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第83話- 果の清算。-Calling-

 天罰が下るというのは、ああいう事を言うのだろうか。

 悪徳を行った者に不幸があった際、比喩として天罰が下ると言うけれど、それとは別として――――天罰、という言葉を口にし、あるいは耳にする時、僕達の心に思い起こされる印象は、天から落とされる光、火、そして無慈悲な破壊だろうと思う。

 天から下る、という印象もだが、到底人の手によってもたらされるモノではないという強烈に焼き付く印象こそが、目にした者をおののかせる。

 アレはまさにソレ(・・)だった。

 祠堂学園本部から目の当たりにした光の柱は、圧倒的な存在感を示し、そして地方都市の一つを文字通り消し飛ばした。

 光の落ちたとされる範囲内に生存者はなし。いやそもそも建物一つ残ってはいない。

 人間大の瓦礫でも目に付けば見つけもの、なんていうレポーターの表現が皮肉なしで分かりやすいと思えるほどの破壊があった、ようだ。

 破壊、まさに破壊だ。

 かつて日本に落とされた二つの核弾頭でさえ、被災地のすべてを奪いはしなかった。

 それでもソコにあったのは絶望だった――――と、実際経験していない自分には想像でしかものを言えないが――――それでも残るものがあったはずだ。

 核戦争による世界の滅亡など、使い古された映画のネタだが、そのフィクションが現実になったとしても『世界滅亡』という言葉は比喩にしかならない。人類が滅亡しかねないほどの被害はあるだろうが、不謹慎な言い方をすればそれが『人間の破壊』の限界なのだ。それ以上の破壊はない。

 だが、アレは違った。文字通りその場にあった全てを粉々に破壊した。人間の力以上の破壊だった。

 まさに『天罰』と呼ぶにふさわしい。

 神の火、という表現がこの上なくしっくりくる。

 しかし、天罰というのならば。


 ――――アレは何に対しての天罰だったのか。


 その答えを、電話の相手は知っている。

 スマートフォンを握り直し、僕はそれを問うために口を開いた。

「それで、結局先輩方は一体何をしようとしていたんですか?」

『そういう質問がくるって事は、ほとんどの事情を知っているんじゃないのかな?』

 彼は質問に質問で返した。その声には明らかに力がなく、憔悴している事が分かる。

 いや、彼らに降り懸かった事態が事態なのだから、当然といえば当然か。

 あの後、これ以上まともに情報を引き出せないと群馬に見切りをつけた僕は、食えない理事長を爆弾ごと放置して神戸に帰ってきていた。時限爆弾だったののだが、まぁ大丈夫だろう。

 その後に岱斉への連絡を済まし、自分自身で例の出来事について調べるために自宅に籠もったのが、『神の火』から一日半後の事だ。現状確認を兼ねてネットや人脈を辿って数日間を過ごしていた所に、この電話がきたのである。

 相手は、事件の渦中にいた板川由その人で、能力の性質で何とか生き延びたらしい彼らは、今こうして新しい布石(・・)を打つべく、『魔女』に情報を流すために連絡をつけたようだった。

 さて、質問に対する質問は失礼だとよく言われるが、秘密事や厄介事を扱う者同士の場合はむしろ不可欠なやり取りである。相手がどこまでの情報を握っているのか、状況を認識しているのか、それを知ってからでなければ適した説明などできないし、効率的でもない。

 とりあえず、青森で盗んだ髪の毛と空想現実(1.5)の能力を使って何かしようとしているとは聞いた事、群馬万可局長はそれを『召還』と呼んでいた事、そしてそれを天の光に妨害された事について話すと、彼は『まぁ、実際その通りだよ』と苦々しさを多分に含んだ返答をした。

『いやぁ、まさかあんなモノがあるとはね。風々も驚いていた。

 彼女の元に行くためにはまず髪の毛を1.5の世界に取り込む必要があったんだけど、完了する前にやられてしまうわ、髪の毛は完全消滅するわで・・・・・・・・・・・・二人で逃げ込むのがやっとだったよ。

 取り戻せないなら消し飛ばせ、か・・・・・・まさかあそこまでするとはね。妨害されるのは分かっていたんだが、予想以上だった。

 いや・・・・・・認識が甘かったのか。モノがモノだけに全力で止められるのは理解していたはずなんだが・・・・・・』

 彼は疲れを纏めて体外に出すように息を吐いた。『全く、軽率だった』

「万可がそこまで必死になって止めようとした理由は何です?

 理事長は葉月のオリジナルだと言った。

 それが生きているのなら万可は何故、彼女を研究に使わなかったのか・・・・・・・・・・・・それどころか忌避している節まである・・・・・・」

『さぁ?万可の目的や彼女との関わりはよく知らないからね。

 私達はああすれば連中がいやがると分かっていただけだ。だからやった。リスクがあるのは分かっていたけれど、それでも連中の野望を砕く最も手早い手段だと思えたんだ。

 けど、儀式完了までの時間が致命的になった・・・・・・。

 知っているかい?人の心に能力は浸食しにくいんだ』

「初耳ですが・・・・・・洗脳能力は使いにくいって話ですか?」

『いやいや、そういったESPに限らずあらゆる能力に言える事だよ。

 例えば予知能力。アレには大まかに二つのタイプがあるというけれど、その内、超越した観察眼と演算能力でもって未来予測を成すタイプは、人為的な行動を読みにくい』

「けど、それは人が何をするのかは読みにくいから、でしょう?」

『そう思われがちだけど、違う。予知能力者の中には天候予知を高確率で当てる連中もいるんだ。彼らは目に見えない大気の流れを視ている。彼らの予測演算は人間離れした観察能力に支えられているのさ。

 世の中には人の僅かな挙動から相手の心理を見抜く学問もあるんだ、観察眼に長けた予知能力者に汲み取れないはずがない。

 なのに人の意志が混ざるほど予知は困難になる。

 私の能力もそうだ。取り込む相手が許容しているのなら別なんだけどね。

 とにかく、今回は髪の毛一本取り込むのに手間取りすぎた。

 人の心――――いや、夢か。そういうモノが籠もっていると途端に干渉が厄介になる・・・・・・』

「夢?」

『そう、夢さ。人は夢と同じ所から生まれてくるんだ』

 ・・・・・・その言葉を、どこかで聞いた気がする。

 どこだったか、大切な場所だったはずなのに思い出せない。

 そちらに気が行きかけた事に気づいて、会話に集中するべく頭を振った。

『・・・・・・人それぞれの在り方と言ってもいいかもね。

 夢、根元、私達の自我がやってきた所・・・・・・。

 彼女はその権化みたいなものがあるから・・・・・・』

 最後の言葉は聞かせるというよりただの呟きになって、スピーカーの奥へと吸い込まれていった。

 夢の権化。イメージが掴みにくい表現に辟易する。

 理事長もだったが、この手の話をすると、どうして誰もが回りくどく、はぐらかすような物言いをするのだろうか。

 そういうやり取りはもう懲り懲りだ。

 僕は少し口調を強めて尋ねた。

「髪の毛の主は一体誰なんですか?」

 これを聞くのは二度目。

 けれど、

『残念だけど、それは教えてあげられないんだ。

 アレを言い表す言葉はないからね』

 返ってきた答えまでもが、二度目になるとは思わなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『そう腐らないでくれ』彼は苦笑しながら続ける。『これでも目一杯伝えているつもりなんだ。『彼女(・・)』。この表現ですら、君が『髪の毛の主は織神葉月のオリジナルである』と感づいているからこそ、ようやく使えるくらいなんだから』

 またしても彼は、意味深だが理解しにくい台詞を吐いて、それから『他の事なら答えられるけど』と付け足した。

 正直、一番知りたかったのがソレだったのだけど、もう彼は問いに応じるつもりはないようだった。

 もはや彼を問いつめても無駄だろう。ここで食い下がっても時間の無駄になる。

 仕方がないので、優先度は高くはないが、目下頭を悩ましているもう一つの問題について尋ねる事にした。

 つまり万可の命題、神造り。その真意についてだ。

「――――万可は半世紀も前から『彼女』とやらのDNAを使って織神を造ってきました。

 色神やら御籤やら他にも製造ルートはありましたけど、万可は結局の所織神を最重要視しているようです。

 それがその『彼女』の改良体であるからとするなら、『彼女』は形骸変容に近い能力なんでしょうが、連中は何故か彼女を忌避している。

 まぁ、葉月の性格がオリジナルと似通っているというのなら、その理由も分かりますが、そんな『彼女』から何らかのヒントを得たのか、彼らは神を造ろうと考えた。

 形骸変容の『何にでもなれる』性質に目を付けて、多様な能力を統合しつつ神を造ろう・・・・・・。

 けれど、何故神なんです?

 目的があるならそれに沿った能力を開発すればいい、何故全知全能なのか。

 神造りそのものが目的であるなら別ですが、そもそも『神』と言っておきながら、千代神はあくまで『全知全能』でしかない。

 能力者の全能力と、人としての限界を越えた最適化によってできる全能者の事を神と呼んでいるにすぎません。

 そもそも――――本来『神様』というのは『何でもできる』だけの存在ではないでしょう?

 宗教によりけりなんでしょうが、多くの場合、神様っていうのは世界そのもの、あるいは創ったモノを言うんじゃないですか?

 オリンポス十二神のように、それぞれが何かの力を冠し、秀でている神もいるにいますが、万可の言う『神』はオリンポスの神々ではなく創造神の方でしょう。

ロンドンの魔女の言い分を借りるなら、『神』という存在は、昔から人々がこの世界の成り立ちを考え、超自然的な存在を垣間見た先に現れるとか。

 けれど、それなら千代神は・・・・・・いや、超能力を幾ら集めても力不足だ。

 人の智恵と能力を寄せ集めてできた神が、人の理解を超えたモノの象徴である神になれるわけがない。

 今の時間軸からの時間操作や、先輩の能力のようにこの世界からズレた世界を造り出す事はできても、それはあくまで存在している世界への干渉です。

 無から有を生み出しているわけじゃない。

 世界の内に生まれたモノは世界の理に沿ってのみ存在できる。

 世界の内側から生み出された千代神は、世界やその外側の事象にできない。幾ら全知全能を謳おうと千代神にもできない事は存在します。

 確かに神如きモノには違いませんが、神そのものではない。

 けれど、万可は『全知全能』を神として扱っている。万可にとっての『神』の定義が創造神ではなくソレなのか、あるいは神のレプリカとして機能すればそれでいいのか――――あぁ、板川先輩は魔術の事は・・・・・・?」

『知ってるよ。というか巫女の一族なんだ、そっち側が本業だね』

「そうですか。・・・・・・それで、僕には魔術のレプリカに使うくらいしか思いつきません。

 創造神のレプリカなんて、現実味もない話ですし、能力者でそれを模せるのかと思ってましたけど、ロゴスの火を見て考えを改めましたよ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さっき言っていた事、確かなんですか?

 あの火柱が能力によるものだっていうのは」

『・・・・・・ああ、能力者による妨害を警戒して能力波の感知器を持ってたからね』

「そうですか」

 ロゴスは大型ではあるらしいが、人を長期に渡って乗せていられるほどのものではない。宇宙空間にあるはずのロゴスの中に能力者が存在し、しかも大気圏を突き破って破壊の限りを尽くしたなどと誰が信じるというのか。

 それならまだ天罰と言われた方が信じやすいだろう。

「けれど、神のレプリカを何に使うつもりなんでしょうね?

 神の名前が出てくる、というか神でないといけない物語となると、創世か破壊かのどちらか・・・・・・。

 ラグナロク、地球の滅亡と破壊というのなら、葉月のウイルスがあれば事足ります。再生、つまり磨耗した地球生命の遺伝子をリセットして、再び生命の進化をやり直すにしても、形骸変容で幾らでも再現できる。

 これでは最初の『何故神なのか?』という疑問に戻ってしまう・・・・・・。

 神を造ろうとした理由、これがどうにも分からないんです」

『・・・・・・私は連中の真意を完全に理解している訳じゃないけれど、君はかなりいい読みをしてると思うよ。

 少々連中の行動原理を打算的に捉えすぎているけどね。

 ただ、一つだけ指摘させてもらうなら――――逆だ』

「え・・・・・・?」

『形骸変容の性質の下りさ。おそらくは、順序が逆なんだ。

 ・・・・・・『形骸変容』は蔑称だよ。あの能力の本質はそんなモノじゃない。おそらく織神はオリジナルの改良体ではなく、改変体というべきモノだと私は考えている。

 万可が重要視するのも、オリジナルの方を避けるのも別の理由があるんだろう』

「形骸変容の本質・・・・・・ですか」

『君にもその能力が宿っているんだ。よくよく考えてみる事だね。

 それから、君は他の疑問にも目を向けた方がいい。

 あるだろう?超能力関連で明らかになっていない事が幾つもさ』

「他の疑問・・・・・・そりゃあ超能力全般で言えば幾つかありますけど」

 例えば、SPS薬の事とか、あるいはソフィ女史の事だとか。

『それを調べてみるといい。分かる事もあるだろう。

 それじゃあね』

 彼はそういうと通話を切った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔に近づけていたスマホを下ろし、通話終了と表示された画面をぼんやりと眺めながら考えに耽る。内容は、今の会話。それから、理事長との世話話(・・・)についてだ。

 内容自体にも色々と理解しがたいものがあったが、それ以上に驚き・・・・・・というより気持ち悪さを感じて仕方ないのが、あの食えそうにない理事長が、実はほとんど嘘をついていなかったらしいという点だった。

 始終笑みを絶やさなかった胡散臭い男、というのが僕の彼に対する印象だが、別にそこまで極端な人物でなくとも、障害になりかねない相手に情報を渡そうという奴はいないだろう。

 脅されていたとはいえ、こちらは向こうの真実を見抜ける環境にはなかった。

 嘘は吐けた。だがしなかった。

 さすがに、『実は理事長はただのお人好しだった』などと考えられるほど僕は純白な人間ではない。

 可能性としては、『情報を晒した所で万可の目的や真実にたどり着けないと確信しているから』というのが一つ。もう一つは『たどり着いたとしても何もできないと連中が考えているから』というものだ。

 情報を得られたはずなのに、喜ぶ気などまるで起きない。

 板川先輩には他に目を向けろと言われたが、これも他の会話内容と負けず劣らず漠然とした話だ。

 超能力関係の謎なんて考えれば幾らでも出てくる。

 SPS薬の成分、能力発現の原理、ソフィ女史の死に纏わる疑問点、ついさっき話題に出た人の心とやらに能力が効きにくいというのも謎の一つだろう。

 果たしてどれから手をつけたものか、それすらが謎だ。

「はぁ・・・・・・」

 知らず知らずの内に溜め息が出た。

 それで疲れている事を自覚してしまったからか、急に眠気まで襲ってくる。

 考えてみればここ数日眠っていない。

 けれど、今は寝るつもりもないので、つけていなかった部屋の照明を点灯する事にした。

 蛍光灯がついた時の独特な音と共に、チカチカと光が瞬き、薄暗かった部屋を照らし出す。

 寝不足の目に光が染みた。

 さて、一体何から手をつけたものか・・・・・・。

 と、手にしたままだったスマホが振動して、意識をそちらに戻された。

「楚々絽から・・・・・・?」

 情報集めをしている時、真っ先に連絡をしようとして繋がらなかった相手だ。

 着信履歴を見てかけ直してきたのだろうか?それとも彼女らの方から用事があるのか?

 何にせよ、元々話すつもりだった相手なのだ。通話ボタンを押して、スマホを再び耳に寄せる。こちらから言葉を発する前に、『やぁ』という楚々絽の声が聞こえてきた。

『元気かい?女装少年』

「微妙。・・・・・・電話できなかったみたいだけど、そっちは何かあったのか?」

『ん。例の現場に行ってきたんだ。案の定野次馬だらけで、私の能力の独壇場だったよ。それに忙しくて電話には出られなかった』

 彼女の能力は視界傍受とそれから発展させた多重視覚複合(マルチポイント)だったはずだ。

 確かに野次馬の集るロゴスの火の現場では活躍した事だろう。

 あれだけ強烈な事象を目の前にして、即座に動ける判断力とフットワークの軽さには感服する。

 それにちょうどニュースやネットのソース以外から情報が得たい所だった。

「どうだった?」

『ひどいね。月のクレーターとか写真であるだろう?あんな感じだ。

 綺麗な円形に街が削り取られてたよ』

「みたいだな、俯瞰映像はニュースで見たよ。詳細は?」

『円は例の光の柱が落ちた範囲と完全に一致しているらしい』

「・・・・・・・・・・・どういう事?」

『破壊されたのは光が当たった範囲内だけ(・・)なんだ。

 多少の焦げぐらいはあったけど、円周の外は一切被害がない。

 普通あんな高出力のエネルギーなんて当てたら、着弾点だけではなくその周囲だって無事には済まされないさ。

 けどアレは完全に被害を範囲内に押さえていた。

 エネルギー弾を打ち込んだっていうより、焼き切ったっていうのが表現としては近いんだろう』

「・・・・・・・・・・・・つまり、ロゴスは完全に破壊範囲を制御できる兵器ってわけだ。それも世界のどこにでも撃ち込める」

 頭の痛い話だった。能力者かもしれないというだけでも頭痛の種ではあったが、思った以上に性能が良すぎる。

 先輩達を街ごと吹き飛ばしたところから考えて、最小出力ですら高威力すぎてむやみに使えそうにないという点が唯一の救いか。

『ああ、そういう事になるねぇ。・・・・・・ああ、それから、あの人工衛星は『ロゴス』という名前じゃないらしい』

「『ロゴス』じゃない?」

『『ソドムとゴモラ』、万可の通信施設での呼称ではそうなっていた』

 それを聞いて納得した。

 なるほど、確かにその名前の方が合っている。

 ソドムとゴモラは神の火によって焼かれた都市の名前だ。

 となると『天罰』という表現はあながち間違ってはいないらしい。それを下したのが同じ人間であるだろう事を除けば、だが。

 いや、いつだって『天罰』と言って人を裁くのは人だ。この場合、皮肉が利いていると考えるべきなのか。

「まぁ、名前は何であれ、あの衛星のせいで状況は一変した事には違いないか・・・・・・。

 あれからすぐ帰ったんだが、やっぱり群馬デモも混乱してるのか?」

『ああ、大混乱だ。過激派連中のデモも、非能力者のデモもね。

 あんな物の存在が明らかになったんだ、両方とも今までの算段がお釈迦になって、尻すぼみ気味だな』

「やっぱりデモの方は勢いを削がれた感じになるのか」

『それとね、第8次非常事態・・・・・・アレが正式に宣言されなかった事は不幸中の幸いだった。

 私達が青森で手に入れた文章データによると、あの神の火は第8次にのみ発動できる代物らしい。

 第8次発令の条件は知っているだろう?今回は規定の二つ目、『一部能力者により能力者全体に著しい損害を与える可能性がある場合』によるものらしくてね。

 全く・・・・・・ふーさんは何やってんだか。訊いても答えてくれないし、姉様はぶん殴りに行っちゃうし・・・・・』

 どうやら僕の所に板川先輩から電話が来たように、彼女達の方にも朝空風々から連絡があったらしい。

 それで、居場所不明の彼をどうやって殴りにいくのかは知らないが、個人的な制裁を加えるべく鈴絽さんは行ってしまった。残った彼女は手持ち無沙汰になって、着信記録が残っていた僕にかけてきたと。

 鈴絽さんが分かりやすい人であるせいか、それまでの流れがありありと想像できた。

 きっと、不機嫌な顔をしながら嬉々として飛び出していったのだろう。

 だが、そんな微笑ましい光景は置いておいて、一つ気になる事があった。

「第8次の発令規定だけど、それを万可が守る道理はないんじゃないのか?

 万可が不都合を解消するために第8次を発令させた可能性は?」

『ソドムとゴモラが万可だけで運用されているなら、そのマニュアルに『第8次非常事態においてのみ』なんて言葉は出てこないさ。第8次をわざわざ発令させるなんて遠回りな規定を作る必要なんてないし、あの単語は学園都市の状態を表す言葉だしね。

 それに多分アレは万可にも手に余る代物なんだろう。

 威力が高すぎておいそれとは使えないんだ。一歩間違えれば仲間割れから自分達の自滅を招きかねない。

 だから非常時の非常時に、複数の万可支部による承認を得て運用するように安全策を講じてあるんだと思う。

 だとするなら、非常事態宣言もただ連中の思惑に沿って発令されたわけではないと考えられる』

「確かに、万可支部はお互い平気で足を引っ張り合うからな・・・・・・」

 その幾つかに自分が関わっているという事はとりあえず棚にあげておく。

『何にせよ、あの時、学園都市はこの第8次非常事態に晒されていた。

 それが能力者に伝わらなかったお陰で、例のマニュアルに乗っ取った都市襲撃は回避。能力者と非能力者との戦争は皮肉な事に遠ざかった形だ。

 むしろ、宣言があったら能力者達は攻撃するしかなかった。デモまでやって引くに引けないところまできてたからね。

 第8次が発令と共に一瞬で解除された事、その影響で宣言が正式にされなかった事、さらにいえば例の光が落ちた事で騒ぎが押さえられたなんて、皮肉な話だ』

「けど、非能力者側からしたら学園都市も能力者も同じだろ。

 ・・・・・・ソドムとゴモラの火、連中がいかにも騒ぎそうなものだけど」

『自分の楯突いてる相手をようやく認識したんだろうさ。

 向こうは法的整備されれば勝ちだと思っていたんだ、そこにあんなもの落とされたら竦みもする。

 ま、未だにデモはやってはいるが・・・・・・・・・・・・あれは抗議するためというより、学園都市内に居るためだろう』

「・・・・・・連中は学園都市なら安全と考えているわけか。能力者のいる場所にはアレが落ちないと」

『そういう事。実際は能力者が標的だったんだが、釧が言ったとおり一般人にしてみれば学園都市=能力者なんだ。表面的には鎮静化しているように見えるが、むしろ連中の憤懣は膨れ上がっている。

 今すぐ突入する事は回避できたとはいえ、そう遠くない内に戦争は勃発するだろう。

 しかも今度は国際規模に発展しかねない・・・・・・』

「あんなモノを保有しているとなっては各国が黙っていない。

 国際バランスが崩れるのは間違いないし、国内で争っている今の内に攻めようとする国もないとは言えない」

『国連が動く可能性もある』

「だが、ソドムとゴモラをどうにかできるとも思えないぞ。

 能力波が確認できた以上、あれは能力者という事になる。国際規定上、能力者は人であって兵器じゃない」

『といっても大量殺人者だが・・・・・・まぁ、標的になったのは国民だから、国内で解決すると言われればそれまでか』

「さらに言えば、『アレは能力者に対する抑止力』だとでも言われてしまえば安易に手を出せなくなるだろうな。

 別にアレに限らず、大量破壊兵器並みの火力を持った能力者はそれなりにいるんだ。

 実際、今回使われた事で能力者側のデモも動きが鈍った。人工衛星と能力者が協力関係にないという根拠ぐらいにはなる。

 それに、例え国連が動いても収束できる事態ではないだろう。

 国際連合憲章第7章による軍事的強制措置、国連軍の組織・・・・・それをしたところで、どちらに分があるかは一目瞭然だ。

 問題なのは、今の状況に目が眩んだ周辺諸国がちょっかいをかけてくきそうって事」

『はぁ・・・・・・緊張状態継続の上に、敵ばかり増えたって感じだねぇ。

 まぁ、学園都市も国もだけど、能力者にとって一番の問題はソドムとゴモラだ。

 デモの連中はどう動くつもりなのか気になるところだけど、同行を気にしなくちゃいけないのは彼らだけじゃない。幾ら目があっても足りないよ』

 それは自分の能力を絡めたジョークなのか。

 分かりにくいというか何というか・・・・・・。

「衛星が目の上のたんこぶなのは僕にしたって、そっちにしたって同じだろ。

 宇宙空間じゃさすがに手の出しようがない。

 どうとっかかればいいんだか」

『その事だが、一つ気になる点がある』

 と、彼女は先ほどとは打って変わって、トーンを落とした口調になった。

「ん?」

『神の火発動の際なんだが、通信はまず淡路島に送られてから衛星に送られていた。衛星への直接の命令は淡路島からなんだ』

「・・・・・・淡路島に衛星との通信施設がある?」

『ソドムとゴモラは神の火に滅ぼされた二つ(・・)の都市の名前だ。

 けれど、衛星は一つ。それをわざわざ『ソドムとゴモラ』と呼ぶからにはペアの何かが存在すると考えるのが妥当だろう?』

「それが淡路島にある可能性が高い、か。

 ・・・・・・・・・・・・なるほど。その推測、多分正解だ」

『何か思い当たる事があるのかい?』

「・・・・・・流暢だったんだよ」

『は?』

「今回の仕事、岱斉の説明が分かりやすかったんだ。

 あの男、いつもは会話を成立させるのに一苦労するくらいなのに、あの時に限って随分とベラベラと・・・・・・おそらく前もって練習してたな・・・・・・。

 地元から目を逸らさせるために、端っから僕を神戸から追い出すつもりだったんだろうよ。

 万可は神の火を使わざるを得ない状況になる事を予期したんだ。

 裏切られる可能性を分かっていながら、理事長が別の万可からの護衛を許した理由もソレか・・・・・・。

 何が『万可同士強い繋がりがあるわけじゃない』だ。示し合わせた分けでもないくせに、しっかりと連携してるじゃないか」

 自分を囮にするとは・・・・・・。

 あの理事長、やはり食えない男だっらしい。

 今鏡で見れば、苦々しい自分の顔が映る事だろう。

 今回は完全に岱斉と理事長にしてやられた。楚々絽達の情報がなければ気づく事もできなかったはずだ。

 だが、逆に言えばチャンスでもある。相手の思惑にまんまと嵌ってみせたのだ。少なくとも岱斉達は僕が淡路島の情報を知っているとは感づいていない。

 そしてあの男がそこまでして遠ざけたがっていたという事は、あの場所に万可にとって本当に重要な何かがあるという事だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・追いつめてはいる」

『だろうね。ちなみにだが、今回神の火発動を承認したのは神戸と琉球だった』

「琉球か・・・・・・それにも何か意味があると?」

『さぁ?でも興味深いだろう?』

「分かった、琉球には伝があるしそれとなく様子を探ってみるよ」

『そうか、ありがとう。こっちはしばらくデモを監視しておく。ふーさんは姉様が見ててくれるだろう』

「殴りすぎて"看てて"おく必要があるような事態にならなければいいけどな」

 全くだ、と彼女は笑いながら通話を切った。

 鈴絽さんの能力的に、全く笑い事じゃない気がするが、彼女と姉と風々とには幼い頃から馴染んだやり取りなのだろう。

 出会ったばかりの頃、僕と葉月がぎこちない、人形遊びに似た依存し合いをやっていたのと同じように・・・・・・いや、それに比べれば健全な――――。

「葉月と喋りたいな・・・・・・」

 今度は、ちゃんと向き合って。


                     /


 ヘリコプターが停まっていた。

 群馬に行く際、釧が利用したものと同型のヘリが。

 VIP用の防護仕様を施された、乗客30人を収容できるその大型ヘリは、つい先ほど神戸空港(マリンエア)に着陸し、物々しい警護の元空港まで運ばれてきた積み荷をたった一人の乗客に引き渡した所だった。

 そして、その唯一の搭乗客は携帯電話を顔に寄せていた。

 歳にして18ほどの青年で、短い黒髪、精悍さの中にあどけなさを残した顔立ちをしていて、その顔には口角を釣り上げった笑みを浮かべている。

 彼は名前を出雲という。

「ああ、今からロンドンに発つ。あーあー、分かってるってこの心配性め」

 彼の電話の相手は沖縄万可局長の堀塚亜那だったが、禄でもない主従関係であるはずの二人の間に流れる雰囲気は、同じ様な人間関係の内海岱斉と朽網釧のものとはまるで異なるものらしい。彼は始終親しげだった。

「おぉ、感謝してる関してる。棒読みに聞こえる?いやいや本当だって。

 九つ子機関に行きたいってわがまま叶えてくれたんだ、感謝してるよ。

 向こうさんの欲しがっているモノが手には入ってよかった」

 そう言って彼は足下に置かれたアタッシュケースに目をやった。

 黒色をした何の変哲もない鞄だが、中に入っているモノはとびきり異常な代物だ。

 とある8月に千切れた織神葉月の左腕。

 それが時間経過を止める賢者の水に満たされた容器に入れられて納められているのだ。

 ソドムとゴモラの件で神戸に対して借りを作る事に成功した琉球が、見返りとして要求したものがこれだった。

 琉球万可はこの貴重なサンプルを欲しがっている九つ子機関とさらに交渉して、彼に魔術知識を学ばせるという取引を成立させたのである。

 彼は今、まさにその腕を持ってロンドンに発とうとしている所だった。

「分かってる、長居はしないって。ああ、また連絡する。それじゃあな」

 通話を切った携帯をジーンズの後ろポケットにしまった彼は、無造作な手つきでケースを持ち上げると、ローターを回し爆音を響かせるヘリへと向かった。

 かき回された空気が風となって、彼の髪と衣服をたなびかせる。

 表面積の多いアタッシュケースも風に押されて左右に振れた。


 そして――――容器の中の腕もまた、微かに揺れたのだった。

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