表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/98

第86話- 悪囁。-Explosion Point-

登場人物の中に正義の味方はいらっしゃいませんかー!!

 平日昼間の炎天下、普段は子連れや犬の散歩目的の人間しか訪れない公園。

 そこに今はパイプテントがいくつも設置され、同じ思いを携えた人々が集っている。

「皆様ご存じとは思いますが――――、能力開発開始以来我が国は――――」

 演説台に立っているのは、この集いの主要団体の指導者だ。彼が声高々に叫ぶのは能力開発の反対。

 そう、ここは反能力者集会の場なのだ。

 そんな場に似つかわしくない能力者が二人、記者と取材スタッフを引き連れてやってきていた。

 これが二人・・・・・・いや、せめて綿貫を含めた三人であったなら、適当に人混みに紛れ込む事ができたろうが、TVスタッフは目立ちすぎた。

 大規模な集会デモであるだけに、彼らはTV取材の連中を見るのは初めてではない。普段なら鬱陶しさを感じるマスコミも、反能力という点では志を同じくしている。

 だから、TVスタッフだけならば彼らも気にしなかったのだが、ここで問題になったのは釧の存在だった。

 能力者タレント『実草詩句』という立場の彼は、良くも悪くも有名人だ。当然、反能力の連中にも顔が知られている。

 そんな人物がTVスタッフを引き連れているとなれば、集会場の人々の意識がそちらに向くのは必然と言えるだろう。

 公園は喧噪から一転、様子を伺おうとする者達が口を閉じたために、静寂に包まれ、そして状況を理解した連中から怒号が飛び交うようになった。

 釧といえば、昨晩ホテルに入った後、徹夜で積みゲーを消化していたため、周囲の状況より眠気の方が目下の問題になっていた。

 釧と違って健全な生活を送る小鳥は昨日はすぐに就寝したのだが、こっちはこっちで集会の雰囲気にげっそりとしている。

 理由は違えど表情の優れない二人と対照的に、綿貫美由紀は事件に関われると張り切っているようで、溌剌とした口調で釧達に話しかけた。

「わぁ、すごいですね!実草さん達、針のむしろですよ!」

「よし黙れ」

 ロシアでの事を根に持っているのか、そう皮肉る彼女の顔が生き生きとしているように思える釧だった。何にしても、取材スタッフにも増して鬱陶しい存在だ。

 忌々しそうに美由紀を見やる釧。そんな彼を見て、そこまで苦手なのかと呆れる小鳥。

 三人が、そんなやり取りをしていると、先ほど演説をしていた男が近づいてきた。

 自身の訴えを書き殴った鉢巻を額に巻き、炎天下で流れた汗を吸ったタオルを肩に掛けた格好をしていて、手には今まで使っていた拡声器を握っている。

 自然と釧らを囲んでいた人ゴミは割れて、そうしてできた空間で男と対峙する形になった。

 その様子をテレビカメラが捉えているのだから、滅多な真似はできない。

 集会の人々と男に取材スタッフ。まさに能力者にとってこの場は四面楚歌だった。

「本日はどのようなご用件ですか、実草さん。

 ここが超能力者至上主義に反対する団体の共同集会であるという事は分かっていらっしゃると思うのですが?」

「今回はタレント実草詩句ではなく朽網釧として公務で足を運ばせて頂きました」

 それから、釧は自分達を捉えているカメラとそのスタッフらに目線をやって、

「先日のウイルステロ、ご存じですよね?

 実はその犯人と思われる相手から二件目の犯行予告が被害のあった局に届いていまして。彼らはそこの人間です。

 捜査の可視化の名目で撮影していますがあまり気にしないでください。

 私達も気にしませんので」

 看過できない事情と毒をさらりと吐いた。

「は、はぁ・・・・・・いや!ちょっと待ってください」

 対する男の方は彼の態度と話した内容とのギャップに圧倒されて生返事を返したが、台詞の中に捨ておけない言葉が混じっていることに気づいて、釧に非難の目を向ける。

「犯行予告とおっしゃいました?そんな情報、我々には伝わっていないのですが。

 ・・・・・・ニュースにもありませんでしたね?」

 最期の台詞は彼らをカメラに収めている撮影スタッフに投げかけられ、例の責任者の男はそれに「ええ、発表は止められていまして」と釧の方を見ながら答えた。

 初対面だろうに随分息のあったコンビネーションである。どうせならその団結力を別の事で生かせばいいのにと思う。

 それに非発表は局側も承諾したのだから、彼らも同じ責任を負っているはずなのだが。

「パニックになるだけと判断しましたので」

「・・・・・・それらしい口実(・・)ですが、知ってこそできる対応もあるでしょう。

 能力者によるというそのテロ、使われたのは天然痘ウイルスだそうじゃないですか。

 ワクチンが存在している事も知っています。

 パニックになるほど我々が愚かしいと思われていたというのは心外ですね」

 映像として残るからこそ、悪印象を植え付けんとする男の言葉。

 その言葉に、パニックになってくれる方がまだマシだ、と釧は内心で毒づく。

 今の状況を自分達に有利になるよう画策するような狡猾な連中が、バイオテロそのものを利用しないはずがない。

 単純に能力者批判のネタにするだけならまだいいが、もっとうま味のあ(・・・・・)る使い方(・・・・)に彼らが気づかないというのはあまりに楽観的な考えだろう。

 何にせよ、彼らの挑発に乗ってやるつもりはない。

「あなた方の賢愚は問題にしていません」

 あくまで事務的な口調でそう前置きした後、冷ややかな視線を男に差し向けた。

「知って、集会を取りやめましたか?」

「なんですって?」

「能力者によるテロ、ワクチンも用意されている。そして、自分達は反能力を掲げている・・・・・・犯行予告を突きつけられて、はいそうですかと集会をやめますか?

 『それこそ能力者の思う壺だ』とでも言って反発するでしょう?

 ワクチンもある状態で、パニックになる可能性を度外視してまで公表する必要性を感じませんでした」

 暗にお前等が大人げないのが原因だと、さっきの発言への仕返しをする釧。

「能力者の犯罪に能力者が関わる。これで公平性が保たれるとは思えません。

 警察や自衛隊といった、しかるべき期間に任せるべきだ」

「超能力を有する犯罪者に通常の治安維持機構では対応しきれない。だからしかるべき能力者が関わっているんです。

 公平性を欠いているというのは貴方の心象であって根拠は薄い。

 それに警察も控えていますよ?

 人数は少ないですが、それは貴方達(・・・)のような連中が起こしている騒動の方へ人員が割かれているからでしょう」

「騒ぎの原因は能力者だ。まるで我々が原因のような物言いをする」

「デモを始めたのはそちら側からですよ。

 まぁこんな話、水掛け論になるだけですし、私にとっても能力者にとっても興味もない話ですし、どうでもいいんですが。

 私達の目的はテロ行為の阻止、それだけですので。

 その邪魔にならないのであれば――」

 と、釧は無垢とすら思える微笑みを湛え、

「どうぞ、ご自由に議論なさってくださいな」

 そう言い切った。

 下らない話はここまで。

 向けた背でそう語り、去っていく彼に男達は押し黙るしかなかった。


                     ♯


「本当のところどう思っているんですか?」

 男達が釧らが拠点とするワゴンから離れていき、パイプテントを組み立ててとりあえず落ち着く事ができるようなった後、警察とのミーティングを終えた釧と小鳥の元にやってきた美由紀はそう問いただした。

 いつもの女装姿と比べれば多少動きやすい格好に着替え、ヒールをどうするべきか考えていた釧は彼女の問いに首を傾げた。

 小鳥にいたっては口を閉じる事がここでは最善とばかりに、我関せずと瞳を閉じている。

 それでも特殊な眼で外界が見えているのが、スマホアプリで遊んでいる事から分かるので、それなら最初から目を開けていればいいのではなかろうか。

 現実逃避気味に、そんな些末な事を考えながら美由紀に問い返す。

「何がです?」

「デモに興味がないって言いましたよね?どこまで本気なのかなって思いまして」

「ああその事・・・・・・・・・・・・・・・・・・本気も何も、ただの事実ですよ。

 あのデモ、能力者側にとってはメリットないですし」

「けど、実際は能力者によるデモが起きているじゃないですか。

 意味なくそんな事はしないでしょう?」

「能力者のデモは反能力デモに対抗してるってだけです。

 まあ、あえて言うなら、時間稼ぎ、というのが目的にはなるんでしょうけど、能動的な動機ではないですから」

「うーん、そう言われても納得しかねますよ。

 『超能力者に対する法的制約』の法案成立を阻止するとか、意義と言える意義はあると思うんですけども」

「あー、まぁ、そういう捉え方になるか・・・・・・」

 と。

 美由紀の口にした意見に、能力者(じぶん)との考え方の差異を再認識した釧は、

「うーん、そうですねぇ」

 僅かに逡巡してから、どうせロシアの件で深く関わりすぎているし今更か、と彼女の疑問に答える事にした。

「美由紀さん、反能力デモの目的が何かは知っていますよね?」

「はぁ。さっきも言いましたけど、能力者の制約法成立や・・・・・・他には能力開発そのものの中止だと聞いてますが」

 目で何を言っているんだと語る彼女に、釧は人差し指を立てて自分を指す。

「じゃあ、能力者のデモの目的はどう考えてます?」

「法案や開発中止に抗議するため、なのでは?」

「何故?」

「何故って・・・・・・能力者にとって都合が悪いのは明白じゃないですか。誰だって自由や生活が制限されるなんて嫌でしょう?」

「ん、言い方が悪かったですね。

 美由紀さん。美由紀さんは何故――能力者の望みが現状維持だと(・・・・・・)思う(・・)んですか?」

「え・・・・・・?」

 だって――と口を開きかけた彼女を釧は手で制した。

「デモ起こしたという事は民衆が法で能力者を縛れると考えているという事で、政治家が法案を提出する構えを見せているという事は法を司る代表者までもがそう考えているという事。

 能力者を基本的人権の例外とすべきと考えている人間がこれだけいると知って、現状維持で済ませると?

 例え今回の騒ぎが収まったとしても、それ以後も自分達の立場が法的手続きによって侵害される可能性があるのに?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」

「普通、二度と同様の事が起こらないように能力者の人権法的に確固なものにしようとしますよね。

 抗議というならそういう動きこそ抗議であって、今の能力者によるデモは真の意味で反能力デモに相対しているとは言い難いものです。

 では、どうして能力者は自分達の立場を保護しようとしないのか――その答えは前に僕が言ったとおりですよ」

「デモに興味がない。いや、能力者有利の法案が通ったとしても、憲法すら覆そうとする連中に対して効果があると考えていない?

 ・・・・・・超能力者は司法自体に期待をしていないんですか?」

 彼女が至った答えに、釧は沈黙で答えた。

 その目線は相変わらず目を閉じている小鳥に向けられている。

 当の小鳥は相変わらず我関せずと目を閉じてたままだ。

 本来、こんな能力者の真意についてなど非能力者の記者に話すものではないのだが、それを咎める様子はない。

 それも当然いえば当然で、『超能力者』という立場で話してはいるが、実を言えば釧は一般的な能力者とは目的を違えているし、小鳥も琉球万可に縁のある人物である。腹に一物抱えているのだろう。

 彼らに能力者の秘密を守る義理はあまりない。

「で、でも、ちょっと待ってくださいよ!

 じゃあ、能力者はどうするつもりなんです!?

 何も対策しなければそれこそ・・・・・・・・・・・・」

「答えはいたってシンプルですよ。

 それを認めたくないだけで、美由紀さんだって薄々答えに思い当たってるでしょう?」

 そう言われて、美由紀は苦々しさと信じられないという気持ちが混在した、表現し難い顔をした。

 陽を遮るテントの下、炎天下よりは涼しいはずのこの場所の空気が、彼女の肌を温く撫でる。

 デモ騒ぎという一応は暴力を含む一連の事件を見てきたとはいえ、彼女の脳裏に浮かんだ解答はそれとは次元が違う"暴力"だ。

 だが、同時に『能力者のデモに対する冷ややかな態度』にも説明がつく事も事実で、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・武力行使(クーデター)・・・・・・司法そのものの乗っ取り・・・・・・・・・・・・」

 彼女はおそるおそる答えを口にした。

「けど、平和ボケした発想なのかもしれませんが、あまりいい手ではないはずです。

 少なくとも周辺国の印象は悪くなる」

「正当な理由がなければそうですね。でも(・・)だからこそ(・・・・・)、能力者は対抗デモを起こした。

 非能力者側が墓穴を掘ってくれるまでの、外側から見て能力者のクーデターが正当に思えるような情勢になるまでの時間稼ぎに。

 けどまぁ、それもそろそろ必要なくなる頃合いでしょう。

 『ロゴス』の件、学園都市に話が言ってたということは各国にとっての交渉相手が能力者であるということ・・・・・・というより、暗に『有事の際はそちらにつく』と言っているようなものですから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、能力者の明確な主権者はいないはずでしょう?

 各国は学園都市にコンタクトを取ったようですが、確か学園都市による市政に否定的な能力者団体もいたと記憶してます。

 能力者内で明確な指導者が存在していない状況でクーデターを行えるものなんですか?」

「能力開発開始以来受け継がれてきた、能力者間の暗黙のルールというものがあるんです。

 能力者の人権が侵害された場合はみんな仲良く政府を叩け――その後誰が舵取りをするかは別として、『能力者全体』が攻撃対象になった際には協力し合おう、と。

 50年前、突如として現れる事となった新しい人間の形である超能力者。圧倒的に少数派(マイノリティー)かつ、特異な存在である以上、己の立場が不安定なものになるなんて最初から分かっていた事です。

 法的な処置にしても、民主主義による議論・投票にしても、突き詰めればただの"数の暴力"だ。

 その暴力に対抗する手段を幸いなことに能力者は各々が持っている。

 だから、能力者は仲間意識を強く持つ必要があった。それが例え敵対組織(・・・・・・)でも。

 あと必要なのは肝心の有事に能力者同士がにらみ合うような状況を避ける事。

 だからこそルールが設けられ、有事を見極める『最終ライン』まで取り決められていた。

 そして今がそのギリギリのラインです」

 釧は声高らかに能力者に対する批判といかに法的措置が必要かを唱えている群衆に目をやった。

「・・・・・・非能力者は能力犯罪者に限定して糾弾を行うべきだった。

 そうすれば能力者の団結力は十二分に発揮されなかった。

 まぁ、以前綿貫さんが言ったとおり、能力者は個人で持つには強力すぎる力を所有しているわけですから、能力者を犯罪者予備軍扱いするのは行きすぎとしても、犯罪・事故予防という観点から能力者に制限をかけるべきというのは当然出てくる考えです。

 というより、避けられない問題でしょう。

 能力者が能力者として生きていくために必ずぶつかる障害だ。

 再度言いますが、それは分かっていたことです。

 それなのに何の対策も取っていないと思います?

 取ってるんですよ、50年も前から。

 そして(・・・)だから(・・・)、能力者は反能力者運動に興味がない。

 何故なら既に事態は終わっているからです。

 話は少し変わりますが、なぜ能力開発をリードしてきた日本の特別指定都市システムを諸外国は取り入れないか考えたことはありますか?」

「今から都市開発をしても日本に追いつけない事とコストが高い事がネックになっているというのが通説だったと思います。

 それをやるくらいなら日本から能力者を引き抜いた方が早い、と」

「もちろんそれもあります。

 が、もっと言えばコストよりもリスクが高すぎるんです。

 個々でさえ手に余る能力者を教育施設に集め、しかも『学園都市』という場所まで与えての能力開発・・・・・・。

 仲間意識に、帰属意識。そして、必ず生まれてくる非能力者・能力者間の確執。

 その果てに何が起こるかは今まさに日本が体現しています。

 そして国々が地続きな大陸諸国では、その問題が国内外問わず伝播しかねない。

 A国、B国の両能力者が結託し、両国に跨った土地で建国でも始めたら?

 まぁ、他にも多様なパターンが推測できますが、何にせよ――その国にとっても、近隣国にとってもリスクが高すぎる。

 だからどの国もおいそれとは学園都市システムを採用できないし、採用しないように牽制し合っている」

「けど、日本は違う・・・・・・?」

「国境問題を抱えているとはいえ、島国であるという事は大陸に比べればこれ以上ないほど明確な境界線を持っているということです。

 例え能力者がクーデターを起こしたとしても、『日本』を制圧した時点で騒動は収まるだろうと楽観視できる。

 何より、大陸国と違って日本の場合、能力者と非能力者が折り合いをつけて共存する必要がないんですよ」

「え?」

「だって、簡単に外に放り出せるでしょう?

 周りは海――最も国境が曖昧な領域なんです。適当に船に乗せて追いやればはい終わり、能力者国の完成だ。

 詳しくは言いませんけど、諸外国にしてみてもその方がメリットがあるって綿貫さんなら分かりますよね?」

 美由紀は完全に顔をひきつらせた。

「まぁ要は、チェックメイトってやつですよ。少なくとも反能力者連中に未来はない。

 これで、僕があそこで喚いている連中に寛容であれる理由はご理解いただけました?」

 そう言って、釧は代表者の男に向けたあの笑みを再び見せた。それからスマホで時刻を確認した後、「あぁ、そろそろ時間か」とダルそうにパイプ椅子から腰を上げる。 

 その様子が、このデモどころかバイオテロさえどうでもよいと考えているように見えて、美由紀はぞっとした。

 能力者というのは、皆してこんな連中なのか。

 一連の話を横で聞き流しながらも涼しげな顔をした小鳥が釧に続いてテントから出ていく。

 その後ろ姿を美由紀は追うことができなかった。


                     ♯


 もうすぐ太陽が最も高く昇る時刻になる。

 朝露などとうに蒸散し、空気を冷やす要素など皆無な公園は、集まった大衆の体熱で蒸し返らんばかりだ。

 汗の蒸発が、あるいはこの場所から熱エネルギーを幾分かは取り去ってくれているのかもしれないが、常人より鼻のいい釧にとってはむしろ地獄と言えた。

 葉月なら神経を切ってしまうんだろうなと、釧はそんな事を考えながらポーチに差し込んだ機器のダイアルを調節していく。

 元は釧の能力コピーの補助であるソレは、能力波を感知できるため、小鳥の『眼』のような働きが期待できる。

 テロリストが能力を使えば、運良くウイルス爆弾が仕掛けられる場所を特定できるかもしれない。

 大衆の中で、自分たちの監視がどこまで有効か分からないが、気休め程度にはなるだろう。

 正直、反能力の彼らにはここから退いてもらった方がやりやすくはあるのだが、ウイルスによるテロがここで起こると告知したにも関わらず一向に人が引かないという無情な現実が釧達の前に立ちはだかっている。

「あと三分と四十秒でこのどこかでウイルスがばらまかれるとは思えない光景ね」

 小鳥が周囲で声を上げ、腕を振りあげ演説に同調する連中を見て言った。

 そういう彼女自身もテロリストを相手にする人間には思えないほど気だるそうなものだったが、釧自身もあまり変わらないために口には出さなかった。

「それより、瑞桐さんの眼で何か見つかったりは?」

 さきほどざっと公園を眺めて見たが、この一体でウイルス爆弾を仕掛けるのに適した場所はそれほど多くはなさそうだった。

 ゴミ箱、演説台、テント。一応そういったものは自分や配備された警官が調べたが異常はない。

 そもそも予告してきたという事は、向こうは妨害される事を計算した上で仕掛けてくるという事だ。そう簡単に見つかるまい。

 大して期待していない釧の問いに、小鳥もそっけなく返した。

「ないわ。少なくともこの一帯に爆弾みたいな不審物は仕掛けられていない。

 けど、ウイルスという性質上、飛散させるなら大衆の中がベストのはず・・・・・・」

「ぶっちゃけ、人ゴミに紛れて時間になったらアンプルを割る――なんて手段を使われたら対抗しようがないですね。

 まぁ、とりあえず人ゴミに注意しておく、ぐらいですか」

「ウイルスがバラ撒かれてもギリギリセーフっていうのが救いよね。

 私の炎でウイルスだけ殺菌してしまえばいいんだし」

 自分達の目的がウイルステロの阻止ではなく、ウイルス感染の拡大を阻止する事だとなかなかに残酷な事を言いながら小鳥は欠伸を一つし、今までずっといじっていたスマホをバッグにしまった。

「あと、一分」

「ところで、瑞桐さんはどうなると思います?ここにいる連中」

「さっきの話?・・・・・・国外追放はさすがに無いとしても、政権は完全に能力者に掌握されるでしょうね。

 概ね釧君が言ったとおりよ。連中に未来はない。

 四十秒」

「超能力なんていう"暴力"を持ってしまうと、どうも過激な思想になってしまいますよね。

 多数決で勝てないなら力でねじ伏せればいい、なんて。

 三十秒です」

「そもそも多数決も暴力よ。あの仕組みが成り立っているのは、『実際暴力に及んだ場合は自分達より多数の人間が敵になる』という圧力からくるものなんだから。

 はい、十秒」

「まーそうですね。治安が保たれていればいざ知らず、有事に普通の人間と超能力者で多数決は成り立たない。

 さぁ――ゼロ」

(さて、どうくる)

 他愛のないやり取りを興じつつ周囲を見渡していた二人は、カウントダウン終了と同人にそれぞれの眼に神経を集中させた。

 『概念』という形容し難いモノを視る小鳥の眼が、光の不可視や不透過という物理的障害を越えて大衆を捉える。

 『人々』という概念に注視すれば重なりあっている全ての人を全身汲まなく見渡せ、あるいはある女性のバッグを視ればその中身がどのように仕舞われているかも分かる。

 透視とは違い、それら視えているモノは触れるほど(・・・・・)近く感じられ、注視したモノを全角度から見渡せるのだ。

 その眼が大衆を丸裸にしながら不審物を探してく。

 一方、釧の眼は能力波を感知することに関してはかなり秀でている。自分の能力波を調整して超能力を使い分ける彼は能力の感知能力が自然と鍛えられたからだ。

 葉月製の五感と自分の第六感を合わせた全感覚は、微かな音波を感知するソナーのように機能する。

 周囲が発する音や臭い、空気の流れ、そして能力波・・・・・・。

 それらをモニタリングしていた釧が、まず始めに感じたのはライターと火の臭い、そして導火線の焼ける音だった。

 『ウイルス爆弾』という単語には似つかわしくない臭いと音に戸惑いつつも、それを小鳥に伝えようするが、それよりも早く火薬の発する乾いた破裂音が周囲に響く。

「爆竹か!」

 研ぎすましていた耳には強烈すぎる音に眉間を寄せた釧は、次に襲ってくるだろう火薬臭から鼻を守りながら視線を走らせた。

 発破音は複数の場所で同時に鳴っていた――ということはこれは陽動だ。

 誰の耳にも聞(・・・・・・)こえる(・・・)非日常的な音をわざわざ鳴らす意図など決まっている。

 『爆発物が使われる危険性がある』と事前知識を与えた人々が、破裂音を聞いてどう行動するかなど考えるまでもない。

 その中を移動するにも一苦労する群衆が、大きな波となって動き出す。

 悲鳴を伴う荒波は留まろうとする釧達に牙を向いた。

「ちっ」

 釧は混乱の極みにある大衆に舌打ちした。

 このぐらいのことで取り乱すぐらいなら最初から公園を去ればいいものを。

 黒い感情をとりあえず引っ込めて、動く人々の中で何らかの予兆を感じ取ろうと意識を集中させる。

 爆竹の煙によって視界は悪いが、それ以上に動体が多すぎる今の状況では釧のソナーはほとんどの機能を失っていると言っても過言ではない。

 が、それでも彼の耳はシュポンッという異音をキャッチした。

 軽快な音の次は、大衆の真上に上がった筒状の影だ。

 空を仰いだ視界に捉えることができたその物体は逆光で黒く形だけ焼き付いて見える。

 原理としてはおそらくグレネードランチャーと同じか、あるいはペットボトル・ロケットに似た方法で打ち上げられたのだと釧はすぐに検討をつけた。

 放物線を描きながら落ちてくるそれは囮か、それとも本命か。

 判断することができずに一瞬躊躇したが、何にせよ潰すしかなかった。

「瑞桐さん!」

「りょーかい!」

 同じく飛来物に気がついた小鳥が釧のかけ声に応じて右手をかざす。

 ガボッという音がして、炎に包まれたソレは一瞬膨れ上がって燃え尽きた。

 小鳥の能力発動と爆発物の起爆がほぼ同時だったらしい。

 ギリギリのやり取りに冷や汗を拭うのも束の間、釧は次が来る可能性を警戒する。

 だが、しばらく経ってもテロリストの動きはなく、公園から人がほとんど退き終わった辺りで、二人は臨戦態勢を解いた。

「さっきのあれ、ウイルス入ってました?」

「とっさに燃やして確認する時間がなかったけど、中身は結構複雑な構造してたから、たぶん本命よ」

「・・・・・・そうですか」

 釧は飛来物の姿を思い出すように空を見た後、空間が開けた公園を見渡して、一点に視線を固定した。

「筒の角度、放物線の軌跡から考えてアレが発射されたのはあの辺りです」

 釧が指し示したのは公園を出たすぐの道路だ。

 公園が人で溢れていた時には視覚になりがちの場所だったと記憶している。

 発射音の感じからして火薬は使われていないと思われるので、空気圧で発射したのだろう。

 爆弾と思われる筒はアルミ缶ほどの大きさだった。重量が少なければ飛ばせないこともない。

 小鳥が複雑と言ったからには、あのサイズに時限式か、遠隔式か・・・・・・とにかく機械製の爆弾が詰め込まれていたのだろう。そのことには感心するばかりだ。

 だが、だからこそ釧は腑に落ちなかった。

 そこまでして何故『爆弾』にする必要がある?

 どうせ落下させるなら、ウイルスのアンプルをそのまま放出してもよかったし、極端な話人ゴミの中でアンプルを割ればそれで事足りるのだ。

 確かに犯行予告には『ウイルス爆弾を爆発させる』と書いてあったが。

 釧がそのことと今の状況を吟味していると、彼のスマホが振動した。

 ディスプレイに表示された名前は『不衣菜誉』。任務とは関連がない人物のものだった。

 かつて級友のコールに応じると、

『おー久しぶりだね釧君』

 懐かしい声が聞こえてくる。

 この時間、学生は昼休みだろうか。それにしては向こうのマイクが拾ってくる音はクリアだ。校舎の屋上にでもいるのかもしれない。

 誉のそういう癖を思い出しながら、釧はちゃかすように言った。

「久しぶり、ポエマー誉」

『やめて! その呼び方はやめて!』

 返ってきた必死な感情の籠もった台詞に口が緩む。

 殺伐とした最近の生活で失った心の潤いが戻ってくる気がした。

『だいたいそれ、女装タレントの君が言えたことかな!?ねぇ!?』

「失礼な。僕のは職名で誉のはあだ名だ。意味合いが大きく違う」

「そんなあだ名、私は受け入れた覚えがないんだけど。誰よ、考えた奴・・・・・・」

「さぁ?案外葉月とか?」

『いや・・・・・・違った気がする・・・・・・腹黒委員長か?うーん、副委員長も侮れないからなぁ』

 誉は変なスイッチが入ったようだ。

 真剣に犯人を割だ出そうと考え込み始めた彼女に苦笑する。

 そして、

「で、どうしたんだ?学生と違って、こっちは結構大変な状況なんだが」

『私だって受験で大変だから!何もこのタイミングで世の中不安定にならなくてもいいじゃん!

 行き先不安で泣きそうだわ』

「それこそ予知能力で何とかしろよ」

『それができたらどんなに楽か・・・・・・。

 相変わらず見る夢は無作為なんだよねーこれが。

 ・・・・・・だから、見てもどう扱うべきか困るものも見るわけで』

 と、彼女は一転して真面目な声色で言った。

『釧君、今、例のウイルステロ対処に当たってるでしょ』

「・・・・・・・・・・・・・用件はそれか。何を見た?」

『次に予告で指定される場所と時間。

 今日の午後三時三十分に、国会議事堂前の道路で』

「仕掛けられる場所は?あと、このテロはいつまで続く?」

『次のやつは車の下っぽいけど、詳しくは。いつまでかは分からないね。

 でも、ま、これから寝て予知夢で見たら教えるよ』

「いや、授業に出ろよ受験生」

『はっはっはっ、今後どうなるか分からない受験なんてやってられるかー!

 ・・・・・・というわけでだ、釧君』

「ん?」

『もしもの時はそっちで雇ってくださいお願いします』

「おい、そういう魂胆か」

『受かるかどうか確定しない受験より、私は確実な手段を取る!』

「予知能力者とは思えない酷い言葉をどうもありがとう。

 まぁ、雇用の件は考えないこともないけど、今は予知の方だ。

 さっきの情報は正しいんだろうな?」

『ああ、確認はすぐにできるよ』

「何?」

 と、そこで能力波の発生を感じて釧は振り向いた。

 発生源はTVスタッフのワゴン車近くだ。そこで特徴のある能力波が発生し、彼が駆けつけようとする前に消えてしまった。

『それじゃあね』

 スマホから誉の別れの挨拶が聞こえ、こっちも通話が切れた。

 反応が合った場所に目を向けたままスマホをしまう。

 空間を歪めるような感じ(・・)からして、あれは転移能力(テレポート)の能力波だ。

 すぐに消えたこと、発生が一度きりだったことから、何かを転移させてきたのだとわかるのだが・・・・・・。

「今、能力波の反応があったわね?」

「テレポートです。たぶん次の犯行予告だと」

「ふーん、なるほど。テレポーター・・・・・・ね。

 ・・・・・・電話は誰から?」

 ワゴンの方に歩きながら問いかけてくる小鳥に釧は「友達ですよ」と返した。

「予知能力者なんですが、次の現場を予知したそうです。

 ・・・・・・国会議事堂前の車の下だとか」

「ふぅん・・・・・・私、予知能力ってあんまり信じられないのよね。あれ、外れることもあるでしょう?

 外れたら未来予知って言えないじゃない?」

「確かに予知能力はよく分からないところが多いですけど」

 と、釧は今さっき言葉を交わした相手の能力に思いを馳せた。

 浅夢予知(くもりゆめ)。予知能力としては低レベルに分類される能力だ。

 その理由として、彼女自身が言ったように任意の予知を見れないこと、夢で見るために寝なければ発動すらしないことなどの不便さが挙げられるが、彼女と学舎を共にした彼は予知の精度に関しては侮れないことを知っている。

 というより、釧は彼女の予知が外れたところを見たことがない。

 予知能力には二種類あり、一つは脅威的な分析力と情報処理力からなる未来予測で、もう一つは夢として見る予知夢だという。そして一般的には予知夢の方が精度は高い、らしい。

 何でも睡眠時の方が脳をうまく使えるからだそうだが、釧はこの論説には否定的だった。

 如何にもそれらしい説明をしているが、その説明の通りなら予知夢は眠りながら未来予測を行っているにすぎないことになる。

 例え脳の運用効率に決定的な差あったとしても、予知精度に明らかな違いが生まれる理由付けとしては弱い気がしていた。

 だからといって、代わりの説明ができるかと言われれば無理なので、結局は『予知能力はよく分からない』という結論に落ち着くわけだが。

 論理的に予知の有用性を説こうとして言葉が思いつかなかった彼は、説明を諦め、代わりに誉自身への評価を口にすることにした。

「・・・・・・まぁ、彼女の予知情報はそれなりに信用できますよ」

「へぇ、その子どんな予知をしたことがあるの?」

「葉月の初潮」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 釧の返答に小鳥は空を仰ぐ。そして、彼に向き直った。

「いやいやいや・・・・・・・・・・・・それ、重要?」

「常に体を変化させている葉月の体内変化を予知したというのは十分な実績だと思いますよ」

「あー、ホルモンバランスやら何やらを計測したってなると確かによく予測できたなとは思うけど・・・・・・。

 ・・・・・・何か納得できないわー」

「そうですか?」

 そんな会話をのんびり交わしながら二人はワゴン車へ。

 TVスタッフと警察関係者が集まるその場所では、釧が予想した通り次の予告が転移されてきていた。

 予告カードに書かれた場所と時間は誉の言った通り。あとは車の下にウイルス爆弾が設置されていれば、今回の予知も正確だったと言えるだろう。

 ざわめく彼らを適当にいなし、誉の予知内容を知らせ、カードを科捜研の副委員長こと長谷川亜子宛に送らせた後、釧達は蜘蛛の子を散らすように逃げた集会参加者のケアを放棄して次の現場に向かった。

 そして――、


                     ♯


 そして、第三のテロはあっさりと処理され、その日の務めから解放された釧と小鳥は二人して東京のとある港に繰り出していた。

 沈んでいく太陽に海原が橙色に染めあげられていく時間帯。

 辺りに人気はなく、磯の香りと漣の音が五感を刺激するのみだ。

 空と海が彩りを変えていく様子を眺めながら、柵に両腕と顎乗せたり、もたれ掛かったりして暫く無言で過ごした二人だったが、釧が沈黙を破った。

「今日一日の事を振り返って・・・・・・・・・・・・どう思いました?」

「どうって言われてもね」

 小鳥は疲労を感じさせる口調でそう言い、海面を飛ぶ鳥を目で追った。

 そうしながら同時に頭で思い起こすのは今日二回目のテロについてだ。

 国会議事堂前の道路、午後三時三十分と予告されたウイルス爆弾は誉の予知のかいあって余裕を持って発見された。

 しかし、仕掛けられていたのは局スタッフのワゴン車のだから頭が痛い。これで懲りたらさっさと消え失せろと、よほど言ってやりたかった小鳥だったが、それは何とか耐えた。

 それから爆弾を早い段階で解除し、今度は蒸発せずに残ったそれを科捜研に届けさせて一件落着。

 その後またしても座標転移(テレポート)で犯行予告が転移されてきたのだが、次の犯行が翌日となっていたためそこで解散して今に至る。

 TVスタッフや警察は次のテロへの対策会議をしたがっていたが、そんな『おままごと』にもならない行為に心身を疲労させられては堪らないと早々に逃げ出してきたのだ。

 その体験と本日最初の筒状爆弾の事を吟味してから、小鳥は忌々しそうに吐き捨てる。

「二回目は凝ってたのに三回目は捻りもない。差が酷すぎる」

「まぁ、でも仕方ない(・・・・)でしょう?」

仕方ない(・・・・)とはいえよ。

 それにつき合っている身にもなってほしいわ」

「それ、どっち(・・・)に言ってます?」

 と釧。

 小鳥は肩を竦めて、どっちもよと返した。

「僕としては、それよりも次の予告の方が酷いと思いますけどね」

「・・・・・・石垣議員の討論会、か。公園の反能力集会に議事堂前の反能力デモ隊、その傾向から外れてはいないとはいえいきなり大物になったわね」

「実際会って対応しなきゃいけないとか今から鬱ですよ。しかも撮影付きで。

 瑞桐さん、迂闊なこと言わないでくださいよ?」

「と言っても、私そういうの慣れてないからね。

 何か対策とかないかしら?」

「何聞かれても『小鳥ちゃん馬鹿だからわかんなーい』で誤魔化してください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやいやいや」

「あの古狸、自分の価値観がどれもこれも正しいと思ってますからね。

 他人を叩く事に躊躇がないんです。相手してもストレスが溜まるだけですよ。

 僕も何度もアレの嫌がらせを受けたことか!」

「でも次はそいつを助けなければいけない・・・・・・と」

「・・・・・・討論会、中止になりませんでしたからね」

 第四のテロ予告が送られてきた後、釧達は当然ながら石垣議員の事務所に連絡を入れた。

 が、返ってきたのはにべもない返事だった。

 かろうじて情報規制と協力の約束は取り付けられたが、釧達にとっては討論会中止の方がよかったのは言うまでもない。

 暴力に屈しないと胡散臭い台詞を言っていたが、どうせ今回の件を売名行為に利用する気なのだろう。

「爆発を阻止したところで、こっちには何のメリットもないっていうのが辛いところです」

 釧は悩ましい声で呟いて柵に乗せた両腕に顔を埋めた。

 小鳥は黄金の輝きを弱めつつある黄昏の海を見やり、そしてぽつりと言った。

「・・・・・・いっそ、わざと爆発させちゃおっか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、それはまずいでしょ」

「今、少し考えたわね?」

「まさかまさか、そんなそんな」

「その方がまだメリットありそうとか思ったわよね?」

「言いがかりはよしてくださいよ。だいたい、だったら瑞桐さんはどうなんです?」

 自分の方を胡乱な瞳で見る釧に、小鳥は似たような表情を向けた。

 二人共目が死んでいる。

「「はぁ・・・・・・」」

 夜の港に聞こえてくる静かな波音に、二人の溜め息はかき消されていった。


                     ♯


 旅の起源を遡ると、巡礼という言葉が自ずと現れてくる。

 その宗教における聖地や聖遺物を巡る旅、あるいは現代における創作物の舞台を訪れる聖地巡りなどなど・・・・・・。

 彼らは由緒ある地に足を運び、想像を巡らせる。

 それは十八世紀にヨーロッパで最盛したグランド・ツアーにも言えた事だ。

 貴族の子弟の教育の仕上げとして組まれた修学旅行(グランド・ツアー)。数百年前に生きた彼らは旅行記に書かれた土地を訪れて文章の風景を思い描いたという。

 そして、ヨーロッパの中でも特に旅行が盛んだったイギリスにて、現代人の彼もまた、一種の旅の途中だった。

 ロンドンの九つ子機関に身を置いた後、あちこちを巡っていたが、今居る場所はサマセットのグラストンベリー・トーという丘だ。

 英国の歴史的(ナショナル)建築物保護団体(・トラスト)に管理され、頂上付近には旧聖ミカエル教会があるこの丘は、とある伝説において重要な場所であると言われている。

 その伝説に思いを馳せながら眺めるこの土地はなかなか面白い。

 この場所で、いやこの国であの伝説を想像した人々どれぐらいいるのだろうか。

 彼はそんな想像(・・)を巡らせた。

(能力の方もだいぶ形作られてきた・・・・・・)

 と、同時にここから離れたロンドンの地にも意識を向けた。

 九つ子機関の壊滅。

 予定調和とはいえ、思うことはある。

 あそこを這い出た怪物は今どの辺りだろうか。

 まだロンドンにいるのか、それとも日本に向かうつもりなのか。

 想像し、思いを馳せ、彼は歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ