おたからさがし
青空の下、まぶしい朝日が窓越しに差し込んできます。
ここは、そうげんです。りんごの実のなった木がたくさん生えています。
大きな三角の獣耳をした猫さんのメディアちゃんと一緒に暮らしています。
僕たちの新しいナワバリです。
日記を書きながら、小鳥さんの唄に耳を傾けていました。
「こずえちゃん!」
机に向かって作業していると、うしろから、ばん、と音がします。
振り返ると、ドアを開いたメディアちゃんがジャンプしてきました。
「うみゃーっ!」
メディアちゃんは天井すれすれまで飛び上がり、目と鼻の先に着地してきます。
僕は、すこしのけぞりました。
「ひえっ、びっくりした。メディアちゃんか。すごいジャンプだね」
「えっへん、すごいでしょ。ねえねえ、こずえちゃん。一緒に遊ぼう!」
メディアちゃんは、ふさふさの尻尾を僕の右腕に絡ませてきました。
大きな三角の獣耳がぴこぴこと左右を向きます。
「うーん……いいけど、もうちょっとだけ、待っててくれる? いま、日記を書いているんだ」
机には、手帳のメモ欄が広げられています。
黒のボールペンで、最近の思い出をびっしりと書いている最中です。
「うみゃ? わかった!」
「うわあっ」
メディアちゃんが机に乗っかりました。
「メディアちゃん。机に乗ったら、危ないよ?」
「へーき、へーき。ボク、頑丈だから!」
「そ、そっか……。あと、机で爪とぎしないでね」
「あっ……うん!」
いまにも爪とぎをしそうなメディアちゃんの動きが、ぴたりと止まりました。
「今度、一緒に段ボールを探してみようよ。きっと、爪とぎしやすいと思うよ。海岸沿い……うみの辺りに流れ着いているかも?」
「だんぼーる?」
「箱じゃないものもあるけど、頑丈な紙でできているよ。横から見ると、波状の連なりになっているんだ。こんなふうに……」
僕は手帳の隅に、ダンボール箱の絵を描きました。
メデイアちゃんは、穴が開くほどダンボールの絵を見つめています。
「だんぼーるだね。ボクもりんごを食べるときに、木の上からさがしてみる!」
僕は、メディアちゃんや、みなさんとの思い出を、すばやく手帳に書き込んでいきます。
みなさんと一緒に怪物を倒したり、僕たちの家を建てるのを手伝ってもらったりしました。
それから、メディアちゃんは……うん?
ときどき、メディアちゃんの縞模様のしっぽが、左右に揺れてじゃれてきます。
「うみゃ!」
しっぽが、こしょこしょと手の甲をくすぐってきました。
「あはは……くすぐったいよ」
メディアちゃんと会うまでの僕自身のことについては、ほとんど覚えていません。
でも、不思議なことに、いろいろな知識があふれてきます。
むかしの僕に負けないくらい、もっといろいろな経験を積んでいきたいです。
メディアちゃん、ジャックさん、キャンパスさん、ディエスさん、リコリスさん、獣耳さんたちなど、いろいろな方と出会い、いろいろな方と友達になりました。そして何より、メディアちゃんは僕の大切な友達です。
文末に「麦野こずえ」と、いまの僕の名前を書いておきます。かつての手帳の持ち主と同じ名前です。
「こんなところかな?」
メディアちゃんは、机の上に置いておいた僕の麦わら帽子を被ります。
麦わら帽子についたひまわりと、帽子に巻かれた青いリボンの結び目が、ゆらゆらと上下に揺れました。
「ねえねえ。こずえちゃん、遊ぼう!」
夕焼けに近い黄金色のおおきな瞳が、僕をしっかりと見つめてきました。
「うん、いいよ?」
「やったー! うーん。なにして遊ぼっか?」
僕は手帳セットをポーチにしまいます。
「じゃあ、とりあえず、キャンパスさんのところまで歩いてみる?」
「わかった! うみゃ!」
「……えっ」
メディアちゃんは、窓からぴょーんと飛び降りました。
窓の外を覗くと、青空の下で、メディアちゃんが転がっています。
「こずえちゃん、はやくー! 風が、きもちいいいよ!」
「うん。僕も、いまいくよ!」
*
きっさてんに向かう道中、小石をけいりゅうに投げて遊びます。小一時間小石を跳ねさせた後、通りがかったクジャクのジャックさんに挨拶しました。ジャックさんは自慢の羽を広げてから、林の向こうへと去っていきました。
それから、のんびりとお散歩をして、キャンパスさんのお店に到着しました。
木造のお店は、見上げるほど高い岩場の近くに建っています。
お店の前には、赤、青、黄など、色とりどりの花が咲いていて、とってもきれいです。
「くうきが、おいしー!」
メディアちゃんは花畑の手前に広がる草地にとびこみました。
いつものメディアちゃんです。
「じゃあ、僕も!」
メディアちゃんの隣にとびこみます。ねこさんになった気分です。
「このそうげん、気持ちいいね」
「うん。なんだか、ごろごろしたくなってきた!」
メディアちゃんの獣耳をやさしくなでると、メディアちゃんは、僕と一緒に転がりだしました。
「うみゃー!」
「メ、メディアちゃ……ひえっ」
ころころと転がって、反対に転がって、また転がって、頭がぐるぐるになってしまいました。
メディアちゃんは、花の香りをかいで、「うみゃ……」とうなったあと、ぽかんと口をあけています。
「う、うーん……目が回る」
「……うみゃ?」
メディアちゃんの獣耳が、きっさてんのほうに向きました。僕もつられて、きっさてんのほうに目がいきます。
「三角のお耳が……4つ?」
ちらりと、建物の窓から、三角の獣耳が4つ見えました。
猫耳をしたキャンパスさんのほかに、お客さんが来ているみたいです。
*
「あっ、いらっしゃぁい。こちらにどうぞぉ」
入店のベルがカラコロと鳴り響きます。
メディアちゃんは猫の手のポーズであいさつをします。
僕はメディアちゃんの隣で小さくお辞儀しました。
「キャンパス、おはよう!」
「キャンパスさん、先日はありがとうございました」
「ボク、キャンパスのお茶を飲んだら、元気がでてくるよ」
「わたしにできるのは、お茶を淹れたり、お料理をするくらいだよぉ。ささ、ゆっくりしていってねぇ。いつものお茶でいいかなぁ?」
「はい。お願いします、キャンパスさん」
キャンパスさんは白と黒のエプロンドレスを着ています。湯気の上がるポットを手にしたまま、僕たちを席にうながしてきました。
向かいの席には、黒いスーツに白黒チェックのスカートを履いたスタイルのよい大人の女性が、背をもたれてくつろいでいます。
「よお。また会ったな」
「ディエスさん、お久しぶりです。その節はありがとうございました。おうちを建てるのに、工具まで貸していただいて……」
「工具なんか、まちに転がっていたやつだし、もともとあたしのものじゃないよ。それに、あたしは、君たちにとって住みやすい家を考えて、たまたまログハウスをつくってみようってアイデアを出しただけさ。礼を言うなら、あたしじゃなくて、ほかのみんなに言っておきなよ」
メディアちゃんがにょっきりと頭を伸ばしてきます。
「こずえちゃんやディエス、キャンパス、みんなのお友達の協力があって、おうちができたんだと思うよ。僕は木を引っこ抜いて集めるくらいしかできないし、こうぐ? も、うまく握れないから……。それに、えっと、ちずみたいなの……こずえちゃん、あれ、なんだっけ?」
「設計図のことかな?」
「うん。ボク、せっけいず、ぜんぜんかけないし、ちっともよめないや!」
「すてきな設計図を描いて下さったのはデイエスさんです。ディエスさんがいなかったら、どうすればいいのかわからなかったと思います」
「あたしだって、設計図は建物の修復のために、たまたま少し勉強していただけだよ。うーん。あたしも専門じゃないから、完璧じゃないと思うけどなぁ。こずえがいなかったら、まともに完成しなかったかもしれない。それに、蹴るのは得意だけど、力仕事はあんまり得意じゃないんだ」
「それより、こずえちゃんはすっごいんだよ! みんなのとくいなことに会わせて、どう動けばいいかを教えてくれたんだ」
「えへへ。メディアちゃん、手伝ってくれてありがとう」
*
僕たちはキャンパスさんのところで、たまたま来ていたディエスさんと雑談をしながら紅茶を楽しむことにしました。
「ふぁぁ……」
メディアちゃんはちょっぴり眠そうです。
「メディアちゃん、いつも早起きさせてごめんね」
「へ、へーきだよ!」
メディアちゃんの獣耳の後ろを指先でやさしく撫でます。
「いつもありがとう、メディアちゃん」
「うみゃ……」
メディアちゃんは、僕に獣耳の先端をこすりつけてきしたす。
「あの、ディエスさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「ん、いいよ。なにかな?」
「メディアちゃんみたいな獣耳さんが獣耳属で、ディエスさんが魔人属、僕はヒトっていうのは、どういうことかと気になってしまいまして……」
「ぐふっ」
ディエスさんは紅茶を少しふき出してしまいました。
ちょっぴり、むせています。小さく咳払いしました。
「だ、だいじょうぶですか?」
「あはは、なんでもないよ、けほっ。その……呼び方のことね。気にしなくていいよ。あれ、あたしが勝手につけたものだから」
ディエスさんは、ちょっぴり笑っています。
「ディエスさんが?」
「そう、そうなんだけどさ。みんな同じ動物仲間なんだから、論文なんかを書くときじゃないなら、わざわざ操作的に分類しなくてもいいと思うよ。それに、魔人属っていうのは、ちょっと格好つけたところもあるものだからなぁ。もちろん、ちゃんと意味はあるんだけどね。魔人属の名前の由来は、怪物を魔に見立てて、怪物のようなヒトってことだ。厳密にいえば、怪物の体液を……」
ディエスさんは、紅茶を一口啜ると、メディアちゃんのほうにちらりと目配せしました。数回瞬きをして、僕のほうを見つめて、声を潜めて語りかけてきます。
「……静かにしてあげたほうがいいかな?」
「ほえ?」
メディアちゃんのほうを見ると、机に伏せて、すう、すう、と寝息を立てています。ときどき、メディアちゃんの尻尾がふよふよと動いて、僕の身体を確認するように触れてきました。
メディアちゃんに気を遣って、僕も声を潜めます。
「メディアちゃん……やっぱり、早起きして疲れちゃったのかな」
「ネコ科だからなぁ。日中の大半は寝ている動物だし、いま眠るのは自然だよ」
「ディエスさん、お気遣いありがとうございます」
「そりゃどうも。あたしはこずえに出会えてよかったよ」
「そ、そうでしょうか」
「そうさ。……あんまりしゃべるとメディアが起きちゃうかな。ネコ科だけあって、あたしらが何か呟いただけでも聴こえるような耳をしているみたいから」
ディエスさんが紅茶を啜るのに合わせて、僕も紅茶を口に含みます。
*
「うみゃ……?」
机でうたたねしていたメディアちゃんの獣耳がぴくりと動き、顔を上げました。
「あっ、リコリス!」
「えっ、リコリスさん?」
「向こうから音がするねぇ」
メディアちゃんは、窓に向かって手を振っています。
やがて、小さめの丸耳をしたリコリスさんが駆けてきました。
「だいはっけんなのだー!」
*
「リコリスさん、先日は手伝ってくださり、ありがとうございました」
「リコリス、この前はありがとう!」
「ふっふーん。このリコリスさんになんでもまかせとけ。そうそう、そんなことよりー。ちょっと見てほしいものがあるのだ!」
「これは……なんでしょう」
頑丈な金属の箱です。ふたが錆びていて開きません。
ディエスさんは腕を組んで唸りました。
「なんだろうな、これは。あたしも知らないものだ。わざわざ金属の箱に入れてあるし、タイムカプセルみたいなものじゃないか?」
「ねえねえ、こずえちゃん。タイムカプセルってなーに?」
「思い出の入れ物のことだよ。時間が経ってから掘り出して、むかしの思い出に浸る……って、いえばいいのかな?」
「へぇー。思い出の入れ物なんだ。さすが、こずえちゃん、ものしりさんだね!」
「あはは、そんなことないと思うけど……」
「つっても、タイムカプセルとは限らないよ? ただのゴミかもしれないし」
「うみゃあん……。リコリスさんが見つけてくれたはこだよ。もしかしたら、中に、おたからが入っているのかも!」
メディアちゃんは、箱をこんこんと突いています。
「うーん……。これ、どこで見つけたんですか?」
「どんぐりを埋める穴を掘っていたら、もりでたまたま見つけたんだ。でも、スコップ? で、叩いてみても、びくともしないのだ。どうにかして、無理にでも開けられないか?」
「それなら、ボクにまかせて! うみゃっ!」
「ひえっ」
メディアちゃんは力任せに殴りつけて、箱に大穴をあけました。
「へっへーん。開いたよー!」
「あはは……さ、さすがメディアちゃんだね」
中を確認してみると、古めかしい紙切れがあります。
「なんだろ、これ。かみ? もしかして、ちず?」
机に広げてみると、ちょっぴり古めかしい地図だとわかります。
「うん。こっちは地図だと思うよ。どこの地図だろう?」
「うみゃっ、うみゃっ」
メディアちゃんは地図の端を猫の手でまくり上げました。
「あっ。うらになにか書いてある! なんて書いてあるんだろう? ねぇ、こずえちゃん、ディエス。読んで、読んで!」
「えっ。あたしも?」
地図の裏面には、丁寧なペン字で書かれたメモがありました。
僕とディエスさんが解読したところ、砂漠のへそに、おうごんのりんごというものが眠っているそうです。
ディエスさんによれば、このりんごがあれば、もしかしたら、僕がとても元気になれるかもしれないといいます。
でも、りんごを手に入れるには、遺跡を抜けなければならないみたいです。
メディアちゃんは、はりきっていて、不思議な屈伸運動をすばやく繰り返していました。
「こずえちゃんが元気になるなら、みんなで一緒に探そう!」
「えへへ、メディアちゃん、ありがとう。でも、さばくはとっても暑かったり寒かったりするから、ちゃんと準備してからいこうか」
「うん。ディエスの役にも立つんだよね? ディエスも一緒にいくよね」
ディエスさんはちらりと僕のほうに目配せしてから、小さく笑いました。
「んー、まあ、それはいいんだけど、ちょっと考えさせて」
「わかった!」
メディアちゃんは屈伸の勢いでジャンプし、リコリスさんにとびかかりました。
リコリスさんは、ひょいとかわします。
「ふはははは! 甘い、甘い!!」
「うみゃー、まてまてー!」
メディアちゃんは地面に落ちてきて、手をつきました。しっぽをぴーんと立てています。
「リコリスも一緒にいこうよ!」
「よーし、任せとけ! あたしがお宝をいちばんに見つけてやるのだ!」
「よーし、ボクたちも負けないぞー!」
リコリスさんから返事をもらうと、メディアちゃんは、キャンパスさんのほうに猫耳を伸ばします。
キャンパスさんはエプロン姿をしていて、お茶をいれているところです。
「ねえねえ、キャンパスも行こう!」
「わたしはお店があるからねぇ、お留守番してるよぉ、ごめんねぇ。あ、お弁当つくったから、もっていってねぇ」
メディアちゃんの手に4名ぶんのお弁当袋が手渡されました。
「そっか。キャンパス、お弁当、ありがとう!」
「あっ、ありがとうございます」
僕からも俺を言うと、キャンパスさんは「いいの、いいの」と手を振ってきました。
ふと、誰かが僕の肩を、つんつん、と指先でつついてきました。
「ちょっといいかな?」
「はい、ディエスさん。なんでしょうか」
「このメモについてなんだけど……見てもらえないかな?」
僕はディエスさんと一緒に、メモ書きをじっくりと読んで、このおうごんのりんごがすごいものだと察しました。
*
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとう。いただくよ」
僕とディエスさんは向かい合わせに机に座り、キャンパスさんのいれてくれた緑茶を一口すすりました。
「まてまてー! 負けないぞー!」
「ほーら、つかまえてみなよ!」
メディアちゃんとリコリスさんは外でおいかけっこをして遊んでいます。
「まず、このメモを読んで、どう思った?」
「ええと……」
お宝の場所にはニジイロチョウの巣があって、りんごの木が何本も生えているみたいです。その中の1本に、おうごんのりんごのなる木があるそうです。
実際にはおうごんというより虹色に輝いているらしいですが、実際に見てみないとわかりません。
「あの、ディエスさん。僕は、ニジイロチョウの羽のきらきらしたものが、りんごにたくさん含まれて、おうごんのりんごになったのではないかと考えています」
ディエスさんは、小さく「うーん」と考えてから、「そうかも」とつぶやきました。
「黄金のりんごは、あたしの研究の役にも立つかもしれないし、一緒に探してみようか」
「はい。ディエスさんがいたら心強いです。よろしくお願いします!」
「ええっ。そ、そうかなぁ……」
ふと気がつくと、前に食べたのと同じ、動物の型でくりぬいたクッキーの山がバスケットに盛られていました。
「はい、どうぞ。りんごのクッキーだよぉ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「お、ありがと」
「外の子にもあげてくるねぇ~」
キャンパスさんはもう1つのバスケットにクッキーを半分ほど移すと、バスケットを抱えて、部屋から出て行きました。
次回、第2節「しゅっぱつ」。