きけんなあな
メディアちゃんが獣耳をぴくりと動かし、顔を上げました。
「向こうのほうから、ディエスの声がするよ?」
「ディエスさん?」
メディアちゃんの尻尾が指す方向を確認すると、ディエスさんが手を振っています。
「おーい!」
ディエスさんの呼びかけに、メディアちゃんはぴょんと跳ねました。
「ボクたちはここだよー!」
「あはは……やっと追いついたみたいだね」
*
僕たちは、ディエスさんに案内されて、オアシスの茂みに隠れた、ヒトがやっと入れるくらいの穴を見つけました。覗き込んでみると、暗いものの、階段になっていることがわかります。
「リコリスがこの中に転げ落ちていったんだ」
「リコリスさんが、この中に?」
メディアちゃんは、僕の隣で、じっと穴を見つめています。
「リコリスが危ない目に遭ったら大変だよ。早く探しに行こう!」
しかくい穴の奥は、目をこらしてみても、暗くて何も見えません。
「うーん、まっくらだね」
「ボクなら暗いところでもよく見えるよ。……けっこう深いみたい?」
「そんなときはこれだ」
ディエスさんは、スーツのポケットから小さなライトを取り出して点けてみせました。
「まぶしっ。えっと……それ、なに?」
「これは非常用のソーラーライト。充電がなくなったら電池に切り替わるすぐれものだよ。旧市街の工場でたくさんつくられているんだ。君たちにも1本ずつあげるよ」
「ありがとうございます、ディエスさん」
メディアちゃんと一緒にぺこりとお辞儀をして、手のひらサイズの黒いソーラーライトを2本受け取りました。1本はメディアちゃんの胸ポケットに入れておきます。
*
ソーラーライトを点けたディエスさんを先頭に、石階段を下りていきます。
入口はせまいですが、中は腕を上下左右に広げても余裕があるほどの広さがありました。
僕はメディアちゃんにぴったりとくっついて、恐る恐るディエスさんについていきます。
「うぅ……暗いよぉ」
「こずえちゃん。ボクがついているから、安心して! 暗いところでも、よーく見えるんだから!」
「うん……」
ひんやりとしたの階段の先には、細長い通路がありました。
「もしかしたら、ここにおたからがあるのかもしれないね」
「……ここ、わながいっぱいあるかもしれないんじゃないかな?」
「わな?」
「わあっ!」
ふと、奥のほうから、小さな悲鳴がはっきりと聴こえてきました。
「いまの声って、リコリスさんなんじゃ……?」
「きっとそうだよ。何かあったんだ。はやく助けなきゃ!」
「えっ」
ディエスさんの呆けた声が、あっという間に遠ざかってしまいます。
メディアちゃんは獣耳をきょろきょろと動かしながら、僕を両手で抱っこして走っていました。
「うわぁ、メディアちゃん、危ないよ?」
「へーき、へーき! ボクに任せて!」
咄嗟に明かりを進行方向へと向けると、大きな穴がありました。
「ひえっ。メディアちゃん、ストップ! ストーップ!」
穴の前でぴたりと止まりました。穴は暗くて深く、梯子などの捕まるものはないみたいです。
ここから左手に道が続いているようですが、真っ暗で何も見えません。
「うーん、どっちに進もう? 左は階段が見えるよ」
「メディアちゃん。ディエスさんと一緒にいったほうがいいと思うよ。みんな迷子になっちゃう」
「あっ、うん。そうだよね。ごめんね、こずえちゃん。ボク、リコリスが危ない目に遭っていると思って、それで」
「メディアちゃん……」
メディアちゃんは獣耳をぺたんとさせました。
獣耳の後ろをわしゃわしゃと撫でてあげると、目を細めました。
「おーい、そこにいるのか?」
遅れてディエスさんがやってきます。
「はい、ここです!」
*
メディアちゃんにだっこから下ろしてもらいます。
メディアちゃんは、獣耳を澄ませています。
「この下から、何か水の音がするんだ。リコリス、ここから落ちたのかも?」
「水が流れているのかな?」
「ボク、泳ぎは苦手なんだ。リコリス、平気かな?」
「よーし、ちょっと待ってな」
ディエスさんは地面をくまなく探ります。僕とメディアちゃんは顔を見合わせました。
「これでどうかな」
ディエスさんは、こぶし大の石を持ってきました。
「これは……石ですか?」
「ああ。これから、この石を落としてみる」
「深さを測るんですね。メディアちゃん、ディエスさんが石を落とすから、音がしたら教えてよ」
「わかった! ボクに任せて!」
「そういうこと。じゃあ、ちょっとの間、静かにしてもらえるかな?」
ディエスさんが石を穴に落とします。
2秒くらいして、メディアちゃんの獣耳が、ぴこん、と反応しました。
「リコリスの声がしたよ? この下にいるみたい」
「さすがメディアちゃんだね。僕にはわからなかったよ」
「えへへ……こずえちゃん、ありがとう!」
メディアちゃんの頭をなでなでしてあげると、尻尾がぴんと立ちました。獣耳の後ろあたりが気持ちいいみたいです。
「あんまり深くないみたいだし、ここから下まで行けるかな?」
ディエスさんは腕を組んで、うーん、と唸ります。
「なあ、リコリスは何て言った?」
メディアちゃんはディエスさんのほうに身体を傾けました。
「えっと……ふぎゃっ、って声がしたよ」
「……もしかして、リコリスは、この下で寝ているんじゃないか?」
メディアちゃんは穴をじっと覗き込みます。
「あっ、リコリスだ!」
「メディアちゃん、見えるの? すごいね」
「へっへーん。暗いところでもよーく見えるんだ。ねえ、こずえちゃん。穴にジャンプしても平気かな?」
「うん。リコリスさんを踏まないように……あっ」
僕が言い終える前に、ディエスさんは穴にジャンプしていました。
慌てて、穴に向けてソーラーライトをかざします。
「ディエスさーん! どうですかー!」
「リコリスがいたぞー。降りても平気だよ!」
「わかりましたー! ……うわぁ!」
ふわりと僕の身体が持ち上げられ、お姫様抱っこされました。
「こずえちゃん、しっかりつかまっててね!」
「えっ、僕……ひええっ!」
メディアちゃんは僕を抱えたまま勢いよくジャンプします。
穴の中をまっすぐに落ちていき、すとんと着地しました。
~ついき~
「ねえねえ、あひるちゃん。ディエスが言った『あんまり深くないみたいだし、これでなんとかなるかな?』って、何がどうしてなんとかなるのかな?」
「はい。読み返して意味不明だったので、セリフをちょこっと変えました。ただの校正漏れです」
「うみゃあん……」
*
「ねえねえ、こずえちゃん。あひるちゃんの言ってた、こうせいもれってなに?」
「えっ! えっと……文章校正のことかな? ものすごく簡単にいえば、あるものごとの『なぜ?』がしっかりとまとまっているかどうか確認することだと思うよ。それが、じゅうぶんにできてなかったんじゃないかな。たぶん」
「そうなんだ! ……ぶんしょうってなに?」
「う……。文章っていうのはね……」
次回、第2節「あやしいかげ」。