しゅっぱつ
クッキーをひと齧りして、お茶をすすり、一息つきました。
ディエスさんのことを聴いたり、旅先のことについてお話したりしています。
地図の裏面を見下ろしながら、ちょっと考え込みます。
「……それと、この考古学者とハンターの方、密猟者が来ないよう、意地悪なトラップを仕掛けたそうです」
「えっ」
「えっと……自分もどこにトラップがあるかわからなくなって、誰も近寄れなくなったみたいです」
「ええー……」
「近づいても平気でしょうか。ちょっとよくわかりません」
「意地悪なトラップかあ……。ま、まあ、なんとかなるよ! なるなる……たぶん」
ディエスさんは席を立ち、うんと背伸びしました。
「うみゃっ!」
メディアちゃんがぴょーんとジャンプして、窓からの光が一瞬さえぎられます。
外から、べしゃっ、という音がして、足音がしなくなりました。
「はぁ、はぁ。つ、つかれたー! リコリス、逃げ足、はやいよー!」
「いやいや、あんたも十分はやいって」
*
「はい、お菓子、どうぞぉ!」
メディアちゃんの獣耳が、窓からぴょこん、と覗いてきました。
「こっち、こっち! お菓子はこっちにもあるってー!」
慌てているキャンパスさんの声がします。
「わーい、お菓子だー!」
「うわぁ、メディアちゃん!」
メディアちゃんが窓に顔をべったりとくっつけてきました。
*
メディアちゃんとリコリスさんにお菓子を配り終えたキャンパスさんは、きっさてんに戻ると、台所に向かいました。
しばらくして、こちらにやって来たキャンパスさんが、筒状のものを差し出してきました。
「はい、これどうぞぉ。お菓子と一緒に、お水がいっぱい飲めるよぉ」
「ありがとうございます。あ、これって……水筒ですか?」
「そそ。水筒っていうの。ディエスさんに教えてもらったの。ここの倉庫に置いてあったんだぁ。持ち運び便利だよぉ」
水筒は、ポーチにすっぽりと収まる大きさです。
「さばくは暑いっていうからねぇ。夜は寒くなるんだっけぇ? 水分補給はこまめにねぇ」
*
「うみゃー!」
メディアちゃんは、足の力だけで木にぶらさがり、さかさまになって遊んでいました。
リコリスさんは木陰で涼んでいます。今日は、ちょっぴり暑い日です。ディエスさんは、ぼんやりと雲を眺めていました。
「キャンパスさん、いつも、ありがとうございます」
「いいんだよぉ~。おたから、見つかるといいねぇ。おうごんのりんごかぁ。もし、たくさんとれたら、新しいお料理や紅茶が作れるかもねぇ」
「はい。がんばってさがしてみます!」
手にはキャンパスさん特製のお弁当箱を提げています。ポーチには、おたからの地図と、キャンパスさんからもらった、おいしいお水がたっぷり入った水筒が入っています。
「……お弁当箱、ポーチに入るかなぁ?」
お弁当箱を肩かけポーチに押し込むと、すっぽりと入りました。
「は、入った……」
メディアちゃんは木から飛び降りると、僕の腕に、ふさふさ尻尾を僕の腕にからませてきました。
「ひえっ、メディアちゃん?」
「待っててね、キャンパス。ボクとこずえちゃんとみんなで、おたからを見つけてくるから!」
右手で猫の手のポーズをとり、キャンパスさんに向けて猫さんのあいさつをします。
「こずえちゃんはボクがしっかりと守るから、安心してね!」
「う、うん! メディアちゃんにお願いするよ」
あんまりメディアちゃんを心配させないようにしてあげないと……。
「じゃあ、みんな、いこっか!」
「おう、あたしがいちばん最初におたからを見つけてやるよ!」
リコリスさんは、自分の身長くらいの大きさのスコップを片手で軽々持ち上げて、まっすぐ突っ走っていきます。
「あっ、リコリス、待って! みんなでいかないと、まいごになっちゃうよ!」
メディアちゃんは四つ足になって、慌ててリコリスさんの後を追いかけていきました。
木の上まで大きくジャンプしてから、空中でくるりと一回転して地面に着地します。
「おそい、おそーい!」
「あっ、だめ! ひとりだと、あぶないよ! はぁ、はぁ……」
バテたメディアちゃんの追跡を振り切って、リコリスさんはずんずんと遠くに走っていきます。
「ちょっと心配だから、あたしが追いかけるよ」
「はい、よろしくお願いします……?」
ディエスさんの声がして横を向きましたが、もう姿が見えなくなっていました。
「あはは……、だ、だいじょうぶかな……」
「うぅ……おいてかれちゃった」
メディアちゃんがへろへろと戻ってきました。しっぽと獣耳が、しょんぼりとうなだれています。
「……じ、じゃあ、僕たちも、いこうか」
「うん。はやくいこう! キャンパス、もう行くね」
メディアちゃんと一緒に、キャンパスさんに向けて手を振りました。
「気をつけてねぇ~!」
キャンパスさんは、ふわふわした笑顔で手を振り返してきます。
「はい、いってきます!」
「お茶、おいしかったよ。いつも、ありがとう!」
Q.「さばくに持っていくの、お茶だとだめなんだっけぇ?」
A.「はい。あんまりよくないです。お茶にはカフェインが入っていて、むしろ水分が出ていってしまいます」
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森の中を走り抜けていくと、草木がなくなっていきます。
やがて辺り一面まっしろな砂漠にたどり着きました。
「はぁ、はぁ……追いついたぁ」
リコリスさんは振り返り、ディエスさんを見つけて、目をどんぐりのように円くしました。
「へぇ。あんた、足はやいなー!」
「あ、あつい……とけちゃう」
「さばくって、こんなに暑いのか!」
「なるべく日陰のところを通るといいかもね」
「ひかげになるものが、ほとんどない!」
次回、第3節「もりをぬけて」。