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第70話- 死秤。-Midgard-

 列車が走り始めて、車窓の景色が変わり始める。

 日本とは違った駅の風景が流れ、西洋とは違った外国の町が過ぎ去っていく。

 旅の始まりというならば、日本の空港が起点ではあったのだろうけれど、知らない町からの旅というのは一層始まりを意識させてくれる。

 決して豪華列車というわけではなく、国民にも利用され、広いユーラシア大陸間での輸送手段として日本でも輸出入に注目されている、意外にも庶民的なシベリア鉄道の客室(コンパートメント)は広くはない。

 カーテンの付いた狭い車窓に、左右の二段ベッド、トイレなどは室外にあり、一車両に2つ。

 停電した場合に凍死してしまわないように、石炭ストーブが車内の温度を保ち、給湯器も車両に備え付けられている。

 廊下も一人通れるほどの広さで譲り合いは不可欠だろう。

 これから嫌でも顔を付き合わせる人達だ。車両内での人間関係は大切である。

 そしてもう一つ僕が大切だと思うのは暇潰し。

 日本においては、観光というのはやはり目的地でするものであって、列車旅の印象は薄い。

 無くはないのだろうが、そもそも狭い国だし、島国だし、車窓からの風景にもなかなか恵まれないためなのだろうか――――移動というのは日本人にとってはどちらかと言えば煩わしいモノであって、楽しいものではない。

 シベリア鉄道に関しても、ただただ座っているだけでは暇を持て余すため、日本人向けではないと言う人もいるし、実際珍しい風景もずっと眺めていては飽きてしまうだろう。

 つまり、これからの旅は、どう暇を解消するかによって満足度が異なるわけである。

 そういう意味でも、やっぱり同じ部屋を共有する同伴者というのは非常に重要になってくるわけで、2人部屋である一等車両ではなくわざわざ二等車両の4人部屋を取ったのだが、どうやらこの部屋の同居人はウラジオストクからの乗車ではないらしい。

 ロシア人だったとしても一緒に暇を潰せるように将棋ではなくチェスを用意してきたりしたのだけども、しかしまぁ仕方ない。

 ここは兎傘さんと2人で色々と試行錯誤するとしようではないか。そうだそうしよう。それがいい――――、

「で、そろそろそっちの人を紹介してほしいんだが」

 ・・・・・・と、まぁ。

 ここまで、全て現実逃避なわけだけども。

 もう一人の同伴者を加えてから、そちらの方を見ずに窓の外ばかり眺めていた僕だったが、部屋は異様な空気に耐えかねた兎傘さんが話しかけてきたせいで現実に戻されてしまった。

「やめてください、人が現実逃避しているのに・・・」

「そうは言っても、どうせこれから先顔つき合わせんだからさぁ」

 うん、だからこそ、その現実から逃避していたというのに。

 仕方なく僕は車窓から視線を車内に戻した。

 ベッド4つと荷物のせいでさらに狭く見える室内に、兎傘さんと・・・・・・それから正直あんまり会いたくないタイプの人物の姿を認めて、改めて溜め息を吐く。

 問題の人物はだいたい背丈170cmほどの女性で、ビジネススーツに実を包んでいる。そんな堅苦しい外見同様、中身も堅苦しいのが困ったもので、長旅の同伴人としては言っちゃ悪いが『外れ』なのだ。

 そして何より困るのが、こんな人間でも面識があるということで、「紹介して」という兎傘さんの言葉に答えなければならないことだ。

 そもそも大して知り合ってもいない仲なのだが、その浅い面識での彼女との因縁というのか、関係性は言うのすら面倒なのだ。

 どう答えたものか・・・。

 彼女との出会い、そしてその後の流れを思い出したところで、ロクな言葉が思いつかなかった。

 黙っているのもと考えて、

「彼女はえー・・・」

 と、台詞を間延びさせながらもう一度考えてはみたが、やっぱり途中で面倒になって、僕はそれをそのまま口にすることにした。

「・・・めんどい人です」

「ちょっ、めんどいってなんですか!」

 人を紹介するのにはあんまりな表現に、めんどい彼女が抗議してくるが、実際その通りなのだから仕方ない。

 『じゃあ自分で紹介すれば?』という僕の視線を受けて彼女は「もうっ」と、座っていた下段のベッドから立ち上がった。

「私の名前は綿貫美由紀(わたぬき みゆき)

 名刺渡したんだし知ってるでしょう!?ちゃんと紹介してくださいよ実草さん!」

「実草?」

 疑問を口にする兎傘さんに「僕の芸名です」と説明を入れる。

「あー、芸能関係の知り合いか」

「いや、芸能っていうか・・・・・・この人ジャーナリストで・・・」

 が、台詞の続きは彼女に遮られ、

「そう!そうです!ジャーナリスト・・・・・・てそういえばっ!

 実草さん、能力者タレントとして!先月のロシア事件はどう考えているんですか!

 超能力のイメージアップにばかり貢献して、危険性を伝えないのは問題なんじゃないんですか!?」

 彼女はボイスレコーダーまで差し向けてきて質問を浴びせてきた。

 溜め息。

 兎傘さんの方を向くと、彼女もこっちを向いて形容しがたい表情をしている。

「・・・・・・ね、めんどいでしょ?」

「あーうん、よーく分かったわ・・・」

 彼女も高出力の能力者だ。この手の人種に苦い思いをしたことがあるのだろう。

 脛に傷がある僕としては、こういう輩はどうしても鬱陶しく感じてしまう。

「実草さん、質問に答えてください!」

 さらに詰問してくる綿貫さんに、僕は彼女を相手にしてしまった愚かさを呪った。やっぱり完璧にいないものとして扱うべきだった。

「いや、ロシアの研究機関とか管轄外にもほどがあるし・・・・・・」

「はっ、まさか今ロシアにいるのはそのことが関係して・・・!?」

 人に質問しといて聞いてないし・・・。

「だから関係ないし、というか今プライベートだってば」

「まて、違うからな?」

 適当にごまかそうと思ったのに、兎傘さんがプライベートという言葉に反応してしまった。・・・ややこしくなるから黙っててほしい。

「だ、そうですよ。本当のところはどうなんですか?」

「どうも何も・・・それ、何で言わなきゃならないの?

 タレント業外の事柄だし、それに綿貫さんは超能力関係の記者でタレント分野関係ないでしょうに」

「『超能力者』繋がりです。それに芸能人にプライベートなんてないって言うじゃないですか」

「ないわけないでしょ。どこの低俗ゴシップの言い分ですかそれ。

 タレントなんて売り物が顔と体とキャラってだけの普通の商売ですよ?

 自分の人生まで売ってるわけじゃないもん」

「何言ってるんですか、あなた自分の影響力ってものを分かってるんですか!?」

「え?僕ってそれほど有名だったっけ?」

 そもそも芸能活動は隆がやったのがキッカケで、それほど積極的にやっていない。

 思わず兎傘さんに尋ねると、彼女は手をひらひらと振った。

「私に聞くなよ。ラジオしか聴かないって言ってるだろうに。

 雑誌も新聞もあんまり信用してねぇし」

「あ、あなた達・・・・・・」

 綿貫さんは唖然としているが、基本的に能力者はこんなものだ。

 発火能力者同士のネットワークもそうだが、能力者の情報源の多くは人伝いだ。

 マスコミュニケーションの類の、情報提供者の顔が見えない情報はあんまり信用していない。

「そも、有名人やら専門家やらCMやらに影響される方が悪いとしか言いようが・・・」

「なっ、そんな無責任な!あなたみたいな人が超能力を喧伝しているから、世の中は未だ超能力の危険性をきちんと把握できずにいるのに!」

「あなたみたいな人間が自己満足なジャーナリズムを振りかざすから世の中が混乱するんでしょう?」

「人間には自信の周囲で起こっていることを知る権利がありますよ。

 核の話を置いておいても、危険な能力の保持者が近くにいる可能性を知らせるべきです」

「知る権利にだって限界はあるでしょう。能力者だって人権を保障される。プライバシーの権利はそれこそ民衆がこぞって主張する権利だよ」

「超能力という力を持った人間に生まれる制約でしょう」

「有名税にしたって能力者の責任にしたって、憲法にも法律にも規定されていない。

 国民が平等に扱われるべきであることが明記されている以上、そういった責任を課そうというのが、人権侵害とも言えるよね」

「人権と言うのなら人には生きる権利がありますよ。

 超能力者という存在が生存権を脅かしているのは疑いようのない事実です。

 『人は全て、生まれながらにして生きる権利を有する。この権利は法によって守られるべきである。誰もこの権利をみだりに奪ってはならない』。国際人権規約です」

「"みだりに"、だよ。例え隣人に半径数キロを焼き付くせる能力者が住んでいたとしても――――」と、途中で兎傘さんに足のスネを蹴られた。

「それが死に直結するわけじゃない。

 危険な能力って言うけれど、能力なんて使わなければ害が及ぶわけがないんだし、故意に殺傷に使われた場合、それは単なる殺人か傷害だ。

 そんなの一般人だって包丁一つで行えるんだから、特別超能力が危険とは言い難い。

 事故にしたって、ガス栓の締め忘れで誰だって起こせるよ」

「危険物を取り扱うのには制約があるものです。

 もし人が何もかも制約されずに自由だというのなら、自宅で爆発物を作ってもいいことになりますが、実際に法律で禁止されているでしょう?

 あなたの言っていることは詭弁ですし、大体被害の大きさがまるで違います」

「この場合、程度の大きさは考慮すべきじゃないと思うけど?

 そういう理論が、多数の利益のためであれば人権を侵害してもいいって歪曲されるんじゃないの?

 そもそも知る権利を盾にしたマスコミの主張だって詭弁には違いないよ」

「けれど、何もかもをプライバシーだと覆い隠すのも問題でしょう?

 情報の隠匿や改変がもたらす影響の甚大さは歴史が証明しています。

 国にだって社会にだって、超能力にだって透明性は必要です」

「マスコミにもね。

 いまいち自浄作用があるように思えないんだよなぁ。

 ゴシップ雑誌界隈に限らず、地上波チャンネルで流してるニュースだって情報歪曲し放題だしさ。

 有名人の言動を悪質な編集して流したり、そもそもひっどい記者が居るってよく聞くよ?

 そんな情報流してる連中なんて信用できないし、するのがおかしいよね」

「べ、別にマスコミ全てがそうというわけじゃないですよ!」

「だとしても、そういうの一つが混じっているだけで全部信用できなくなるものだって。

 それなのにそのままだから自浄作用がなさそうっていってるの。

 それに『全てが〜』って言うなら超能力者だって危険な連中ばっかじゃない」

「それはそうかもしれませんが、前の神戸の件といい、今回の件といい、事件の全体像が不透明すぎるのも事実でしょう?

 やましいことがなければもう少し情報が与えられてもいいはずでは?」

「公開された情報が少ないからって、そうやって勘ぐるのもどうかと思うけど?

 そうやって先入観を持って見るから何でも怪しく見えるんだよ。

 で、あれこれ書き立てといて、誤報だったとしても訂正謝辞なんて紙面の端にちょこんと乗るぐらいでしょ?

 書く側と書かれる側でリスクが釣り合ってないんじゃないの?」

「何ですか、まだ『金髪男性と密会デート!?』の記事根に持ってるんですか?

 アレ、私じゃないし」

 その言葉に僕は立ち上がって叫んだ。

「その話は蒸し返すなっ!」

「むむっ、ムキになるなんて怪しいですね!」

「違うっつてんでしょーが!!僕は普通に女が好きですよ!?」

「はっ、じゃあこの方が!?」

 兎傘さんを指さす綿貫さん。

 それに僕が一笑に付すと、今度は兎傘さんが詰め寄ってきた。

「おい待て今鼻で笑ったろ!」

「いやだって年の差が・・・」

「いやいや!私らそんなに離れてねーよ!?

 私はまだお姉さんと呼ばれる年頃だからなっ!」

「姉さん、というか姉御じゃないかなぁ」

「うるさい!私はまだ婚期逃してねー!」

「別にそこまで言ってないでしょう・・・」

 肩を掴まれ身体を揺さぶられる。すごく気持ち悪い。

「そ、そうですよ!その方はまだまだ若いです!婚期をのががっがしたりはっ!」

 そこに綿貫さんまで加わってきて、さらに面倒になった。

 綿貫さんも独身だったらしい。

 兎傘さんはともかく、彼女はそれなりにいい年をしているのだろうから気にしているのは分かるのだけど・・・、

「微妙な年頃の女性って面倒くさいよね・・・」

 何でそこまでムキになるんだと半ば呆れていると、兎傘さんが床に手を着き、

「くっそぅ、お前がロリコンなだけだろ・・・」

 ちょっと聞き捨てならないことを口にした。

「ロリッ・・・いやそれは心外だ!同年代ですよ!?」

「葉月とかどう考えてもロリじゃん!このロリコン野郎!」

「え、誰ですかそれ!」

「ちょ、何名前まで口走ってるんですか!」

「どんな子ですかぁ!」

 独身云々のショックから早くも復活した綿貫さんがレコーダーを僕から兎傘さんに向ける。

 四つん這いの姿勢になっていた彼女は頭を上げて、しばらく考える素振りをしてから難しい顔をして言った。

「え・・・・・・と、化け物?」

「なるほど・・・朽網釧は化け物が好き、と」

「んな記事書いてみなよ、会社ごと潰してあげるから。

 はぁ・・・・・・1等車両にすべきだったなぁ」

 列車が発車してそれほど時間が経っていないというのに、すでにこの疲労感。早くも後悔し始めていた。

「ちょ、ちょっと!こ、これでも傷つくんですよ?」

 そんなの、知ったことじゃない。

「そういえば、いつも一緒にいるもう一人は?」

「山田さんですか?あの人も乗る予定だったんですが、今日は急な用事でこれなくなったんです」

「じゃあ、この部屋3人なんだ」

「山田さんって誰よ?」

「めんどい人その2。いなくて本当よかった」

「ひ、酷い人ですね」

「嫌われる職業だってぐらい自覚してるでしょう?

 ・・・・・・あ、外の景色だいぶ変わってる」

「おー、本当だ。なんか外国きたって感じだよな。

 ・・・・・・いっそバイカル湖辺りにでも行ってみっか?」

「いいかもしれませんね。モスクワまで綿貫さんと一緒よりは。

 世界遺産って他には何がありましたっけ?」

「あー、クレムリンぐらいしか知らないなぁ」

「はぁ・・・・・・まぁ、人がせっかくこの景色に免じて無粋な同伴者の存在を許してあげよう」

「だから私も傷つくんですってば!」

「嫌われるのが記者の代償なんじゃないの?

 さて、じゃあ、車窓からの風景も見たし――――」と窓から目を離し、バッグからゲーム機を取り出す。それから、

「ビオサイドでもやりましょう」

「「景色に謝れ!」」

 そう提案したら、2人同時に突っ込まれた。


                     #


「・・・・・・謝れとか言っといてあなたもやるんじゃないですか」

 僕がそう指摘すると綿貫さんは決まりが悪そうに顔を背けた。その手には携帯ゲーム機が握られている。

 ピンク色をしたその機体は確か限定色のはずで、挙げ句にはゴテゴテの装飾まで――――そこまで愛着持つほどにゲームをやり込んでるのかこの人。

「だ、だって、仲間外れは嫌ですし・・・・・・」

 何か急にしおらしくなってボソボソと呟いているけれど、正直今更だと思う。

「でも、綿貫さんも持ってきてたんですねゲーム。

 仕事できたんじゃ?」

「そうは言っても、息抜きは必要ですよ。

 私だって年中ネタを追いかけ回っているわけではないんです。

 それに、シベリア鉄道ですよ?暇潰しは必要でしょう?」

「それはそうだけど・・・」

「つーか、暇潰しが要るって分かっててわざと列車旅にする君らの考えが分からんよ、私には」

 兎傘さんがそんなことを言っているけれど、世界一周クルーズだってほとんど船の娯楽施設で時間を潰すものだ。

 目的地がある旅行ならともかく、『旅』自体が目的の旅行では暇潰しこそが成否の分かれ目と言える。

 そう言うと、彼女は胡乱な目を僕に向けてきた。

「で、ゲーム設定はどうするんだ?」

 旅の話は不毛と割り切ったらしい。

「あー、フィールドはロシアにしましょう。

 プレーヤーセレクトはランダムにして、初めは誰が鬼かも一応伏せて」

「武器の類は?完全に運任せ(フルオート)設定だと長くなりすぎると思うぞ」

「じゃあ、ベレッタ1丁と手榴弾3個くらいでいきましょう。

 綿貫さん、ソフトダウンロード終わりました?」

「うん、もう完了してます」

「それじゃあ、通信001から入って『待機モード』にしてください」

「よっし、設定終わった。それじゃあ始めるぞ」

 兎傘さんの台詞の後、画面が『Now Loading...』に切り替わり、『100%』と数値が表示されて、ゲーム開始のサウンドエフェクトが鳴った。


                     #


 ・・・・・・僕が鬼か。

 画面に映し出された情報を見て、僕は心の中でそう呟いた。

 有機ELディスプレイの四角い画面の中に表示されているのは僕に当てられた少女のアバターで、画面の橋に表示された地図には彼女の居場所がとある研究室であることが示されている。

 さて。

 『ビオサイド』、生命虐殺を目標とするこのゲームの実験体の少女(おに)側になった僕は、これから研究室を逃げだして自分が体内に保持しているウイルスを世界中にばらまかなければならないわけだ。

 誰が鬼かは伏せられているものの、プレーヤーの反応を見ていたら誰がそうなのかなんてすぐ分かる。バレるのは時間の問題であることは、何年もこのゲームを嗜んでいる身なので理解している。

 バレないのはせいぜい15分がいいところだろう。

 兎傘さんと綿貫さんがどんなアバターになったのかは分からないけれど、すでにこの研究所の位置を調べ始めているはずだ。運悪く小学生にでも当たっていればいいんだけど、政府関係の仕事に就いているアバターなんかだったらすぐにバレる。

 とにかくまずは脱出して・・・・・・それから常套手段を使おう。

 常套手段といっても列車でとにかく移動し続けるだけだが、あんまり一カ所に留まらずに動き続ける方がこのゲームでは勝率が高い。

 ポチポチとボタンを押して、『研究所脱出』という鬼側お決まりの作業を開始する。

 研究員を殺し、裸の状態から服を着て、研究所から脱出。後は体内のウイルスを進化させつつ、移動していけばいい。

 問題は今は白衣しか羽織っていないので目立つこととお金が少ないこと。

 ベレッタ1丁と手榴弾3個が所持品に入っているが、これを売るのはちょっともったいない気がする。

 派手な行動は避けたいけど、ウイルスを使って強盗殺人が一番てっとり早いんだよな。先にウイルスの毒性か感染力を強めておくか?

 僕が少々物騒なことを考えていると、「そういえば」と綿貫さんが画面を見たまま口を開いた。

「『ビオサイド』って、色々噂ありますよね。元は対バイオハザード・バイオテロのシミュレーションソフトを転用したとか」

「まぁ確かにゲームシステムに使われてる技術が通常のゲームに比べると格段に高いからなぁ。オンライン版はプレーヤーの判断能力や行動パターンを評価するのが真の目的って話もあったよな。国や学園都市が優秀な人材を引き抜くためのってさ」

「でも実際どうなんですかね? 自己進化するウイルスとかそれを保持しているくせに平気な女の子とか、設定が突拍子すぎてシミュレーションとしてはおかしいですし、ありえませんよね?」

 あははと笑う綿貫さん。そんな彼女に兎傘さんが言った。

「世の中には菌やウイルスを作れる能力者はいるが?」

「え?」

 ・・・・・・だから、あんまりそういう情報をぺらぺらしゃべらないでほしいんですが。

「自分の体の中でウイルスを任意的に進化させてばらまける奴はいる。

 ま、一撃必殺っていうなら他にも人を圧搾したり、時を遅滞させたり・・・・・・そんなのどうやって対抗しようってんだよな」

 笑いながら彼女は言うが、およそ4年前その無茶をやったことがある僕としては笑えない話だった。

 彼女の言うとおり、あの手の能力は反則くさい。あれでも『将来』は『久遠』としては劣った能力者らしいから困ったものだ。

 『未来』さんがその最高峰だというけれど、彼女には今でもかなう気がしない。というか不意打ちすら効かない常時発動型の時間操作系能力者に勝てるわけがない。

「ま、生命虐殺をやってのける奴なんてゴロゴロいるけどなー」

「いやぁ、そんな大げさに言ってるだけ・・・・・・ですよね?」

「あなたの目の前にいるのが大陸すら熔かし尽くせる能力者ですよ」

「おい人のプライバシーを・・・・・・」

「自分もやったことでしょう?」

「大陸をって、え?マジ、ですか・・・・・・?」

「そういう売り文句ってだけ。実際やったことは・・・・・・・・・・・・小島ぐらいでしかないぜ?」

「やってるんじゃないですか。本当物騒な能力ですよね」

「よく言う。君の粉砕念力だって人間粉々にできるらしいじゃんか」

 残念ながらそれは売り文句じゃないから困る。

 自分の能力で自分が木っ端微塵だものなぁ。

「だとしても自分の前に障害物を置いておけば防げる能力ですよ。

 炎海紅泥は盾で対抗できるようなものじゃないし。

 その気になればこの列車だって簡単に吹き飛ばせるでしょ?怖い怖い」

「いや念力の方が・・・・・・」と彼女は言いかけて、それから何か思うことがあったらしく思案顔になってから言い直した。

「・・・・・君が鬼で、まさか今シベリア鉄道に乗ってたりしないよな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・てへぺろ☆」

 やったら、すっごい嫌そうな顔をされた。

「やばい。こいつ一気に感染を拡大させるつもりだ」

 兎傘さんが慌ててアバターに何やら命令しているけれどもう遅い。

 すでに結構なウイルス保有者が駅で降りている。後はこのまま終点駅まで・・・・・・と思っていたら、

「よし、じゃあ核落としますねー」

 ジャーナリストが怖いことを口走った数秒後、画面に核弾頭投下を告げるウィンドウが表示された。

「おーいジャーナリストさーん」

 刻一刻と爆発までのカウントダウンがなされる中、何とかアバターを車両から飛び降りさせる。

 体力ゲージがかなり減ったが仕方ない。問題は今後の移動手段だ。できれば駅で降りたかったけど・・・・・・まぁ贅沢は言えないか。

 爆発した核爆弾の驚異から何とか逃れたのを確認して、そう思い直す。

 あんな卑怯な広域せんめつ攻撃にはやられたくはない。鬼になったからにはプレーヤー全滅を目指したい。

「あー、結構感染拡がってるなぁ」

 ニュースの情報でも見てか兎傘さんがぼやいた。

 今現在Myアバターの保有ウイルスは、感染力が接触感染で毒性が致死一週間ほど。まだまだぜんぜん弱いけれど、ワクチンを持っていないだろう2人にはそれでも脅威には違いない。

「早いとこウイルスを採取してワクチンを作らせたいけどこれ・・・・・・直接感染地に行くのはまずいか。

 ゾンビの群の中に飛び込むようなモノだしなぁ」

「じゃあ、もう一回核を打ち込んで数を減らしましょう」

「ちょっ、ジャーナリスト!」

 生きる権利はどこいった!?

 ボタン一つで何十万人殺す気だこの悪魔。

 そうこうしている内に画面が白く点滅し、核爆弾の爆発を告げた。

「あーあ、せっかくできたコロニーが・・・・・・」

「何がコロニーだ。お、バイオ関係の機関が動きだした。これでワクチンが・・・・・・って、核汚染で足止め!? ちょっと!もう少し思慮してから行動してくれないか!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういえば、洋画だとよくエイリアンにもウイルスにも核落としますけど――――」

「話を逸らさずちゃんと答えてくれますかね、ジャーナリストさん?」

「――――そんなことしたって普通菌は全滅シマセンヨネッ」

 あんた・・・・・・「質問に答えろ」っていつも言ってるくせに自分は逃げるのか・・・・・・。

 まぁいい。今度何か尋ねられた時には同じように返してやろう。

「向こうじゃ大火力の爆弾ってイメージなんじゃないですか?

 まあ、今の核弾頭と広島・長崎に投下されたモノを比べてもって思いますけど、爆心地で生き残ったって人はいますしね。

 ウイルス相手じゃ減滅がせいぜいじゃないかな・・・・・・」

「というかエイリアン・・・・・・未知の生物相手に核がどれほど効果があるいかも怪しいよな。

 核弾頭だって結局は熱と爆発でモノを破壊する兵器だろ?

 相手の耐熱・耐圧性が分かってないのに、『これが人類の最終兵器だ!』ってノリで使われてもって感じ。

 何より投下地域が汚染されるのが痛い。

 宗教戦争とか民族紛争とか戦争の理由っていっぱいあるけど、大戦の一因はやっぱり資源だし、兵器としては使いどころが難しすぎる」

「洋画みたくぽんぽん使えるわけないですよねぇ」

 と笑う綿貫さん。

 そういうあなたはぽんぽん使ってくれたけどね!

 次のコロニーをどこに作ろうか考えていると、彼女がまた話題を振ってきた。

「核といえばロシアのアレ、9つもセキュリティーが組んであったらしいですよ」

「へぇー」

「それだけ対策を重ねてもやっぱり事故は起こるんですね」

「そりゃあ、人が関わってるんだもの、事故は起こるし隠蔽だってあるだろうし?

 何も知らずに犠牲になる人も出てくるだろうし。

 けど、時にはそれが人類全体の発展に必要な犠牲だったと捉えられる場合もあるわけで・・・・・・。もちろん正誤なんて関係なく、歴史を顧みたらって話ですけど。

 どうしたって犠牲者っていうのは出てしまうモノですよ。

 そしてそれを分かっていながら、多くの人間は『自分は大丈夫』と楽観視してるんだから始末に負えない」

「それでも防ごうとしている人だっているんですよ」

「けど、時にはそういった抑制を押し返して、急な躍進を遂げようとする動きも歴史上あったでしょう?

 能力開発も人類が得られるだろう恩恵――――いや夢に人は駆られているのかも。

 いつになっても魔法や超能力に対する憧れは絶えることはない」

「夢に恩恵ですか。そういえば淡路島に能力によるエネルギー開発って名目で施設ができましたよね。神戸汚染の件の後に」

「ああ」と兎傘さんが合点がいったように呟く。「人工島で増築してまでやった奴だろ?あそこもかなり強固なセキュリティー組んでるって噂だよな」

「能力関係者も変に事故を起こして騒ぎにしたくないんでしょ。

 そういや隆もあそこに呼ばれてましたね」

「そうなん?火達磨の奴が行ってるらしいんだけどな、あそこ」

 そんな風にあれこれ知人の近況も交えながら喋っていると、綿貫さんが画面から顔を上げる。

「というかご両人、そんなこと私の前で話していいんですか?」

 その言葉に僕達は顔を見合わせた。

「・・・・・・・・・・・・話して構わない程度の情報を渡してあげてるのに気づかないの?」

「・・・・・・記者として大丈夫か?」

「ぅあう――――!!」

 何やら叫んで頭をかきむしり始めた彼女を横目に、ゲーム機を操作する。

 よぉし、感染力も毒性もだいぶ上がった。ここは勝負にでて一気に感染拡大を・・・・・・、

「あ、またかなり感染が・・・・・・もう一度落としますか、核」

「えっ!? ホント何やってくてれんのこの人!?」


                     #


 ――――その後、やっぱり国防関係のアバターだったらしい綿貫さんが核弾頭の連発で捕まり、それからは一気に感染が拡大して鬼側の勝利でゲームは終わった。

 兎傘さんが始終何もしてこないことに疑念は持っていたのだけど、あの人はウイルス拡大をくい止めようとはせず、自分だけ助かろうと地下シェルターを建設中だったらしい。あいにく資金を調達してようやく着工というところで感染しゲームオーバーとなったが、この方法は完成すると地味にウザい。

 自分は周りの全てを焼き付くすような大ざっぱな能力者なくせに、嫌らしい攻略の仕方をする人だった。

 ウイルスより核汚染が目立つゲーム終了後の世界状況をしばし眺めた後、僕達は車窓の外が暗くなり始めているのに気づき夕食を取ることにした。

「食堂車に行かないのかい?」

 と兎傘さん。

 まぁ、行ってもいいんだけど、こういう列車旅の醍醐味は、意気揚々と食堂に行ってメニューを開き、数ある中から頼んでみたらほとんどが材料不足で結局一択だった・・・・・・と意気消沈することにあると思うので、出発して間もない時期に行ってもなぁとも思う。

 もちろん彼女には言わないけど。

「とりあえず今日は荷物としてかさばるものを消化して生きましょう」

 そう言って僕が荷物の中から出したモノを見て、彼女はすっごい顔をした。

 こう乙女としてあるまじき感じの。

「何が悲しくてロシアまできて日本のカップラーメンなんだ・・・・・・」

「え?シベリア鉄道って言ったらこれですよね?」

 綿貫さんもが自前のインスタントラーメンを取り出す。

 それを見た彼女はがっくりとうなだれた。

 こういうところで綿貫さんは僕の味方だ。

「さあ、給湯器のところに行きましょう。ヌードルとお茶、あとスープの分が必要ですね」

「ポットに入れて運ぶとして・・・・・・何杯くらいだ?」

「いえ、僕が念力で運びますんでポットは要りませんよ」

「あー、便利ですねぇ念力って」

 感心したように綿貫さんが言うが、元はと言えば僕の念力は暴走能力だったわけで、それこそ彼女の言う『危険な能力』だったりする。

 そういえば念力がちゃんと制御できた時はかなり嬉しかったな・・・・・・。

 それまでに犠牲になった的の数が尋常じゃなかったけど。

 ただ『能力が制御できた』だけなのに、綿や布が床を覆い尽くすほど散乱した室内で狂喜の舞を踊っている人物を見て、周囲の人が顔ひきつらせていたけど。

 お湯を球体の状態にして持ち帰り、ラーメンやら固形スープを入れたカップやらに注ぎ、他愛のない話をしながら3分待って夕食を開始。

 全く外国にきた気のしない食事だが、こういう不便な感じも観光って感じがして乙・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、そうだ旅行の目的は観光じゃなかった。

 まずいまずい、割とガチで忘れてた。

 僕達の本来の目的は一応『レッドマーキュリー』の捕縛だ。

 そう考えてみると、綿貫さんがいるというのはあんまりよろしい状況ではない。

 いっそ終点まで何もなければいいなーと怠惰なことを思いながら麺を啜った。

 シーフード味のヌードル一個に、キムチスープを胃に流し込んだ後は、各自持ち寄ったお菓子を広げてちょっとしたお茶会に突入。ティーバッグの紅茶と売店で売っていたお菓子での駄弁会は、いつの間にか再びビオサイドへと移行し、携帯のデジタル時計が『0』を3つ並べた頃にお開きになった。

 消灯し、それぞれがベッドに入った後、綿貫さんがふと思い出したように、

「そういえば今、男女が同じ部屋で・・・・・・」

 などと呟いたので、鼻で嘲ったら枕が二つ飛んできた。

 いや、だってねぇ?

 綿貫さんはともかく、兎傘さんは口調からして女らしさなんて放棄してる気がするし、そもそも女子力は僕の方が――――と口に出していないはずなのに蹴りがきた。

 読心術は・・・・・・冗談にしても、暗闇の中なのに的確にお腹を狙ってきた辺り、真面目な話、もしかしたら兎傘さんは赤外線やらを視認できるのかもしれない。

 能力者同士、結構繋がりが深く情報のやり取りもするものだが、自分の身を守る切り札ってやつは隠し持っていたりするものだから、案外ありうる。

 そもそも、技名であり能力名にもなっている『炎海紅泥』ばかりが目立ってしまっているが、彼女は普通の発火能力も使えるし、一撃必殺の隠し玉も持っていそうだ。

 炎海紅泥を核弾頭に例えるなら、何かこう細菌兵器的な気づかない内に敵を手中に納めるタイプの何かがありそうな感じ。

 敵に回すと怖いなぁと思いつつ、本格的に眠りに就くことにする。

 ロシア旅行・シベリア鉄道編1日目、終了。

 ・・・・・・このままあと一週間ほど何もないまま終わってほしいなぁ。

※ 「ロリッ・・・いやそれは心外だ!同年代ですよ!?」

 → そもそも葉月は人工授精で生まれたデザイナーベビーで8月に受精したから『葉月』なわけですが、受精した年から数えて第1章当時で13歳。

   ところが、ヒトは受精後胎内で約9か月ほど成長してから0歳児として生まれてくるので……、実は釧と葉月は下手すれば1年以上年が離れてます。


   そう、葉月は『妹属性』という裏設定があったのです!

   ……うん、今さらですね。というかそんな申し訳程度の萌え要素で何とかなるようなキャラじゃないですよね。

   というか、要するに釧は普通にロリコンだよね。

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