10万回目のラブコメディ
初めまして、ひのさかと申します。
この小説は、私が運営するブログ「妻と私とネズミ」において小説の創作方法について触れた折、自作の「ひのさか式小説創作テンプレート」を用いて書き上げた作品です。
掌編あるいは短編を簡単に創ることを目的としたテンプレートを実践に活かした形で生まれたのが本作というわけであります。
ライトな内容ですがお気軽にご覧になってください。
最近始めたばかりのブログですが、妻と私とネズミ(https://tsu-wa-ne.com)もどうぞよろしくお願いいたします。
おっぱいを揉みたい。
放課後の教室で、黒田昇はそんなことを考えていた。
昇は窓際の自席に座って、それをギーコギーコと危なげに揺らしながら、ぼんやりと外を眺めている。
夕暮れで朱に染まったグラウンドを、陸上部の女子たちがランニングしていた。
昇の視線を釘付けにしていたのは、先頭を走る一人の女子生徒だ。
でかい。
何がと言えば、乳が。
ファイオーファイオーのかけ声を押しのけるようにしてブルブル揺れるその巨乳の持ち主の名は、船宮明莉。
陸上部のエースにして学園一の美少女と称される人気者だ。
性格は明るく誰にでもオープン。成績も優秀で苦手科目は無し。
ぼっちで友達のいない昇とはまさに対極の存在である、果てしなくスーパースター級の生徒だ。
昇は少女たちが練習熱心なのをいいことに、明莉の乳を視姦しまくっていた。
服の上から触る想像はもちろん、衣類をまくってブラの上から揉みしだく、あるいは直接蹂躙するシーンまで考えていた。
悲しいことに、本当に悲しいことに、それが昇の日課だった。
だって俺、ぼっちだし。帰宅部だし。他にやることないし。
それが昇の心の中での言い訳だったが、ともすれば彼女をつくって実際に女性の乳房を揉ませてもらうよう努力したほうが賢明だろうに、というツッコミは友達がいないので誰もしてくれない。
彼は、半ば諦めている人間だった。
友達をつくること。
恋人をつくること。
そして、楽しい学園生活を送ること。
すべてにおいて諦めて、達観して、逃げていた。
しかしスケベ心だけは一丁前なので、放課後の教室で長めの前髪をいじりながらニヒルに時を過ごすフリをしつつ、女子のおっぱい――とりわけ船宮明莉のがお気に入りだ――をひたすらに眺めまくるのだった。
彼女と同じ高校に入学を決めた過去の自分に感謝の念を抱きつつ。
昇はいつものように、揺れる明莉のおっぱいを眺め続けた。
純白の体操服をボコボコと突き破らん勢いで弾む乳房は実に良い。
やがて全体メニューが終わり、明莉は個人練習に入っていく。
短距離の選手である明莉は、このあと腕立てなどの筋トレを行うはずだ。
毎日見ているので、すっかり練習内容は把握している。
「気持ち悪いな俺。ストーカーかよ。いや、実際……」
がくり、と首を落としながら言う。
悲しい自分へのツッコミに応えてくれる者は誰もいない。
いいんだ、俺は一人で。
船宮のおっぱいが俺を癒やしてくれる。
さて、腕立てで地面に潰れる変形おっぱいでも愛でるか。
そんなことを考えながら、昇は再び顔を上げて明莉に視線を戻した。
と、その時――
「……っ!」
昇の勘違いでなければ――いや、勘違いではない、これは明らかに。
昇と明莉の目が合っていた。
昇はこれまで、一方的に船宮明莉を見つめるばかりだった。
ただ、今のこの瞬間、昇が明莉を見つめるように、明莉もまた昇のことを見つめていた。
ショートヘアを風に揺らしながら、その大きな双眸を間違いなく昇に向けていた。
そして、笑った。
にぱーっと、ひまわりが咲いたかのような笑顔を昇に向けた。
その笑みを見て、昇は思わず息を止めた。
次の瞬間、明莉は昇から視線を外し、顧問の教師であるジャージ姿の女性に一言二言、何かを喋った。
その後、猛烈なダッシュで校舎に駆け込み、見えなくなった。
「……びっくりした」
なんだったんだ今のは?
はっきり言って、自分と船宮明莉は他人だ。
たしかに同じクラスではあるものの、これまで一度も話したことはないのに、あんな風に笑顔を送られるなんて予想外だ。
ただ、一つだけ言えることがある。
「かわいかったな……」
船宮明莉は、かわいい。
その当たり前の事実を、昇は再認識した。
と――
「かわいいというのは、ひょっとして私のことを言ってくれたのかな?」
「うわああああああああああああああああああああっっっっ!!??」
突如として耳元で甘く囁かれ、昇は椅子から転げ落ちてもんどり打った。
後頭部を強く強打してしまい、強烈な痛みが彼を襲う。
しかし、痛みに悶えている場合ではない。
昇が疼痛をこらえながら顔を上げると――
「あー、ごめん。そんなに驚くとは思わなかった」
そこにはあろうことか、船宮明莉が立っていた。
体操着とハーフパンツをまとった、学園一の美少女が。
「な、ななな、なんでここに……」
昇は人生で一番と言っていいほどに慌てていた。
こんな事態はまったく想定していない。
なぜ彼女がここに現れたのか、皆目見当もつかない。
ていうか、足が速すぎる。
さすが短距離のエース。
さっきまでグラウンドにいたのに。
「なんでここにって? それはね、君に聞きたいことがあったからだよ」
「は?」
自分に聞きたいこと?
なんだろうか?
明莉は、昇に思考する暇を与えることもなく、左手を腰にあてて右手で彼を指さしながら、堂々と言った。
「黒田昇くん。君、私のこと好きでしょ?」
昇は一瞬、何を言われているのか理解するのに時間がかかった。
しかし、内容を把握するや否やカァーッと体の体温が上昇し、顔はゆでだこのように真っ赤に染まった。
そうなのだ。
彼は、黒田昇という男は、以前から、小学生の頃から、船宮明莉という少女が好きだった。
「君は、ずっと私のことを見てくれてる」
小・中学校、高校と、二人はすべて同じ学校だった。
クラスが違うこともあったが、それでも昇は、いつだって明莉のことを見つめ続けていた。
いつもまっすぐで、陸上に一生懸命な彼女のことを。
誰にでも優しい、快活で明るい性格の彼女のことを。
「私ね、数えてたんだ」
「な、何を、だよ……」
かろうじてそう聞く昇に、明莉は自信満々な表情で胸を反らせながら言う。
「君が、私を見つめてくれた回数を」
「……え?」
「といっても、君の視線に気づいたのは小学校四年生の頃だから、そこからのカウントになるけどね」
「カウントって――」
「君は今までの人生の中で、10万回、私のことを見つめてる」
昇は絶句した。
彼女は気づいていたのだ。
自分が明莉を見つめていたことを。
好意の視線を向けていたことを。
ずっと前から、密かに。
カウントまでして。
「10万回、私から目が離せなくなってる。10万回、私を見守ってくれてる」
「いや、その……」
「私を好きになってくれたのは、何回目からかな?」
明莉は優しい笑みを浮かべながら、床に寝転んだままだった昇に手を差し出した。
これは、どういう意味なのだろう?
昇にはその手にどんな思いが宿っているのかも、この状況も、もはや何もかもがわからない。
ただ、彼に差し出された、少し日に焼けた健康的なその手は、自分が掴むのを待っているように思えた。
だから昇は、これまで生きてきた中で最大限の勇気を振り絞って、その手にゆっくりと、自分の手を伸ばし――掴んだ。
その瞬間、にっこりと微笑んだ明莉が「えいやっ!」というかけ声とともに、勢いよく昇の体を引き上げた。
「うぉっ!?」
昇は勢いにつられて立ち上がったものの、先ほどとは逆に前のめりになってしまった。
明莉の体にぶつかってしまう、こらえなければ、と考えるが遅い。
昇はたたらを踏んで、明莉を巻き込みつつ、再び教室の床に倒れ込んだ。
「す、すまん船宮!」
気がつけば、昇は明莉を押し倒すような体勢になっていた。
しかも、その柔らかい乳房を揉みしだくように、彼の右手が彼女の胸部に載っている。
昇は反射的に手を離そうとした。
しかし、彼の手の上から、明莉が自分の手を重ねて動きを止めた。
「ふ、船宮……?」
「私が傘を持ってきてない日に雨が降ると、必ずコンビニ傘がロッカーに突っ込んであるの。あれ、君でしょ?」
「っっ……!!」
「ふふ、図星って顔だね」
バレていた。
「あと、私が忘れ物しそうになると、あーあ明日はリコーダーのテストかーとか大きな独り言を呟いて、忘れないように教えてくれてたよね?」
「……」
昇はもはや言葉が出なかった。
完全に、何もかもを見抜かれてた。
それは、明莉のためだけの独り言だ。
直接言えれば一番いいが、それは恥ずかしいから。
たとえ、唐突にいろいろなことを呟いて、周りから気味悪がられたとしても。
周囲から浮いてぼっちになってしまったとしても。
昇は、船宮明莉のために呟き続けることを、ずっと続けていた。
「やっぱ君、前髪上げたほうがいいよ」
明莉がもう片方の手で、昇の前髪をかき上げた。
そして、笑いながら言った。
「私、決めてたんだ。君がずーっと私のことを見つめ続けてくれて、その回数が10万回になったら話しかけてみようって」
「それは……なんとも……」
「私も君に興味あったんだ。いつも、クラスの掃除係とか、黙ってみんなが嫌がるやつ引き受けてたでしょ? 優しいんだなって」
「!」
船宮は、自分のことを見てくれていたのか。
その事実に、昇は感動の念を禁じ得なかった。
決して、自分だけの一方通行ではなかったのだ。
「10万回って回数は、ちょっと昔読んだ小説に影響を受けて、それでね。いやー、それにしても長かった。せめて5万回ぐらいにしとくんだったよ。ようやく今日達成だね。といっても、君、中学生ぐらいからは、かなりおっぱいの方を見てたよね?」
「!?」
「いや、わかるからね。これは果たして私を見てくれていたと定めていいものなのか、それとも私のことはどうでもよくて、おっぱいに興味が移っているのか……むむむ、カウントをあらためるべきかな」
「ふ――」
「ふ?」
昇は、ありったけの気力をかき集めて言った。
顔は真っ赤で動悸も激しいけれど、それでもなんとか言った。
「船宮以外の、おっぱいは、見ない……」
最低の告白だった。
ただ、明莉はそれを気に入ったようだ。
「知ってる」
そう言って微笑む彼女の顔を至近距離で眺めた昇は、心の底からかわいいなあと思い、もはやそれ以外の感情を持つことができなくなった。
「ねえ、黒田昇くん、続きは?」
「……はい?」
「いや、この続き。別に唐突な話でもないでしょう。君さ、女の子が誰にでもこんな体勢を許すと思う? 察してほしいんだけど。普通、嫌悪感を持ってたら最初の〝100見つめ〟ぐらいで通報してると思わない?」
夢だ。
自分はきっと、とても居心地のいい夢を見ているのだ。
いろいろと急すぎて、いろいろと吹っ切れて、むしろ一周回って冷静になれた昇は、そう考えることにした。
だから、すんなりと、この時初めて、自分の気持ちを素直に伝えることができた。
「……ずっと、船宮のことが好きだった。俺と……付き合って、ほしい」
「はい、お付き合いしましょう。……よく言えました」
二人はしばらく見つめ合って、チャイムが鳴ったのをきっかけに体を起こした。
もう、ほとんど夕日が沈みかけている。
「あー、その、船宮」
「はい、何かな黒田くん」
昇はもとより、さすがに明莉も気恥ずかしさを感じたのか、二人は背中合わせになって、視線を合わせないまま話した。
「俺と船宮は今、付き合ってる、ってことでいいんだよな?」
「そうだね」
「カレシ、カノジョ、ってことだよな?」
「そうだね」
「ということは、つまりだ」
そして、昇は言った。
「明日からは、堂々と船宮のことを見ていいってことか?」
「いや、今までも堂々と見てたからね。ていうか黒田くん、まだおっぱい見続ける気?」
「いやいやおっぱいの話じゃないって! 俺は船宮を――」
「ふふ、わかってる」
慌てて振り向いた昇の目に映ったのは、楽しそうな笑顔を浮かべる明莉の姿だ。
明莉は左手を腰に当て、右手で昇を指さしながら言った。
「これからもカウント、増やし続けてね。言っとくけど私、相当執念深い女だから。カウントが止まったら許さないから」
昇はその言葉に、こくりとうなずいた。
そして、放課後の教室で輝く彼女の笑顔を、尊いものとして、いつまでも見つめ続けるのだった。
二人の間のカウントは、10万程度で終わらない。
(完)
最後までご覧いただきありがとうございました。
最近始めたばかりのブログですが、妻と私とネズミ(https://tsu-wa-ne.com)もどうぞよろしくお願いいたします。