第79話- 坂の上の石。-Demo-
超能力研究において燦然とその名を轟かすソフィ女史。彼女が遺した論文は実はそれほど多くはなく、彼女自身の資料に関しては、さらに数えるほどしかない。
それもそのはずで、彼女は僅か15歳でこの世を去り、実際に研究を行えたのは博士号を取得した6歳前後からの約9年間でしかなかったわけだが――――、さて、では彼女という人物について知られていないのは何故なのか?
それは彼女自身の天才性と気質によるもので、まぁ、要するに天才にありがちな変人だったからだ。
他人とのコミュニケーション能力に欠け、生活の大概は思考に明け暮れて消費する。集中力は極めて高いが並行して作業する能力は著しく欠けていて、研究以外は疎かになりがち。加えて、子供らしくもなく、無邪気さはともかくとして、愛想のなさが決め手だったのだろう、彼女の周りに研究以外で集まる人間はいなかった。
例外だったのは、生活能力が欠落した彼女の世話をしていた日本人親子だけだったらしく、彼女達にだけはソフィ女史も懐いていたようだ。
この日本人は、そもそもクォーターだったソフィ博士の日本人祖母と縁があり、その関係でソフィ氏の付き人をやっていたというが、これまた資料がなく、名字が『YAMANASHI』である事だけがソフィの自伝の中で記されているにすぎない。
そして、その名前は彼女がAp-Sona、超能力研究の原点を見つけた後ぱったりと消えてしまっている。
当然、その世話役の手記なんて都合のいいものも存在してはいない。
彼女自身を含め、彼女の周囲さえ、その程度に情報に留まっているのだ。
天才博士は、世界に大きな影響を与えておきながら、その本当の姿を知られる事なく若くしてなくなった。
ある意味寂しい人生を送ったともとれるが、その寂寥感を彼女が感じていたのかさえ分からない。
彼女は何を思っていたのだろうか。
・・・・・・人物像が見えにくい故に、想像は難しい。
ただ一つ、その遺産に深く関わる事になった人間として、朽網釧が彼女に対して思うことは、この展開を彼女は予測していたのか、ということだった。
四十万隆から送られてきたソフィのレポート原文から顔を上げ、釧が周囲を見回すと、彼がこの場所に来る前から駆け回っていた人々が相変わらず作業をこなしていた。
大抵は『スタッフ』と纏めて呼ばれる彼らだが、その役割はしっかりと決まっていて、カメラ関係の人間から照明係、映像チェックとそれぞれが自分の仕事をせっせとこなしている。
その様子を見ていると、何もしていないでいる事に手持ちぶさた感を覚えるほどだ。
スタジオという特殊な環境下はとうに慣れた身ではあるものの、出演者という立場でスタンバイしている釧としては、出番を待つ時間はやはり多少のプレッシャーを感じざるを得ない。
ましてや番組のテーマが『頻発する超能力者不祥事について』となれば、気も滅入るというものだろう
例の『ちょっとエキサイトして放射能駄々漏れでした事件』から約一ヶ月、臓器と腕を再生させてまもないというのに、超能力者イメージアップ要員としてまたもや万可にこき使われることになって、釧も少々疲れ気味だ。
「あの大平博信って男、反超能力側の評論家らしいな」
釧のお付きをやっている氷野明次が顔を近づけてそう言って、目線で彼と同じく撮影開始を待つ出演者の一人を指した。
彼が話題に上げた男は確かに、前々から超能力出演者に噛みついている人物で、彼の能力者批判の様子が世間では受けているらしいことは釧も知っていた。
前にも共演させられた事がある彼としては、彼のイメージは唾を飛ばしながら、相手の反論を、畳み掛けて遮るだけのくだらない男で、むしろ気になるのはほかの出演者の方だった。
白黒の写真を両手で抱きしめている女性に、一見柔和なそうな笑みを浮かべる眼鏡の男、それから最後の打ち合わせをしている司会者とアシスタントに、他の芸人や俳優達。
前者2人は言うまでもなく、後者については出演者であり、番組を盛り立てる役者でしかない。
「それを言ったら向こうにいる遺影持ってる女性は四年前の神戸事件で弟亡くしてるし、その右隣の超能力開発関係者って肩書きの男は石垣議員の回し者だよ」
「マジかよ・・・・・・石垣って反超能力派のアイツだろ?
差別発言で前も問題になってたろ」
「そ。いくらスキャンダル起こしても、ああいう自分の地盤を持ってる古狸はしつこいから。
・・・・・・ま、それは別にしても、だ。
出演者からして番組自体が端っから超能力のネガティブキャンペーンって感じだよなぁ。
こんなアウェイな中出演する身にもなれっての」
そう言って彼は立ち上がった。
視線の先には張りぼてで作られたステージ。
その席に着くようにと駆け寄ってきたスタッフが促してくる。
無駄話はここまでのようだ。
「さぁて、行きますか」
途中、ご愁傷様という言葉を背中に受けながら彼は敵陣へと乗り込んでいった。
「――――ロシアのエヴァ・リヴ島の不祥事に続き、再び起きたロシアの放射能騒ぎ。
そこにははやり超能力者が関わっていたのでしょうか?
日本でも起きた四年前の大惨事も振り返り、頻発する昨今の超能力事件を通し、公平な立場から超能力開発の是非を問います。
今夜、ついに長きに渡った議論にピリオドを。
生放送でお送りします」
ソフィ女史の研究から50年以上。今一度、超能力が世界に多大な影響を与えようとしている。
せき止めていた土豪が崩壊するように、今まで封殺されてきた超能力に対する負の感情を押さえきれなくなってきている。
世界の恐慌は近い。
最悪、国や大陸が消滅するような大惨事に発展する規模の混乱がもうすぐやってくるのだ。
そのことを。
そんな展開を。
・・・・・・・・・・・・彼女は予測していたのだろうか。
♯
番組が終わった。
たった七文字に過ぎないそんな言葉の中に、疲労という疲労をありったけ詰め込むことになった一時の後、敵地から退散するべく降りてきた地下駐車場にて。
「お疲れ様」
自分を労うには正直力不足過ぎる氷野の台詞を受けて、彼は苦笑いを返した。
撮影の結果については言うまでもないだろう。
討論の流れが決まってしまっている中で、どれほど彼が世間の超能力批判を押さえようと努力しても焼け石に水だ。
葉月本位の釧としては、どう転がろうと構わないというのが本音ではあるとはいえ、ああいうやり方はやはり気に食わなかった。
そのためささやかな抵抗はしてみたのだが、『疑惑だけで判断せず、まずはお互い歩み寄ることが大切』などと思ってもみないことを口にしてみたところで、当然のことながらどうしようもなかったわけである。
唯一の救いと言えば、生放送だったことでこちらの発言をカットされなかったことだろうか。
番組の流れが作為的であることをほのめかせてはみたのだが、これも、収録モノだったら間違いなく編集されていたに違いない。
マスコミ連中にしてみれば、注目されているテーマを取り扱い、世間に対して真実の告発を行っている気分なのだろうが、超能力者を刺激するという行為のリスクについて彼らがどこまで理解しているのか。
ただでさえエヴァ・リヴ島の事件が起きた時に超能力問題は蒸し返されていたのに、追い打ちをかけるように起きたレッドマーキュリー生存疑惑。
直接的な証拠はないとはいえ、ロシアでの放射線検出は彼女の生存を大衆に信じさせるには十分だった。
幸いラグナロクについては、あのフィヨルドにいた人間しかその実体を掴めていないが、これにしてもギャラルホルンの音色だけは世界中の人間が同時に聞いていて、音速という概念を無視したあの現象にしても、やはり能力者が関与しているというのが世間一般の認識になっていた。
高まる超能力研究への不満や不信感は当然超能力者へと向けられる。
単に風当たりが強くなる程度ならまだよかったのだが、その事を政治的に利用しようという輩が出てきたことで、事態はまずい方向へとこじれつつある。
中には能力者に関する差別紛いの法案を押し通そうとする政治家もいて、彼の発言が特に能力者連中の神経を逆撫でしていた。
今回の番組もどうせ彼が仕組んだのだろう。
(面倒な事にならなければいいけど・・・・・・)
そう考えながら釧は車の後部座席に乗り込んだ。
運転手がどこか寄っていくかと気を聞かせてくれるが、そんな気力もない釧は首を振る。
今は一刻も早くマンションに帰って休みたい。
そんな彼の様子に運転手は苦笑いしアクセルペダルを踏み込み、
その数秒後、彼らの車は発破能力によって吹き飛んだ。
上に突き上げられたことによる天井へのバウンド。
路上に落ちたところを狙った横からの衝撃。
そして、その勢いのままでの壁への衝突。
三連コンボの衝撃の果てに車はようやく止まったが、レンタカーであったその高級車が再起不能になってしまった事は言うまでもない。
幸いだったのは、釧の念力で搭乗者3名は無事だったことだが――――いや、そもそもこうなってしまった状況が最悪かもしれない。
彼らが車から這い出した頃には襲撃者の陰はなかった。
這い出る間に追い討ちを喰らわなかった事から予測はしていたが、追撃の代わりに、上階へと続く非常階段の扉が吹き飛ばされていて、どうも上の様子が騒がしくなっている。
能力波を感知して、襲撃の寸前に念力を貼った釧には、それが能力者の仕業だと分かりすぎる程に分かってしまっていた。
確認するまでもない、どこかの過激な能力者がしでかしたのだ。
「あーあ、全く・・・・・・人の努力を何だと思ってるんだか」
溜め息を一つ、スクラップになった車にもたれ掛かりながら、釧は改めて辺りを見回した。
痛々しい跡を残す駐車場の床に、とばっちりを受けた他のテレビ関係者の車。その被害だけを見ても隠蔽は難しいというのに、どうやら自分達を襲った犯人はテレビ局自体にもちょっかいを出すつもりらしい。
原因は、言うまでもなくさっきの生放送だろう。
まぁ、あんな出来合いの番組でコケにされれば怒るのも当然だろう。それは釧にも分かる感情だ。
けれど、
「まずいなぁ・・・・・・ほんっとまずい」
超能力者タレントである『実草詩句』こと朽網釧を襲撃したのはまずいのだ。
ましてや、釧はついさっき能力者代表として『歩み寄りが大切』と発言している。
その彼を能力者が攻撃するということは、つまり、『実草詩句の言葉は能力者の総意ではない』と言っているようなものであり、能力者の中には過激な連中も存在していると証明してしまう行為に他ならない。
もちろん、襲撃犯はそれを狙って釧を襲ったのだろうが・・・・・・。
自分の超能力イメージアップ活動を水の泡にされて、それなりにショックを受けた釧は、もう一度長い息を吐いた。
「これは・・・・・・・・・・・・早くも、ひと波乱起きるかもしれない、か」
せき止めていた土豪は崩壊した。
もはや、超能力に対する負の感情を押さえきれはしないし、能力者差別に対する感情を能力者も押さえられはしないだろう。
危うくも今まで保っていたこの世界のバランスが崩れてしまった。
世界の恐慌は近い。
最悪、国や大陸が消滅するような大惨事に発展する規模の混乱がもうすぐやってくる。
しかし、その渦中にあり当事者であるはずの釧は、
「まぁ、どうでもいいけどね」
他人事のようにそう呟いた。
この騒動、規模はともかく結末だけは見えている。
願わくば知り合いが被害にあわないことを一応は祈りつつも、彼の思考のほとんどは別の事柄に割かれていた。
すなわち、この状況をどう利用しようか、ということに。
/
どこからか音が聞こえる。
それが正確に何がどうなって立てている音なのか、私の知る由ではなかったけれど、建物が傷みに耐えられなくなって悲鳴を上げているのだとだけは分かった。
朝、あるいは昼と呼ばれるの時刻。この季節とも相まって、積もった雪の反射光にも照らされて光が溢れているはずなのに、目に映るのは空気に炭を混ぜたような景色だけ。
・・・・・・ここはどこだろう?
ぼんやりとした意識の中、私はその答えを求めようと覚束ない足で歩き始めた。
飛び散った窓ガラスが踏みしめる度にジャリジャリと鳴る。
辺りを見回すけれど、人気はない。いや、正確には生の気配がない。
少なくてもこの周辺で生きているのは自分だけであるという直感が、妙なぐらいすとんと胸に収まる。
ふらふらと歩み寄った窓枠に手をかけ、顔を外へと出した瞬間、ぬるっとした外気に肌を舐められた。
外に雪はなかった。外にも人はいなかった。
辺りを覆い隠す濃霧が薄まってちらりと見えた景色は、私の見知った場所ではなかった。
道路はひび割れ、長い長い信号待ちにいつも苛立っていた信号機も、それを引き起こす絶え間ない車の列も見えない。
お洒落な衣装を身に纏った顔なしのマネキンが、熔けて割れたガラスを張りつけている。
見上げるのが楽しかったオフィスビルや独特の形をしたホテル、いつも内容の変わる広告看板、それらが崩れ剥がれ落ち、しっちゃかめっちゃかになっている。 ここはどこだろう?
再びの分かりきった疑念に、けれどいつも答えてくれるお母さんの姿はない。
どこかへ行ってしまった。
視線を建物の中にやれば、そこにあるのは瓦礫の山。上の階層が落ちてきたものだ。
だから、そこに少し前までいたはずの店のお客達はいきなりいなくなってしまった。
何かを紡ごうとした口は僅かばかり開いただけで何も発することはなく、ガラガラと小石ほどのコンクリートや粉塵が舞って、外とは別の意味で息苦しい世界の中では、意味なく開いた口から砂利が入り込み不快感が増すだけだ。
ここをでなきゃ。
今更すぎる決断に、一歩、踏みだそうとした足は、私よりも大きな瓦礫が上から雪崩落ちて、つま先をかすっていったところで硬直してしまった。
ただでさえ状況に置いてきぼりを食らっている頭を、さらに一杯にする騒音。
思わずしゃがんで縮まって、目を閉じ耳を塞いで堪え忍ぶ。
ここはどこ?
もう答えを知っているはずなのに、私の心はそれを認めない。
違う。そんなはずない!
ここは私のいたところじゃない!
そんな感情が私を縛って、石ころのように私の身体は動けない。
違う、いやだと言い聞かせて、ようやく麻痺していた手足の感覚が戻った頃には、長い崩落の音が終わっていた。
深く、深く深呼吸。
意を決して、ぎゅっと閉じていた瞳を開けて――――私の視界に射し込んだのは光、だった。
蹂躙に耐えられず崩れ落ち、天井が抜け、遮光する屋根すら抜けた大穴からの、明るい光。
少しばかり晴れた霧と雲の間から漏れる陽は、水を多分に含んだ大気に揺らめき輪郭が優しくぼやけていて、降り注ぐ雨が、光を受けて煌めいて、他の音全てを遮断するノイズ音を響かせている。
天を仰いだ私は、その浮き世絵離れした光景に惹かれ、手を伸ばした。
(あぁ、ここはてんごくなんだ)
そう思い込んで、その勘違いに縋ろうとして、さらに伸ばした腕を誰かが掴んだ。
あの日――――神戸の街が崩壊した、あの日から4年。
復興しすっかり傷跡を消し去ったあの街と違って、私の心的外傷は癒えないままだ。
あの場所は天国などではなく、間違いなく地獄の具現であって、勘違いで伸ばした腕を掴んだのは、当然神様ではなかった。
むしろ、どっちかと言うと悪に近い存在だろう。
繁華街壊滅という結果を予測できたにも関わらず、それを傍観していたのだから。
朝空風々。大勢いたであろう負傷者の中で私だけを助けた彼は、偽善と表現する事すらはばかられるほどの偽善者で、けれど私の恩人だった。
身寄りのない私はあれからずっと彼の側について回り、そうしながら神戸の惨劇について色々と知っていった。
万可統一機構のこと、学園都市のこと、形骸変容と内潜変容のこと、織神と色神と千代神のこと、あの日がそんな神様を創り出そうとした結果であること・・・・・・。
そして、彼らの目論見は失敗したのだろうと風々は言っていた。
万可の統一には成功したものの神は神戸から去り、いまだ万可統一機構は活動を続けている。
つまり彼らの真の目的は達成されずにいて、これからも今までやってきた事を繰り返されるということだ。
風々の目的はそれを止めることで、そのために神戸を見殺しにしたのだとも言った。
それは多数のために少数を犠牲にするということで、私の親はその犠牲になったのだ。
私は彼を恨んだ。大義名分のために犠牲を許容することが許せなかった。
そう、許せなかった。
彼は自分のしたことを弁解することも、私の恨みを気に留めることもなかったけれど、とりあえず恨み続けることが私の務めのように感じていたのだろう。
そうやって過ごし、そして知ってしまった。
そう、知ってしまったんだ。
大義のために死んだ方がまだマシなのだと。
あの日、あの地獄を造り出した張本人は何にも考えてなかったのだと。
命がどうなろうと、街がどうなろうと興味がなく、そもそも目的意識すらなく、あの化け物はただ動いていただけだった。
私の不幸に意味なんてなかった。
私はきっとそれが許せなかったのだ。
風々とともに日本を転々として、今回だって彼に協力している。
青森から盗んだという『髪の毛』、これを巫女である板川由に渡そうとする彼と、阻止しようとする万可との攻防戦に私も参加していた。
『髪の毛』が何の役に立つのかは知らないが、私は万可の妨害ができればそれでいい。
今は風々と一旦分かれ、群馬学園都市に滞在しているのだが、ついさっき彼から連絡を受けて次なる作戦を実行に移そうというところだ。
膠着状態が長く続いている、たった一本の髪の毛を巡る戦いに今回こそ決着をつけるべく、風々は大きく出るつもりらしかった。
まぁ、と私はホテル備え付けのテレビに目をやった。
確かにいいタイミングだ。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。
アンチ能力者生番に、能力者によるTV局襲撃騒動。
賽は投げられた。
いや、火蓋は切って落とされた、と表現する方がいいのだろうか。
何せ、私の役割はその火に油を注ぐことなのだから。
今、能力者とそうでない者とのいがみ合いをたきつければ、多くの犠牲者が出るに違いない。
戦争となれば、強力な超能力者達も動かざるを得ないだろう。
大陸を火の海にできる者が、高層ビルを水圧で切り落とせる者が、あるいはレッドマーキュリーのような超常的な存在が動く。
彼ら個人が穏便な解決を望んでいようと、彼らは"超能力者"、非能力者にしてみれば敵にしか映らない。
能力者と非能力者の関係は人種の差に近く、一度能力者vs非能力者という構図が完成してしまえば、後はなし崩し的に状況は悪い方へと転がっていくだろう。
そして、能力者vs非能力者という構図であれば、来る未来は見えている。
その結果を予想できておきながら、復讐という大義名分のために行動する私も、やはり善とはほど遠い存在なのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・行こう」
テレビの電源を切り、最低限の貴重品と風々から貰った護身具を確認してから、私は部屋を出た。
部屋の中は防音設備が整っているため気にならなかったが、一ホテルの廊下ですら騒ぎ声が聞こえてくる。
デモの騒動で寮から避難している能力者でもいるのだろう。
普段ならハタ迷惑な客だが、今の時勢ではある意味仕方ない。従業員も騒ぐ彼らに注意することもしていなかった。
そんなホテル内ではあるけれど、それでもマシな方で、エントランスをくぐった途端、喧騒と異臭がして、分かっていたのに眉間が寄ってしまう。
焦げ臭い・・・・・・、それに煙たい・・・・・・。
あれもこれも、今、ここで起きているデモのせいだ。
・・・・・・あの襲撃騒ぎ以来、各地の学園都市で、反能力者連中と能力者の小競り合いが絶え間なく続いている。
一方は爆竹や花火、数の暴力で、もう一方は能力を使って、お互いがお互いを挑発し合っているのだ。
今はまだ小競り合いで済んでいるが、あと一、二週間もすれば学園都市は紛争地域になるだろう。
けれど、それでは遅すぎる。もっと早く、もっと激しく、群馬には騒動の中心になってもらわなければならない。
そうなってもらうために私が今から仕組むのだから。
現在、デモは抗議のために学園都市の行政機関に向けて進行する反能力者側と、彼らを学園都市から追い出そうとする能力者側の押し合いで成り立っている。
つまりこの騒動は、学園を囲むようにして行われていて、私は今、その能力者側陣地にいることになるわけだ。
周囲を見渡せば、デモが衝突している場所に駆けていく人影が何人も見える。
それどころか商魂逞しくも出店を開いている連中までいて、学園都市はお祭り状態だった。
このご時世に、ここまで明るくやっていけるというのだから、能力者という連中はおぞましい。
しばらく出店を回って吟味した後、結局私は一番おいしそうだったたこ焼きを購入し、店に併設された休憩所スペースに座った。
休憩所といっても、長椅子を並べただけのもので、もっぱら情報交換として使われているスペースだ。
能力者は例え初めてあった間柄でも、よく情報のやり取りをする習性をもっている。
どうしてここまで能力者達のネットワークが強いのか、非能力者の私には分かりかねるが、今回はその団結力を利用させてもらう。
当然のように近くの談話に参加した私は、あれこれ話されるデモの噂に相槌を打ち、それから頃合いを見計らって切り出した。
「そういえば、こういう話って知ってます?
・・・・・・四年前の神戸の事件、やっぱり祠堂学園の生徒が関わってたらしいですよ?」
それから一週間後。
非能力者に向いていた能力者デモの矛先は、外から内――――祠堂学園へとすげ替えられられることとなる。