ほんとうのたからもの
「あちっ」
僕たちは、シルクさんに連れられて、足湯に浸かっていました。
「ここは絹の湯浴場だよー。あついから気をつけてねー」
メディアちゃんは足先をおそるおそる伸ばして、湯気の立つ水面と格闘しています。
「あ、あついよ……。こずえちゃんは平気?」
「うん。あったかくて気持ちいいよ」
「じゃあ、ボクも……あちっ」
「少しずつ足にお湯をかけてみたらどうかな?」
メディアちゃんの足に、手ですくったお湯をかけてあげます。
「……うみゃ? ちょうどいいかも! よーし。いくぞー……あっ」
メディアちゃんは足を滑らせて、足湯にざぶんと身体ごと浸かってしまいました。
「メディアちゃん!」
「あ、あつい! あついよー!」
僕はあわてて駆け出し、メディアちゃんを引っ張り上げました。
*
「うーん、どれどれ……」
メディアちゃんは、僕の麦藁帽子とポーチを身に着けたまま、ディエスさんにやけどをしていないか診てもらっています。
「はい、どーぞ」
シルクさんとリコリスさんが、バスタオルを持って来て、メディアちゃんの身体に被せました。
「ふみゃっ。ありがとう」
「温泉でぬるぬるしていて、すべりやすいんだー。ごめんねー」
「だ、だいじょうぶ。気にしないで」
メディアちゃんは、シルクさんに向けて、猫の手のポーズをしました。
「まあ、問題ないと思うけど……」
「メディアちゃん、平気?」
「うん。ボク、がんじょうだからね!」
*
足湯から、もうもうと白い湯気が立ちのぼっていました。
足湯の底にある岩盤を足先でつついてみると、ぬるぬるしています。
僕は、メディアちゃんに向けて、ちょいちょいと手招きします。
「メディアちゃん、こっちおいで」
「わーい!」
メディアちゃんを僕の膝の上で横に寝かせて、足湯を堪能します。
温泉にどっぷり使ったメディアちゃんは、湯たんぽみたいであったかいです。
猫耳の後ろを描いてあげると、仰向けに寝転がり、ごろごろと喉を鳴らしました。
「あっ、そこ……うみゃん……」
「メディアちゃんは、やっぱり、ねこさんなんだね」
「おっとー。こずえさーん、ポーチが濡れちゃうよー」
シルクさんから、膝からずり落ちそうになっていたポーチを受け取りました。
「すみません、ありがとうございます」
「ゆっくりしていきなよー。怪物さんは倒しちゃったしー、ここはしばらく安全だと思うからねー」
シルクさんは、すらりとした脚と腕を、うんと伸ばします。シルクさんの隣で、リコリスさんも真似して伸びをしました。
「こずえさん、元気になったみたいだねー」
「こずえさんというおたからを守ることができてまんぞくなのだ!」
「はい。シルクさん、リコリスさん、ありがとうございました」
「ふっふーん。あたしのことは、いつでも頼るといい!」
「そっかー。たのもしいねー。ところでさー、リコリスさーん……」
「ぬ?」
リコリスさんはシルクさんのきつねのしっぽに抱きついて、顔を寄せています。
「……まあ、いっかー」
*
シルクさんの先導で、ちていいせきの外へと向かいました。
シルクさんのペンライトのおかげで、暗い通路でも奥まで見渡せます。
通路の奥からは冷たい風が吹き込んできます。
メディアちゃんは僕の右手首に尻尾をきゅっと巻きつけています。
「だんだん、さむーくなってきたよ! こずえちゃん、平気?」
「うん。メディアちゃんは?」
「ま、まだ、へーき! がんじょうだからね!」
「そっか。さむくなったら、言ってね」
「もうちょっとで、つくよー」
「シルクのしっぽは、あったかいのだ~」
シルクさんはリコリスさんが気に入ったみたいで、シルクさんのふさふさの尻尾をリコリスさんの首に巻きつけて、マフラーにしています。
「こずえさん、おたからのところで、きらきら光る羽を見たのだ! 虹色に光っていてきれいだった! あれは、間違いなく……」
「光る羽、ですか? ……ディエスさん、もしかして」
ディエスさんは首を傾げます。
「……ニジイロチョウのことなんじゃないか?」
「そう、それ! それなのだ!」
「へえー、ニジイロチョウが来たんだ!」
「そうなのだ! 確かに、ニジイロチョウをこの目で見たのだ!」
「ボクたちみんなのお友達なんだ。近くでお話したいなー。ニジイロチョウは、ヒトのことが、ちょっぴり、こわいんだって。でも、こずえちゃんはやさしいよ。だから、ニジイロチョウとお話できたら、こずえちゃんともお友達になってね、って、ボクからお願いしてみる!」
「……ありがとう、メディアちゃん」
階段を上り、さばくのオアシスの前に出ました。
「ついたよー」
僕とディエスさんは、ぽかんとします。
「外に来たはいいけどさ」
「はい」
「夜なんだよな」
「……はい。思っていた以上に時間がかかったみたいです」
見上げると、満天の星空が瞬いています。
あたたかな白い吐息が広がりました。
おあしすに近づいて、ちょっぴり震える手で水筒にお水を汲みます。
「これでよし、と」
「あたしは……まあ、さむいけど、あんたらは平気か?」
「僕は、肌寒いですが、平気です。メディアちゃんは夜行性ですけれど……あっ」
メディアちゃんは小刻みに震えていました。
「うう……。夜のさばくが、こんなにさむいなんて!」
「メディアちゃん、僕の上着……ふく、着る? 湯冷めしちゃうよ」
「ありがとう。でも、こずえちゃんが凍えちゃうから、こうやって……」
メディアちゃんはぴったりと寄り添ってきました。
「どう?」
「うん。あったかいよ」
*
「じゃあ、みなさん、またきてねー」
「何を言っているのだ、シルクも一緒にいくのだ」
「あの、シルクさん。もし、よかったら……」
「シルクも、ボクたちと一緒に遊ぼうよ!」
「うーん。わたしはここに残っておんせんに来たお客さんをおもてなししないといけないからねー。お客さんがわなにかからないように道案内しなきゃいけないよー。それにー、怪物におんせんやおうごんのりんごの木を荒らされたら困るからさー。ちゃんと、見張っておかないとー。だから、名残惜しいけどー……」
シルクさんは腰に手を当てて、小さく獣耳を揺らしました。
リコリスさんはシルクさんのしっぽにしがみついて離れようとしません。
「ぐぬぬ……なら、あたしが残る」
「お泊りー? 明け方なら、さばくを歩くのに、ちょうどいいあたたかさになっているかもしれないねー」
「シルクと暮らすのだ」
「やあやあ、気に入られちゃったみたいだねー」
メディアちゃんは、獣耳を、へなり、とさせました。
「うみゃあん……シルクとリコリスとお別れ? ボク、さみしいよー……」
「あの、シルクさん。もし、よかったら、僕たち、また遊びに来てもいいですか」
「こずえさんたちなら、だいかんげいだよー」
「……やったー! また遊びにいくね!」
「メディアちゃん……」
僕はメディアちゃんの背中を優しくさすります。
シルクさんは、リコリスさんの頭に、手のひらを、ぽん、と置きました。
「リコリスさーん。ここには、リコリスさんのごはんは、あんまりないんだよー? それこそ、毎日おうごんのりんごを食べるか、ひろーいすな……のさばくをこえて、食べ物を探しにいかないといけないんだよー? わたしはへいきだけど、リコリスさんは、さばくが苦手なんじゃないかなー」
僕にぴったりとくっついていたメディアちゃんは、三角の獣耳をぴくりと動かしました。
「こずえちゃん、なんとかならない? ごはん……やしの実じゃだめかな?」
「やしの実は、リコリスさんならとれるかもしれないけれど、僕の道具がないと穴をあけるのは難しいんじゃないかな。僕は、リコリスさんがまたあそびに来たときに、きのみやりんごを、たくさんここに持ってきてあげればいいと思うんだけど……」
「どっちにしても、リコリスは、ごはんがなくなるたびにナワバリまで帰らないとだめなんだね」
リコリスさんがおんせんでお留守番して、シルクさんがごはんを探しにいってもいいのですが、たぶん、リコリスさんが納得しないと思います。リコリスさんはシルクさんと一緒にいたいみたいですから、本末転倒になってしまいます。
「ねえ、シルク。このへんに、きかい? は来ないのかな?」
「んー……配給のことかなー? 最近はほとんどみなくなったねー」
リコリスさんはポケットの中身を漁っていますが、何も出てきません。
「ぐぬぬ……。きのみ、全部、どこかに埋めてしまったのだ。……どこだっけ?」
「リコリスさーん。ちゃんと、どこに埋めたか覚えておこうよー」
「ぐぬぬ……。もりまで来れば、きのみやりんごの場所をたくさん知っているのだ。だから、お泊りしても平気なのだ……」
「リコリスさんは、食べ物……きのみとか、りんごとかを探すのが上手だよねー。それに、明るくて、みんなのことを大切に思ってくれる、とってもいい子だよー」
「ぐにゅう……怪物はどうやって相手をするのだ?」
「怪物は、今日、結構減らしたから、しばらく平気だと思うよー。おんせん近くの壁がもろくなってきてはいるけどー、あぶなくなったら、いつもみたいにペンライトでおどかして、追い払ってみるよー」
「な、なら、この、砂がたくさんあるところ……なんだっけ?」
「さばくー」
「ひろーい、さばくで、シルクだけで、だれかを待ち続けるのか? さみしくないのか?」
「…………。ねえ、リコリスさーん。わたしがリコリスさんのところへ遊びにいったときに、一緒に、きのみとか、りんごとかを探してくれないかなー」
「も、もちろん。あたしにまかせとけ! ……なのだ」
「ありがとー。よしよーし」
*
「あんたらを見ていると、昔を思い出すなぁ」
「ディエスさん……、僕たちはみんな、お友達です」
メディアちゃんは僕の手首を尻尾で絡めとり、頬ずりしてきます。メディアちゃんは、だんだんと力加減に慣れてきたみたいです。
「あはは、そりゃそうだ。少しは前向きに生きろ、ってことだろう。そうしないと、先に旅立ったあいつらに示しがつかないな……」
「えっと、それって、ディエスさんの……」
「気にしなくていいよ。そのうち嫌でも、いやなことに直面して、現実を受け止めなければいけないときがくるからさ」
「ディエスさん……」
「ほーら、しんみりしないでくれよ。夜が明ける前に帰ろうぜ。寝る時間がなくなっちまう。あと、研究に使うから、悪いけど、おうごんのりんごは1つもらっとくよ」
「はいよー」
「サンキュー」
ディエスさんはシルクさんからおうごんのりんごを受け取ると、うーんと伸びをしました。
*
「今日はありがとうございました」
「またねー」
「あっ、そうだ!」
メディアちゃんの獣耳が、ぴん、と立ちました。
「ねぇ、みんな。ボクたちと一緒に、新しいおたらかを探しにいこう! もしかしたら、おうごんのりんごよりも、もっとすっごいおたからがみつかるかも! そのときは、シルクも一緒にいこうよ。ねえ、いいでしょ?」
「いいよー」
「わかったのだ!」
リコリスさんスコップを肩に担いで、しぶしぶ、こちらに歩いてきました。
僕の傍にいるメディアちゃんは僕の袖を、くいくい、と優しく引いてきました。
「まだ、なんの手がかりもないけれど……こずえちゃん、おねがい、手伝って!」
「うん。いいよ」
「やったー! ありがとう、こずえちゃん!」
メディアちゃんは、僕の手首に絡めたしっぽの先で、手の甲をちょろちょろとくすぐってきました。
「メディアちゃん、こ、こそばゆいよ……」
「えへへ、ごめんね!」
メディアちゃんは体を傾けて、ディエスさんのほうに獣耳を傾けます。
「ディエスもいこう!」
「んー? ああ。なら、やることやったら喫茶店にいるから、呼んでくれ」
「ありがとう、よろしくね!」
メディアちゃんは、シルクさんに右手で猫の手のあいさつをします。
僕は隣でお辞儀しました。
リコリスさんはディエスさんに担がれていますが、手を振っていました。
「ほいじゃあー、気をつけてねー」
大きく手を振りながら、夜の砂漠を歩いていきます。
リコリスさんは、いちばん最後までシルクさんに手を振っていました。
「シルクー、またくるのだー!」
「きっと、すぐに会えるさー」
リコリスさんの声は、星空に吸い込まれていきました。
*
コンパスや地図と、にらめっこしながら、砂漠の真ん中あたりに差し掛かったころのことです。リコリスさんが急に走り出したので、ディエスさんは慌てて追いかけていきました。
「おい、また迷子になるぞ!」
「ちょっと走りたかっただけなのだ」
ディエスさんがリコリスさんを引きとめたのを確認して、再びにらめっこをはじめました。
「……うみゃ?」
メディアちゃんに袖をくいくいと引っ張られます。
「どうしたの?」
「後ろのあれ、なんか変だよ!」
「えっ?」
メディアちゃんの指さす先には、大きなさぼてんがありました。
怪しいさぼてんからは、きつねのしっぽがちらりとはみ出しています。
「ええっ、シルクさん! でも、おんせんりょかんは……」
「ちょっとごはんを探しにいくだけだよー。ごはんが見つかったら、また、すぐに戻らないといけないねー」
メディアちゃんはぴくりと小さく跳ねました。
「ええっ、あれ、シルクなの? ねえ、こずえちゃん。なんでわかったの?」
「えっ。それは、その、しっぽが……」
「こずえさん、メディアさん。お願いがあるんだけどー、リコリスさんには秘密にしてくれないかなー」
背後を一瞥すると、ディエスさんとリコリスさんの小さな背中が見えました。
メディアちゃんと顔を見合わせます。
「えっと……わかりました! でも、あんまり脅かさないであげて下さいね」
「わかった、ここだけのひみつだね!」
「ふたりとも、ありがとー」
大きなハリボテのさぼてんは、足を生やして、リコリスさんの背中を追いかけていきました。
「ボクたちも、はやく行こう!」
「う、うん……」
*
道中、休憩を重ねながら、4時間ほどかかったでしょうか。
きっさてんでキャンパスさんに紅茶をいただきました。
僕は、キャンパスさんに事情を話して、1カップ多く受け取ります。それから、ふらりと外に出ていき、シルクさんにもお茶を渡します。帰るついでに、ディエスさんがもってきたダンボール箱の切れ端をもらって、みなさんと別れました。
さぼてんに扮したままのシルクさんは、リコリスさんの背中をこっそりと追っていきます。うーん……。
けいりゅうを通って、そうげんに向かいます。
「メディアちゃん、ついたよ」
「つ、ついた……。もう、ボク、へとへとだよー。あれ? こずえちゃん、平気なの? こずえちゃんは、とっても体力がある子なんだね!」
「うーん……、そうなのかな? でも、ありがとう」
そうげんのまんなかあたりにある、僕たちのおうちに戻ってきました。
水筒はからっぽ、脚はくたくたです。
ドアを開けるなり、僕は、ぱったりとベッドに倒れこんでしまいます。
「う……。僕も、つかれがたまっていたみたい」
ころりと転がって、かけ布団にくるまります。
「こずえちゃんが寝るなら、ボクも一緒に寝るね」
メディアちゃんは夜行性ですが、下から滑り込むようにしてかけ布団に入りこんできます。
メディアちゃんは、うつぶせのまま僕にくっつくと、一緒に眠りました。
「おやすみ、メディアちゃん」
*
朝日が夕焼けのように差し込んでくる頃、僕は日記を書いています。
「ふぁ……おはよう、こずえちゃん。とっても、はやおきさんなんだね……」
メディアちゃんの声に、僕は手を止めて振り返りました。
「おはよう、メディアちゃん。昨日は大変だったね。メディアちゃんがいてくれて助かったよ」
メディアちゃんは、とろんとした目を手の甲でこすりました。ぶんぶんと頭を振って、きっさてんから持ち帰ったダンボールの表面でばりばりと爪とぎをしはじめました。
「こずえちゃんだって、すな……ひろーいさばくを歩くときに、ボクを助けてくれたし、それに、おんせんを守るためのすっごいさくせんを考えてくれたし……うみゃ……?」
メディアちゃんの頭が、かくん、と崩れ落ちそうになります。
「ひえっ。メディアちゃん、もうすこし寝てていいよ?」
僕の言葉に反応したメディアちゃんは、ぼろぼろになったダンボールを放り出して、僕に頬を寄せてきます。
「みゃ……へーきだよ。……ボク、新しいダンボールをさがしたいな。もう、ボロボロになっちゃった」
「メディアちゃん……」
「たくさんおひるねするのも好きだよ。でも、ボクは、こずえちゃんと、いっぱいいろんなところを歩いたり、あそんだりして、こずえちゃんのいいとろこ、もっとたくさん見つけたいな。だから、僕は、こずえちゃんが起きるときは早起きするし、ずっと一緒にいるよ」
メディアちゃんのことばが胸に響いて、ふしぎと、熱いものが目の辺りに、こみあげてきました。
「こずえちゃん?」
「……うん。なんでもないよ。メディアちゃん、いつもありがとう。これからもよろしくね」
僕は右手で猫の手のあいさつをしました。
メディアちゃんも、「うみゃ!」と鳴いて、あいさつをしてきます。
あたらしいおたからさがしは、これからも続きそうです。