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第69話- 兎島の火。-Niflheimr-

「エヴァ・リヴ島は大陸からは離れた、北極海ベーラヤゼムリャ諸島最北に位置する島だ。

 島の面積は大きくなく、形状はウサギに似ている。

 元々人の少ない上、冷戦時米ソの緩衝地帯だったこの島を含めた群島の一部にはソ連の軍事基地が建てられていた。

 今でも島へのアクセスは限られている地帯だが、今と昔では理由が違う。

 SPS薬系超能力が台頭してきた時代、以前より小型核兵器用核物質(レッドマーキュリー)や超能力を研究していたソ連のKGBは、超能力開発の方針を変更、頓挫し計画の凍結が見えていたレッドマーキュリー計画と統合して新しいレッドマーキュリー計画を立ち上げた。

 その研究施設が建設されたのがエヴァ・リヴ島であり、そこで行われていたのは戦略核と同等以上の能力者を作り出す研究だということ公然の秘密でお前も知っているな?」

 目の前の男、内海岱斉に問われて僕は頷いた。

 ここは神戸万可の室長室。

 青森万可襲撃、及び今話題に上がっているエヴァ・リヴ島の事故から月を跨いで5月、北海道から帰ってきた僕は早々彼に呼び出されていた。

 まだ荷物も持ったままで、今はそのキャリーバックの上に座っている。

 この男には椅子を用意する配慮すら欠けているらしい。

「神戸の繁華街放射能汚染事件の時にも取り上げられたヤツだろう?

 マスコミが危険性を臭わせて民衆煽るのに使ってた」

「そうだ。実際こうして実害が出た以上、悪質な扇動と呼べなくなったわけだが・・・・・・レッドマーキュリー計画はロシアがソ連の時代から続けてきたプロジェクトで、連中には放射能系能力に関しては最先端を行っているという自負があった。

 ところが5年前の汚染事件が起こったことで、連中は認識を改めたらしい。

 事件を日本にも高度な放射能系能力者がいると捉えたロシアは研究を焦り――――」

「今回の事件を引き起こした、と」

「あぁ、というのがこちらの見解だった」

「だった?」

 聞き返す僕の方に、彼は分厚いA5サイズの茶封筒を投げてきた。

 確認すると中身は何十枚もの写真だった。

 1枚目は人混みの写真、2枚目は引き延ばされ拡大されたもの。中央に外人らしい女性が写っている。

「レッドマーキュリーと呼ばれている能力者だ。

 写真は今月になって撮影された。場所はロシア。

 ロゴスの監視衛星の試運転でいない人間を探す(エラー)テストをしたところ発見した。

 彼女が生きているとなると、あの事故は故意による事件だった可能性が高い」

「なるほど、彼女はわざと爆発を起こし逃げ仰せたと。それで?」

 会話の流れ的に、次にくる言葉は察しはしたが一応尋ねると、

「彼女を捕縛しろ」

 やはり予想通りの台詞が返ってきた。

「・・・・・・まぁ、いいんだけど。

 何時から万可は正義の味方やるようになったの?」

「まさか。能力者としてほしいのと、野放しにして世相を都合の悪い方向へ持っていかれるのは困る。

 それともう1つ。お前を日本から遠ざけておきたい」

「はい?」

「先月の件で万可は緊張状態。他の厄介事を抱え込みたくないというのが各支部共通の考えだ。

 ほとぼりが冷めるまで海外にいろ」

「あー、そういうこと・・・・・・」

 要は厄介払いがしたいらしい。

 まだ家に帰ってもいないのにまた旅行の話とは。

「同伴者は用意してある」

 岱斉の言葉に思わず溜め息が出た。

 それ、つまりは監視だろ。

                     ♯


 岱斉との会談から数日後。

 結局、彼のいう同伴者というのが誰なのかも聞かされないまま、僕は厄介払いの当日を迎えていた。

 本日の天候は安定、出発の便が遅延することはないだろう。

 付箋をべたべたと張り付けたガイドブックを開いて、挟んであった出港分のチケットを確認する。

 行き先はロシアのウラジオストク。ここ、羽田空港から平均12時間ほどの空の旅になる。

 ウラジオストクはロシアの極東・沿海地方にある都市で、この街にはシベリア鉄道の始発駅がある。

 これに乗ってユーラシア大陸を横断する予定だ。

 一応はレッドマーキュリーの捕縛が目的ということになっているが、実際は朽網釧(ぼく)を遠ざけるのが狙いである今回のロシア旅行。一ヶ月ほどは帰ってくるなと言われているし、早く任務を終えても困る結果になる。

 そう考えて、急な話で旅支度の時間もロクにない中、僕が始めに取りかかったのは旅行のプランを立てることだった。

 足りない旅行用品は買い足せばいいが、旅行の予定を立てていないと、暇を持て余して悲惨な旅になりかねない。

 ガイドブックを買い、それから岱斉にも指示を受けた通りロシア語を頭に詰め込み、それでほとんどの時間を費やした。

 おかげで旅行鞄が軽すぎるのが少々不安だけれど、その辺は同伴者もいることだし大丈夫だろう。

 旅がいつまでになるか分からないので帰りの便は取っていないのと、列車旅行が終わった後のホテルをどうするかも考えなくてはいけないのが面倒である反面、無計画さの目立つ旅行に期待も大きい。

 というか、そもそも神戸に帰るまでも北海道観光をしていたわけで、連続して旅行というのは少々怠けすぎているのではと思わないでもないのだけど。

 まぁ、そういった些事は置いておいて、目下僕の頭を占めている懸案事項は、同伴者は誰なのかということだった。

 別に選り好みをする気はない。

 ないのだけど、1人だけ、あの老人だけは勘弁願いたい。

 この前は過ごした時間は僅かだったので大丈夫だったが、今回は長旅だ。

 アレだけは勘弁してほしい。

 いや、アレも結構な重役だろうから、ないとは思うのだが、どうも岱斉(あの男)は僕が嫌いらしいので、嫌がらせはありうる。

 そうならないことを願いながら、待ち合わせの場所に突っ立っていると、見知った人物がこっちに近づいてくるのが見えた。

 その姿がアレではなかったことに安堵しつつ、傍にまできたその人物に声をかける。

「・・・・・・同伴者って兎傘さんだったんですね」

「そうだ。なんだよ、不満かい?」

 炎海紅泥の兎傘鮮香さん。

 神戸学園崩壊後もまだ両親の焼き肉店は学園都市駅近くにあり、彼女はそこで働いている。

 多くの生徒が去った神戸の超能力者が集まる数少ない場所でもあり、僕もよく利用する。

 なので、待ち合わせるのだったらそこでよかったのではないかとは思ったけれど、彼女も彼女で最近は別学園で教師紛いのことをやっていると言うから、その帰りかもしれない。

「いえ、とある老人じゃなくて心底安心しました。

 でもどうして兎傘さんが?」

「放射能系って一応発火能力に含まれてんの。

 放射線って広義では移動してるエネルギーのことを指すんだぜ?

 炎だって発光してるわけだし、放射能系だって基本熱エネルギーを利用する能力だからな。

 それに私これでも日本のレッドマーキュリーって言われてるんだぜ?

 気になって色々調べてたら万可(むこう)から声がかかってきた。

 何でも通訳付きだって言うから・・・」

「あぁ、それでロシア語覚えさせられたんだ・・・」

 岱斉め・・・。あの男、ホントに余裕がないと見える。

 通訳役にしてまで僕を誰かとセットで海外に放り出したいか。

 そりゃあ、一人で行かせる訳にもいかないし、けれど監視に要員を割くわけにもいかないわけで。

 そこで偶然兎傘さんのことを知ったんだろうな。無理にでもくっつけようとしたんだろう。

「知らないけど要はお前を遠くにやりたいんだろ?

 まっ、気軽に行こうぜ」

「いいんですけどね・・・。

 プランは完全にこっちで決めたものでって話ですが・・・」

「あぁ、ロシアってなんかビザ取るの大変らしいじゃん?

 めんどいから全部任せる。まずはどこへ行くんだ?」

「ビザなんてどうせ万可任せですよ?

 確かにロシアは細かい予定立てないと観光ビザ取れませんけど、今回岱斉に急かして取らせたのはビジネスビザです。

 そもそもいつ帰れるかも分かってないし、自由に動き回れないと困りますから。

 ・・・・・・それから目的地ですが、向かうのはウラジオストクです」

「ウラジオストク?」

 当然というか、向こうの地理が分かっていない彼女にガイドの地図を見せる。

「ロシアの東の端です。そこからシベリア鉄道に乗ります」

「シベリア鉄道って、あの世界最長の?」

「はい」

「寝台列車で一週間ぐらいかけて行く?」

「はい」

 頷くと、彼女は額に手をやり、天を仰いでから真顔で言った。

「なぁ、私らレッドマーキュリーの調査に行くんだよな?」

「プランは任せるっていったじゃないですか」

「いや、そうだけど調査、だよな?」

「僕にしたら観光みたいなものです。

 さぁ行きましょう。

 ピロシキ、ボルシチ、きのこの壺焼き・・・・・・観光は僕に任せてください」

「観光、というかそれ全部食い物・・・」

 後ろで唸っている兎傘さんを置いて僕はさっさと歩き始めた。


                     ♯


 北極海の一部であるバレンツ海に浮かぶエヴァ・リヴ島は、日本から見れば遙か北の果てという認識になるだろうし、本国ロシアから見ても大陸から離れた、人口密度の薄い場所にあると言える。

 かなり遠くにある離れ小島、しかも元々が研究施設として隔離された地域であり、結局被害者は関係者という括りの中に収まっていたロシアの核汚染爆発事故は、五年前の神戸汚染に比べると民衆の関心が薄れていくのは早かった。

 繁華街のど真ん中で起きた神戸の件と名も知らない、場所もよく分からない島で起きた今回の一件。

 結局のところ、人間というのは身近で起こった事件でもない限り、危機感を感じにくい生き物であることを今回の件は示しているように思える。

 沈静下していく報道と相反して、放射能汚染物質が大気に乗ってかなり広範囲に広がりを見せていたのだが、そういったニュースが芸能人の離婚話と続けられて流れていくのを見て誰が危機感を感じるのだろう。

 もちろん、現場の人間や放射能除去関連の能力者連中はかなり水際のところで全力で対処しているらしいのだが、画面を通すとどうしても現実味というヤツがフィルターにかかって除去されてしまうようだ。

 被害報告、放射能汚染拡大予想図、専門家の論弁。

 核爆発という非現実的事象を、さながら映画のように映し出す、どこか作り物めいた特番があるいはその理由なのだろうか。

 何にせよ。

 あの爆発から半月ほど経った現在、ロシアの件はもう大分落ち着いてきている。

 だからこそ、ここでレッドマーキュリー生存が世間に知られることになったり、あるいは彼女がまた何かしらを起こしたりして、事故を蒸し返されることは万可としても避けたいわけだ。

 重要度で言えばかなり低いが、超能力者の一員である自分としても、世間体というやつが反能力者へと傾くのはうれしい話ではない。

 だから、もちろんレッドマーキュリー捕縛命令をなおざりにするつもりはないのだが、だからといってこの広いロシアで闇雲に探して見つかるわけがない。

 捜索は人工衛星ロゴスの監視システム便りになるし、そのシステムにヒットしない限り動きようがないのだから、とりあえずロシアをブラブラするという意味ではシベリア鉄道は格好の暇つぶしだと思う。

「だからっつって、こう・・・のんびりし過ぎるのも問題だと思うんだがなぁ」

 まだぼやく兎傘さんだが、そのくせがっつり旅支度はしていて、僕より断然荷物が多かったりする。

 どう考えても身軽に動ける身なりじゃない。

「でも一カ所に留まっておくよりはマシでしょう?

 レッドマーキュリーの方もかなり頻繁に移動してるらしいんです。

 衛星じゃ遮蔽物の下に入られると見失うんで、列車なんか何度も使われると探索も大変だとか」

「あぁ、だからこっちも列車使うのか?

 シベリア鉄道の主要駅周辺に現れる可能性は高いわけだ。

 確かに長距離を移動するなら飛行機よりはそっちの方がいいかもな」

「ま、そういうわけでウラジオストク駅ですよ」

 目の前に見える緑の屋根と白い壁の建物を指さす。

 屋根の形からあまりにも多い窓の数まで、細工に凝ったウラジオストク駅は日本では見られないタイプの駅だろう。

 日本の物は何かと角張っているというか無骨というか、こうも外装に遊びのある駅というのは珍しい気がする。

 ゴールデンウィークというわけでもないのだけれど、駅は人が多い。

 観光ばかりではなく国民の足としても使われているのだから当然なのだが、母国語以外の言葉が溢れかえっている空間というのは新鮮でもあり不安でもある。

 兎傘さんに関しては全くロシア語に関して知識を入れてこなかったようで、あちこち見ては意味を聞いてくる。

 結局ホームに上がるまでの手続きは全部僕がやって、年上のはずである彼女を引率する心持ちで列車に向かった。

「今回僕達が乗るのはシベリア鉄道の中でもポピュラーなロシア号です。

 車体が国旗と同じ白青赤とカラーリングされてる・・・・・・アレですね」

「へぇ・・・、おっ何だコレ。9288・・・?」

 彼女が指さした先には、黒い柱のようなものがあった。

 てっぺんに何やら飾りのようなものがついていて、下の方に『9288』と数字が彫られてある。

「キロポスト。モスクワまで9288キロだそうです。上の飾りは国章だったかな」

 物珍しそうにそれを見ていた彼女はふと顔を上げていった。

「私の能力だとこの大陸、何回で沈められるかな?」

「やめてください」

 その後、煉瓦詰めのホームを、展示されていた蒸気機関車やら何やらとあちこちに視線をさまよわせながら進み、目的の列車に乗り込んだ。

 キャリーバック2つ分ある彼女の荷物の運搬を手伝って、自分達の部屋に入る。

「4人部屋なんだな」

「2人部屋でもよかったんですが、せっかくの旅でそれもつまらないかな、と。

 こういうのって人との触れ合いが楽しいって聞きますし」

「ふぅん・・・・・・つっても私は英語すらヤバいんだがな」

「まぁ、語学は実践が一番ともいいますし」

 慰み程度にしかならないが、僕がここ数日読んでいた『ロシア語 ツアー編』を渡す。

 受け取った彼女は数ページパラパラとめくった後、パタンと閉じて言った。

「私、外国語嫌いだ」

 だったらなんでロシアまでこようと思ったんだこの人は。

「・・・最悪、スマホの翻訳使えば何とかなるかと。

 写真で取った文字も翻訳できるアプリすらある時代なんですし」

「私のスマホじゃないよ。ああいう機能が多いのは好かない」

 そう言って彼女の取り出したケータイは老人向けの物だった。

 あれでは機能もヘったくれもないし、このケータイへの無頓着ぶりからして、そもそも国際電話の機能もサービスも取ってはいないんだろう。

 さすがにこれでは分かれて行動することになった場合が心配すぎるし、連絡が取れないはまずい。

「コレ貸しますんで、操作覚えてください」

 仕方なく持っているスマホの1つを渡すことにした。

「ん?いいの?」

「ええ、ケータイ3つ持ってるんで」

「あんがと」

 物珍しそうにタッチパネルを触る彼女を後目に、僕は僕で荷解きを始める。

 歯ブラシなどの日用品、暇つぶしの道具は持ってきているが、一番心配なのは着替えだ。

 洗濯できる場所は早い内に探しておかないといけない。

 今後について、僕が色々考えていると、

「・・・・・・うーん、ないかぁ」

 しばらく僕に渡されたケータイをいじっていた、彼女が何やら呟いていた。

「何がですか?」

「エロ画像。写真ファイルにあると思ったのに」

 ・・・・・・何やってんだこの人。

「例え入れてたとして、それの入ったケータイを渡すと思うんですか?」

「よし、残り2つを貸してくれ」

「冗談じゃねぇ。

 というか、そもそもそんな画像探してどうしようってんですか・・・」

「いや性癖をからかおうかなと。

 でもなんだよ・・・・・・その様子じゃ、見つけても面白い反応は期待できなかったかなぁ。

 全く、純心な釧君はどこへいっちゃったんだい?」

「ケータイにエロ画像入れてる人間に純心さなんてあるんですかね?

 そんなことしてる暇があったら、ロシア語の挨拶でも覚えといてください」

「へいへい・・・・・・んーでも写真ばっかだな。

 一緒に写ってる人って誰?」

 その言葉に僕は絶句した。今自分は彼女のことをこの世のモノではないものを見る目で見ていることだろう。

「兎傘さん・・・テレビ見ないんですか?」

「え?何、有名人なの?」

「バラエティー見なくても、ニュースで顔ぐらい知ってそうなものなんですが・・・・・・」

「あー、私基本的にラジオだなぁ」

「ラジ・・・ッ」

「有名人かぁ。そういや、タレントの仕事もやってたんだっけ?旅行してていいのかい?」

「まぁ、それほど積極的にやってるわけでもないんで。

 それより・・・・・・兎傘さんは荷解きいいんですか?」

「んー持ってきたのは娯楽物ばっかだしなぁ。

 レッドマーキュリー関連の資料なんかも入れてきたんだけど、読むとしてもちょっと落ち着いてからでいいだろう?

 実は羽田空港には沖縄からきたんだよ」

「琉球学園のデータバンクですか?確かに超能力関係の古い資料ならあそこが一番蔵書量多いですし――――・・・・・・どうやら同室相手がきたみたいですね」

「ん?」

 怪訝な顔をする顔をしている彼女に、自分の耳を指さして言う。

「耳がいいので」

 4年前、ほとんど生まれ変わりと言っていいほどの経験をしたこの身体のスペックは非常に高い。

 以前負った目の傷もすでに消え、視力も完全に戻っている。

 ただしこの身体はブラックボックスが多く、どれほどの損傷に耐えられるのかは未知数だ。

 身体が丈夫なのはいいことだが、むやみやたらに攻撃を食らうわけにもいかないのには変わりない。

 かといって僕の彩色念力という能力上、食らわないというわけにもいかないので、実は結構扱いが難しかったりする。

 その辺のバランスは難しく、戦闘で常に『当たってもいいのか』という駆け引きを強いられるために負担はむしろ大きい。

 いっそ明確なデータを取った方が楽だとも思うのだけれど、こういった謎めいたものが大好きであろう加藤倉密がこの身体を解剖したがらないのだ。

 なんでも「腹を切開した瞬間、中から腕が伸びてきて首を絞められる気がする」らしい。

 いや、葉月ならそれぐらいのセキュリティーを組んでいそうなものだけども。

 あのマッドサイエンティストは、ああ見えて保身はちゃんと考える人間らしい。

 まぁ、スペックの詳細がイマイチ分からないのは不安要素ではあるものの、不意打ちという最も警戒すべき、そして感知しにくい事態に予防線を張れるの有り難いことだ。

 この身体のスペックを最大限生かすことで、周囲の人の有無に関して僕はかなり敏感になっている。

 この部屋を共有相手についても、見ずして今外にいる人間が確かにこの部屋に向かっていて、ドアに手をかけようとしているところまでのイメージが脳内に再現されていた。

 スライド式のドアを引く、微妙に金属音の混じった音と共に振り返る。

 挨拶しようと口を開け、

「・・・・・・・・・・・・」

 そのまま、固まってしまった。

 それは相手も同じ様で、僕の姿を確認するなりぴたりと止まった。

 わなわなと震える人差し指を彼女は僕に向け、僕も彼女を指さして――――、

「「あ――――!」」

 僕とその人物が叫んだのはほぼ同時だった。

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