第4話- 心理戦。-ESP-
「こんにちは、『馬鹿野郎の愚か者』」
もしそれが侮辱の言葉であるのなら、初対面で随分な人だろう。
あるいはそれが僕の名称としてなら、初対面で何故それを知っているのか?
それは自嘲試作品の呼び方だ。
僕は人の名前と顔を合致できない人間だけど、役割と顔ぐらいは覚えていられる。
彼女は『僕を馬鹿野郎の愚か者と呼ぶ』役割にはいなし、顔にも覚えがない。
初対面、のはずだ。
それに自嘲試作品は男だし。
「こんばんは、だと思うけどね」
僕はとりあえず、投げやりに答えてみた。
気分的には、早くシャワーを浴びて寝てしまいたい。
先日までクシロの家に入り浸っていたから、生活リズムがずれているし、洗濯物とかも溜まっている。
それに知り合いでもない不審者に、呼び止められていい気はしない。
「いいのよ。周りが見えるほど明るければ、昼でしょ?
人は明るく活動できる時刻を昼と、暗く活動できない時刻を夜と呼んだのよ」
わざと間違えているらしい。確かに、こんにち活動できないほどの暗闇はないけれど。
この人は、あまり相手にしないほ方がいい気がする。
人をからかうことが大好きそうな顔をしている。・・・僕と同じで。
僕が無言でそれ以上喋る気がないのを察したのだろう、彼女は再び口を開いた。
「私の名前は御籤唯詠って言うんだけどさ。ああ、ひとよみっていうの唯一の"唯"に月詠の"詠"ね。
もっとも、これも当て字で本当は143で一四三なんだけど。
あー、こっちで行った方が早いか。・・・ESP追究研求所出身の、君曰くの自嘲試作品御籤一三八の後継機よ」
・・・・・・。自分のことを嘲って試作品と読んだあの青年の名前が御籤和美也だったかどうかいまいち確信を持てない。
ただ、ESP追究研求所というのは聞いたことがある。
超能力研究の初期に設立された、ExtraSensory Perception、つまり超感覚的知覚の研究に特化した特殊研究所。
テレパシー、予知、未来視、千里眼の類を追究しきったその先を求めるという異色過ぎるタイプの施設だったはずだ。
「あれ?一三八がそこ出身って言うのは知らなかったのね。
まーぁ、いいか。あれよ、あれ。私は現界把握に最も近いと言われてるんだけど・・・・・・」
・・・"げんかいはあく"と言うのは、限界把握という字で合っているのだろうか?
そんな言葉は聞いた事がない。
彼女の言いようからESP最高等級の能力なんだろうな、たぶん。
そう思って、たぶんそれが顔に出たのだろう。
「うっわぁ・・・本当酷いな、君は。少しは構ってほしいものなんだけど?」
彼女はまるで傷ついた風もなくそう言った。
ふざけてるようにしか見えないのだから仕方ない。大体、彼女との出会いが僕にとってプラスになる気がしないし。
彼女と自嘲試作品との話で盛り上がるとも思えないんだよね。
というか、僕は薄情にも彼のことをあんまり覚えてなかったりする。
そんな僕の心境を無視して、しかし彼女はそこでこほんと咳払いをした。
話の流れを区切るという、合図。
途端、先ほどまでの、彼女の悪戯染みた雰囲気は消え失せた。
しん、と夜が鳴る。
「・・・・・・『動き揺らめく心情を盗み聞き、過去に遺る思念を掠め取れ。ありとあらゆる情報を掻き集め、今ある全てにて過去の因果と未来の起因を知れ』。
私の飼い主の言葉だよ、織神葉月。
現の世界の全てを把握する者。それが現界把握」
ソレはにやりと嗤って、僕の目を見た。
「人を"ソレ"扱いは酷いよ」
何事もなかったように、何気なく言葉を放つソレ。
「『考えてみれば、ESP系最強を名乗るのだから読心術ができないわけもない』」
ソレは人の心を代弁した。
ソレは一体何でここにいるのだろう?
「君がどれだけ馬鹿野郎の愚か者なのか見に来たんだよ」
ソレは答えるがその回答が
「『どこまで本心なのかは分からない』」
人の本心は傍受するくせに
「『自分は不気味に笑ってるだけ。
で、あのファッションは何なのだろう?』」
自分が答えろ。
「別に?こうやってる方が色々と便利なだけよ」
どこまで本心なのだか。でも、
「『どうでもいいか。とりあえず早く寝たい』」
・・・・・・。
本当にどうでもいいけど、
「「なんて不愉快な人なんだろう」」
微塵のずれもなく、声が重なる。
言葉を投げかける側と受ける側の声が揃うという矛盾。
時間の無駄だから、早く本題に入ってもらいたい。
「だからさ、私は君がどれほど馬鹿野郎の愚か者なのか知りたいだけよ」
「その蔑称らしき名前の由来なんてそれこそ、自嘲試作品に訊けばいいと思うけど?」
僕だって知らないんだから。
彼はいきなり僕をそう呼んで愉快そうに去っていった。
「んん、彼どっかに行っちゃったし」
ふうん。彼はそっちからも逃げたのか。そんなことを遇った時に予告していた気もする。
というか、今思えば彼は僕の居た施設に不法侵入してきたんじゃなかったけ?
ん、いやそういえば、
「『現界把握』が全知の能力者なら、わざわざ直接僕に会いに来る必要はないんじゃない?」
「・・・・・・言ったでしょ。現界把握に最も近い、能力者なの。私は」
「・・・で?」
「そもそも、『現界把握』の核になる能力は未来視になるわけだけど、実はこの未来視って言うのは超能力の中では最も無意味って言われてるの。
台風の予報をするのに高性能なスーパーコンピュータなんか使ったところで、その的中率は高くない。
そりゃあ当然、まず天体という巨大な対象の情報を限りなく集める必要があるし、際限なく散らかったその情報を整頓して演算しなければならないんだからね。
予知能力者と呼ばれる人間もやってること自体はスパコンと変わりがない。
つまり、予知能力者の的中率は周囲の状況をより正確に大量に情報にできるかに、予測速度は得られた情報をより正確に多様的に処理できるかに因る。
例えば、他人の心境を読む読心術。例えば、モノに残る思念を読む残留思念読取。
ESPを駆使すれば、より多くの情報を得ることができる。通常知れない多くの無感知要素を取り入れるからこそ、予知能力者は高度な予知が可能になるんだから。
全ての人の思考に、全ての物の軌道を知れば先にある必然も掴めるはずってね・・・でも、実際はそううまくはいかない。
読心術にしても残留思念読取にしても、他の、いわゆる観察眼なんていうのも、結局は才能から来るものだけど、それでも限界はある。
まぁ、物や人間外の動植物の思考は読めなかったりするんだ。物に意思はないから心は読めないし、動物は思考が違うから解読方法を掴むのが面倒くさいのよね。
読心術って結局脳からでる電波を受信する能力だから。人間以外だとわざわざ翻訳しないといけない。
ま、最も面倒くさくてどうにもならないことは未来視の方にある。
・・・・・・それら情報を演算する脳には限界があるってことよ。
ESP追究研求所の出した結論は、『人の脳では完全なる未来視は不可』。
いくら私が、ESP全般に限りない才能に恵まれているとしても、予知能力者としての才能を持っているにしてもそれをこなすだけの高性能な演算機がない。
あ、勘違いしないでね?私が馬鹿ってわけじゃないから。
その気になれば、演算自体はできるのよ。ただ、計算する時点から予測しようとする未来までの以上の時間が演算にかかっちゃうわけ。
5分後の予測に10分かけてるんじゃ実用性がないでしょ?
処理する情報を減らせばある程度計算はできるし、それでも結構な精度は出るんだけど、『現界把握』に要求されるのは100%の的中率だから。
ただ、最高精度で能力を駆使するほど頭がパンクしちゃうのよね」
彼女は自慢するように、あるいは弁明するように長く言葉をつむいだ。
でも、彼女の言葉を聞いた僕の感想は1つだ。
「使えない能力・・・」
ぼそりと一言。
意地悪に言ってやる。
「!」
その一言に彼女は異常に反応した。
ものすごく嫌なところを突かれたらしい。
さっきまでの人を小馬鹿にしようとする態度は消え、肩が震えている。
「違うから!精度を落とせば使えるから!」
やっぱり負け惜しみのようにしか見えない。
彼女の様子に僕の中の嗜虐心が刺激される。
面白いので追い討ちをかけてみようかな。
「思い出したんだけど、予知能力者って大抵が特定の未来を視ることができないんじゃなかったけ?
予測しやすい未来としにくい未来があるから、どうしても見える先にもムラができるとか。
その上故意に特定の未来を導き出そうとすると精度と速度ががた落ち・・・か。
まぁ、ご愁傷様?」
「〜〜〜〜っ!」
悔しそうに地団駄を踏む彼女。
しかし、その彼女の動作がいきなりぴたんと止まる。
顔を上げて、『あ、そっか』と手を打つジェスチャー。
「実践して私の能力が使えることを証明してあげよう」
いいことを思いついたと体で表しているらしいのだけど、正直こういう時の思いつきにまともなものはない。
あー、からかわなければ良かったのかもしれない。
「・・・明日の担任のネクタイの色でも教えてくれるの?」
一応、一縷の希望を持って訊いてみた。
けれど彼女は首を振って、
「んにゃ、コレで」
ダウンコートのポケットに手を突っ込んだ。
程なくして取り出されたのは黒い棒状の何か。
――――カチンッ
軽い音と共に、棒のグリップより上部が紫電を散らした。
待て待て待て。
スティックタイプのスタンガン。
何でそんなもの持っていらっしゃるのでしょうか、この人は。
冷や汗が出る。
「どれだけ未来視、読心術者との戦闘が厄介か、教えてあげるよ」
にやりと、本当に楽しそうに彼女は嗤った。
本気、のようだった。
・・・・・・よし。
付き合ってられない。警察に通報しよう。
僕は躊躇なく携帯電話を取り出した。
都合よくスタンガンなんて持ってるし、同性愛者の不審者として処理されることを祈ることにしよ――――、
ッ――――、――――――――――!
そう思った僕の眼前に、その青白い光を放つ凶器が迫っていた。
そう、か。
未来予知とかの以前に、彼女が読心術者であるということは、
「「この行動も読まれてるということか――――」」
声が重なった。
/
織神葉月は取り出した携帯を握り締めたまま、勢いよく地面を蹴った。
後方への退避。御籤唯詠との距離を取る。
溜息を吐き、携帯を再びスカートのポケットに滑り込ました。
「ん、む」
口元に手の甲を持ってくるという思案動作の後、手をぶらんと下ろす。
「あら?案外優しいのね?ナイフは使わないなんて」
葉月は無言で、どうせこちらの思考はばれているのだから当然だが、体を低く構えた。
「えぇ、そうでしょうね。こちらを傷つける気がないのにナイフなんて取り出したら、手加減を加えないといけなくなる。
向こうはスタンガンを押し付ければいいだけなんだから、避けることを第一に考えないといけない・・・」
たん、という軽い快音。
御籤唯詠の言葉が終わる前に、葉月は右足に力を入れて前方に大きく踏み出した。
それは少女の身体能力で可能とは思えないほどの距離を縮める。1歩で、2人の間合いはなくなった。
狙うのは凶器を手にする右手首。その後に首を掴んで地面に叩きつける。
しかしその行為が成功するわけがない。
微塵の容赦もない手刀は右手を捕らえて振り下ろされた瞬間にひょいっと、素人でも判る素人の動きでかわされてしまった。
「はっ」
唯詠の鼻で笑う声。
が、葉月は第1撃がかわされた瞬間に、攻撃法を変更、左足を軸に右足を蹴り上げた。
しかし唯詠はそれも大げさにしゃがみ込むことで交わし、片足で体勢が不安定な葉月にスタンガンを振り下ろす。
地面に左足しかついていない状態で、葉月はそれでも無理やり退避行動に移った。
左足だけで後方に体を思い切り飛ばし、空中で体勢を整えて両足で着地した。
「ふふ、運動神経はいいわね・・・、あ、もしかして、体の強化をやってるとか?
そかそか、無意識に使われた能力は認知しにくいなぁ」
攻撃し、かわされたらすぐに退避する。
基本的に相手の攻撃に触れた時点で負けが決するような戦闘でできることはそれぐらいだ。
そもそもそんな敵は相手にせずに逃亡するのが最善策だろう。
「でも残念だったわね。『攻撃を仕掛け、避けられた時点でその方法を変えてみる』っていうのは悪くないんだけどさぁ・・・。
その考え自体を看破されてちゃあ意味がないわよ?」
別に、と葉月は言う。
「どこまで意識を傍受されているのか知りたかっただけだよ。
できるだけ表層意識に出さないようにと思ったけど、結局そうすることで出ちゃうものだしね。
いやぁ駄策だった」
軽い口調。
そして第2撃を仕掛ける。
今度はありったけの速度を出すという直線攻撃。
攻撃としては単調で、あまりよい方法ではないが、それでも異常な速度を持った突進は本来なら唯詠にあたってもおかしくない。
狙うのは左肺。呼吸の強制排出とその衝撃で、機能低下を狙う。
ぐっと脇腹に溜め込んだ右腕を前方にひねり出す。掌底による打撃。
それは当然避けられる。どんな攻撃をしようと予定調和でしかない。
横にずれるという単純明白な回避行動の後、唯詠はスタンガンを振り下ろした。
その状況で取れる唯一の行動は退避でしかない。
なのに、葉月はそれをしなかった。
代わりに両手を顔前にクロスさせての防御行動に出る。
自爆以外の何ものでもないその行為に、しかし接触したスタンガンは威力を発揮しなかった。
「ッ!皮膚を絶縁体に・・・っ!」
驚愕の表情を取る唯詠。
だが、葉月の攻撃はそれで終わったわけじゃなかった。
スタンガンごと右腕を上へと弾き飛ばし、その行為によって上がった右腕を唯詠の首筋に向かって振り下ろす。
「チッ」
舌打ち。唯詠はその不意打ちに右に自ら転がることで回避し、1回転後にすばやく体を立てて、後ろに下がった。
フッと息を吐く音が聞こえる。
「あれぇ?おかしいなぁ・・・、皮膚の性質を変化させるなんて思考はしてなかったのに」
ありえない驚きの後に、彼女は消化されない疑問を口にした。
「別にそれほどのことはしてないよ。適当に当たって、攻撃されたら何とか防御してみようと思っただけ。
咄嗟に皮膚を絶縁体化させたみたいだねぇ・・・・・・」
他人事にそう言うと葉月はひらひらと手を振って見せる。
軽い言動と素振りと、思考。
しかしその中身にはグログロと大小多数の思惑が拡散し収縮し、回り廻って、結んだり解けたりしている。
そのイメージを掴み取って、唯詠は再びハッと息を吐いた。
「女体化した時といい、指が凶器になった時といい、無意識下で変容が起こった例を鑑みれば、スタンガンを無理に受けようとすれば勝手に何らかの防御が働く・・・か。
いや、そこまで考えていればこの私に読めないわけがない。自分の体なら大丈夫、なんてあいまいな考えでよく飛び込んできたわよね」
「無謀に策を講じる必要があるからね、君みたいなのが相手だと」
「何、その矛盾した言葉。まぁ、意味は分かるけどさ。なるほど、君みたいなのだと、あんまりモノを考えなくても力でねじ伏せられるのね。
でもそれ、突拍子もない行動を取ってこっちの隙を突くのが狙いなんだから、もう使えないわよ。警戒されたら効果が得られない。さっきの決めないといけなかったんじゃない?」
だよねぇ、と葉月も同意した。
「やっぱりというべきか・・・戦い慣れてるのに、素人の振りなんてしないで欲しいなぁ。
保険でしょ?本当にやばくなった時に回避行動を成功しやすくするための」
「あはは、まぁ、ね。実は結構色んな所にちょっかい出してるのさ。
で、その後こっぴどく叱られる」
「そりゃあ、おめでとう。『馬鹿野郎の愚か者』の称号を譲ってあげる」
「いらないよそんなの」
くすくすと葉月は笑った。
笑って、トタンとステップを踏み、踏み込んだ。
今度は唯詠もぼうっと立っているだけという愚行はおかさない。
腰を低く構え、スタンガンを持った右腕を前方に突き出す。その状態で前のりに駆け出した。
それから彼女特有の戦法を取る。それは相手の手の内を先に晒してしまうというものだ。
そうすることで相手の行動を鈍らせ、錯乱させるという効果を得られる。
「・・・右手でアッパー、かわされたら左手で手刀。これまたかわされたら足で・・・・・待て待て待て!股間を蹴り上げるってどういうつもりよ!!」
自分で人の思考を読んでおいて、それに文句を言う唯詠。
相手を錯乱させるつもりが、自分の方が心情を乱される結果になってしまう。
だが、葉月は舌打ちをして足を止めた。
止めるしかなかった。
「意識せずに戦略を練るのって難しいな・・・」
どんなに奇策を用意しても先に知られては意味がない。
股座に蹴りを入れらそうになれば隙ができると思ったのだが、それが良くなかったと葉月は攻撃を諦めてしまった。
「だから言ったでしょう?嫌な相手なのよ、読心術者は」
先ほどから両者とも1撃すら入れられず、第3撃目に関しては不発に終わっている。
傍から見ても、何ともパッとしない戦闘だろうか。
取っ組み合いにすらならず、両者極力触れることにすら気を使っている。
片や一触即倒電撃凶器、片や一撃昏倒打撃狂気である。
葉月の方は相手の得物が危ないというのは見て明白だし、唯詠の方は相手の身体強化の具合から相手の一撃に相当の力が加わっていることが分かっている。
何せ葉月が腕を振るう毎に、空気を擦る音がするのだ。慎重に越したことはない。
よって両者、触れることを恐れてまともに攻撃ができない。
「君からどうぞ?」
「いやぁ、君から」
という具合で、両者腹黒く譲り合う。
この勝負、先に隙を作った方が負ける。そしてアクションを起こさない限り隙はできない。
という計算式を仲良く作り上げた2人は、積極的に攻撃する気が失せていた。
「仕掛けて来たのは君の方じゃないかな」
最初の方は一応喧嘩を売られた分買おうと意欲があった葉月も、もう投げやりである。
「うー・・・ん、そうだけど・・・そもそも、あぁ、君がどれほど『馬鹿野郎の愚か者』なのか見に来たんだっけ」
忘れてたの、と葉月は嫌そうな顔をした。
「仕方ない・・・じゃあ少し話をしようかな。あれだ、君が興味を持ってくれそうなタイプの」
ふふんと鼻を鳴らす唯詠。嫌な思惑しか感じられない表情。
スタンガンのスイッチをそのままに、話し始める。
「さっき言ったとおり、私は色んな所にちょっかいを出してる。今、君を通じて万可統一機構にそうしてるようにね。
古き良き風景、浅代研究所、日常的な赤、三重録音九法研究所、箍の外れた発条、神々の輪笑、他方傾向念力追究所・・・・・・」
ゲテモノぞろいだ、と葉月は吐き捨てた。
「深度5以上の至極追探組織をコンプリートしたいの、君は?」
「ん?気まぐれって言っておこうかな。暇なんだよ。
ESP関係は結構昔から体系化してしまってるから。そもそもそこまで躍起になって能力開発する必要がないのよ。
三重録音九法研究所とかと大きく違うでしょ?同じESP関連なのに向こうは目標1つのために特定の能力者を創ろうとしてるし。
とにかく、私は色々とちょっかいを出してる。だから私は結構なお尋ね者でね・・・今では逐一動向を見張られる身だよ」
嬉しそうに話す唯詠とは反対に、葉月は表情を固めた。
視線だけを動かして辺りを見回す。
――――茂みの潅木の上に3台、コンクリートブロックの上に1台、アスファルトの上に2台。
徊視子蜘蛛。
学園都市の指定箇所を順次徘徊し動画データをターミナルに送り続ける、太陽光充電式の超小型監視機だ。
おそらく常に御籤唯詠を監視し続けている物に違いないと葉月は当たりをつける。
「ふふ、考えてるね?
そう、その通り。この場において私達は監視されてる。
私にとってはいつもの行動で、この後はいつも通り施設に戻るものだから、取り押さえられないだけ。様子見様子見。
私は大丈夫なんだよ。未来視の私がそんなヘマはしないよ。
ねぇ、織神葉月、でも君の方はどうかな・・・・・・?」
ちょっかいを出された側としては被害者でしかない、織神葉月。
彼女と事情が違うとはいえ、動向を見張られている立場にある、織神葉月。
しかし、それだけでは不安要素にはならない。
いくらESP追究研求所の人間と接触したとはいえ、能動的でないうえにあしらっているだけの織神葉月に疑念が降りかかることはないはずだ。
そこまで考えて、葉月は唯詠の真意に気づく。
御籤唯詠の言わんとしていることは――――
瞬間、葉月はアスファルトを蹴り砕いて、突貫した。
それは何も考えないという体現にて、無謀の失態。それ故に、唯詠には効果のある策。
だった。
だが唯詠はそれを、受身を取るように前方に転がることで回避した。
一撃を避けたところで、2撃目を避けれなければ意味がない。葉月との距離を取る必要があった。
短距離で敵う相手ではないということは承知している。
「はっ、そんなに他人のことが気になるか、ぇえ?」
挑発に挑発を重ねる唯詠は、スタンガンを構え直す。
「さすがに今の君に読心術だけじゃ太刀打ちできそうにないから、未来視を使わしてもらうよ」
さっきの攻撃といい、考えなしに突っ込んでくる葉月に対して行動を読むということが無価値になってしまっている。
読んだところで避けれないからだ。
それほど葉月の速度は異を喫してる。
よってその回避行動に未来視を利用しなければならなくなった。
葉月は速度を持った体を道路との摩擦で無理やり止めて、急旋回して再び走り出す。
エネルギーを押し付けられた黒い道は抉られてしまったが、そんなことはどうでもいい。
葉月の目標は御籤唯詠の口を塞ぐことだ。
「自分のことなど微塵も考えないくせに!親愛なる友人のことになるとこうも激昂するか!
ふん。すばらしい哲学だよな。
『自分はどうなろうと構わない。死ぬその時まで、友人が幸せであるのなら。それを見ていられる自分は幸せなのだから』!?
お前はすごいよ。本当に、本心でそれを思っているんだからさ」
葉月の拳が顔面に、正確には口にと繰り出される。
それを右にずれて避け、唯詠はスタンガンを放り投げた。
「ッ!」
もしもそれが唯詠の腕によって放たれた攻撃であるなら、人の腕の描ける軌跡から逆算してという選択肢を選べる。
だが葉月に目掛けて、それこそパスをするように放り投げられた凶器は、ぐるんぐるんと不規則に回転しながら迫り、その棒の片端には異常に長いストラップが付けられていた。
それは唯詠の右手まで繋がっている。
不規則で、それでいてある程度の操作が利くという事実。
未来視でもない葉月にその軌道を読むことは難しい。
例え並外れた動体視力と機敏性を持っているとしても、間違えれば後がない。
その心理から葉月は大きく後退するしかなかった。
まだ唯詠の攻撃は終わらない。
今まで使っていなかった左手を突き出す。その手には右手のスタンガンを放り投げる時に腰から引き抜いていたガンタイプのスタンガンが握られている。
バジィンという聞き慣れない音と共に放たれた電撃は、しかし葉月に当たることはなく道の脇にあった蛍光灯に当たり、剥げた柱を伝導して蛍光のガラスを破壊した。
唯詠はストラップを引いて右手にスティック・スタンガンを握りなおす。
「自分の生にも死にも興味を持てないくせに、他人の欠落に脅える『馬鹿野郎』。
他者にとっての自分の欠陥の意味も知れず、欠落の意義も思考できない『愚か者』。
聞いた通りの『馬鹿野郎の愚か者』だよ君は。
今の君は読みやすいわよ?」
言外にお前の懸案事項もわかっていると葉月の神経を逆撫でする。
織神葉月にとってこの場において最も重要なことは、御籤唯詠が葉月にとって不利な事柄を言われることである。
反逆、脱走。とにかく今までの長年で培われてきた『無抵抗』であるというレッテルが剥がされると不味い事態になる。
別段、それが織神葉月自身のマイナスになるからではない。
超希少能力の形骸変容を万可統一機構やそのプロデューサーが易々と殺すとは思っていないし、そもそもそうだとしても織神葉月は気にしない。
懸案事項は反抗意思があると認識された時に、誰が利用されるかだ。
朽網釧、四十万隆、他にもいる織神葉月を囲むクラスメートに知人達。
人質に使われるか、見せしめに使われるか、生贄に使われるか。
織神葉月という個体の身の安全は保障されている。
だからこそ、代償を払うのは織神葉月ではないのは明白。
織神葉月には反抗の意思はない。本心にして本音。
だが、そんなものは関係ない。
問題は心を読めると称される御籤唯詠の言葉は全て真実として扱われる、ということ。
ありもしないことを『織神葉月の本音』として語られるというのが非常に不味い。
人の心を代弁する御籤唯詠の心を、本音を、真偽を知れるものはいないのだから。
だから、だから葉月は余裕もなく唯詠を仕留めにかかっている。
全力で唯詠の口を塞ぎにかからなければならないのだ。
そういった心境を読むことが出来るのだから、唯詠にはゆとりがある。
自分達の優勢劣勢を明確にするためにも、軽い口調でさらに挑発する。
「さぁ、どうしたの、来なよ?まぁ、幾らやったところで、未来視を打破するこ、と・・・は・・・・?」
ところが、その言葉は、途中で力をなくしていく。
唯詠の顔が怪訝に歪む。
「何で・・・?心が読め・・ない!」
それは2度目の驚愕。
ESP系の超能力者でもない人間に妨害念波を出せるわけもない。
だいたい、ESP最強を自負する唯詠に妨害念波が効くわけがない。
そんなことは唯詠にも重々分かっている。だからこその動揺。
しかし、現状、いきなりプツンと葉月の思考が届かなくなったのだ。
「――ッ!く」
未来視による未来予知により、葉月の次の攻撃を読んだ唯詠はその疑念を横に置きすぐさま回避行動を取る。
唯詠が上半身をずらすと同時に、ちょうど顔のあった位置にダガーナイフが飛んできた。
(殺す気か!)
行動の本心すら読めない唯詠はその事実に苛立ちながらも、冷静を努めて次の葉月の行動を読もうとする。
(・・・!読心術がないと、やっぱり未来予測の精度が落ちる!)
読心術だけで、人の行動は読める。しかし、読んだ時には避けられない位置にまで突撃できる葉月にそれは通用しない。
だからこそ、未来視で先読みする必要があったのだ。
しかし、そうだとはいえ、その間読心術を利用していなかったというわけでもない。
むしろ、葉月の心を読むことで、予測精度を上げていた。
未来視が世界に転がる情報をシュミレーションして答えを出す能力であるのなら、動きを見せる人間の心動がどれほど重要なデータであることか。
確かに心を読めずとも未来を見つめる能力者は天然者も含めて多数存在する。
だが、そういった人間は大抵特定の未来を見ることはできない。
演算式が複雑になりすぎて、人の許容量を超えているのだから。
唯詠が今まで戦闘で随時、それも瞬時に未来視が使えていたのは、有効ギリギリまでに精度を落とした上で、読心術で得られる重要なデータを利用して演算自体をタイトなものにしていたからだ。
故に、読心術の使えない彼女の未来視は一気に速度と精度を失う。
走り出した葉月は唯詠の直前で左足を軸に右方、唯詠にとっては左方へと一歩進み、そこから右手でこめかみを殴る。
唯詠はその行動を読んで、目の前に葉月が来た瞬間、自ら前に進み出た。
が、葉月を避けるための行動で、唯詠は葉月の体に当たりにいってしまうという失態を犯した。
葉月が故意に突拍子もない行動を起こしたではない。
唯詠がミスをしたのだ。避けようと前に出るタイミングが早すぎた。
「――――っ」
精度の落ちた未来予知の隙が戦況を一変させる。
遂に相手に体の届いた葉月が、何もなしに唯詠を取り逃がすわけがない。
前のりに体に当たってきた唯詠の首を左手で鷲掴みにして、横のコンクリートの塀に叩きつけた。
恐ろしいほどの打撃音が響き、ブロックが破壊される。
それが御籤唯詠という人間の体を使って起こされたのだ。
その人間が無事なわけがない。
彼女の体左側は打撲、内出血、外出血、骨折という複数の損傷に見舞われた。
「ぁ・・ぐ・・ぅ」
未来予測をやり直し先読みし、頭を咄嗟に右に倒さなければ、頭蓋骨も半壊していたに違いない。
『この後日に、また別の能力者にちょっかいを出す』という未来を知っている唯詠でさえ、その事実に心臓が潰れそうなほど恐怖した。
対して葉月は、そんなことはまるで気にしていない。
唯詠は死ななかった、それだけだと言わんばかりに、首を絞めた。
既に下半身が激痛にさいなまれている状態で、トドメを刺された唯詠は右手の方のスタンガンも力が入らずに落としてしまう。
「こう・・・しゃ・・ん・・・・・・」
空気の入らない喉を何とか震わせて、唯詠は白旗を揚げた。
葉月は素直に手を離す。
別段それは相手の言葉を信じたといった甘っちょろいものではなく、この一連の作業がそもそも『織神葉月がどれほど馬鹿野郎の愚か者であるか』という目的でなされたものであることと、『読心術、未来視が通用しなかった』ことも証明されたため、わざわざこんな面倒事を続ける必要がなくなったからだ。
葉月は投げたダガーナイフをホルスターにしまった。
唯詠は体を崩すように地面に倒れこんで、まだ無事な塀にもたれかかった。
左半分の肩や腕、太股辺りから血が服に染み出ている。
「種明かししてよ。何で読心術が効かなくなったのさ」
「君が言ったんだ。物に意思はないから心は読めない。動物は思考が違うから解読方法を掴むのが面倒くさいってね」
ああ、と唯詠が息を吐き出した。
「なるほど、ね。脳の構造を変えれば、人間とは違う・・・特に現存しないような思考法を取れば、私には解読できない。
翻訳するのにも時間はかかるし、そもそも脳を変えてるなんて思わないから、解読し直そうとも思わないしね・・・」
「じゃ、僕は帰らしてもらうから」
つまらな気に言って、葉月は足をアパートの方へと向けた。
「あ、は。ぁあははははっははぁはははははっはあっはははははははははははあっははは!」
しかしその背中に唯詠は笑いを浴びせた。
哄笑。止め処なく、我慢のしようがないといった感じ。
馬鹿にした風ではなく、単に本当に楽しそうに。
「そうも簡単に人をやめれるなんて、君壊れてるよ」
恐ろしく無礼なことを嬉しそうに呟く。
だが、唯詠には悪気がないということがその態度でわかっているので葉月も追及せず、無視してアパートへ歩を進める。
最後に、未来予知者は言った。
「予告しとくよ、"白"だ」
/
自分のことを自嘲して試作品と言った男の言葉。
「つまり僕は未来視を使えないという恐ろしい欠陥を持ってるわけだな、これが」
それが『現界把握』としての能力者としてなら確かに欠陥。どうしようもないぐらい重要な部位が欠落している。
「ただ、僕も僕なりに得意分野というのを持っていてね。人格奪取。それが僕の能力だ」
傍観するという立場から離れた、攻撃的なESP。応用の利く高レベルな超能力。
「僕はね、その内今居る施設を出るつもりだ。それと僕の後輩がたぶん君の前に現れるだろうな。
ん?いやいやいや、これは未来視ではないよ。単なる推測。情報さえあればある程度の未来など分かるだろう?
そう。未来視など、凡人にはできない高次的な推測に過ぎないさ」
しかし結局、100%の予知など普通は不可能で、故に未来視は卓越した能力だ。
「さて、そろそろ行こうかな。はは、僕の能力は逃亡には結構向いているのだよ」
そんなことを言って、彼は屋上から姿を消した。
目が覚めた。
だから何も考えずに条件反射で行動する。
ベッドから身を起こし、とたとたと洗面所に。
顔を洗い、髪を梳いて、着替える。
上はともかく下の方はいつも通りの普通のショーツに換え、着慣れたのか着慣れてないのかいまいち実感の涌かない制服で身を包む。
やかんでお湯を沸かしながらやっと一心地。
椅子に座りながら、先ほどの夢を思い返してみた。
けれど、あまり興味が涌かずに挫折。夢と言うのは何で一度起きると思い起こすのが難しくなるのだろう?
根性で思い出すにも気力がない。
ただ、1つだけ、思い出せて思い出せないものがあった。
自嘲試作品の顔。それが全く出てこなかったのだ。
夢の中でもそうだけど、今も同じく思い出せない。
・・・・・・昨日、人の顔ぐらい覚えてられると思ったけれど、実のところ顔すら覚えてないんじゃないだろうか。
男だったというぐらいしか特徴を記憶すらしてないのかもしれない・・・。
長い間僕の周りに居る人間はほとんど役割名で済ませられる程度に単純で少なかった。
そのせいか、どうも人の記憶というのが疎かになっているのか。
そういえば担任の顔もうろ覚えだ。
あー、興味がないことはすぐ忘れるなぁ・・・・・・。
担任だって、そもそも役割名だし、本名なんて覚えてるわけがない。
・・・・・・。失礼は承知だけど。
「そういえば、白って・・・」
担任のネクタイの色なんだろうか?
白いネクタイがあるのかどうかさえ怪しい気がするけど、白いシャツに白いネクタイなんてしないと思う。
それに色のついたシャツを着てきたこともなかったと思うし。
・・・ネクタイとは考えにくいんだよね。
だとすれば何なのか、ものすごく気になるところだけど。
お湯が沸いたので、それを先にインスタントコーヒーを入れたカップに注ぎ、牛乳を入れる。
あの性格の悪い女が言ったことだ。何かしらの意味があるに違いない。
冷蔵庫から冷凍ピザを取り出して、オーブンに放り込む。
マルガリータ。朝から食べるものかは微妙だけど、正直何も作る気がしないし、パンチの効いたものが食べたい。
チン。軽音と共に焼き上がりが知らされて、僕はそれを敷いておいたアルミホイルごとテーブルに置いた。
切るのも面倒なので手で千切り口に持っていく。
今日は妙にお腹がすいている。
いつもならこんなものを朝から食べる気はしないし、気だるさもない。
食パン半分でも1日持つぐらいだ。
なのに今日に限って・・・・・・、・・・あぁ、形骸変容を使ったからか。
いつものトレーニングのように指1本というわけではなく、肢体や脳までいじればそれなりのエネルギーを消費するのだろう。
そういえば、女体化した時も疲労感が付きまとっていた。
これからはあんまり、エネルギーを使わないように変容しなければいけないな。
今回みたいなことがまたないと楽観はできない。
それももっと攻撃系の超能力者だった場合、持久力の欠落は命に関わる。
・・・脳の方は既に元に戻してあるけれど、体の方はどうなのだろう?
無意識のうちに強化ししていたらしいから、脳が戦闘体勢になったと同時に変化しているのか、あるいは常時そのままなのか。
とすれば、脳をいじっただけで相当のカロリーを消費することになるのだけど・・・・。
考えてみれば、脳の方にしたって、それほど確固なイメージをした覚えはない。
無意識ではないにしろ、結構あやふやに構造をいじったはずだ。
なのに、変容はできた。
手首の時はそうはいかなかったのに。
『ムラがある』という昨日の自分の言葉が思い出される。
無意識による変容。部位によってことなる変容速度と効率。
・・・・・・。色々と面倒なことがありそうだ。
僕は最後の一切れになったピザを口に放り込んだ。
#
まだ感触に違和感があるスカートをはためかせての登校。
ホームルームが終り、にわかに教室が騒がしくなってくる。
あぁ、担任のネクタイは白ではなかった。
今日初めの授業は能力別のカリキュラム。皆それぞれ自分達の教室に向かう準備をしいている。
行き場所がない僕や美樹さんはこの教室にさえ居場所がなくなるため、ぶらぶらと徘徊するはめになるのだ。
まぁ、一応そういう生徒のために場所は取られているんけど、必須というわけでもない。
だけど、あそこに行ったってやることがないのは同じ。
座れるだけ楽といえば楽だけど。
まぁ、どちらにしろここからは出なければならない。
仕方なく立ち上がろうとする。
と、
「皆、聞いてくれ!遂に俺にも能力らしい能力が使えるようになったんだ!!」
聡一君が叫んだ。
そういえば、彼はなかなか能力がわからないでしょげてったっけ。
皆が集まりかつ、時間の空くこの時間を待っていたらしい。本当に勢いよく立ち上がって、なんかガッツポーズまでしてる。
担任は1回振り向いて、ほどほどにして早く解散しろよと目で行って出て行った。
ESP系の能力らしいとか言われて、そっち系のグループを回って色々試していたらしいけど、遂に判ったんだ。
興味があるので彼の方に歩いていく。
他のクラスメートも他人の能力は気になるらしく寄って来る。
「やっぱりESPの方だったんだけどな。ちょっと特殊なんで苦労した・・・・・・思体複製の類らしいんだ、俺のは」
なるほどね。それは確かに判りにくい能力だろう。
そういうものは条件が揃っていないと発現しにくい。
「葉月・・・」
そう言ってタカがこっちを見てくる。思体複製の説明を要求しているらしい。
こういう能力の説明は僕の得意分野だ。
「思体複製。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚といったものを自分の体から引き離せる能力だよ。イメージは幽体離脱だね。
違うところで起きた事に対して見たり聞いたり嗅いだり・・・まぁ感覚の受容体を違う場所に移せる。五感全てを引き離せるのが一番高度」
「まぁ、あれだ思体複製は体全体を剥がせるものらしいから、俺のはちょっと違うんだけどな。
俺のは・・・・・・」
そう言って彼は筆箱から消しゴムを取り出し、それを右手で握りこんだ。目をつぶっている。
少しの間そうして、それから開く。
「こうやって他の物で座標位置を固定しないとまだ使えないんだけど、これで視覚がこの消しゴムに移ったわけだ」
「へぇ。でもそれどう使うの?」
副委員長・・・いや、亜子さんといった方がいいのかな、彼女が聞く。
役割の方で呼ぶとそのまま名前も忘れそうだし、さすがにクラスメートにそれはまずい。
すると、聡一君はにぃっと笑った。
「まぁ、基本は監視カメラとかと変わらないさ。でも、ばれる事はまずないだろ?
まさか消しゴムに目があるとは思うまい。
それに・・・・・・こういう使い方も出来る」
そこで、彼はその消しゴムを床に転がした。
それは僕の足元まで転がってくる。
「えっ?」
反応が遅れて、体が固まっている僕。
彼は言った。
「白・・・・・・!」
!、スカートの中を見られた!
そう思って条件反射的に彼の顎を蹴り上げる。
けれどそこで、彼の視界が真下にあるという事実を忘れていたことに気づく。
思わず足を上げて、余計に見やすくしてしまったという失態。
恥ずかしさより悔しさがきて、僕は転がった消しゴムを蹴り飛ばした。
教室の床を高速スピンする消しゴム。
「目がぁ――――ッ!」
という悲鳴が聴こえるけど聞こえない。
視界が高速で回転したために目を回して、酔いで気持ち悪くなっているんだろうな。
周りに居た女子達が彼の体に制裁を加えているけれど、視界がまるで違うところに行ってしまっている彼には避けることもままならない。
でも僕はそれだけで終わらせる気はない。
さて、トドメだ。
僕は転がった消しゴムを握って、教室の外に出た。そのまま廊下の窓までい行き、鍵を開けて横にずらす。
中庭、生徒の憩いの場にて、野外学習の場所。
兎や亀の入れてある檻や池が設置されていたりと、生物と触れ合う機会が設けられている。
つまり、そこにはビオトープもあるわけで。
5月、温かくなった今日この頃。すばらしい生態系が形成されているに違いない。
僕は躊躇なくその中に消しゴムを放り込んだ。
「ぎゃぁあああああ――、ヤゴぉおおおお――――!」
知ったこっちゃない。
視界を汚染されて、体も暴力の嵐に遭っている彼が後でボロボロになって教室の隅で発見されることになるだろう。
けれど僕のダメージも結構なものだ。
さすがに羞恥で体が熱い。しかもそれを、アイツに見られるとは。
ん、あれ?
そういえば・・・・・・、
「・・・ぁ――――!」
そこで僕は、やっとそれに気づいた。
「・・・白」
完全防寒茶髪三つ編み眼帯予知能力者のしたり顔が浮かぶ。
・・・・・・ESP系能力者にろくなヤツはいない。