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第77話- ミョルニル。-Mjǫlnir-

「・・・・・・・・・・・・あぁ全く、物事っていうものはなんでこうも面倒な方に向かうんだろう」

 朽網釧の声は未だ騒音の絶えないフィヨルドに消えていった。

 敵には援軍を呼ばれ、レッドマーキュリーは奪われ、ヘイムダルはどうやらすでに向こうの手の中にあるらしい。

 それらだけでもいっそ全部投げ出してやりたい状況だというのに、挙げ句のはては所属する組織に土壇場で任務を変更されるというオマケまでついてくる始末だ。

 自分が叩きつけられた岩壁の欠片が川へと落ちていくのをわずかに目で追って、それから目を閉じる。

 瞳を閉じる前に、水面に反射した連中の軍勢が見えてますます彼は苛立ちを感じた。

「あぁ、うざったい」

 レッドマーキュリーの重要度は落ちたとはいえ、御籤を取り戻そうというのなら、結局彼らの計画を妨害する他ないのだ。

 標的変更とは言っても、実際は面倒事が二倍になっただけである。

 そして連中の数がこれまた厄介で、シューティングゲームの雑魚キャラほどには沸いている。

 唯一救いなのは『神籤』が見つかったことと、そして自分がその現場に居合わせたということだ。

 彼女なら織神葉月の居場所を知っているかもしれないし、調べられるかもしれない。

 一四三を万可に引き渡すつもりなど彼には毛頭もなかった。

 万可には適当に理由をつけて隠し、こっちで囲う。それから何としても彼女に吐かせる。

 何、葉月の居場所を知るためだ。多少強引な尋問もやむを得ない。

 色々あってかなり過激な思考になっている釧である。

(それに、さっきまではレッドマーキュリー・・・・・・超能力者相手だったからできなかったあの実験が彼ら魔術師になら試せる)

 ちょうどいいタイミングで、宙に浮かぶ連中の1人が例のガンド撃ちをしてきた。トドメのつもりで撃ったのだろうが威力は大したことのないものだ。

 釧はそれを機械に記録し、それからようやく叩きつけられた岩壁から飛び出した。

 鮮香と分離させられた以上、彼の空中移動手段は念力で足場を作る他にない。

 いい加減、浮遊系の能力でもコピーすべきだなと思った。

 心臓がうまく機能していない状況で走って移動するのはやっぱり辛いものだ。

 胸の痛みを堪えながら走る彼に、彼同様宙を駆ける狼が併走してくる。

 あの獣化は変身能力に似てはいるが、超能力のソレとは違って獣になればちゃんと獣のように走れるようだ。

 これまで数回に渡り、戦い慣れていない獣との戦闘で痛い目を見ているため、彼も狼相手では慎重にならざるを得ない。

 人と獣、いくらスペックが高くても向こうに分があった。真横に並んだタイミングでタックルが襲ってくる。

 それを念力の足場を消して下に落下することで回避した釧は、ちょうど自分の真上にさらけ出されることになった獣の腹に念力をぶちかました。

 狼は3mほど浮き上がり、魔術は解けて姿は人のものに。かなりきつい一撃に魔術師の彼女は墜落し、念力腹パンをかました際にまき散らされた涎がふりかかって、釧は顔をしかめた。

 砂埃まみれということもあって、いっそ川に飛び込みたい衝動に駆られたが当然そうするわけにもいかない。

 再び走り始め、それと並行してケータイを取り出した。通話先は鮮香だ。

「兎傘さん、レッドマーキュリーは追跡できてます?」

「ああ、狼がくわえてる。フィヨルドをどんどん移動してやがるぞ、目的地があるっぽいな」

「連中の船、もう一隻あるみたいですからね。援軍が来てるでしょう?」

「それなりの人数がいるな。

 これ、船一気に沈めておいて正解だったろ。沈めた分含めたら百人以上相手にすることになってたぞ」

「僕もそっちに向かいますから、道中の敵できるだけ落としといてください。

 兎傘さんはレッドマーキュリー確保をお願いします」

「『は』?」

「僕はもう一つの船を沈めに行きます。

 さっき万可から連絡があったんですよ。御籤一四三――――つまりヘイムダルがここにいるらしいです。

 連中がどうしてレッドマーキュリーを待っているのかは知りませんが、現時点でも彼らはラグナロクを起こせる可能性が高い。

 起こされる前に潰さないと」

 と、通話の方に気を取られていた間に、今度は見えない弾丸がすぐ目の前にまで迫っていた。

「っ、と」

 すんでで気がついた彼はただちにケータイをしまい、録音機のスイッチを捻った。

 ただし、捻ったのは録音ではなく、記録した波長を出力するスイッチだ。

 本来は記録した波長を解析し、何度も何度も練習しなければできない能力のコピー。

 それを即席で使える非常な便利なギミックだが、威力・方向・性質の全てを自分で操作できない諸刃の剣である。

 超能力者戦では使いどころが難しいが、魔術師戦なら別の使い道があるのではないか?

 そう考えての行動だったが、彼の立てていた仮説は正しかったらしい。

 彼に向かっていたガンドの弾は当たることなく、彼の眼前で消滅してしまった。

「あぁ、やっぱり。だろうと思った(・・・・・・・)

 元々、釧は彼らのことを超能力者と勘違いしていた。それはもちろん魔術師なんて連中がこの世界に居るとは知らなかったこともあるのだが、念力能力者としての眼が思いこみを助長していたのも確かだろう。

 彼らの魔術は超能力の能力波と非常に似通っていた。

 多少の違和感があったとはいえ、能力波なんて個人で違うものだしと、あの時は気にも留めていなかったのだが・・・・・・。

 それが魔術という別のモノだと判明した今、改めて事実を鑑みると、超能力と魔術というものが観点が違うだけで同じモノを扱っているという仮説にたどり着く。

 シュレーディンガーの猫。確率が重なり合う。観測者による決定。

 加えて、もう一つ。

 超能力において能力の違いは能力波という波長に表されるが、魔術師連中はその波長を学ぶことで魔術を使っているという解釈も成り立つわけだ。

 超能力者がおいそれと別の能力を使えない理由と、魔術師が様々な力を使いこなす反面、超能力に比べて熟練度が低い理由はこれで説明できる。

 ・・・・・・ということは、だ。

 個人差の激しい、つまり色や波長の違いが激しい超能力とは違い、魔術というものは波長が最初から固定されている可能性が高い。

 九つ子機関で内海うどんげが、「明度・・・・・・いや透度か?不純物の問題というより由来によるのか?」と言っていたが、不純物というものが能力者でいう色味を指しているとすれば、不純物が混ざりにくい魔術は色にばらつきがないがないということなのだろう。

 要するにオーダーメイドと大量生産品の違いだ。

 ならば、超能力者相手では比較的純度が高い念力同士でしかできない、能力波が近い同士が『干渉』し合う現象を利用した戦法が、彼ら相手なら簡単に行えることになる。

 それを試して、つい今し方成功した。

 記録した波長の相手と、干渉した波長の相手は別人だが、ちゃんと干渉できていた。

 仮説が立証されて釧は口を歪めた。

 これならもう、ここいらの魔術師は攻略したも同然だ。

 魔弾を打ち消されたことに彼らが驚愕している内に、その脇を通り過ぎる。我に返った連中が追ってくるがもう意にも介さない。

 進む先にも何人も沸いてくるのも、逆にもう一つの船がどこにあるのかが分かりやすいと思えるほどだった。

 狂った様に弾を撃ち続ける魔術師を足蹴にし、突っ込んでできた狼を発破能力でしのぎ、そこから体勢を整えては再び前進。

 見えない弾丸だろうが、獣の襲撃だろうが、タネが分かってしまえば戸惑うこともない。無効化できる手段も得た今、流れは完全に釧に向いていた。

 さっきの狼とのやり取りで獣化した連中の波長も捉えることができたし、これで相手の攻撃はほぼ無効化できる。

 後は数撃ちゃ当たる戦法であちこちに火炎やら紫電を飛ばしていれば敵は勝手に落ちていくという寸法だ。

 その戦法と、フィヨルドの双璧に挟まれながらの戦闘は2D弾幕ゲームを思わせるものがあった。

「いや、どっちかっていうと僕が敵ボスなわけだけど」

 それもチートの。

 敵としてみれば理不尽極まりないだろうが、今回は運が悪かったと思ってもらう他にない。

 精神的な余裕ができて、釧は改めて辺りを見回した。

 ・・・・・・傾斜した太陽の光が水面を黄金に輝かせ、人影を黒く浮き彫りにしている。発火や発電でできる光がその輝きに負けるほどで判別がつきにくく、それが連中が落とされる一因になっているのだろう。

 岩肌の見える所と緑に覆われた所とが混ざり合う景色は、日本人のほとんどがテレビゲーム内でしか見ないような雄大さがあった。

 周囲の所々には山が連なり、そこに雲が棚引いている。

 湿気が肌で感じられるほどには高い。

 双璧から流れ落ちる滝が視界を流れていった。

 空気も冷たいがうまい。

 ただ、息を吸い込む際に潰れた心臓が痛むのでちゃんと味わうことができないのが残念だった。

 そうこうしている内に、前も後ろも群がっていた敵は粗方倒し終えたようで、視界が幾分よくなっていた。

 今まででかなりの距離を移動しているはずだが、まだ敵の船も鮮香の姿も彼は確認できていない。連中の援軍が到着するまで結構時間があったのだし、2つの船は随分離れていたのだろう。

 移動すればするほど体力を削る身であるだけになかなか辛い事実だ。

 だが、それよりも気がかりなのは――――、と彼が前方を注視した時だった。

 空気を焼き裂く音と臭い。視界に陰を落とす何か(・・)の威圧感。

 それらを感じ、すんでで急停止した釧の眼前に、当たらずともその重量感が分かるほど重い物が落ちてきた。

 それは巨大な槌の形をしていて、水面に落ちるやいなや20m以上もある水しぶきを上げ、水中からもう一つのしぶきを上げながら現れて遙か上空へ。

 釧がソレを目で追った先、そこに女性が立っていた。

「・・・・・・あなたはご存じで?

 世界蛇ヨルムンガンドを打ち砕いた最強の武器の名前を」

「・・・・・・ミョルニル、だっけ?残念ながら勉強不足で詳しくはしらないけれど」

「ええ。ミョルニル。ヨルムンガンドを除いた敵の全てを一撃で沈めた『粉砕するもの』――――その名が冠する意味通りに潰されてください」

 言葉と共に落とされるミョルニル。再び水の柱が上がり、夕日の中を無骨な槌が縦横無尽に駆け抜けていく。

 その姿は今までの余裕を奪うほどの迫力があった。

(まぁ、こうなるとは思ってたけど・・・・・・っ!)

 連中の狙いの一つはラグナロクの再現、つまり模倣だ。

 模倣魔術を得意とする魔術師がいるだろうとは簡単に予想がつくし、ガンド魔術を無効化していればそういった人物が出張ってくるのも分かっていた。

 そして模倣魔術、これがやはり厄介だ。ガンド魔術のように純粋に魔術だけを使って攻撃してくるタイプは超能力との類似点も多くてやりやすかったのだが、模倣魔術には『干渉』が使えないようだった。

 模倣、レプリカというのは、要するに模造品に魔術的概念を付加をするものなのだろう。在り方が複雑で超能力を相手にする時と同じプロセスでは干渉ができない。

 こればっかりは戦闘しながら解析するのは無理だろうし、その余裕もなさそうだ。

 ミョルニルの威力というのがどれほどのものかも分からないため、迂闊に防御することもできずに向かってくるソレを避ける他ない。

 投擲された最強の槌が彼女の手に戻る前に一気に攻めるしかないと思って、ミョルニルが真横を通って後方に流れたタイミングで最大出力の火炎放射を浴びせてみる釧だったが、今までのブーメランめいた軌道とは違うおかしな挙動でミョルニルが舞い戻って盾代わりになった。

 おそらく自動防御のような仕組みがあるのだろうと彼は結論づける。

 それは正解で、その役目を担っているのが彼女が手にはめている手袋『ヤールングレイプル』。柄が短いミョルニルを握り損なうことのないようにする鉄製の手套であり、時として灼熱を纏っているともされるミョルニルから手を守る道具である。

 効果は言わずもがな、投擲したミョルニルの操作だ。

「ちょこまかと・・・・・・当たりなさい!」

 釧に攻撃を許さない代わりに自分の自慢の武器も当たらないことに苛立った彼女が叫ぶ。

「心臓も潰れ、左手も失っているというのになんという・・・・・・!」

「心臓は・・・・・あぁ、あの心臓殺しに聞いたのか。

 あれもあなたも厄介な相手だったけど、厄介度合いで言えば向こうの方がえげつかったよ」

「言ってくれますね。

 確かに私の得物より彼女の能力の方が分かりやすくはありますが、即死級であるという意味ではどっちも同じです。

 心臓が潰れても生きられる貴方でも体ごと平らに潰せば死ぬのでしょう?

 化け物退治こそ神具の十八番、ことごとくたたき潰す、それがニョルニルです!」

 その言葉と共に、再び雷神トールの愛用する槌が放たれる。軌道は彼女から見て右斜めから釧を襲うコースだ。

 今までのもの同様、釧には難なく避けられる攻撃ではあるのだが、回避から攻撃に出ようとなると話は別で、なかなかこれだといった手が思いつかない。

 後ろからもう一度彼を襲わんとするニョルニルを目視しつつ、とりあえず彼は思い切り前に飛んでみた。

 槌は本来なら近距離用武器だが、相手が投げてくる以上遠距離で戦うよりはマシだろう。

 あまり足に力を入れると心臓にまで負担がかかるのだが、この際仕方がなかった。

 一気に距離を縮め、彼女の目の前にきた彼は目くらましを兼ねた火球を見舞う。が、彼女の手札がミョルニルだけのはずもなく、ガンド撃ちで相殺され火はかき消えた。

 後ろにまで迫っていたミョルニルを当たる直前で上に飛ぶことで避けてみたが、彼女自慢の武器はその手に収まっただけだった。

 『相手の元へと戻る武器は、うまく誘導して相手にぶつければいい』というゲームや漫画でよくある攻略法はやはり効かないらしい。

 まぁ、ゲームのボスキャラよろしくわざわざ弱点を用意してくれているとは釧も思っていなかったが。

 しばらくの間、お互い自分に有利な位置取りを得ようとして、せわしなく移動を繰り返したが、結局は元の数mの距離を保って正面から対峙する形に落ち着いた。

 両者ともが切り札を温存しつつも、どう使うか考えあぐねている中、今度仕掛けたのは彼女の方だ。

 『(カノ)』のルーンが刻まれた木の札を彼に向けて投擲。それらは巨大な炎の塊となって、さっきまでのニョルニルと同じく弧を描きながら釧に迫った。

 ミョルニルではない普通の魔術ならばと、彼はそれらを念力の『無効化』で防いでいく。動くよりも防ぐ方が負担が少なく済む。彼としてはまず体力を温存したかった。

 いくつも飛んでくる火炎玉、そして時折混じる見えない弾丸。

 効かないと分かっていても使うのは隙を作るためだろう。

 実際その考えは当たっているようで、彼女のリーサルウェポン・ミョルニルがついに振るわれた。

 それだけは防ぐわけにいかず、体を横にずらす釧。

 防戦一方である現状を解消するための手段を求めて、彼の意識は自分達の下に流れるフィヨルドの川に向けられていた。

 とりあえず彼女を水中に引きずり込もうという算段である。撥水能力で触手のようなものを作って足を取ろうと思うのだが、今のままでは彼女のいる位置が高すぎて届かない。下方に誘導しなくてはならないだろう。

(発火や念力辺りを使って気づかれないように移動させるか)

 けれど、その前にそろそろニョルニルが戻ってくる頃だ。

 そう思い釧は後ろに視線を巡らせる。

 だが、ミョルニルの姿はなく、代わりに炎の塊が近づいてきていた。

(あちこちに火が飛んで判別しにくい・・・・・・。

 彼女の目的はこれか)

 たった一撃でいい、とにかく当てれば勝ちだと彼女は考えているのだろう。ならばこの手も悪い手ではない。

 これはいよいよ状況を変える必要がある。

 水中に引きずり込む方法を考えながら、彼は背に迫った火塊を無効化しようとした。

 が、

「――――ッ!?」

 途端、強烈な衝撃が展開していた念力に加わって、気づけば彼の体は彼女を落そうとしていた水中へと叩き込まれていた。

 ミョルニル――――時としては炎を纏うと言われる槌が、カモフラージュを利用して彼を強襲したのだ。

 倒したかと思った彼女だが、その期待はすぐに打ち砕かれた。

「――――・・・・・・生きてましたか」

 水面から現れた釧は頭から血を流しながらも他にはダメージを受けていないようだった。

「死ぬかと思ったよ・・・・・・けど――――怪我の功名だ。当たっても念力で防げなくもないと分かった」

「よく言いますよ。叩き落とされておいて。全く・・・・・・厄介な」

「やっぱり相性が悪いんじゃないかな?

 僕より兎傘さんを止めるべきだった。彼女は僕より厄介だぞ」

「向こうにはもっと有効な手を打っています」

「もっと有効・・・・・・?」

 とオウム返ししかけた彼だったが、その途中で気づいて鮮香がいるだろう遠方を見た。

「心臓殺し・・・・・・」

 彼女の口振りからして、ここに来ているだろうこと想像に難くない。

 もしその想像が正しければまずいことになる。

 あの能力は初見殺しすぎる。

 目の前の彼女を捨ておいて釧は水面に立って走り始めた。

「させませんよ!」

 それを妨げようと彼女は彼を追うために高度を下げる。距離が縮まった頃合いで、彼女がミョルニルを振るおうとした時、彼女の目前に水柱が立ちふさがって、そのまま彼女を飲み込んだ。

「先も急ぐが敵も倒していく(・・・・・・・)

 と、彼女はその台詞を水中越しに唇の動きで読みとることができたが、次の瞬間にはその本人が水面の像を破って彼女のいる世界に突っ込んできた。

(ミョルニルを――――)

 彼女はすぐそこまで迫っていた彼に向けて、ミョルニルを投擲はできずに振りかぶった。

 だが、ミョルニルほどの高威力の武器を、水中などという踏ん張りの利かない場所で振るえば、引き起こされる結果は目に見えている。

 念力で対抗した釧と彼女は、2人は反対方向へ飛ばされた。

 彼女がミョルニルを投げるのは、強力すぎるミョルニルが振るうのに向かないためでもあるのだ。ただでさえ慣れない水中扱えるものではない。

 何よりこのままでは息が続かないし、重たいミョルニルを持ったまま自力で上がることはできないだろう。

 ここは一度手放して、空中から改めてヤールングレイプルを使って回収すべきだ。

 彼女は一時とはいえ別れるべき武器を見やり、そして驚愕した。

 ミョルニルに罅が入っている。

 紛いモノとはいえ、かなり頑丈に作られ、模倣魔術で強化もされているはずなのに。

 しかし彼女に都合の悪い展開はまだ続く。相棒に気を取られている内にまたもや釧に迫られ、やむを得ず万全ではないミョルニルを振るったが、今度こそ最強の槌は粉々に砕かれてしまった。

 釧が元々持っていた能力である粉砕念力。

 その威力は本人がかなり引くくらいで、トラウマもあってこの念力だけは極力使うのを避けているほどだ。

 さらに彼女は水中で見えないナニカに足を取られ、より深く引きずり込まれた。上を見ると釧は水面に向かっている。

(武器を無効化した以上、私は脅威ではないというわけですか)

 もがき続ける彼女の揺らぐ視界の中、背を向けた釧の姿は船の方へ消えていった。


                     #


「んぱぁっ・・・・・・!」

 それからしばらくして、何とか水の拘束を抜けて彼女は水面に顔を出した。

 顔に張り付いた髪を払い、口に入った水を吐き出し、最後に口元を拭ってから、防水ケータイを取り出す。

 繋げるのは、まだ登録して新しい電話番号。

 相手は、ヘイムダル。御籤一四三。唯詠。

「私です。そろそろそっちにやってきますので・・・・・・ええ、手筈通りにお願いします。

 ただ、敵が近づいてきたら知らせていただければ」

 彼女の顔にあるもの、それは笑みだった。

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