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第80話- 渦中の栗。-Kinds of Bad-

 襲撃騒ぎによって、会見などのゴタゴタに追われていた釧がようやく一息つけるようになった頃。

 すっかり世間は騒がしくなっていたが、封鎖されたこの場所にそんな喧噪は届かないようだった。

 相変わらず物の少ない神戸万可の局長室に通された釧は、この前までは置いていなかったテレビに目をやった。

 タレント『実草詩句』と局の襲撃は超能力者によるものだと断定され、能力者の世論が一般人に対して右翼傾向にあるという認識が、今や主流となっている。例のTV局は自身が煽った事を棚に上げて、いち早く能力者問題の核心を突いた気になっているようだが、おそらくその強気も長くは持たないだろう。

 そう思うに足る理由が釧にはあるし、それ以上の根拠として、真っ先に糾弾されるだろう万可の局長である内海岱斉がいつも通りの涼しい顔でいる事も挙げられる。

「――――力者に対して、断固たる姿勢を持って接する必要があるのかもしれません」

 テレビのアナウンサーがもっともらしく締めくくるが、そんな言葉に反応すらしない。

 世間が半ば躍起になって騒ぎ立てている超能力問題も、当人には大した価値がないらしい。

 反能力者の風潮は何もテレビだけの話ではなく、この建物のすぐ外にも『超能力反対』を掲げる連中が押し掛けているのだが、騒ぎの渦中でありながら、ここは喧噪から最も遠いところに位置していた。

 それはつまり、万可にとって今回の騒ぎは大した問題ではないことを意味している。少なくてもこういった事態に陥ることは、前から想定済みだったのだろう。

 そもそも統一機構は非合法活動をしている割に、大規模に展開しすぎだ。

 ほぼ全国の学園都市にあるとなれば、当然人目に着くのは分かっていたはず。そのリスクを冒すメリットがあるとして、こうも大胆な手にでれるのは、隠し通すより有効な手段を持っているからだと考えた方がいい。

 国の根っこと繋がっているという話もあるぐらいだ。石垣議員が今後落ち目になっていくだろうことは想像に難くないし、世論も封殺できるのだろう。

 しかし、だ。

 そう考えれば考えるほど、釧には腑に落ちないことがある。

 青森で朝空風々に奪われたというDNA。あの件では万可は揺れに揺れたのだ。その辺、微妙に当事者ではない彼は又聞きしただけだが、今も人員の多くをそちらの対処に割いているらしかった。

 下手をすれば、自分の組織の隠密性を失いかねない反能力者騒動よりも危険視されるDNA。その存在も、風々がどう利用しようとしているのかも気になって仕方ないが、その答えを目の前にいる男が教えてくれるとは思えない。

 今回呼び出されたのも、いい様にこき使うためだろう。

 また面倒事かと溜め息を吐く釧に、

「群馬だ」

 岱斉は前置きもなくそんな地名を口にした。

 群馬、というのは群馬の学園都市のことを指すに違いなかったが、それにしても説明を端折りすぎだ。

 未だ通信機器に不慣れらしいが、この男の場合は機械と相性が悪いのではなく、コミュニケーション能力に問題があるというのが釧の認識だった。

 仮に彼からメールをもらったとして、恐ろしいほど情報が欠けているだろうその文面で、正しく情報伝達できるとは思えない。少なくても彼にはちゃんと理解できる自信はなかった。

 そのせいで毎回足を運ばされる羽目になっていることについては、色々と思うことはあるのだが、そんな彼の心の内など知っていても気にも留めないだろうその男は、やはり短すぎる台詞を口にした。

「襲撃犯は群馬にいる」

「・・・・・・・・・・・・だからそいつを潰せって?

 こっちはまだ放射線系能力(レッドマーキュリー)の調整で忙しいんだ。

 そんなこと、誰か他の奴にやらせればいいだろう。それこそラリーサでも行かせればいいじゃないか」

 レッドマーキュリー事件の後、騒動の中心人物であるラリーサは神戸にきていた。もちろん秘密裏に運ばれてきたわけだが、その後どうも万可と交渉を行ったらしい。

 彼も詳しくは知らないが、神戸万可の手駒になったのならば、あのお騒がせ女が厄介を被ってもいいはずだ。

 その彼女に痛めつけられたこともあって、釧はラリーサに辛辣である。捕縛するのに苦労させられたこともだが、コピーした放射線能力が使い勝手が悪すぎることも彼をイライラさせていた。

「レッドマーキュリー生存が正式に確認されれば騒動が大きくなる。アレは使えん」

「騒ぎを大きく(・・・)させたいんじゃないんだ?

 その方がいっそやりやすく(・・・・・)なるだろうに。

 いい具合に能力者と一般人の軋轢が生まれてるんだし、いっそこの期に『世間』ってやつを黙らせることくらいのこと、考えてるんだろうと思ってた」

 皮肉が込められた釧の言葉。それを岱斉は鼻で嘲った。

「報道に踊らされている連中のほとんどが、実際は力を持たない人間だ。どれほど喚こうが大して影響力はない。

 問題は力を持っている連中にある」

「襲撃犯・・・・・・群馬の超能力者がそれほど脅威か?

 確かにあの学園都市は東京に近いし、有事の際には首都攻撃の要になるだろうが、強行手段で学園の主導権を奪えるとは思えない。

 能力者の多くは慎重派だ。幾ら強硬派の動きが活発化しようが、慎重派の方が多い内は抑止力が働く」

 人が不満を飲み込んで法や他人に従うのは『力を持っていないから』というのが大きい。

 暴力を受けても、腕力がなければやり返すことはできないだろうし、立場という壁に阻まれ、口を噤まざるを得ない状況など多々ある話だ。

 ところが、超能力者はなまじ個人には大きすぎる力を持ってしまう故に、そういった他者からの指図を受け入れにくい。

 学園都市の行政機関ですら、実際のところは能力者を従わせる権力を持っているわけではない。

 学園都市が能力者をまとめられるのは、一重に能力者に能力者を抑制させているからである。

 力を持つ強硬的主義者も、同様に力を持つ慎重派が優勢になっている環境下では行動できない。

 そういった拮抗状態を造り出すことで、学園は能力者をコントロールしてきてのだし、今回の件も強硬派が動けば、やはり慎重派も動くことになるはずだ。

 だが、釧の指摘に岱斉は「今回は別だ」と、用意していたらしい資料を差し出した。

 彼が用紙をめくって確認すると、どうやら内容は噂の変遷、拡大の規模・傾向、襲撃者とその周辺人物のプロフィールといったもののようで、何故かどこかの建物の構内図までもが印刷されていた。

「ここ数週間、群馬で妙な噂が立っている。

 『神戸学園都市壊滅は祠堂学園の生徒によるものである』とな」

「・・・・・・・・・・・・あの件は一応、情報封鎖したんだっけ?

 けど、そんなものどこから漏れてもおかしくはないだろう?」

「能力者共は情報を頻繁に共有するが、噂としては(・・・・・)流さない(・・・・)し、それがどんな内容だろうと、特に非能力者には話さん。

 能力者と非能力者の間に亀裂が生じることなど、昔から分かっていたことだからな」

「ま、誰だって、敵に情報は与えないよな」

「だが、今、このタイミングで、学園(・・)で噂が流れている」

「・・・・・・つまり、一般人ではなく能力者の中にがわざと噂を拡げようとしている奴がいると?

 ――・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、なるほど、故意に世間の能力者批判を強めたいわけだ。

 外部に敵を作って、慎重派を丸め込むつもりか」

「批判が強まれば慎重派も動かざるを得ない。

 元々、穏健(・・)派ではなく慎重(・・)派。平和主義者ではないが故に、な。

 すでに暴動が起こっている。能力者と非能力者の間に致命的な摩擦が生まれるまでに時間はかからない」

「ふーん、けど、それを例の襲撃者がやってるとして、なんで万可が対処に乗り出す?

 戦争が起ころうと問題意識なんてないくせに」

「群馬祠堂学園の長は当地万可の局長だ。

 群馬の暴動の矛先は祠堂学園に向いている。当然、万可にも飛び火する」

「要するに、噂を流している奴がいて、そいつはわざと騒ぎを大きくして戦争を始めたがっている強硬派で、例の襲撃者の可能性が高い。

 で、万可が巻き込まれているから潰せと?」

「いや、今回は護衛だ」

 岱斉の台詞に、釧は改めて手元の資料を見た。構内図はそのためだったらしい。

 となると、図面の建物は群馬祠堂学園の施設なのだろう。図には地上15階、地下にシェルターを完備した、とても学び舎とは思えないデータが載っている。

 釧にはそれが護衛の必要な引きこもり先には見えなかった。

 学園都市だってアクティブ・オーダーといった武力部隊を持っているはずだし、そもそも万可は支部同士の繋がりが薄いはずだ。

 わざわざ神戸万可に助けを求めるなど、怪しいにもほどがある。

「断る。青森やレッドマーキュリーの件は利害が一致したから従ったが、今回はそうじゃない。

 世間のご機嫌とりなんて面倒な後処理に追われて、こっちもいい加減疲労の限界だ」

 釧は資料を岱斉の机に放り返した。

「それより話せよ。万可は何がしたい?

 今も万可が機能している以上、神創りそのものが目標ではないはずだ。

 だが、だとしたら目的はなんだ?

 目的が何であれ、それを達成するのに『万能』である必要はないんじゃないのか?

 何故、神を創る必要がある?

 神というシンボルと魔術を使って何かを起こす気なのか?

 それに青森に保管されていたDNA。あれは誰のモノだ?

 葉月のオリジナル、形骸変容のモノ・・・・・ではないよな。

 既に生きた形骸変容が存在するのに、そのDNAを取り戻すために万可が躍起になるとは考えにくい。

 神創りの次は何を企んでいる?」

 一気にまくし立てた釧に対して、岱斉は落ち着いた態度を崩さず、机上に投げられた資料を取ると再度釧に差し出した。

「・・・・・・群馬は今、人手が足りん。群馬は祠堂学園の本拠で、暴動も苛烈だ。別の万可に頼らなければならないほどな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「身辺警護に当たれる人間は貴様を含め数人が限度だろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 しばしの沈黙。

 岱斉の言葉の裏を読み取り、しばらく思考を巡らしていた釧は、結局資料を受け取った。



「・・・・・・もしもし」

『あ、やっと出た。もしもーし・・・・・・ってなんだ、随分疲れてるみたいだな、釧君』

「あのなぁ、テレビ見てれば分かるだろ?

 そういう楚々絽は?穴掘り行ってたって誉に聞いたけど」

『それがさ、出てきたのがデッカいお芋でね。少々困ってる』

「芋ねぇ。料理すれば食べられるんじゃないの?」

『芯が堅くって、分解できる酵素が私達にはねぇ!って感じ。

 だから堀り直したいんだよねぇ』

「ふぅん・・・・・・。そういやテレビっていえば、見たか?群馬の方が随分荒れてるやつ。

 あれのせいで、僕もまた仕事が増えてね。明日には群馬行き」

『あーらら、ご愁傷様。いつもの殲滅か?』

「まるで人がいつも殲滅戦やってるように言わないでほしいんだけど。

 今回は護衛だってさ、群馬にある祠堂学園本部の長が、向こうの万可の局長だったんだと。

 で、学園に缶詰(・・・・・)にされている(・・・・・・)そいつのお守りってわけ」

『へー、そいつは大変だ』

「あぁ、本当に・・・・・・ね」


                     ♯


 当然と言えば当然だが、デモには不満や意見を訴える対象が存在する。

 不当な議決の取り消しを訴えるなら、人々は決定を行った議院や責任者に群がるだろうし、国際問題であれば自国にある相手国の大使館が対象になるのだろう。

 これは――デモに限った話ではないが――自身の意見を発信するには送り先が必要になるからだ。

 今回起きた、非能力者による反能力者デモも、度重なる超能力の不祥事に不満を持った人々が『能力開発の反対』を主張し、全国の学園都市に押し掛けたモノだし、能力者のデモはこういったデモに対抗するために起きた。

 だが、ここで厄介だったのは、『学園都市』が明確に境界のあるものではなかったという点だ。

 例えば、大使館の場合、建物とそれを囲う塀があり、デモは当然その塀の外で行われることになる。

 が、学園都市の内外が壁で隔てられてはいない。

 なら、今回訴えるべき『学園都市』はどこまで(・・・・)が対象なのか。

 能力開発が推進されている特別指定都市を学園都市と呼ぶわけだが、これにしてもSPS薬の使用認定を受けた学園が密集している地帯をそう呼称して、それを政府がバックアップしている形になるので、地図上に明確な区分があるわけではない。

 よって、非能力者達は自分達の思う『学園都市』に向けて抗議を行い、能力者も彼らの考える『学園都市』を護ろうとした。

 そして不運な事に、両者の思う学園都市の境界は互いに食い違い、重なり合っていたのである。

 非能力者デモは『学園都市』の境目でデモ行為を行っていたつもりだったが、そこは能力者にとっての『学園都市』内部であり、彼らは当然、自分達の領域(テリトリー)を奪い返そうとしたし、その逆もまた然りだった。

 最初こそ威嚇で済んでいたデモ抗争も、時間が経つにつれ過激になり、完全な暴動と化すまでそう時間はかからなかった。

 さらに、ここで、群馬では学園都市内部で流れていた噂が芽吹き始める。

 『祠堂学園の生徒が神戸の件に関わっていた』。

 例の事件では能力者にも犠牲者が出ていたし、現在自分達が糾弾されている理由を作ったということもあって、デモの照準が祠堂学園にも向けられることとなった。

 つまり、群馬は学園都市内外の境界では非能力者と能力者のデモ抗争が、学園内部の祠堂学園では能力者によるデモが行われている状況に陥っていたわけだが――――、そんな事情をいまいち分からないまま、その学園都市に入ってきた人物が6人いた。

 裏方、トリッキーズと自称する連中だ。

 彼らは北海道での一件の後、知り合いである朝空風々と合流しようとしていたのだが、万可から逃げ回る風々が捕まるわけもなく、日本列島を南下、本日ようやく群馬学園都市に着いたという塩梅だった。

 彼らも逃げる側の立場だったが故、情報では世情を知っていたが、実際の生の状況までは知らなかったのだ。

 情報収集を目的に現地入りしたものの、騒がしい周囲の様子を見て、まずは現状確認をすることにし、彼らはひとまず落ち着ける部屋を取った。

 その後、男女で分かれて、それぞれ部屋で小休憩。

 各地を転々として溜まった疲れを僅かでも取るために息抜きをし、その後片方の部屋に再集合となった。

 男性陣の部屋に女性2人が訪れる形になったのだが、小一時間しか経っていないというのに、ただでさえ狭いビジネスホテルの空間が、さらに狭く感じるほど部屋が散らかっていた。

 脱いだ衣服はベッドに投げ出され、お菓子のゴミがあちこちに散乱、挙げ句は何故か雑誌の切れ端で折られた紙飛行機が何機も床に不時着している始末だ。

 その様に礎囲智香は目眩を覚え額に手をやり、首を振ってからテレビのニュースを見ている男達に声をかけた。

「作戦会議始めるわよ」

「おーぅ」

 間の抜けた返事で朝露瑞流は振り向き、それに倣って他の男共も智香に注目する。

「まず現状確認。青森からここにくるまで、何度も風々にコンタクトを取ろうとしたけど失敗、音沙汰なし。

 頼みの情報源がダメになって学園都市で情報集め・・・・・・・のつもりだったわけだけど――――」

「思った以上に混乱してるね、群馬は」佐々見雪成が智香の台詞を引き継いだ。「暴走コードの前に、学園の現状を調べた方がいいと思う」

「ゆきなりに賛成。暴走コードもだが、実際他人事じゃないしな、超能力問題。

 この機会だ、世間の動きも調べておくに越したことはねぇだろ。

 俺らここしばらくまともに世情チェックできてねぇし」

 朝露瑞流の言葉に岸亮輔が頷いて、手に持ったノートパソコンを持ち上げた。

「ネット情報はいつも通り僕が集めますよ。学園都市のデモ、特にここ最近の群馬の様子を集中的に調べればいいんですよね?」

「うん、頼むわ亮輔。後のメンバーは外を回る、でいいかしら」

「となると、二手くらいに分かれるのが妥当かな?

 学園の外のデモと、中でやってるよく分からない騒動で2つ」

 音羽佐奈がそう言って、群馬学園都市の地図を取り出す。ホテルに入る前に購入したもので、それほど詳しくはないものの、主要な学園施設を見る分には遜色はない。

 彼女はその地図に、ここに来るまでに見たデモの位置を書き込み始めた。

 計6箇所に丸が付けられ、それらは学園の外か中央辺りのどちらかに分布していることが分かる。

 しばらくそれを眺めていた彼らの中で、真っ先に名乗りを挙げたのは保駿啓吾だった。

「オレは外側のデモを見に行きたい」

 が、

「ダメっしょ。保駿さん絶対悪ノリで参加するもん」

「音羽の言うとおり、あんたはダメよ」

 その主張は女性陣によってすげなく却下された。

「ちょっ、リーダーまで」

 彼は不服の声を挙げたが、男達にも白い目を向けられていることに気がついて、一度は乗り出した身を縮めた。

「・・・・・・いや、そうは言っても、オレ情報収集に向いてないし。

 だったら、ある程度情報のある一般人のデモ見に行った方がいいだろ?

 中のデモはそれこそリーダー達の方が効率いいだろうし」

「むっ・・・・・・、そっか、内側の騒ぎを誰が見に行くのか先に決めるべきよね。

 私は行くとして・・・・・・あとは瑞流が妥当か」

「げっ、なんか俺、いっつも智香とペアじゃね!?」

「もしかしたら思体複製使うかもしれないでしょ。

 戦闘じゃあんまし役に立たないんだし、もしもの事もあるんだから、あんたが戦闘要員とペア組むのは当然でしょうが」

「俺はどうする?変身も使う場面はあるだろうけど?」

「ゆきなりは・・・・・・そうね、りょうすけと居てほしいわ。

 ネットの情報で動くことになるかもしれないし、そうなるとりょうすけ一人はまずいでしょ」

 了解、と雪成が返事をし、入れ替わりに佐奈が一応確認を取るために口を開いた。

「ん、じゃあ私が保駿さんと外見に行くのね。再集合は?」

「最悪午後7半に、この部屋。帰ってこなかったら、いつも通りの手筈でね」

「連絡は小まめに取ること。よっしそれじゃあ行きますか」

 その言葉を皮切りに、彼らは自分の身支度を整え始める。

 しばらくはここを拠点にすることになるので、荷物は必要最低限に止めるのが良策だが、かと言って、最悪ここに帰ってこれないまま学園都市を脱出せざるを得ない場合も考慮しなければならない。

 そんな、自分達の命運を分け兼ねない準備を、慣れからくる手際の良さでテキパキとこなし、彼らはそれぞれのペア毎に部屋を後にした。

 4人が出ていった後、残ることになった雪成と亮輔はそれぞれノートパソコンを取り出して、ニュース番組を聞き流しながら自分達の作業に入った。

 集める情報は学園のデモ、群馬の現状について、それからもっとマクロの視野で見た今の超能力事情だ。

 2人して分担してネットを巡っていくと、ここ最近メディアに取り上げられたニュースの傾向や世間の流れが見えてきた。

 それらを口にしつつ、お互いにその情報の正誤や関係性のある情報を追加していく。

「事の発端はレッドマーキュリー事件で、4年前の神戸壊滅事件が掘り返された・・・・・・どっちも放射線漏れが確認され、それも能力者によるものだ」

「待った。4年前のアレは能力者によるものって断定されてます?

 たしかに噂はあったと思うけど」

「能力者を見たっていう話はニュースに出てる。結局それが誰なのか特定はできなかったし、直接的な証拠も見つからなかったものの、まぁ、ニュースの感じじゃほぼ決めつけられてるなぁ。

 それに、クリスマスのはともかく、一月の件は能力者だっていうのは発表にあったはずだ」

「あれは学園都市も被害者面するため、と噂ではなってる感じかな。

 まぁ、実際それで神戸は壊滅したわけだし――――あぁ、レッドマーキュリーだって、事件当時は事故であって、故意のものではないって認識だったんじゃ・・・・・・?」

「ええ、その後レッドマーキュリー生存説が出てきて・・・・・・後はマスコミお得意の偏向報道。

 シベリア鉄道での一件・・・・・・確かに根拠には十分だけど、実際見た人間が居るわけじゃないし・・・・・・そう、それで『魔女』が生放送で襲撃される事件に続く、と」

「そういえば北海道にいたんですよね、彼。その後何してたかは知りませんが、災難な話です」

「襲撃者・・・・・・はさすがにネットには上がってないか。その辺は智香達に任せるしかないとして、その襲撃騒ぎが引き金になって学園都市でのデモに発展した・・・・・・」

「『国民の不満、学園都市に』、『デモ参加者に市民2千人』。この新聞の見出し、よくないね。

 まるで能力者が国民じゃない(・・・・・・)みたいだ」

「わざとだろうよ。マスコミ連中が楽しんでやったのか、義憤に刈られての行動なのかは分からないけど。

 ・・・・・・と、能力開発反対のデモに関して、アメリカの圧力があった・・・・・・?これのソースはどこだろう?」

「噂の域を出ないにしても、それはありそうな話かな。

 あの国は日本の能力者を多く確保してるし、開発中止となればかなり不都合のはず・・・・・・」

「中国の複製SPS薬中毒事件・・・・・・SPS薬の複製を試み、実験過程で薬物中毒による重体・死者が87人にのぼり・・・・・・?」

「それは嘘だね。確かにSPS薬として売られた薬で87人死んだんだけど、中身は全く別の薬だったらしいよ。

 ほら、前に中国がSPS薬の供給量を増やすようにISPOに要求して断られてたことあったでしょ?

 あれで中国が自国でSPS薬を作ろうとしたのは事実――――というか、どの国でも裏ではやってるだろうけど――――実際はその話を利用した『中国産SPS薬』を騙った酷い詐欺事件」

「なるほどね・・・・・・訂正は?」

「されてはいたはずだけど、煽った大衆を止めるほどの効果はなし。

 火種にガソリン撒いて、霧吹きで水かけたって感じ」

「外、見た感じだと一応自制は効いているようだけど、デモで起きた事件は・・・・・・負傷者92人。これ、全学園都市の合計か・・・・・・?」

「データを見る限りだと、やっぱり群馬は参加者多いみたい・・・・・・都市からも近いし」

「デモのパフォーマンス先としてはちょうどいいのか・・・・・・。

 一番標的になりそうな神戸は今はあまり機能してないからなぁ」

「沖縄は負傷者が極端に少ない・・・・・・デモ自体も小さい?」

「あそこには塀がきっちりあるから。そう考えると、青森も主要施設は地下か。

 何にせよ、学園都市は一応どこもデモやってる。それも結構長い期間だ。

 これ、いつまで続くと思う?」

「大衆が飽きるまで――――とはいかないと思います、さすがに。

 例の議員が問題の法案を掲げたままだし、風化しようがない」

「従来進められている能力者犯罪の重刑罰化ではなく、能力者用の別途刑法の構築と運用。

 社会影響の多大さを鑑みての、精神状態・危険思想のチェックの義務化。

 ともすれば人権侵害に憲法違反、一見まともに見えるのが厄介すぎる・・・・・・」

「マニュアルに規定されている例の『最終ライン』も突破間近・・・・・・か」

「『非能力者による超能力者の政治的、法的な人権侵害が著しい場合』での第8次非常時宣言なんて、生きてる内にあるとは思ってなかったけどなぁ」


                     ♯


 群馬、及び千葉の学園都市は、35年ほど前に先代形骸変容の起こした事件で東京の研究施設が崩壊した後、都市近くに能力開発施設を置いておきたいという理由から作られた特別指定都市であり、能力関係者からすればそれほどの成果を挙げられていない学園都市である。

 見栄以外に設けられた利点を挙げるとすれば、都市部に近い事と群馬・千葉双方の都市が連携し合えるという点だろうか。

 この二つの都市は学園都市としては陸続きでかなり近い距離で位置している。そのこともあって相互で能力開発施設の不備を補ったりと交流が深い。

 何よりも能力者同士の結びつきが他の学園都市よりも強固である点が、これら都市群について言える最大の特徴だろう。

 片方の都市で何かあれば、もう片方の都市が即座に反応を示す事になる。

 それは、今回の件にしても同じ事で、群馬学園都市が能力者で溢れ返っている理由の一つには、千葉の生徒もが集まってきているからに違いなかった。

 少なくても智香はそう感じたし、この有事に本来外客用のホテルが能力者でいっぱいになっている事実から鑑みても、外れという事はないだろう。

「第8次かぁ。確か、能力者の政治的、法的な人権侵害があった場合と能力者の一部が能力者全体に著しい損害を与える場合よねぇ、宣言の規定って」

 片手に持ったリンゴ飴を舐めながら智香が言うと、隣の瑞流は「規定上はな」と返して屋台の並ぶ学園都市の広場を眺め見た。

 研究施設と教育施設、それから生活品の店に生徒の住居で構成される学園都市には、当然人の集まれる広場がいくつかある。学校の校庭もそうだし、駅前のちょっとした広場も候補になるだろう。

 そういったあちらこちらの空間で、お祭りで見られるような屋台が並んでいるようだった。

 有事とは思えないような学園都市内部の状況だが、それにだって意味はある。

「規定上は確かに人権侵害が『あった』場合だが、ここの連中は既にやる気満々だろ。

 警戒レベル最高の第8次非常時、つまりは非能力者との全面戦争の最終ライン(GOサイン)・・・・・・能力者の間で綿々と言い継がれてきた暗黙の了解がついに成されるわけだ」

「勝てると思う?」

「勝てないと思うか?」

 瑞流の台詞の後、二人はしばらく足を止めて沈黙した。

 辺りは騒がしく、人が通る度においしそうな匂いが漂っては消える。

「迅速な食糧補給か」

「"お祭り気分"で精神状態を高めて戦場へ、ねぇ」

「士気高める意味じゃ間違ってはいないだろ。

 ま、そうなったら俺らも参加するんだろーがな」

「そういう不文律だし。・・・・・・親戚一同に連絡しとかなきゃなぁ」

「中枢部掌握まで何日かかるかで犠牲者数が変わるよな」

「中枢部は攻撃が決まれば数日でいけるでしょ。問題は、むしろ今みたいな半端な状態が長引く事よ。

 余計な犠牲を出しかねない」

 言って、智香は再び歩き出す。近くにあったゴミ箱に綿飴の棒を捨て、休憩所になっているテントを指した。

「あそこで聞き込むわよ」

「あぁ、まぁ位置はちょうどいいか」

 彼らが今いる場所は屋台の出ているスペースの中でも、学園内部に近い所だ。

 内外の2つの騒動。その内、中で起こっている方の情報を得ようとするなら、この辺りの方が都合がいいだろう。

 いつでも学園都市を出れるようにと、トリッキーズのとったホテルは学園都市の外側近くにあるために、二人はこうして中に向かって歩いてきたのだった。

 粉もんの屋台に加えて、お菓子に栄養価の高いファーストフードがあちこちに売られていて一際賑わっているところから見ても、この辺は数ある屋台通りでも主要拠点に成っているのが分かるし、行き交う生徒の制服の多様さから、多種多様な情報も集まってきているだろうと期待できる。

 マナーとして休憩所を設けている屋台でたこ焼きを二舟購入してから、二人は陽を遮るテントの中へと入っていった。

 中は机と椅子だけが並んだ簡単な休憩スペースだが、その収容数を越えた生徒で溢れていて、休憩などそっちのけで、何かしらの資料を広げたり、座る事すらせずに顔を付き合わせて話し合っている。

 さて、どこの話に入ろうか。

 智香がそう考えていると、「おーい」と呼ぶ声がした。

 さらに、声のかかった方向に振り向く前に、パンッと瑞流の肩が叩かれる。

「おわっ!・・・・・・・・・・・・え?」

「久しぶりじゃん!瑞流!」

「・・・・・・知り合い?」

 にこにこした顔で瑞流の名前を呼ぶその人物、そしてその顔を見て反応をした彼の様子に智香が尋ねると、彼はバツが悪そうな顔をした。

「あー、知り合いっていうか・・・・・・身内っていうか・・・・・・」

「妹です、朝露雫と言います。えーと・・・・・・」

「礎囲智香、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします!

 あ、そうだ、向こうに行きませんか?

 情報収集ですよね?私達、結構詳しいですよこの辺の事!」



「へぇ、北海道からほとんど陸路で?

 裏方を抜けてから色々やってるって聞いてたけど、そんな愉快な事もしてたんだ」

「愉快じゃねぇーよ。こっちはこっちで苦労してんだっての。

 お前こそどうしてここに居るんだ?拠点愛媛だろ」

 雫に連れられてきた先は休憩場内部でも一際人の集まっていた場所だった。

 そこで改めて周囲にいる連中にも自己紹介をし、歓迎されて席を譲られた後、まずこちらの身の上話から始めたのだがついさっきで、話が終わった後、開口一番に妹から漏れたのが冒頭の台詞である。

 愉快、という言葉で片付けるには結構な修羅場もくぐってきているのだが、まぁその辺を軽く流すのが能力者のノリだ。

 『どうしてここに?』という兄の疑問に答える前に、彼女は周囲に立つ参加者を見渡して、それから「ここに居るメンバーはほとんど愛媛組なの」と答えた。

「今、世間の注目は特に群馬(ここ)に向いてるからね。

 パフォーマンスのための人数集めって理由で呼ばれた子、結構いるみたいよ?」

「パフォーマンス?わざわざそんな事まで?」

 智香が問うと、周りの連中の中から一人の男が発言する。

「ここまで発展したのは最近だが、能力者問題は前々から言われてきたことだろう?

 さすがにこれ以上この問題を長引かせるのはよくないって考えてる一派がいてな。

 俺達はその賛同派。家族が能力者じゃない連中が大半さ。

 ドロドロの泥沼になって、家族離ればなれってのは避けたい」

「あー、"最悪のシナリオ"通りだとそうなりかねないもんな。

 で、雫は?我が家は全員能力者だろ」

「まー爺ちゃん死んじゃったしねぇ。

 私はただついてきただけ。ほら、能力が光屈再生(ホログラム)じゃん?」

 そう言われて、瑞流は妹の有する能力について思い出した。

 光屈再生(ホログラム)はいわば立体映像の記録と再生を行う能力だ。

 デモ参加者を割り増して見せるのには持ってこいだろう。

「あんまり危ない事すんなよ?能力的には非戦闘員なんだし」

「戦闘系じゃないのに危ない事ばっかやってるのは瑞流の方だと思うけど?」

 瑞流は肩を竦めた。

 仰るとおり。だが、それと妹を心配する兄心とは別ものなのだ。

 特に今の状況では心配するに越したことはない。

 そんな彼の肩を智香がつついて、耳元に口を寄せた。

「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、あんた妹に『瑞流』って・・・・・・」

「威厳がなくて悪かったな!んなもん、その妹と同じぐらいの歳のやつにアホウドリ扱いされてる時点でねぇよ!」

「あぁ、うん、そうだったわね」

 歳が離れている割に、兄妹仲はいいんだから問題ないだろうと思う瑞流である。

「で、そのパフォーマンスだっけ?それをやってるのは分かったけど、それって外側に向けてよね?

 この学園都市、それとは別に内側に対してもデモやってるみたいだけど?」

「ああ、やってるよ。ま、両方同じ連中が指揮してるんだが・・・・・・えーと、『祠堂学園の生徒が四年前の一連の事件に関わってる』だっけ?

 尾ひれがついて内容にブレがあるが、大体こんな感じの噂がちょっと前に流れてな」

「それ、信じたの?確かに前々からそういう疑惑はあったけど、あくまで噂の話でしょ?」

「それが、だ。証拠があるんだよな、これが」

 男はブレザーの中をまさぐって、そこから取り出したモノを智香に渡した。

 瑞流と二人してソレを注視した後、より詳しく見たがる瑞流に物を渡して、智香は顔を上げる。

「これって・・・・・・でも、本物?」

残留思念読取(サイコメトリー)が確認済みだ。だからこの機会に一気に叩くんだと。

 今や、外の非能力者に対しては牽制程度で、内側の方に力を入れてるぐらいだ」

「中でやってるデモは祠堂学園に対してなわけか・・・・・・。

 叩くってのは、例の一派の作戦なの?」

「ええ・・・・・・あっ・・・・・・と、そうですね、その前に、ここ最近の裏事情を説明した方がいいかも。

 えーと、まずですね、この群馬で今主流になっているその一派、分類的には強硬派に属するんですが、この一派が生放送直後の実草詩句を襲撃したのがこのデモ騒動の始まりです」

「まじか、魔女をやった奴が群馬に居んのかよ・・・・・・」

「彼、追ってこないわよね・・・・・・?

 そういうの結構根に持つタイプだと思うんだけど」

「え、魔女に会った事あるんですか?」

「北海道でな。青森で色々やってたみてーだったが・・・・・・」

 と、瑞流は言葉を濁した。

 暴走コードといった危険度の高い情報を安易に流すわけにもいかないし、かといって、あの邂逅の後は彼らも忙しくあちこち逃げ回っていたので、あれから釧がどう行動していたかまでは知らなかった。

「けど、それだと余計意味が分からない・・・・・・あなた達は騒動の早期解決を望んでるのよね?

 それなのに、何で彼を襲撃した連中に協力を?」

 手に持った"証拠"を持ち主の彼に返しつつ、智香が尋ねると、

「確かに襲撃が騒動のキッカケではあったが、火種事態はずっとくすぶっていた・・・・・・それは能力者なら誰だって感じていた事だ」

 彼はそう答えた。

「強硬派のリーダーは救命措置(ライフキーパー)のメンバーでな」

救命措置(ライフキーパー)って、体育会なんかで安全管理をしたりする?」

 そういえば――――と智香は思い出した。

 まだ自分が学生らしい事をやっていた時、そんな連中が体育祭の縁の下をやっていた気がする。

 かなり高度な判断力や能力技能が必要とされる行為で、大学でそれを専攻とする能力者もいたはずだ。

 確か、戦術系の花形ではなかったか・・・・・・。

「ああ、大学の必修科目のアレだ。

 『戦闘における致命的負傷を察知し介入する事で・・・・・・うんたらかんたら』ってやつ。

 だから、今みたいな状況には敏感なんだと。

 遅かれ早かれ、こういう事態になるのは分かっていた。問題なのはどれだけ被害を押さえられるか――――そうした時、緊張状態、膠着状態が続くのはまずい。

 いくら救命措置(ライフキーパー)が控えているとはいえ、連中にだって限界があるんだ、長引けば長引くほど危険度は増す。

 それに、実草詩句襲撃にはもう一つ大きな理由があるんだ。むしろこっちが本命だな。

 四年前も学園都市は世間に対して情報操作を行ったが、あの件に学園都市の暗い所が関わっているだろう事は誰だって感じてはいたろ。

 あの時は非能力者、能力者含めてたくさんの犠牲者が出たし、それが今回の火種にだってなっている。

 そんな中、例の生放送だ。暗部の連中はまた情報を操ろうとした。

 もし、それで能力者問題が収まったら?次は?

 次もまた何か多大な犠牲を生み出す事態が繰り返される(・・・・・・)さ。

 燻ってる火種を見ない振りをして、『臭いものに蓋を』ではただ犠牲者が増えるだけ。

 だから、今こそ問題を表面化させた・・・・・・まぁ、まんま本人からの受け売りだけどな」

「・・・・・・あぁ、そういうこと。

 非能力者対能力者の戦争が勃発しかねないこの時に、何でわざわざ内部でいざこざを起こしたのかって思ってたけど――――国の中枢機関を超能力者で掌握した後、『学園都市』ではなく能力者自らが主導権を握れるようにするつもりなのね、強硬派は」

「学園都市・・・・・・至極追探(いきすぎ)組織には今まで苦渋を飲まされてきたからな、俺達は。

 学園都市の恩恵あってこそ、この国で少数派(マイノリティ)な超能力者はやってこれた。それは間違いないが、だからといって横暴なやり方にただ従うつもりはない。

 それが俺達の賛同理由って所だな」

「生放送の襲撃、その後のデモ活動、群馬が賑わってるのは指導者が居るから・・・・・・あぁ、そういえば祠堂学園に向いてるデモは噂を利用したんだったか?

 雫みたいな能力者にハリボテ作らせて外の連中にパフォーマンス。で、その分空いた連中は中のデモに充填。

 そこまで本格的にその噂に『踊らされて』やってるところを見ると、かなり信用度は高いみてーだな。

 ま、残留思念読取(サイコメトリー)まで太鼓判を押したんなら間違いじゃないんだろうが・・・・・・・・・・・・・・・・・・その肝心の噂の出所って誰なんだ?」

 瑞流の問いに、彼は頬をかいた。

「いや、俺は会った事はないし、名前も知らない。

 相当拡散してる噂だし、ほとんどの奴が又聞きだ。

 リーダーは直接会ったらしいんだが、今はどこにいるのか分からんらしい。

 で、探してるからって容貌自体は聞いてる。

 おもっきし間接的な情報でもいいなら教えるけど?」

「それでいいわ、一応教えて」

「んーと、じゃあ」

 彼はさっきと同じようにブレザーの裏ポケットをまさぐって、今度は萎れたメモ用紙を取り出す。

 しわしわでかなり読みにくくなっているそれを伸ばし、筆跡が汚いためかかなり顔に近づけながら読み上げ始めた。

「容姿。黒髪セミロング、風車(かざぐるま)のヘアピンをして、青みがかったワイシャツと緑のフレアスカート姿。

 名乗ったところによれば『緑川光(みどりかわ ひかり)』・・・・・・」

 男が何気なく羅列した情報が名前に差し掛かった際、瑞流は聞き覚えのあるそれに反応して、口を開きかけたが、智香が彼の足を踏みつけてそれを制した。

 たった一瞬の目のやり取り。

 ここでは喋るな。了解。

 それだけで示し合わせる事ができるのは、長年過ごしてきた間柄故だろう。

 情報提供者の容姿について教えてくれた男に礼を言い、いくらかの情報を引き出した後、智香らは祠堂学園と強硬派との連絡の取り方を確認してから彼らと別れた。

 屋台通りから今度は祠堂学園のある方へと向かいながら、瑞流はさっき言うのを止められた言葉を口にした。

「緑川光って、風々の連れだろ」

「容姿からしても本人よね。

 会えないなーと思ってたけど風々の奴、何企んでるのかしら」

「どうするよ?」

「みんなに連絡、それからもうしばらく様子見ね。祠堂学園を確認して――――」

 と、彼女の言葉が頭上からの爆音で遮られた。

 バタバタとうるさいその音は、どうやらヘリによるもので、彼女達の進行方向と同じ方へと向かっていく。

 そのヘリが学園都市が所有している特別製である事を目敏く見抜いた彼女は、しばらく後ろ姿を目で追った。

「VIP用ヘリ・・・・・・・・・・・・?」


                     ♯


 群馬学園都市の中心部からやや北東に位置する一際広大な建設物群。

 特別研究指定都市としては過疎気味にあるとはいえ、各地に支部を持つ祠堂学園の本拠地ともなれば、その箱庭に望める施設の数々は豪壮な物ばかりだ。

 ただし、それはあくまで各地支部の『統制機関』としての役割を果たすためのものらしく、見える建物の多くは、校舎というよりは会社の建物という雰囲気が強い。

 運動場らしき所があるにはあるが、それは人工芝の敷かれたスペースで、広大ではあるが遊具の類は一切ないし、明らかに3階より高い建物群は生徒の学び舎としては大きく、そして閉鎖的だ。

 その様はここで本当に生徒が学んでいるのかと疑問すら沸くほどだが、この有事ではそれを解消してくれる生徒達など端っから敷地内にいなかった。

 さて、そんながらんとした敷地内の建物の中で、一際目立つ15階の正四角柱をした建物こそが、現在超能力者の標的となっている祠堂学園本部である。

 その屋上に先ほどのヘリが着陸し、中から神戸から遙々やってきた釧が現れた。

 いつもの素の格好でもなく、かといって数多ある変装の一つでもなく、タレント『実草詩句』としての姿をしていて、大きなスポーツバッグとブリーフケースをそれぞれの手に持っている。

 彼はその敷地内では最も高い建物の屋上から騒動の様子を眺め見た。

「これはこれは・・・・・・」

 群馬は騒動の渦中の渦中。

 そうとは聞いていたが、そこに集まっていた人数は予想を超えたものだった。

 能力者デモの連中は祠堂学園の敷地内には踏み入らず、塀の外から周りを囲んでいるようだ。

 だが、その数がすごい。

 ただっ広い本部の敷地を囲む塀は相当長いのだが、見渡す限り人が途絶えている箇所は見当たらないのだ。

 数は暴力だというが、確かにこれだけ人がいれば、何もされていなくてもプレッシャーを感じざるを得ない。

 そもそも連中の中には強硬派がいるのだ。

 今は『訴えている』という形だけ見せていればいいという事なのだろうが、この敷地に入る前にヘリが攻撃された事からみても、暴力沙汰を躊躇するつもりもないのだろう。

 デモの形をしてはいるが、きっちり祠堂学園を囲い込み、理事長を閉じ込めている辺りに能力者の(したた)かさが見え隠れしている。

 周囲の様子を他人事のように観察した後、彼は迎えにきた黒スーツの男に連れられて屋上を後にした。

 エレベーターで下に降りると同時に屋内へ入ると、外の飾り気のない風体とは裏腹に、いくらか豪奢な内装が目に入った。

 廊下にはレッドカーペットの敷き詰められていて、窓は少ないが、どう考えても防弾ガラスのソレには擦り細工が施されている。別に高価な壷が飾ってあったりするわけではないのだが、よく見ればカーペットの下が大理石な辺り質素というわけでもないようだ。

 建物は四角の外周に沿って廊下が一周していて、中央にいくつかの部屋があるという構造で、各頂点にエレベーターが配置されている。エレベーターはそれぞれ止まる階が違うため、シンプルに見えて攻略するのは難しい。

 一応は階段もあるようだが、これもエレベーター同様に繋がっていたり行き止まりだったりと面倒くさい事この上ない。

 問題の理事長がいる部屋に着くまでの間に、スーツの男がそういった事を伝えてくるのを聞いていた釧は、彼の喋りが途切れるのを見計らって尋ねた。

「理事長・・・・・・局長を守っているのは何人ですか?」

「私を入れて3人です。ほとんど外の騒ぎに持っていかれました。

 何時塀が決壊するとも限りませんので」

「でしょうね。能力者の味方は?」

「いません。元々群馬万可は能力者を抱え込む方策はやってきませんでしたし、今の状況では祠堂学園の生徒も味方にはついてはくれませんから」

「3人かぁ・・・・・・・・・・・・」

 釧はそう呟いて、手元のブリーフケースをちらりと見る。

「着きました」

 男がそう言い、立ち止まった場所にある扉をノック、中からの返事を待ってからノブを掴んだ。

 軋む音一つさせずに扉は開き、開かれた先は廊下と同じく、華やかさに欠けるものの上等な物が置かれていていた。

 特に机に関しては惜しみなく金を注ぎこんだとみえ、その机上に両肘を乗せている人物こそが理事長なのだとすぐ分かった。

 だが、その人物は釧の思う理事長像とはかけ離れた姿で、彼はてっきり理事長兼万可局長ともなれば、年を食ったクソ爺を想像していたのだが、それに反してそこにいたのはまだ若輩の男だった。

 賢者の石から精製できる水の事があるので年齢自体はいくらでもごまかしが利くのだろうが、頼りない笑みを浮かべる優男が本当に理事長なのか、釧は疑わずにいられなかった。

「お待ちしてましたよ、朽網釧さん」

 そう言って彼は立ち上がり、釧の方へと歩んでくる。

「私が祠堂学園の理事長、祠堂行年(しどう ゆきとし)です」

 手を差し出す彼に、釧は一瞬緩んだ気を取り直して、持っていたブリーフケースの持ち手を腕に通した。

「朽網釧です。よろしくお願いします」

 そうやって空いた手を彼と同様に差し出し――――、

 ガチャ。

 彼の手を取る事なく、念力で光を反射させて隠していた手錠を彼の手首にかけた。

「お・・・・・・・・・・・・や?」

 手錠はバッグの持ち手と繋がっていて、持ち手共々簡単には破壊できそうな作りには見えない。

 理事長が間抜けにも手を出したまま固まって、周囲にいたボディガードが異変に気づき拳銃を抜く中、釧は悠々と理事長の椅子に座って腕を組んだ。

「おやおやおやおや・・・・・・」

「言わなくても予想はついていると思いますが・・・・・・そのバッグには時限爆弾が入っています」

 そう言って釧はスマートフォンをちらつかせる。それは起爆はいつでもできるという脅しに他ならず、

「おやぁ、それは・・・・・・・あははは、物騒な話だね?」

 釧の話を聞いて、理事長の頼りない笑みに苦みが加わった。

 ガチャガチャと、自分の腕に繋がれたバッグの具合を確かめると、確かにそれは普通の荷物を積めたには不自然な重さと音がした。

 おそらく内容物のほとんどは固形の爆薬なのだろう。

「さて」

 と、彼は銃を向けられているとは思えない余裕のある仕草を見せ、それどころかとても晴れやかな――――タレント『実草詩句』の笑顔でこう言った。


「まず初めに断って起きますが、僕は貴方を守る気はありませんのでそのつもりで。

 これからは僕による僕のための僕だけの質問タイムです。

 万可の目的、盗まれたDNA、その他諸々・・・・・・。

 さぁ、知っている事洗いざらい全部吐け♪」

強硬派「魔女襲撃じゃぁい!」

風々「よし光、ガソリン掛けてこい!」

光「分かったよお兄ちゃん!」

強硬派「今日から火祭りじゃぁぁああ!」

釧「爆弾持ってきたよ!」


おい、誰か止めろよ。

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