように大爆発を起こす。

 車輌内でも届く熱風。

 臓腑を震わす衝撃波。

辺りに降り注ぐ人だったもの。

 フロントガラスを汚す砕けたアスファルト。

 一瞬の轟音は鼓膜をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、眼球を焼くような光が走る。

「車輌爆弾……!?」

 突然の出来事だったが、思考がまるで電気の様に脳を駆け巡る。

 耳も聞こえなければ視界も安定しない、けれど無線を手に取り叫んだ。

「全車輌、Uターンし本部へ戻れ!背後を阻まれた場合、応戦を許可する!!第一は本部へ戻り、警察機関や自衛隊への応援要請!!」

……平和だった大通りは今や地獄絵図。

 砂埃は晴れないが、それでも聞こえる一般市民の叫び声は助けを求め、走り回る姿はどれも出血をしている様だった。

 風が吹き抜け、晴れ始める大通り――交差点を中心に、歩道にまで爆発の影響を受けており、昼休憩中だったサラリーマン、子連れの親子、果てやベンチに座っていた老夫婦も含まれた大勢が倒れていた。

 穏やかな時の流れが一変、そこはただの『戦場』と化していた。

『指揮官……前方車輌、まだ三名生存しております……』

 かき回された聴覚が復活し始めたのか、繰り返される無線からの声に指揮官は気付く。

 無線から聞こえてきていたのは半ば巻き込まれた前方車輌の二台目、フロントガラス越しに見れば此方へ手を振っているのが、見えた。

「――――ッ!!」

 頭を巡る余計な思考は、会社への許可申請だ。

 上の奴らが許可さえしてくれれば、五人……いや八人も部下を失う事は無かった。

 考える、が時間は無い。

 これがただの自爆テロでなければ、革命軍辺りがそろそろ顔を出し、この車輌を狙ってくる頃合いだ。

「安藤、山中、援護を頼む」

「指揮官!?」

 どちらが言ったのかは分からない、そしてその呼び声がどういった意味を含んでいたのかも分からない。

 けれど指揮官である彼は無線を今一度手にすると、大きな声で言った。

「この車輌にて残された三名を救出する。残りは我々の援護をしてくれ――一分、経って動き出さなかったら先に本部へ行け」

「指揮官何を……?」

「言っただろう!前の三人を助ける、敵の脅威が分からない以上はこの車両が一番頑丈だからだ!!」

 指揮官はが答えると、声を上げた先輩隊員の方はほっとしたように席へと座るが、後輩隊員は未だ立ったままだ。

「でも一体どうやって救出するんすか!?」

「それは――」

 一瞬言葉に詰まる、が彼は運転席の隊員へ「……車輌の横へつけてくれ」と指示をすると89式へ弾倉を差し込み、レバーを引き遊底を動かすと安全装置を解除した。

「私が誘導する――だから援護を頼む」

 彼はそれ以上何も言わなかった。

 代わりに動き出したMRAP装甲車輌が、横へ着くと助手席側のドアを勢いよく開け放ち、晴れ始めたとは言え、未だ土煙が視界を邪魔する中へ飛び出た。

 照準器越しに辺りを見渡し、ビルの上なども敵がいないことを確認する。

……彼がいるのは死屍累々としている、その中心だ。

「いない……?」

 ただの自爆テロだったのならば、これ以上の被害は無いだろう。

 だが周囲はサイレンも聞こえない嫌な静寂に包まれている。

 おかしい、彼は心の中で呟いた。

 これだけの爆発、それに被害、救急車でも警察でも来ていてもおかしくない筈だ。

「指揮官、我々が周囲を見ます」

 車輌から出てきた二人の隊員が照準器越しに辺りを警戒し始めた。

 呼ばれた彼は銃を肩へ回すと高機動車外部と内部を見やる。

「急がないと……」

 どうやら爆発によって誘爆はしなかったようだが、エンジン部分は大破し、燃料が漏れているらしく、嫌な臭いが鼻を刺激する。

 目に見えて漏れており、その前方では炎の勢い殺すことなく燃え盛る鉄塊がある。

 時折聞こえる破裂音は内部で爆発している様だ。

「今助けるぞ!!」

 後部の扉へ手をかけ、開けると鼻を覆いたくなる不快な臭いと肉の焼ける音が耳に届く。

……恐らく運転席と助手席にいる二人だろう。

 けれど今の彼にとっての最優先はまだ生きている生者だ。

「よしもう大丈夫だ!生きろ!まだ死ぬべきじゃない!!」

 息をしている一人に肩を貸し、必死に声をかけながら貨物の置かれているMRAP装甲車輌の後部へ横にさせる。

「次はお前だ!もう安心しろ!!」

 順に手を貸し、肩を貸し、先に寝かせたもう一人の隣へ横にさせる。

「お前で最後だぞ!まだ死ぬな!目を開けろ!」

 三人目を救出し、念の為、前の二人も確認するが――――顔は原型を留めていないほどに酷く、割れたフロントガラスが体一杯に突き刺さっている。

――仕方がない。

「全員戻るぞ」

 彼は心の中でそう呟き、高機動車からも降りて周囲警戒を行ってくれている他の隊員へ無線でそう言った。

 その無線に一斉ではなく、一人一人車輌へと戻り、警戒を怠らぬように準備を行っている時の事。

 ふと一人の隊員がこの場では不似合いな陽光に照らされた、一つの影を見つけた。

「なっ!?」

……それはビルの屋上縁から此方を見下ろす人影。

 けれど彼が驚き声を上げたのはそれが理由じゃない。

 至って真剣な眼差しでトカレフ拳銃を右手に、左手には安全ピンが抜かれたM67破片手榴弾を『たった今し方放った』ところだったからだ。

「フラグアウト――!!」

 まだ車輌に乗車していない隊員が多くいる。

 爆発までに残された猶予は役四秒程度、細かく言えば更に短い。

 手榴弾を見た隊員は、心の限り、雄叫びの様に叫ぶ。

 自身の小銃、銃口を手に銃床を上に向け、大きく振り被った。

 ここで爆発すれば周囲の隊員に被害が及ぶという理由だろう。

 刹那の判断は、決して間違っていない。

「――――」

 振り被られた小銃、彼の動体視力のおかげもあり、外れる事なく手榴弾は弾かれた。

 車輌爆弾程ではないにしろ、十メートル弱飛ばされた手榴弾は明後日の方向へ飛び、爆発した。

 周囲へ幾千の破片を飛ばしながら。

……けれど、直撃は免れたものの、無数の破片は四方八方へ飛翔し……数人の隊員の皮と肉を突き抜け、裂けさせる。

 突然の事で防御態勢の出来ていなかった数人はその場で倒れ込む。

 もちろん、手榴弾を弾いた隊員もいた。

「上だ!負傷者が車輌に入るまで援護しろ!!」

 指揮官の言葉が既に鳴り響き始めた銃声に掻き消され、鉛弾の応酬が始まった。

 太陽光に照る空薬莢が、彼らの絶望を彩り鮮やかに小気味の良い音を鳴らし、無数に足元へ散らばる――――


「おーおーやり始めたねぇ」

 二十前半とは言わないが、後半とも言えない女性が、その場で一番辺りを見回す事の出来るビルの屋上で、風をその体に受けながらまるで他人事のように言う。

 二百メートル以上先の地上で戦う、武装警備員と同じ服装だというのに。

「多少急がなきゃ、な」

 担がれた特殊強襲部隊から借りたヘビーバレルを座って狙撃が出来る様に、縁へ二脚を置き、構えた。

 最近弾倉式となった事により、新品の弾倉を差し込み、遊底を慣れた手つきで引く。

 もちろん、今更見ずとも弾倉に弾が込められているのは既に確認済みだ。

 距離も二百と少しを超える程度、観測手も特に必要とはしない。

 肩程にまで切られた髪を、銃声と鳴り響く爆発音に乗る少し違和感を感じる穏やかな風に揺らし、かつて嗅いだ事のある火薬が燃える臭いが流されてくる。

 彼女は、まず裸眼によって敵の位置を確認し、次に六倍率の照準器を覗き込んだ。

 引き金へは出来る限り指を離す。

「私は一体なんだと思う……?」

 口を付いたその言葉は、照準器越しに映った一人の男に向けられている。

 しかし、その質問に答えれる訳が無い。

 男がポケットから何かを取り出す――それが例え背中側だったとしても動く手元で手榴弾であるのは判別がつく。

 それを確認したと同時に、彼女は引き金へ人差し指をあてがった。

「答えは簡単だ。私はお前達の絶望だよ」

……届く訳の無いその言葉は、虚空へと消える。

 けれど味方への希望となりうる鳴り響いた一つの銃声、放たれた銃弾は手榴弾を持つ男の頭は、ザクロの様に真っ赤な液体を周囲へ巻き散らす。

 力なく崩れ行く男の体はビルの縁から踊り出し、下へ落ちていく。

 その上、奴の持っていた安全ピンが既に抜かれた手榴弾はその場に転がり――――複数人に致命傷を与えるのに、次弾を発射することも無かった。

「おっと……もう帰るのかい?」

 遊底を引き、次弾を装填させるが、照準器を見ると今の爆発によって半数が消えた事に恐れたのか、それとも単純に狙撃手がいる事に気付き、逃げることとしたのか。

 革命軍と思われる連中は、どれもが既に体を物陰に隠し、非常階段を使って逃げるところだった。

「ふむ……」

 切っていた無線機に電源を入れ、恐らく届いているであろう下の彼らに、彼女無事かどうか問うた。

「あーあー、無事か?」

 無線機から聞こえてきた声は、問うて来た声に少し驚いたようだった。

『……うちの狙撃隊の人間か?』

 彼女は無線の先の彼の反応に、特に答えずに縁に座り直すと「ああ」と肩を竦ませ答えた。

 涼やかな風が吹き抜けていく。

『助かった……部下は失う事になったが、君のおかげで全滅は免れた』

「そりゃどうも」

『名前だけでも教えてくれないか?』

――彼女は唸った。

 教えていけない訳でも無いし、けれど気恥ずかしい訳でもない。

 ただ、この声の主には名無しに助けられた、と思われるのがどこかクールだ、と彼女の心の中で決断が行われた。

「名前は無い」

『……そうか』

 どこか残念そうな声の主だが、それを遮る様に彼女が言葉を続ける。

「奴らが絶望ならそうだな……私は――君達にとっての希望だよ」

 風に揺れる真鍮の空薬莢が、からからと音を鳴らし、頭上高くから降り注ぐ希望の光を照り返していた。


 無線機越しの声の主は、どこか満足そうに「……そうか」と言う。




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