第74話- ガンド。-gandr-
『馬鹿ほど恐いものはない』――――いや、今回の場合は『死を怖れぬ者ほど恐いものはない』という表現の方がしっくりくるのだろうけれど、どちらにせよそれらの示さんとするところは同じだ。
思い詰めた馬鹿は何をするか分からないから恐い。
自ら命を絶つような人間を一辺倒に馬鹿というのなら、なるほど――――あの彼女はそう言い表すこともできるだろうが、僕は自死を愚行とする判断根拠を持たない人間だし、そもそも彼女は愚かだったのだろうか?
少なくても、彼女の壮絶な死に様は僕を怯ませるだけの迫力があったし、結果もう1人まで逃してしまった僕達は彼女の情報をほとんど得られなかった。
もちろん敵を1人減らせたのだからこっちも戦果がなかったわけではないものの、向こうも決して遅れを取っているわけではないし、何より両者共傷を負ったのも事実。
両陣営満足できる結果を得られていない以上、今後もぶつかることになるのだろうし、すでに2回も衝突した間柄である。お互いがお互い、そろそろ痺れを切らすことになる頃合いだろう。
彼女の死と共に、連中の必死さを感じ取って、いよいよ僕も面倒くさいなどと言ってられなくなっていた。
それにだ。心臓と左手を持っていかれた手前、このまま終わりというわけにもいかないのだ。
切った張ったのやり合いなんて好きではないが、こっちは万可に自分の有用性を示し続ける必要がある身だ。
叩き潰す、それが今後の方針になる。
気持ちを新たに、僕と兎傘さんはオムスクから空の旅を経てペルミの地に降り立った。
といっても別段ペルミでやることはないので、軽い食事を終えてすぐ駅に直行してロシア号に乗り込んだ。
機内では快適に休めずに疲れが残ったままだったが、これでやっと休める。
が、僕の考えは甘かったらしい。
そう、言わずもがな綿貫さんである。
もちろん助けを求めたのは僕の方だし、説明責任があるのは分かっているのだが、こっちだって左手を失って貧血気味でふらふらした状態だ。せめて一眠りさせてほしかった。
・・・・・・まぁ、その左手が問題だったのだけど。
記者じゃなくても、昨日はあった手がなくなっていたら誰だって気になるに決まってる。
ゴムバンドで無理やり止血してあるとはいえ、どう考えても適切な処置には見えまい。
さすがに、そんな状況で彼女に説明せずに放っておけば医者を呼ばれかねなかった。
まだ作戦中である現状で足止めを食らうのは困る。
何があったのか?その腕はどうしたのか?
頻繁に訊いてくる彼女に、仕方なく僕はベッドに横になりながら話し始めた。
「綿貫さんは知っていると思いますけど、僕って万可統一機構の所属してます」
「ええ。万可のイメージキャラクターやってますよね、マジカル女装子的な」
「その話、今は全く関係ないんで捨ておいてください」
その辺マジで地雷だから。
岱斉の野郎が勝手にやったことであって僕は関与していない。というかこれからもしたくないし、一刻も早く頭の中から消し去りたい。
「とにかく。今回はそれ絡みでレッドマーキュリーの捜索をしてたんです」
「捜索・・・・・・・・・・・・って生きてるんですかレッドマーキュリー!?」
「そうらしいと聞いて、実際昨日確認しましたから間違いありません。
ま、現時点も生きているかは知りませんけど」
「はぁ・・・・・・じゃあやっぱり、ロシアのあの件って万可と関係あったんですね」
そう言って彼女は手帳に筆を走らせようとするが、さすがにその誤解はまずいので、僕は彼女を制止した。
「いやないですよ。そう安直に物事をくっつけないでください」
「でも、じゃあなんで万可はレッドマーキュリーを追ってるんですか?」
「あーいや・・・・・・」
どう答えたものか・・・・・・。
厄介払いだとか、その辺の事情をいちいち説明するのは面倒すぎるし、さすがにその辺は教えてはまずい。
「万可も能力者の不祥事に過敏になってるんですよ。
それもロシアの件は放射能系でしょう?
ただでさえ迷惑を被っているのに、レッドマーキュリー生存の可能性まで出てきて、一応調べることになったんです。
で、オムスクに居るっていうんで行ってきたらこの有様ですよ。
なーんか変な連中は現れるわ、レッドマーキュリーは連れ去られるわ、しかもロシア号に逃げ込まれて自分は乗り遅れるわで踏んだり蹴ったりです」
「あーだから私に・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、この列車にレッドマーキュリーが乗ってるってことですか!?
というか私、そんな連中探しに行ってったんですか!?」
「そうだよ?」
何を言ってるんだこの人。
そうでなければ厄介者のあなたを巻き込むはずがないじゃないか。
「『そうだよ?』じゃないですよ!
私一般人なんですよ、危ないじゃないですか!」
「あなた記者なんでしょう?危険と秘密に集る蠅なんでしょう?」
「どんだけ記者嫌いなんですかあなた・・・・・・」
「それに危険といってもレッドマーキュリーくらいでしょう?
さらっていった連中も脅威になるような能力者じゃなかったですし――――死んでも人としての尊厳は守れますよ」
「死ぬの前提!?いやそれよりも人の尊厳を失う死に方ってなんなんですか!?」
「まぁ、ほら、それはまぁ・・・・・・・・・・・・ねぇ?」
言葉にするのもはばかられる、冒涜的で禍々しく名状しがたい死に方とか。
具体的言えば、葉月に内臓を抜かれて外傷がないのに中身が足りずに痛みと狂気に発狂しながら衰弱死するとかそんな感じの。
「ちょ・・・・・・本気で恐いんですけど」
「それはともかく、どうもレッドマーキュリーの事件には裏がありそうですね」
「裏ですか・・・・・・。それよりいいんですか?前にも言った気がしますけど、そういうのわざわざ教えても」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・綿貫さん、刑事ドラマとか、見ます?」
「え?はい、まぁ」
「ああいうので起こる誘拐事件で、犯人が人質に目隠ししない場合は殺すつもりだっていうじゃないですか?」
「・・・・・・」
「他にも事件の導入が知りすぎて殺された記者の手帳だったりしますよね」
「・・・・・・・・・・・・実草さん」
「あと、隠密行動中の軍兵や諜報員なんかがしゃべりたいのにしゃべれないジレンマを解消するのに、殺すつもりの人間相手にベラベラ真相をしゃべったりしますよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・実草さんって性格悪いですよね?」
なにやら泣きそうな顔で訴えてくるが知ったことじゃない。
こっちは約束通り彼女の知りたがっている情報を与えただけだ。
何もやましいことはしていない。
「失礼ですね。これでも中学のクラス内では至極まともな部類だったんですよ?」
「悪魔の巣窟ですかそのクラス」
実際その通りだったのが困ったものである。
「そういえば僕達、さっきなんの話してましたっけ?」
余計なことは口に出すな、記事に書くなという暗喩を込めて言ってやると、彼女は車窓に視線を向けた。
「・・・・・・今日はいい天気ですね」
「ですね」
まぁ、口止めは大丈夫だろう。
目下の問題は現在進行形でこの車両に居るはずのレッドマーキュリー及び連中のことだ。
あの戦闘の後、万可に伝えてロシア号を宇宙から監視させているが、連中が列車から出たという連絡はきていない。
向こうに機械の目を誤魔化せる手段があるのなら話は別だが、そうでなければまだ車内にいるはずだ。
飛行機搭乗前に綿貫さんから捜索結果の報告は聞いたが、もう一度確認しておこう。
「それで綿貫さん、結局レッドマーキュリーは見つからなかったんですね?」
「え?ええ・・・・・・、一応行ける車両は全部回って、あの後も行き来してたんですけど、それらしい人は。
フードコート着てるって人達も居ませんでした」
「まぁ、脱いだんでしょうね。目立ちますし」
「どうする?さすがにドンパチってわけにもいかないだろ?」
兎傘さんの言葉に頷いた後、僕は本格的に寝るために掛け布団を頭まで被った。
「次はモスクワ・・・・・・終点です。
連中もそこで降りるでしょうし、それまではこっちも休みましょう。
僕は寝ます。身体の治療も兼ねてますんで、緊急時以外は起こさないでください」
#
万可が支給しているものとはいえ、簡易的な麻酔薬では疼く痛みを完全に消し去れない。
手軽な分、どうしても効果が低くなってしまうのは仕方のないことだし、それを理解した上で携帯していたのだが、こうして治療に使ってみると不満というものはどうしてもでてきてしまうものだ。
痛みや病というやつは平常なら耐えられる気がするものだが、実際に身に降りかかってみると苦しさに我慢できなくなるものだ。
寝る。とは言ったものの、実際意識を脳から追い出せたのは最初の3時間だけ。
ふと目が覚めてしまってから、僕は急に気になり出した左腕と胸の痛みに悩まされて寝付くことができなくなっていた。
心臓の方はもうすでに薄い膜が張り付いて、心機能自体は回復している。よほど激しく動かなければ大丈夫だろう。
腕の方は傷口はカサブタで塞がれているし、後は皮膚が再生して手が生えてくるのを待てばいい。
傷は常人ではあり得ないほど快復に向かっている。
だが、痛みだけはどうしようもなかった。
葉月は痛覚をシャットダウンできたようだが、それこそ本物の形骸変容の特権だろう。
いや、そんな応用が必要になる環境自体が問題なのだが。
けれど、彼女が才能に恵まれていたのも事実だ。
形骸変容。利便性が高い用に見えて、この能力は使い勝手が非常に悪い。
使ってみて分かったことだが、よほど使い慣れていないと変容反応が遅すぎて戦闘中で使える代物ではないのだ。
美樹の方はどうだか知らないが、彼女が変容に求める効果を得るまでには相当な努力がいると思われる。
先達である葉月が居れば向上も早いのだろうが、その本人は目下行方不明。
・・・・・・今はどこにいるのだろうか?
探し出すのにどれくらいの月日がかかるのだろうか?
こうしてロシアに出てきた個人的理由にその捜索も含まれてはいるものの、そうやって世界中を回るのと、学園ごと万可を潰すのと、どっちが早いのだろうか。
・・・・・・もっとも、後者の方が早いとしても、今すぐにできることでもない。
どれほど歯がゆくても、現在やるべきことはレッドマーキュリーの件についてなのだ。
まぁ、これも厄介事には違いない。
レッドマーキュリー、エヴァ・リヴ島の事件、複数の能力者の集団。
なぜラリーサは研究所から逃げたのか。
追ってきている連中は何者なのか。所属は?目的は?
ロシアは本当にエヴァ・リヴ島の真実を知らないのか。
珍しい変身能力者を有し、空間干渉系と思われる能力者までいる組織が今まで知られていないなんてことがあり得るのか。
次の駅モスクワは、ロシア連邦の首都だ。
世界でも利用客が多い地下鉄が張り巡らされ、空港も4つあって交通の便は非常にいい。
逃走経路が多い上に人の出入りが激しく見失いやすいが、逆に言えばこっちも人の中に隠れやすいフィールドだ。
一人でも捕まえて吐かせればいいと思っていたが、その結果がアレだ。
未だ事件の全貌が見えていない中を闇雲に戦いたくはないので、しばらくは様子を見たいところではある。
そのためにはまず相手を見つけ出さなければならないが、ロシア号を出る時が連中を見つける唯一のチャンスになるだろう。
それ自体はそれほど難しいことではないが、やはり体調を整えて臨むに越したことはない。
そのためにはちゃんと寝ないと駄目なのだが・・・・・・と、思考がスタート地点に戻ってきたところで、堂々巡りになるのを防ぐために意識と視線を天井に向けた。
今は深夜。他の2人も寝ていてコンバートメントは暗い。
じんじんと続くこの痛みがなければ、僕もぐっすり寝ているだろうに。
いや、こうして頭を働かしているのがまずいのか。
・・・・・・今は無理にでも寝よう。
明日になったら体力のつく物を食べて、さっさとこの件を終わらせて、それから葉月を見つけよう。
葉月のことだ、どこにいるかは分からないがうまくやっているに違いないのだから。
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「腕は?」
「カサブタも剥がれてきてます、大丈夫です」
「心臓は?」
「痛みはありません。多少の運動ならいけます」
あれからしばらくしてから眠りに落ち、再び瞳を開けた時には車窓越しの景色は夕方のロシアを映し出していた。
時刻にして4時40分、モスクワ駅まで後1時間ほど。
やたらと長く感じたシベリア鉄道の旅ももう終わりが見えてきて、多少の疲労を無視してでも荷造りを済ませなければならない時間だった。
ベッドから這い出した僕に気づいた兎傘さんの体調に関する質問に答えて、寝過ぎで堅くなった身体を軽く解した後、お腹をさする。
そういえばかなり前から食事を取っていない。
「実草さんどうぞ」
何か食べるものはと考えていると、綿貫さんがお湯の入ったカップ麺を差し出してきた。
「ありがとうございます」
割り箸を割って、蓋を取る。一口すすると、海の香りが口内に広がった。
まさか列車での最後のご飯まで即席麺とは。
戦闘の合間を縫って、チョコレートなど数少ない食料で空腹を紛らわせるような緊迫した状況というやつは、年頃の少年なら憧れるものかもしれない。
だけど、僕はどっちかというとハイリスク・ハイリターンかつド派手な作戦の方が好きなのだ。
馬鹿高い費用をかけ準備して、実行時には優雅にディナーでも食べながらカジノの資金盗むような感じの。
・・・・・まぁ、どうでもいいことだけども。
左腕に巻いた包帯が気になったので、カップ麺を一度おいて、新しいものと交換することにした。
オムスクで降りた際に使ったバッグを引っ張り出し、中から包帯と鎮痛薬を取り出そうとした際に、それらに引っかかっていた小石がテーブルの上に転がった。
「あー、そういえば・・・・・・」
あの時の唯一の戦利品のことをすっかり忘れてた。
血液が足りなかったし、何より疲れてたこともあって、この意味の分からないものについて調べる気にすらならなかったんだっけ。
小石を拾ってもう一度細部を眺めてみる。
記号か文字か、上下左右がどうくるのかも分からないが、かなり単純な線で構成されている。
一筆書きで上下両方を指し示す矢印を書いたようなモノで、少なくてもその用途は縁起物の類に属している気がした。
日本でも京都や奈良の土産屋に漢字の掘られた石が売ってはいるし、別に能力者がこういうモノを持っていてもおかしくはないが、こういったものは、多くの場合小袋に入れるかして持ち歩くものだと思う。
これ単体をポケットに入れて所持していたのは少し気になる点だった。
「何ですかそれ」
「・・・・・・拾い物です。
あぁ、綿貫さんなら何か分かます、コレ?」
考えてみればこういう見聞なら彼女の方が広いだろうことに気がついて、ダメ元で渡してみる。
彼女は石を受け取るとしげしげとしばらく手の中で転がした後に言った。
「これ、ルーンですね」
「ルーン・・・・・・ってあのルーンですか?」
「実草さんの言ってるのが何のルーンか分かりかねますが・・・・・・」
「アンザスとか、シゲルとかの?」
「ええ。何だちゃんと知ってるじゃないですか。
・・・・・・これはエイワズですね。意味は『イチイの木』」
イチ・・・・・・駄目だ余計分からない。
「シゲルが『太陽』を意味するくらいなら知ってるんですけど、イチイの木?」
「あぁえーと、他に『再生』とか『新たな始まり』とか、あ、でも一番知られているのは『防御』を意味するルーンってことですかね。
要するにお守りです」
「お守り・・・・・・」
その割には効果はなかったようだけど。
彼女らとの先頭を振り返ってみたが、能力の奇妙さの他に不審な点はなかった。
となると一種の精神的な補強作用を期待したのだろうか?
あるいは賢者の石の劣化品のように石自体に何かしら効果があって、文字は識別記号という考えもできるが・・・・・・どっちにしろこういうオカルト品は判断材料にしにくい。
石を受け取ってバッグにしまうと、僕はもう一度割り箸を取った。
玉子とタコを先に食べてしまってからヌードルを一気にすすり、スープも飲み干す。
正直まだ足りないが、とりあえず胃は幾分満たされた。
他のものを食べるにしても、荷造りを先に済ませるべきだろう。
そう思い、立ち上がった瞬間、
――ズバンッ!ゴッガッ・・・ギャガガガガガッ!
そんな爆発音と、鉄板が剥がれて路線を引きずられるような音が響き、車内が激しく揺れた。
ただでさえ貧血気味で力の入っていない足腰に、不意打ちの揺れは堪えられるものではなく、耐えられずに床に倒れる。
最近、不幸が続いている気がしてならない。
ぶつけた額を押さえながら再び立ち上がった時にはすでに揺れはほとんど収まっていたが、車窓の外を眩しい光の筋が通りすぎていくのを見て、僕は現在起きているらしい事の重大さを察した。
「兎傘さん!」
叫ぶ僕と駆ける彼女。
彼女は車窓に駆け寄ると窓を開け放って首を外に出した。
彼女のしようとしていることはあることの確認だ。
今放たれた光線がレッドマーキュリーによるものかどうか、発火能力者スペシャリストである兎傘さんはエネルギーの違いを感じられる。
「・・・・・・放射線だ!」
彼女の言葉に僕は確信した。
さっきの揺れはレッドマーキュリーの仕業であるのは間違いない。
今まで彼女が沈黙を保っていたことと、このロシア号に連れ込まれた経緯を考えるに、今になって動き始めたのは彼女があの連中の拘束を破ったからだろう。
連中が彼女を押さえられなくなっている。
一歩間違えれば大惨事になりかねないし、すでに事が派手なったことを考えると手放しには喜べないが、これはチャンスでもある。
今の内に彼女をこっちで押さえることができれば、状況は一気にこっちへ傾くはずだ。
問題は――――。
「綿貫さん!」
「は、はい!行きましょう!レッドマーキュリーが暴れているんですよね!?」
意気込む彼女に首を振って、今にもコンバートメントから飛び出さんとする彼女をベッドへと放り投げた。
「ちょ、何するんですか!」
「綿貫さんはベッドの中で待機しといてください」
「えぇっ!?そんな殺生な・・・・・・!」
「ワガママ言わないでください。
最悪脱線してこの列車なんか簡単に鉄屑になりますよ?
放射線と衝撃の餌食になりたくはないでしょう?」
そう言って投げた枕を、彼女がキャッチするのを見届けてから、僕と兎傘さんは客室を出た。
光線の走ったのは僕達より後ろの車両からだ。
その方向の通路からは、さっきの揺れと音にパニックになった乗客がこちらに向かって走ってきている。
それに逆らって横切る乗客に前の方のコンバートメントに入るように助言しながら進む。
あの揺れにも関わらず列車はまだ走っている。急停車するのはまずいので、ゆっくり減速するつもりなのだろう。
こっちとしては走り続けてくれる方が有難いのだが、そう都合よくはいかないだろうし、早めに事を終わらせたい。
さて、前方、後2つ車両を越した3つ目。そこに騒動の渦中であろう車両はあった。
焦げた廊下が見え、何かが溶けた嫌な臭いが漂ってくる。
細い廊下越しではよく見えないが、客室や列車の外装はもっと酷い有様だろう。
この辺りの乗客はすでに前へと逃げ終わっていて廊下はがらんとしていたが、そこを何者かの影が横切っていき、例の不可解な弾が襲ってきた。
それを避けて応戦しようと手を前に伸ばしたところで、この狭いフィールドでは発火は危険だということに気づいて手を引っ込めた。
代わりに向こうからの攻撃のチャンスを許してしまい、こちらに向けられた弾数の多さに僕達はすぐ横のコンバートメントに逃げ込んだ。
客室の扉近くの床や壁が削れて破片が舞った。
一つ一つは対して威力はないのだろうが、十発二十発と一気に向けられるとなると話は別だ。
廊下は狭くて点ではなく面で攻撃されると避けようもない。
かといって、防いだり弾いたりするのも難しい。
能力を存分に使えるのなら別だが、加減を間違えて列車を崩壊させる危険もありうる。
その辺の物を盾にするのは?
さすがに連中の能力もそれで耐えられるほど弱いというわけでもない。
となると、やっぱりアクション映画のお約束を踏襲するのが一番か。
「兎傘さん、連中を引きつけといてください。僕は外から」
「あー了解。落ちんなよ」
その辺はまぁ、葉月製の身体を信頼するしかないだろう・・・・・・と、その時気づいた。
そういえば左手がちぎれたままだった。
・・・・・・・・・・・・やばいかもしれない。
一瞬、身体の動きが止まったが、躊躇を振り払って車窓のガラスを蹴り割った。
窓枠に足をかけて列車の外へと身を出す。
強い風圧が身体に当たってきて、片手だとこうして身体を落とされないようにしているのがやっとだった。
列車の進行方向に目を向けると、夜闇に町の光が見えた。
モスクワだ。もうモスクワに着く。
反対側を見ると、屋根と側面を大きく欠けさせ、剥がれた鉄板を地面に擦りつけている車両がある。
火花を散らした鉄の皮がついにちぎれて一際大きな金属音を響かせた。
この車両がその駅に着くかどうか、それすらも分からないが、レッドマーキュリーが暴れたままで人口密度の高い街のど真ん中に突っ込むのはまず過ぎる。
「また超能力者」なんて見出しを何度も目にするのはごめんだ。
念力で身体を列車の屋根へと放り上げて不格好に着地し、今度は風を遮る壁を作って立ち上がる。
本当は安全性を考えて身を低く、ゆっくり着実に進むべきなのだろうが、そうも言っていられない。
列車が減速しているのが唯一の救いだった。
助走をつけて車両間を飛び越えて、何とか半壊した車両にまでたどり着いた。
上から様子をうかがうが、自分の今いる位置からは相手は確認できなかった。
兎傘さんがうまく引きつけているらしい。
連中が何人かは分からないが、兎傘さんとレッドマーキュリーの両方に対処を強いられている現状で、余裕はそうないはずだ。
屋根から客室の中へ。
どうやらここが連中の部屋だった様で、拘束具らしき物の残骸が見られると同時に、壁の一部が熱線で焼かれた跡が確認できた。
廊下の様子を探ってみよう。
そう考えて廊下に頭を出してみると、小さな火球が飛んできて慌てて首を引っ込める羽目になった。
「おいおい・・・・・・・兎傘さん、ちゃんと加減できてるんだろうな・・・・・・」
車内が軋む音が聞こえて一層不安になる。
しかし、だ。そのことも気になるが、廊下に出れそうにないこの状況下でどう移動すればよいのかというのも問題だった。
壁を破るという方法が一番良さそうだが、音で相手に気づかれてしまう。
せっかく敵地のど真ん中にまで忍び込んだというのに、そんなことでバレてしまうのはもったいない気がする。
だが、そんな躊躇はおそらくレッドマーキュリーのものである光線が、さらに列車を焼き払ったことで吹っ飛んでしまった。
辛うじて一部残っていた屋根。それを支えていた片側だけの側壁がけちらされた結果、天井の高さが下がった。
破片が飛散してきて思わず顔を庇う。
激しい攻撃が止んだ時には自分がいるこの客室の壁も曲がっていて、スライドドアもが変形して開かなくなっていた。
「あーもう!」
苛立たしげに叫び、壁を蹴破り隣の客室へ侵入すると、間髪入れずに巨大な影が襲いかかってきた。
例の狼!
「ガァグァアアア!」
これもまた前回同様に人が化けたものだろうその猛獣は鋭い牙の並ぶ口を開け、前足の爪を突き立ててこようとしてくる。
狭い客室でこれを避けるのはむしろ危険だ。
念力で迎え討ち、首周りの毛を掴んで背負い投げる。
が、途中で毛がちぎれたせいで中途半端になり、2mはある獣は床ではなく窓に身体を叩きつけるに至った。
「らぁあっ!」
手に残った毛束を捨て、車窓へと駆ける。駄目押しの蹴りに、茶色い巨体は車外の闇へと消えていく。
これでとりあえず一人は退場させた。
と、スライドドアの外れた戸口の向こうをフード姿の男が横切った。
そこをさらに火炎の球が追い、打ち落とそうと放たれた見えない弾とぶつかって四散、残っていた火種がカーテンに引火した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・兎傘さぁん」
この列車、もう駄目かもしれない。
屋根と壁のほとんどが消失し、風通しがよくなっていたこともあって今まで気がつかなかったが、ここ以外のどこかからも何か焼けているらしい臭いが漂ってきていた。
一刻も早く事態を収束させる必要がありそうだ。
壁ももう一枚破り、その奥へ進む。
その先でラリーサの姿を確認した。
対峙しているのはやはり例の連中の1人のようだ。
「ちぃっ・・・・・・!邪魔をするなぁ!!」
見えない砲弾、けれど彼のソレは今まで見てきた連中とは違い、掛け声も指ピストルもなかった。
何とか念力が間に合ってそれを防ぎ、こちらも発水能力で応戦。が、僕達が意識を反らしたその隙は、レッドマーキュリーにとっての好機となった。
ーーギュォォォオン・・・・・・
熱と摩擦に空気が焼ききれるような風斬音がして、
「うぉわっ!」
今まで自分の上半身があった場所を熱線が通り抜けていった。
目を焼かれかねない閃光が過ぎ去った後、頭上を見上げると辛うじてあったはずの屋根は完全に消え去って星空が見えていた。
被害にあったのがこの車両だけとは思えない。前後の車両の屋根も削げ落ちていることだろう。
走行中の列車という狭い空間でよくもあんな大業を使えるものだ。
だが、次は使わせない。
フードの男がまだ伏せている今こそがチャンスだ。
第二弾をチャージしようとしている彼女めがけて走り出す。
狭い分、最初から彼女と僕の距離は念力の射程内だが、倉庫で会った時と違い、今は連中の手が及ばないところまで彼女を運ぶ必要がある。
駆け寄りながら意識を落とし、そのまま抱えて列車から飛び降りる。これがベストだろう。
彼女の両手が一段を光を発したのと同時に、僕の念力が彼女の後頭部を捉えた。
崩れ落ちる彼女を掴もうと手を伸ばす・・・・・・が、
「させん!あの島からそいつを連れ出したのは我々だ!」
何度も行く手を阻まれたあの弾が背中を襲い、身体を前へと飛ばされる。
そこにまたもや――――今度は灰色の狼がやってきてラリーサをくわえて、割れた車窓から外へと飛び出した。
「待っ、くそ!」
またまた面倒なことになった!
廊下に飛び出し、元きた車両へと引き返す。
すでにフード男の仲間は離脱を始めているのか、行く手を阻むのは兎傘さんの火球だけだ。
というか、敵の攻撃が止んでいるのに構わず撃ち続けないでほしい。
この人、ひょっとして戦況を確認するのも面倒くさくなるほどに、今回の任務に飽きてきているんじゃないだろうか?
「止めっ、兎傘さん、ストーップ!連中は外に逃げました!」
「ぁん?何だよ、またかよ」
「といっても、前回と同じ轍を踏む気はありません。
向こうの位置を掴めるように細工はしておきましたから」
「細工?」
「発水能力で攻撃する際に、水球に小蜘蛛を紛れ込ませました」
「徊視蜘蛛か」
「それの亜種ですよ。趣味で改造してるやつです。
発信機としては大きすぎるんですぐバレるでしょうけど、今はそれでも十分」
スマートフォンを取り出して、有事用のアプリ集から目的のものをタップする。
画面に表示されたのはGPSによる現在地と周辺地図、そして小蜘蛛の位置だ。
「・・・・・・今や自分でスマホ用のアプリを作成できるご時世ですからね。
ほら、学園で徊視蜘蛛使った盗撮を懲りずにやる連中がいるでしょう?
あのイタチごっこも最近じゃ超ハイテク化してるって話です」
「これほど技術進歩の虚しさを感じさせる話もねぇな。
で、連中の行き先は?」
「さぁ。方向としては・・・・・・」
割れた車窓から乗り出して、列車の進行方向と同じ方角を見る。
その先にあるのは当然モスクワ駅だ。
「向こうの方ですけど」
「街か。終点駅だし、まぁここが目的地なのは間違いないし・・・・・・だとすれば連中は予定通りに行動する気だろうな」
「でしょうね。何をすると思いますか?」
「モスクワ自体に目的があるか、あるいは隠れ家のようなものがあるか、あるいは他の移動手段に乗り換えるかだろ」
「留まってくれるといいんですけど、移動する気なら向こうはすでに切符にしろ券にしろ予約済みと考えるの自然ですよねぇ」
「そうなるとやっぱり、乗られる前に決着を付けてぇが・・・・・・行き先が分からない――――」
彼女は言葉尻に向かうにつれ消えていったが、その次の台詞は張り上げた声だった。
「・・・・・・見ろ、光だ!」
言われて視線を向けると、自分の指し示す指の先の夜闇にゆっくりと降下していく光が見えた。
――――飛行機だ。
「空港・・・・・・!」
「よし!先回りするぞ!」
「え?」
どうやって?という疑問を口にする前に腕を取られた僕は、次の瞬間、身体中に恐ろしいGを感じることとなった。
何がおきたのかということを知ったのは、冷たい大気を感じ、そして今までいたはずの列車を遙か下方に認めた時だ。
・・・・・・発火能力で身体を打ち上げたらしい。
いつの間にか、僕は列車の一部だった鉄板に腰をおろしていた。
「ちょっと兎傘さん!貴方はともかく僕はこんなの慣れてないんですよ!?」
「仕方ねぇだろ緊急なんだから。それより空港の場所は?」
「向こうの方・・・・・・滑走路でたぶん分かります」
「んじゃあ一気に行くぞぉ!」
と、彼女の掛け声と同時に、さっき同様に視界があり得ないほど大きくブレた。
「だか・・・・・・ら」
ジェットコースターが可愛く思えるほどのGが身体にかかり、息もまともに吸えない。
「ひょっと・・・・・・!」
心臓がちゃんと機能していない状態での酸素不足はかなり辛いものがあった。
「んぶっ、へぷっ・・・・・・ごへ!」
色々と病人にも常人にも優しくない絶叫マシーンに振り回され、動きが緩やかになった時には意識が朦朧としていた。
どうやら空港の上空には着いたようで、横軸の移動は終わってフリーフォールしているのが感じられる。
よかった。
だが、そんな安堵はすぐさまかき消された。
落下しながらも安定していた鉄板がいきなり揺れて、錐揉み落下し始めたからだ。
「げっ、今下から狙い撃たれたぞ!?連中の仲間が待ち伏せしてやがる!」
「そんなことより・・・・・・落ちてますけどっ!?」
「だーかーら、打ち落とされたんだから墜落もするっての!
ちょうどいいじゃん、このまま突っ込んでやろうぜ」
「貴方、僕が病人っての忘れてませんか!?」
「あ、そういえばそうだっけ?」
彼女はどうやら本当に今思い出したらしく、ポンと手を打った。
だが、その時にはもう今更無難な不時着ができる猶予は残されておらず、僕達の乗っていた鉄板はどことも知れない地面に衝突した。
念力で何とか身体を守ったが、硬いモノなら得意な念力も衝撃を吸収するような柔らかい素材は不得手なのだ。
勢いを殺しきれずに地面を転がって、せっかく心臓を覆っていた膜が・・・・・・・・・・・・破れた。
何でこうも連続して不幸が身に降りかかるのだろうか。
うつ伏せのまま周囲を見回すと、連中の仲間・・・・・・おそらく空港で落ち合う予定だったのだろう待機班が周りを囲んでいた。
「おーい大丈夫かぁ」
兎傘さんはもう立ち上がっているみたいだけれど、僕の方はちょっと今は動きたくない感じだ。
「ギブ・・・・・・・・・・・・心臓がまた・・・・・・」
「はぁ、じゃあまぁこいつらは私が何とかするか」
というか、貴方の乱暴な移動法が原因なんだから当たり前です。
左手といい、心臓が再び破れたことといい・・・・・・。兎傘さんがいることで怪我が悪化している気までしてきた。
どっちの怪我も元々は敵のせいだとはいえ、彼女がいなければもう少しマシに済んでいたんじゃないだろうか。
彼女が放った炎が周囲を赤く照らす。どうやらここは滑走路の外れ辺りのようだった。
町中だろうに、周辺に光源がなかったのはそのためか。
敵の数は9人。不利ではあるが兎傘さんなら難なく捌ける数だろう。
何せこの人、度重なる今までの戦闘で未だ怪我らしい怪我を負っていないのだ。
能力自体が目立つものなので反撃には手間取っていたようだが、元々は僕なんかよりも多対一は得意のはずだ。
手を前にかざす彼女。
それは目の前の1人に向けられていて、火球が放たれる代わりに彼のいる地面が爆発した。
そういえば彼女は珪素を利用した能力の遠距離発現を得意とする発火能力者だった。
町中ではさすがに使えなかったその方法も、整備されていない地面でなら遠慮せずに使用できる。
2、3mほど打ち上げられた彼は、墜落時の打ち所が悪かったのか起きあがってはこなかった。
彼女は同じ方法で3、4人と宙を舞わせたが、向こうもやられっぱなしというわけでもない。
足をつけた場所から攻撃がくるのであれば絶えず移動すればいい。
狼に姿を変えた彼らは、俊敏な運動神経を生かして周囲を駆け回り始めた。
それでも最初はさっきと同じように発破を仕掛けていた兎傘さんだったが、ちょこまか動きながら攻撃の機会をうかがう彼らに苛立ちがついに我慢の限界を越えたようだ。
「がー!うぜぇ!」
今までちらちらと照らされていた夜の闇が一気に赤く染まり、尋常じゃない熱気が辺りに立ちこめる。
見渡すと、僕達と彼らの間を赤い溶岩が隔ていた。
・・・・・・炎泥紅海だ。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと!なんて大業使ってるんですか!?
固有技使うのはまずいですよ!誰の仕業か特定されますって!」
「だって何度も何度も邪魔してきて、いい加減うぜぇんだもん!」
僕と兎傘さんが言い合っている今が好機と、連中が一気に飛びかかってくる。
が、彼女の狙いは足場を封じて連中を宙に誘い込むことにあった。
いくら素早い獣でも空中では動きが制限される。
その一点を突いて、兎傘さんの火炎球が気絶を免れていた連中全てを地に沈めた。
「よし!」
「よし、じゃないですよ・・・・・・」
彼女に肩を貸してもらって立ち上がった僕は、まだドロドロと熱と光を発している溶岩を発水と冷却能力で冷ましにかかった。
バレなきゃいいけどなぁ・・・・・・。
「さて、と・・・・・・逃げられる前に尋問でもしときましょうか」
「そうだな」
正直、昨日同様今すぐにでも寝てしまいたいのだが、何でこうも状況はそれを許してくれないのか。
何とか熱の残った元溶岩を渡りきり、連中の一人、狼化はしていない男のところにたどり着く。
とりあえず逃げられないように拘束しようと兎傘さんが胸ぐらを掴むと、彼は呻き声を上げた。
気絶させられたのが最初の方であったためか、どうやら意識が戻りつつあったようだ。
「所属してる組織名、目的、それから能力のことを洗いざらい話せ」
けれど、僕の尋問に彼は咳混じりの笑い声を上げた。
「能力、能力か。・・・・・・そうか・・・・・・・・・・・・お前らは能力者だったんだな。
はっ、・・・・・・とするとお互い勘違いして――――お互いにとって不幸な出会いだったわけだ」
「何の話だ?」
「解らなくていい話さ。言ったところでお前らには解らんだろう、私達の事情はな。
・・・・・・だが、何にせよもう手遅れだ!レーヴァテインは向こうに届く!」
彼は叫び、そしてゴウッ、と強い風と轟音が頭上を通り過ぎていった。
それは、翼端灯の赤と緑の光をチカチカと点灯させた、世界のどこかへ向かう航空機で――――、
「ラグナロクはもうすぐだ!」
#
「分かりましたよ、ロンドンだそうです」
空港の総合案内所前。
そこで待っていた兎傘さんにさきほど仕入れた情報を伝えると、彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。
「うへぇ・・・・・・今度はイギリスかよ」
「連中、予約していたのより早い便で立ったみたいです。
僕達も次の便で発ちます。・・・・・・はい、チケット」
「なぁ、私もう帰っちゃ駄目?」
「面白い冗談ですね。ご実家の焼き肉屋の眼前に、うちの飲食チェーン店展開しますよ。3店舗ほど」
「具体的すぎてこえぇよ」
「心臓の傷を悪化させた分はしっかり働いて貰いますからね」
「はぁああ・・・・・・、けど、よかったのかあの連中。
結局ロクに情報引き出さねぇでそのまま縛ってきちゃったが」
「ええ、ちょっと気になることもありますし、あの男が言っていたでしょう?
『言ったところでお前らには解らんだろう』、実際その通りなのかもしれません」
「その通り・・・・・・?」
「多重能力者がそう何人もいては困るってことです」
言ったら、何言ってんのコイツって顔で見られた。
もちろんそれをスルーして、携帯を取り出す。
かけようと思っている連絡先は2つ。
どちらを先にするか少し迷ってから、まずは綿貫さんの方をコールした。
「例の見えない弾に狼化。
複数の能力を使っているものの、バラエティーに乏しく、それ以外の他の能力は使わない。
・・・・・・『使わない』のではなく『使えない』と考えると1つ仮定が立てれます。
アレは能力ではない別の何かで、技術として取得できる代物。
それを僕達は多重能力者だと勘違いしていたのだとしたら、そのまま連中の話を訊いても確かに理解できない・・・・・・・・・・・・あぁ、もしもし?」
コール音が途絶え、綿貫さんと電話が繋がったようなので、兎傘さんとの会話を打ち切った。
『実草さん!今、どこにいるんですかっ!?
列車に乗ってないから心配したんですよ!』
「やむなく途中下車したんですよ。・・・・・・列車はちゃんと駅に着いたんですか?」
『はい、何とか。でも、すごい騒ぎになってます』
「放射能は?」
『検出されました。私ら検査で缶詰です』
「そうですか。それじゃあ・・・・・・僕達はオムスクで下車したまま、ということで口裏あわせといてください。
僕らこれからまた移動なんで」
『移動って・・・・・・今度はどこに?』
「イギリスです。
それと・・・・・・聞きたいことがあるんですが、『レーヴァテイン』や『ラグナロク』って何の神話の言葉か分かりますか?」
『ラグナロク、ですか?確か・・・・・・北欧神話だと思いますけど。
確か『世界の終わり』を意味する言葉で、レーヴァテインは世界を焼きつくした剣だとか』
「焼きつくす?」
『北欧神話の宇宙論では、この世には9つの世界があって、それらがユグドラシルという世界樹に支えられているとかで・・・・・・その樹を焼くのがその炎の剣らしいです。
まぁ、ゲームの受け売りですけど・・・・・・実草さんはゲームしないんですか?』
「しますけど元ネタにはあんまり興味ないタイプなんですよ。
・・・・・・ああ、それと、もしかしてその北欧神話って例のルーン文字が関係してます?」
『そりゃあもちろん。ルーンは北欧神話の主神オーディーンが生み出した文字ですもん』
「最後に・・・・・・魔法や魔術なんかで、こう・・・・・・見えない弾丸を打ち出すようなモノって存在します?」
『はい?うーん、そーですねぇ、ガンド撃ちなんかがそれっぽいですけど・・・・・・』
「・・・・・・ありがとうございます」
通話を切り、目を閉じてしばらく今得た情報を吟味する。
男の話を聞いた時点でこの解答は予測はしていたが、にわかには信じ難い話だ。
肺に溜まった息を吐き出し、今度は内海岱斉へ電話する。
繋がったのを確認して、挨拶も抜きに訊ねた。
「単刀直入に訊く。魔術は存在するのか?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・存在するんだな」
ほとんど確信を含んだ僕の念押しに彼は言った。
『ロンドンに行くなら三重録音九法研究所を訊ねろ。そこに私の姉がいる』
ちなみに魔術は大して活躍しません(笑)
あくまで超能力が主軸です。