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嘆きの怪物(なげきのかいぶつ)・上

   挿絵(By みてみん)

   イラスト:賀茂川家鴨

 ……冷たいです。

 目を開けると、僕は深さ3cmくらいの水に浸かったまま、横になっていました。

 天井には、青く薄ぼんやりとした空間が広がっていました。手元と足元は暗くてほとんど見えません。でも、うっすらと光が差していて、すぐ近くのものなら見えます。


 身を起こして、壁にもたれました。

 壁の感触からして、ごつごつとした岩肌であることがわかります。


「メディアちゃん? どこ?」

 呼びかけても返事はありません。みなさんと、はぐれてしまったようです。

 でも、メディアちゃんなら、高いところから落ちても平気なはずです。

 それなのに、はぐれてしまったということは……。


 何かが足首に当たる感触がしました。

 見下ろすと、つばを下にした麦わら帽子が、ぷかぷかと浮かんでいます。


 僕は、帽子に右手を伸ばそうとしました。


「いたた……」


 岩肌に右腕を打ち付けてしまったようです。右腕がしびれて、ちゃんと動きません。今になって、すりむいた膝が、ひりひりと痛みます。

 むぎわらぼうしを左手で拾い上げ、軽く水を切ってから被りました。


 うーん。これから、どうしましょうか……。

 ちょっぴり塗れたポーチを左手で漁ります。中は濡れていません。

 ディエスさんからいただいたペン状のソーラーライトを点そうとしました。


「あれ……?」


 電気が点きません。壊れてしまったのでしょうか。もしくは、電池がなくなってしまったのかもしれません。

 仕方がないので、ポーチにしまっておきます。

 みなさんを、メディアちゃんをさがさないといけません。ほかに、何か使えるものはないでしょうか。

 ポーチを漁ると、マッチ箱の感触がしました。もっと明るくできるものはないでしょうか……うーん。

 手に持って、近くでひとつずつ観察して、記憶を照らし合わせていきます。だんだんと目が慣れてきました。


 マッチ箱、コンパス、手帳、ペン、おたからの地図、便利な工具ツール、救急キット、携帯食料、飲料水、携帯消火器、笛、ミニタオル、空のバスケット、電波の繋がらない手回し式携帯ラジオ、水鉄砲、ダイナマイト、電気が点かないソーラー式ペンライト、日傘……いろいろとあります。


 地図とペンライト以外は、はじめからポーチに入っていたものです。ポーチに入っていた余計なものは、拾ったものやもらいものと一緒に、自宅のタンスにしまってあります。これでも少ないほうです。ダイナマイトは護身用に持っておこうかと……。


「これは……使えるかも」


 手回し式充電ができる防災用のラジオにライトが付属していました。ラジオを右腕と右足で壁におさえつけ、動くほうの左手でレバーをぐりぐりと回します。回し続けているうちに、右腕がひりひりとしてきました……。

 ぴちょん、と、近くで水の音が鳴りました。高鳴る鼓動に耐えながら、しばらくまわし続け、ライトを点してみます。


「……ひえっ」


 僕の身長の2倍くらいの半径はあるでしょうか。

 青くてぶよぶよした半透明のゲル状の丸い物体から、4本の触手のようなものが伸びています。

 目玉はゲルの中にぷかぷかと浮かんでいて、頭のような部分に口のような突起物がのぞいていました。

 その青い怪物は、白と黒の目玉をぎょろりと回転させて、僕のほうを向きます。


「ひええっ!」


 僕は、慌てて怪物と反対方向へと走って逃げますが、何かにつまづいてしまいました。

 背中に水しぶきがかかります。怪物は4本の触手を器用に操って、遠くの壁へと転がっていきました。

 顔を上げると、ふさふさした獣耳の感触が僕の頬に触れてきました。

 おそるおそる、水に濡れたライトで照らしてみます。


「……メディアちゃん?」


 メディアちゃんは仰向けに倒れて動きません。


「そんな……メディアちゃん! 起きて!」


 揺さぶってみると、メディアちゃんの獣耳がぴくりと反応しました。

 薄っすらと、重たいまぶたが開きます。


「よかった、生きてる……」

「……こずえちゃん、ぶじ? ボク、怪物につかまって、振り回されちゃった……。でも、こずえちゃんがぶじなら、いいや……」

「うぅ、メディアちゃん……」

「心配しなくても、ボクは……ちょっとくらくらするけど、たっぷり休んだから、もう、へーきだよ。ちょうど見えないところにふきとばされて、たまたま隠れられたみたい。……うみゃ? こずえちゃんの後ろから、音がするよ?」

「後ろ……?」

 おそるおそる、背後を振り返ります。

 メディアちゃんは、瞳が大きく見開いて、跳ねるように身を起こしました。

「……怪物だよ、逃げて!」


 メディアちゃんは僕を抱きかかえて、岩肌の影に隠れました。

 怪物は触手を伸ばして、僕たちいたところに突き刺してきます。


「メディアちゃん、動ける?」

「うん。ボク、がんじょうだから……ボクがこずえちゃんを守る!」


 メディアちゃんは大きくジャンプして、怪物を殴りつけます。


「……あれ? あんまり効いてないよ?」


 怪物は壁にふっとんでいきますが、ぼよんとバウンドして、こちらに転がってきました。


「うみゃあん……こずえちゃん、よけてー!」

「ひえっ。こ、こっちにこないでくださーい!」


 怪物さんから逃げ回り、岩を背にして隠れました。すると、上のほうから、すとん、と誰かの影が落ちてきて、しりもちをつきます。


「あいた……暗いのだ」

「ひええっ。だ、誰ですか?」

 手回しライトを向けると、小さくて丸みのある獣耳が見えました。

「おおっ、その声は! あたしだ、リコリスだ!」


 落ちてきなリコリスさんは、スコップを支えにして、すぐに立ち上がります。


「聞いておどろけ! 見てさけべ! ついに、あたしがいちばんに、おたからをゲットしたのだー!」


 スコップを右肩に担ぎ、左手で虹色に輝くりんごを掲げています。


「す、すごいですね。あれ、ディエスさんとシルクさんは?」

「うぐっ。あ、あたしは、大岩に追いかけられて、はぐれてしまったのだ……」

「えっ……」


 ふと、背後から水しぶきの上がる音がしました。


「こずえちゃん、そっちに行ったよ。逃げて!」

 遠くのほうから、メディアちゃんの声がとんできます。

「リコリスさん! しゃがんでください!」

「おう! まかせとけ!」


 僕はリコリスさんと一緒にその場でしゃがみました。

 怪物が頭上を通り抜けていきます。怪物が地面に落ちる衝撃で、足元がぐらぐらと揺れました。


「ひええ……」

「リコリス、上から来てるよ!」


 怪物は壁をつたって天井に貼りつき、僕目掛けて触手を振り下ろしてきます。


「あ、あたしが相手してやる!」


 リコリスさんはスコップを構えると、とんできた触手を叩き落しました。

 ですが、もう1本の触手が鋭く伸びてきます。


「うみゃっ!」


 壁を蹴るようにして跳んでいったメディアちゃんが、怪物と僕たちの間に割って入り、触手を拳で殴り飛ばしました。

 メディアちゃんは壁から壁を伝い、怪物が身体を支えている触手に蹴りを入れます。

 怪物は触手一本でぶら下がり、そのまま地面にずしんと落ちてきました。


「こ、こわくない……」


 リコリスさんは、おうごんのりんごを左ポケットにぎゅうと詰めこんで、ふうと息をついてから、颯爽と立ち上がりました。


「よ、よし! いっちょ落とし穴でも……」


 リコリスさんはスコップを地面にガリガリと突き立てます。でも、地面が硬くて、スコップがうまく刺さりません。


「……掘れない」

「ひとまず逃げてください!」


   *


「へえ、こんな道があるとはね」

「怪物から逃げるための通路なんだー。磁場の感じからして、みんな、このあたりにいると思うんだけどー」


「この声は、もしかして……」

 声のする方向に、手回しライトを向けます。

「うおっ、まぶしっ!」

「んー?」

 ディエスさんとシルクさんは、岩の壁をくるりと回転させてやってきました。

 あれ? この方向は……。


「ひえっ。ディエスさん、シルクさん! 避けてください!」

「うみゃあん、ディエス、よけてー!」

「えっ」


 僕はディエスさんに体当たりして倒れこみました。メディアちゃんが頭上をすっとんでいきます。

 ディエスさんは受身をとり、すぐに立ち上がりました。


「いたた……平気か?」

「はい、なんとか……ディエスさんも平気ですか?」

「あたしは心配いらないよ」


 ディエスさんに右手を差し伸べられますが、僕は右手が上がらず、左手を差し出します。


「ん……、これは、あとで診たほうがいいな」


 腕の不調を察したディエスさんは、僕の左手を両手で引っ張りあげました。


「ありがとうございます、ディエスさん」

「おう。さて、あの怪物は、どうすればいいだろうか……」


 悩むディエスさんの隣で、メディアちゃんは壁に当たってくらくらしています。


「うわぁ、メディアちゃん、しっかり!」

「へ……平気! ボク、がんじょうだから!」


 メディアちゃんは獣耳をぴくりと動かし、目を見開きました。


「うわぁ! シルク、前見て、前!」

「わかってるよー」


 シルクさんは、怪物の触手を軽く飛び退ってかわします。

 きつねさんですので、磁場を感じて避けているのだと思います。たぶん。


 ディエスさんは右へステップします。


「ほーら、こっちだよー」


 シルクさんはペンライトの影絵で、怪物の気を惹きます。

 怪物は触手で岩壁につかまり、身体を射出してきました。

 怪物は水面をバウンドしてから、影絵のある壁に激突します。


「後ろがお留守ってなあ!」


 ディエスさんは飛び上がり、怪物の目のある部分にハイヒールで蹴りを入れます。


「あ……あれっ」


 けれども、目玉まで届かずに、ぽよんとはじき返されてしまいました。怪物は蹴られて壁にとんでいきます。

 ディエスさんは宙返りし、しゃがんで着地をきめました。眉根を寄せて、首を横に振っています。


「……だめだ。ゴムボールを蹴っ飛ばしたようか感じがする」

「そっかー。じゃあ、逃げたほうがいいかもねー」


 壁にはりついた怪物は、ディエスさんに鋭い触手を突き刺してきます。


「おっと、あっぶねえなあ!」


 ディエスさんは左腕で触手を弾きとばします。


「みんなー、いったんこっちへー!」

 シルクさんは怪物から距離をとり、ペンライトで自分を照らしながら、こちらを手招きしているようです。


「こずえちゃん! ごめんね、もう離れないから! ボクについてきて!」

「メディアちゃん……ありがとう」

 メディアちゃんは、僕の隣に、すっ、と着地しました。

「こずえちゃん、こっち!」

「うん!」


 無意識に右手を差し出そうとして、へその辺りまでしか上がりませんでした。

「こずえちゃん……けが、してる?」

「う、うん。ちょっとだけ」

「……そっか」


 メディアちゃんは尻尾を小さく振り乱し、背後の怪物を獣耳で一睨みすると、僕を抱きかかえてくれました。

「こずえちゃん、しっかりつかまっててね。うみゃっ!」

 メディアちゃんは素早く駆けて、怪物の突進を避けます。

 スコップを構えたリコリスさんを横切り、抜け道に入りました。


「リコリスさん、危ないです!」

「ふっふっふ。見てなって。あたしはいつまでも震えているだけではないからな」

 怪物が水しぶきを上げながらこちらに迫ってきます。


「せーいっ!」

 リコリスさんはスコップを構えると、身体を大きくひねらせて、怪物を横なぎにふきとばしました。


「リコリスさん、器用ですね!」

「ふはははは! あたしに任せれば怪物なんて怖くないのだ!」

「おーい、あたしも入れてくれー!」


 遅れて、へろへろになったディエスさんが、抜け道に滑り込んできます。

「つかれたー。走るのはやっぱり苦手だな……」


 シルクさんは全員を見渡します。

「そろったかなー?」

「はい! みなさん揃いました!」


 シルクさんは扉を回転させ、怪物が見えなくなりました。


   *


 この隠し通路の照明は、いままでの通路とはすこし異なっていました。天井の角に、橙色のほんのり明るい人工的な間接照明が、奥のほうまで等間隔で並んでいるのがはっきりとわかります。

 通路は、壁と地面は褐色の石煉瓦で覆われています。さきほどの部屋では地面に張っていた水は、左右の排水溝を流れています。空調が効いているようで、僕にとっては、ほどよい気温と湿度が保たれていました。

 隠し扉の近くの煉瓦の一部分には、それぞれ白いペンキのようなもので、アラビア数字の1から3が、左から順に書かれています。


「で、いちおう閉めたんだけどー……。どうするー? やっつけるー? いまなら向こうは気づいてないみたいだよー?」

「怪物は火に弱いんじゃないか?」

「おたからは死守するから、任せた!」


 ディエスさんの背後で、リコリスさんが小さく震えていました。

 メディアちゃんは僕に頬ずりしてきます。


「えへへ……。くすぐったいよ、メディアちゃん」

「ねえねえ、こずえちゃん。なにか怪物をやっつけちゃう案、ない?」

「怪物さんを倒す方法……」


 メディアちゃんとシルクさんの獣耳が左右に揺れています。

 青い怪物は、びしゃびしゃと水音を立てて、部屋中を転がり回っているようです。ときどき地面が、ずしん、と揺れます。


「これに火をつけて、向こうに放り投げてください。もともと炭鉱などで採掘するときに使用するものですが……」

 僕はポーチから、ダイナマイトとマッチの箱を動くほうの手で抜き取りました。


「えっ」

 ディエスさんは、ぽかんと口を開けています。


 シルクさんはダイナマイトを指先でつんつんしています。

「じゃあ、やっつけちゃおっかー。……どうやって使うのかなー?」

「ボクにまかせて!」

 メディアちゃんは僕を抱えたままダイナマイトを咥えました。


「あはは……。メディアちゃんが火を点けてくれるんだね。でも、マッチは両手を使わないと、火が点けられないと思うよ」

「うみゃ?」

「ここまで運んでくれてありがとう。後は自分で歩くよ」

 メディアちゃんの腕からそっと地面に降ろしてもらい、マッチの箱をメディアちゃんに渡します。


「危ないから気をつけて、メディアちゃん。紐のところに火をつけたら、すぐに、なるべく遠くに投げてね」

「わかった!」

 メディアちゃんは、尻尾をぴーんと立てて、マッチとダイナマイトを握り締めました。

 ディエスさんは僕とメディアちゃんへと交互に視線を送ってきます。


「ええっ。ちょ、ちょっと待ってくれ。これ、爆発するだろ? 下手したら、壁に穴があくかもよ? いいのか?」

「へーきー。入口を閉めればだいじょうぶだよー、たぶん。おんせんりょかんのほうの岩壁はけっこうボロボロになっちゃったけど、ここの岩壁は、まだまだ、がんじょうだからさー」

「とってもがんじょうなんだね。じゃあ、いくよ!」

 ぼんやりとした炎が導火線に点されます。

「じゃあ、いったん開けるよー」

 回転扉を開くと、怪物は明かりに気づいて、こちらへごろごろと転がってきました。

「くらえっ!」

 メディアちゃんは中腰になって、水切りをするときのように、手首にスナップを利かせて投げ飛ばしました。

 ダイナマイトの剛速球は、迫り来る怪物さんの目玉のある部分にぷすっと突き刺さりました。

「じゃあな」

 ディエスさんはまっすぐと駆けていき、怪物さんにかかと蹴りを一発おみまいすると、くるりと宙返りして着地します。

 ふきとばされた怪物さんは、闇に溶けていきました。


 シルクさんは、忍者屋敷のからくり扉のようなものを回して、壁にふたをします。

「閉めるよー」

 シルクさんは、ドア近くの壁にある、数字の2と書かれた煉瓦を押し込むと、回転扉から、カチ、と音がしました。


 僕はメディアちゃんの獣耳をふさごうとしますが、右手が上がりません。

 仕方なく、左手だけで肩耳をふさいであげます。

「メディアちゃん。お耳をふさいだほうがいいよ」

「うみゃ?」

 メディアちゃんが声を上げると同時に、低い轟音と地響きがします。

「うわあっ!」

 リコリスさんはとびあがり、ディエスさんの太ももに、べったりとくっつきました。

 そのままがっくりと倒れます。


「えっ、ちょっと? おーい!」


 ディエスさんはリコリスさんを左腕だけで担ぎ上げ、右手にスコップを持ちました。ちょっと重そうです。


「う……うみゃ……おっきな音……」


 メディアちゃんは、ちょっぴり、くらくらしているみたいです。


「メディアちゃん、だいじょうぶ?」

「うみゃ、もう平気だよ! シルクは平気なの?」

「まあねー。いやー、すごい音だねー」


 シルクさんは、ちゃっかりと、両手で獣耳をふさいでいました。



   *



「……静かになりましたね」

「うーん。かいぶつ、やっつけたかな?」

「どうかなー。やっつけたとしてもー、怪物はまだ、いっぱいいると思うけどねー」


 メディアちゃんは、へなりと尻尾を地面に垂らします。


「ええっ、まだ、あんなのが、いっぱいいるの?」

「うん。いっぱい見たことあるねー。いろんな種類がいたよー」

「そ……それって、さっきみたいなのと同じくらいの、でっかいやつ?」



   *



 メディアちゃんがお話している間に、僕はポーチに入った救急キットを左手で開き、包帯を取り出して、端っこを咥えます。

 ちょいちょい、と左肩をつつかれました。ディエスさんです。


「これを塗っとくといいよ」


 ディエスさんは、スコップを壁にそっと立てかけます。スーツのポケットから、低い円柱状のケースを取り出し、手のひらにおさまる大きさのキャップを、くるくる回そうとします。


「あ、あかない……あ、あいた。ほら、特製の軟膏だよ」

「とっても、きれいです」

「ニジイロチョウの羽を分析してつくってみたんだ。自分で試してみたけど、どんな傷にも効果てきめんだよ」


 小さなケースから、白い軟膏が顔を覗かせます。軟膏は、光を反射して、きらきらと虹色に輝いています。

 ディエスさんは、僕の探検服の右袖を持ち上げて、ひんやりと冷たい軟膏を塗りたくっていきました。


「あの、ディエスさん。実は……」

「……なるほど」


 ディエスさんに耳打ちして、膝のほうにも塗ってもらいます。

 しばらくして、すっと痛みがひいていくのがわかります。


「こんなもんかな? 触った感じ、腕は固定しなくても平気だよ。もう動かせると思うけど、心配なら、包帯を巻いておいてもいいかもね」

「わかりました。お気遣いありがとうございます」

 小さくお辞儀をすると、ディエスさんは小さく微笑みかけてきます。

 

 指先をうまく動かして、包帯を腕にくるくると巻きつけました。

 包帯を巻き終えたら、反対側の包帯の先も口で咥えて引っ張ります。救急キットから小さなフック状をした金具を2つ取り出し、ガーゼの端を順番に固定していきます。これで、応急処置ができました。……といっても、ぐるぐる巻きにしただけです。

 試しに右手を持ち上げてみると、思い通りに動かせました。


「ありがとうございます、ディエスさん。とってもよくなりました!」



   *



「――そうそう、でっかいやつばっかりだよー。小さいやつはわたしでもやっつけられるから、見なくなったねー」

「うみゃあん、どうしよう、こずえちゃん……こずえちゃん?」


 メディアちゃんの獣耳の後ろを右手でわしゃわしゃと撫でてあげると、頭を胸に寄せてきました。


「あっ、元気になったんだ! よかったね、こずえちゃん! でも、あんまり無理しちゃだめだよ?」

「うん。気をつけるよ、メディアちゃん」


   *


 しばらく歩いて、おんせんりょかんの入口まで戻ってきました。

「……なんだか、ヘンなニオイがする?」

 メディアちゃんが口をぽかんと開けています。

「変なにおい? 温泉のにおいじゃなくて?」

「うん。前に、まちで嗅いだような……」

「それって……あ、あれ……」

 僕はその場でへたりこみました。とっても息苦しいです。


「こずえちゃん!」

 僕はメディアちゃんに抱きかかえられました。

 次回、第2節「嘆きの怪物(なげきのかいぶつ)・下」。


~ついき~

「とうとう誤字を見つけてしまったよー。『ペンライトー』ってなにさー。あと、折りたたみの日傘がポーチの中から消えていたねー。間違えないように気をつけなよー」

「なんだかよくわからないが、間違っていたのだ? ところで、こずえさんが肩にかけている、あれ……」

「ポーチ?」

「それ! それって、どれくらい入るのだ?」

「横で見ていたけど、ポーチの口にさえ入れば、大きなものでも入るみたいだよー」

「なぬっ。こずえさんのポーチは、どういう仕組みなのだ?」

「さあねー。きっと、わたしたちにはわからない仕組みなんじゃないかなー?」

「ぐぬぬ……」

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