第68話- 裏方再び。-Runner away-
青森が襲撃されてからほんの数十時間。
あれから休みなしで北海道に飛んだ釧と美樹は、北海道学園都市の所有している空港で隆と落ち合い、少しの談話をして解散していた。
隆と美樹はアメリカへ国際線で飛び立ち、釧は北海道学園都市に残り療養。
4年前はあれほどつるんでいたというのに、今では同じ空間で過ごす機会に恵まれなくなっている。
月日の流れは、それが本人達にとって良かれ悪かれ必然的にやってきて、人の立場や境遇を変えてしまう。
青森万可を相手取った以上青森にはいれず、かといって青森以南の学園都市は組織の影響力が強く、釧にしても美樹にしてもしばらく近寄るのはまずい。
追っ手がかかるのを避けるために、超能力者数の多さが取り柄の一方で研究施設の少ない北海道にまずは逃れた彼らは、そこで改めてそれぞれの行くべき進路へと分かれたのだ。
青森から北海道に飛ぶ機内の中、お互いの利益になりうることばかりを情報交換して、世話話の1つも交わせなかったことを心残りに思いながら釧は2人を見送った。
スーツ姿の長身金髪と、顔の半分を包帯で隠したその上にサングラスをかけた女とが一言二言話して分かれる様は、周りにはさぞ異様に映っただろう。
その包帯は待合い中に青森の空港で応急処置したもので、巻かれているのは顔と足だ。
応急処置といっても粗雑なものだが、左目を抉った傷と、あちこちにできた足の切り傷を隠せれば彼にはそれでよかった。
葉月ほど治癒力が強いわけではないが、どうせ数日後には完治している。
見送りの後、彼は空港のカフェで軽い食事を取り、それから一応報告を神戸の万可に入れることにした。
疲れが溜まっているので面倒はさっさと終わらせてしまいたい。
相手があの加藤倉密というのもその原因の1つだ。
「もしもし・・・」
気だるさをケータイを持つ腕にすら感じつつ、釧は歳のくせに何時も元気な老人に呼びかけ、それから少しケータイを耳から離した。
『あぁ君か!連絡がなかろうがそっちが成功したことは知っているぞ!』
思ったとおり、倉光の返事は大音量で流れてくる。
離していても耳に痛い声に彼は顔をしかめた。
「そうですか。それじゃあ、僕は疲れてるんでこれで・・・」
話を続けるのも億劫で、5秒で通話を切ろうとする。
だが、『あぁ待て』世話話など気の利いたことなどできはしない子供老人は今日に限って待ったをかけてきた。
『実は君の耳に入れて置きたい情報がある』
「はぁ」
面倒事は勘弁だ。
そんな心情がありありと伝わってくる相槌を気に止めず、代わりに余計な言い回しもせずに倉光は本題を切り出した。
『君が青森を襲ったことに乗じて、最重要の機密が別の人間に盗まれた』
「・・・・・・あー・・・ああ、美樹が何か言ってた奴か・・・」
『違う、それとは別だ。彼が侵入したのは君達が出ていってからだからな。
昨日、あの万可に侵入した連中は3組いる』
「なんか・・・すっごく厄介な事になってるなぁ・・・」
『厄介?はっ、厄介どころの騒ぎじゃない!
とにかく、最後の侵入者がまずいモノを盗んだ。
いや、まずいことに使おうとしてる連中に盗まれた、と言った方がいいのか・・・。
何にしろ、今はどこの万可もてんやわんやだ。一因のある神戸にも責任が飛び火するかもしれん』
「・・・・・・・・・・・・あっそ」
疲労を気遣わない高すぎるテンションに釧は投げやりに答えた。
『つれない返事だなぁ、自分の所属する組織の話なのだが?』
「帰属意識なんてあんただって持ってないだろ。話はそれだけ?」
『ああ、一応貴様も気をつけろ』
「はぁ・・・・・・ああ、そうだ。一応聞いとくけど、盗まれたって何が?」
『髪の毛だ』
「は?」
予想外の答えに釧は思わずそんな声を上げてしまう。
『とある化け物のDNA情報』
その反応に倉光はそう言い直したが、
「はぁ?」
釧には結局その重要度がよく分からなかった。
化け物のDNA?
クローンで復元されたら暴れ出して人類が滅亡でもするというのだろうか?
そんな考えが釧の脳裏によぎったが、改めて考えてみればそういうことはすでに葉月がやっていた。
なら一体何がまずいのか。
その疑問を口に出そうとしたが、
『・・・・・・とにかく万可は緊張状態にある。
君も召集される可能性があることは覚えておけ』
倉光の台詞に機を逸してしまい、
「・・・・・・了解」
イマイチ納得できないまま彼は通話を切った。
/
飛行機内で一応睡眠を取りはしたものの、疲れは取り切れずに疲労がピークを迎えようとしていた釧は、空港からホテルに帰ってきた後、そのままベッドに直行した。
怪我のこともあるのだが、多種多様な能力を使ったことで脳に大きく負荷がかかったらしい。
荷物を放り投げ、ベッドに倒れかかって、その1分後には熟睡し、陽の日差しが差し込んでも、太陽が沈んで部屋が暗くなっても眠り続け、結局彼が目を覚ましたのは夜中の8時だった。
うつ伏せで、顔だけ横に捻った体勢で長時間過ごしたせいか、首がやたらと痛いが、そのかわりに深く眠りについて身体を休めたおかげで、昼間は感じていた傷の疼きや痒さはいくらか楽になっていた。
「ん・・・・・・」
身体を一度ひっくり返し、仰向けになって天井を見上げてから、閉めずにいたカーテンの向こうに煌めく北海道学園都市の街並みに目をやった。
高い建物が少ない分、街の光がなだらかな形を作っている。
初めてくる街の、知らない景色。
沸き起こる不安定さというか、不明瞭さというか・・・・・・人を感傷的にさせるような雰囲気、それが心地よい。
身体を起こして、血で肌に張り付いてしまっている左目を覆う包帯をほどくと、パラパラとかさぶたの欠片が落ちた。
ほの暗い部屋の中、手で触れて確認すると、目の傷も足の怪我もすでに塞がってはいた。
目の再生は自然治癒に任せると二週間ほどかかるだろうが、身体の傷はあと数日もすれば完全に消えるだろう。
せっかく北海道にまできたのだ、療養ついでに観光と洒落込むのも悪くない。
あと1日ほどここでだらだら過ごしてからぶらりと観光地巡りでもしよう。
ベッドから立ち上がった彼は足の包帯も外し、新しいモノと変えた。
目立つが、傷を晒すよりはいい。
足はジーンズに穿き替えれば隠せるし、春夏用のニット帽もあるから、白色の露出は最低限に押さえられる。
着替えを終えた後空腹を覚えて、ラーメンでも食べようと釧はホテルを出た。
北海道の学園都市は広大な土地を利用し、一時大量に希望者を募った場所だ。
早急な都市開発だったために、能力の質がついていない感が否めないが、超能力者の人口で言えば間違いなく世界一の人数を誇る大都市であり、研究施設は乏しく、訓練施設に充実した土地柄に惹かれて他の学園都市から通う生徒が大勢いる。
決して寂れた学園ではなく、むしろ能力者にとって非常に重要なポジションを占めていると言えるだろう。
修学旅行に参加することがあれば、釧もここにきていたのかもしれないが、そんな未来は実現しなかった。
実のところ、日本中を駆け回っている釧もここにくるののは初めてで、それなりに楽しみにしていたぐらいだ。
北海道学園都市はとにかく広い。
訓練施設を回るとなればそれこそ数ヶ月はかかるだろうし、ただ街の様子を見て回るだけでも骨の折れる作業だろう。
近代的なイメージのある特別学園都市とは真逆の、緑の中にあるようなこの都市は見ているだけでも楽しめる。
現在は夜中なので残念ながらそういった風景は拝むことはできなかったが、ぶらぶらと歩く釧の視線は、あちこちにある店の看板を彷徨っていた。
彼の歩いているエリアは比較的街の機能の密集した辺りで、当然外食店も多い。
ラーメンがいいと決めていた彼は、数軒あった店の中から一番人の少ない一軒に入っていった。
店内を見渡すと、カウンター席がほとんどで、テーブル席は2つだけ。他にお客の姿は見えなかった。
お客がいないのがむしろありがたい。
釧はカウンター席に腰掛けてメニューを開いて――――『中華そば』としか書かれていないのを見てすぐに閉じた。
必然的にそれを頼んで数分、お世辞にも愛想がよいとは言えない店主から丼を受け取って、好きなメンマにスープをよく含ませようと割り箸で奥へと押し込んでいた時だった。
「あれ?朽網君じゃない」
出入り口の方からかけられて、ちらりとそちらに目を向けると、そこには見覚えのない同年代の女性が立っていた。
どうやら自分のことを知らない彼の様子に気づき、その人物は「ああ、面識はなかったっけ?」と言いつつ、釧の隣に座った。
「ほら、何年か前の文化祭の時に、あなた達、アホ・・・じゃない瑞流に珈琲の淹れ方学びにきたでしょ?」
「あぁ、そういえば・・・」
彼の脳にコスプレ喫茶という、今考えると随分恥ずかしいことをやった記憶が蘇る。
あの時は無理矢理女装させられて・・・・・・そして今の自分やっぱり女装している事実にまで至ったところで、彼は思考を遮断した。
「あいつの知り合いよ。礎囲智香。
葉月ちゃんが一時期所属してたチームのリーダーやってたこともあるわ。
ま、途中で学園組織とは離反しちゃったんだけどね。
しっかし、釧君はこの4年で随分可愛らしく・・・」
「よーく言われます。
・・・・・・瑞流さんの方はどうなんですか?大学、何度も留年してたらしいですけど」
「あー、たぶん大学は退学扱いになったんじゃないかな。
離反した時の関係でね。しばらく学園には戻らなかったから。
実は今も結構危ない橋を渡ってるのよ」
「さいですか」
「何よぅ、つれない返事だなぁ。・・・あ、おやっさん、いつものラーメンね。
北海道にはちょっと前から滞在してるんだけど、やっと成果が得られそうなの」
「はぁ・・・」
生返事。正直、仲間意識の強い超能力者連中の中でも淡白な彼は、そういった他人の事情に興味はなかった。
「昨日、青森万可を誰かさんが襲撃してくれたおかげでね」
彼女は釧をちらりと見て微笑んだ。
それに釧は無言で答えて、チャーシューを口に放り込む。
「『箍の外れた発条』って知ってるでしょ?」
「万可に並ぶ悪名高い研究機関だって話は。廃人能力者の墓場だとか」
「ええ。そして同時に、暴走能力者を制御する研究を執り行っている施設でもある。
その辺にいる、程度の低い能力者でもリミッターを外した上で思いのままに操れれば、非常に有効な戦力になる。それも使い捨てのね。
縁もあって、その情報を追ってはるばる北海道まできてたの。
ここなら能力者だけは多いから実験体には事欠かないだろうと当たりをつけてね。
そしたらビンゴ。昨日から『発条』関連の施設の1つの動きがやたらと活発になった。
おそらくは万可に依頼されたか圧力かけられたかしたんだと私は踏んでる。
万可と発条の共生関係は前から言われたことだしね」
「・・・・・・つまり誰かさんが青森万可を攻撃した影響で、青森で行われていたその『一般能力者で超兵を増産する』研究とやらが引っ張り出されてきたと?
けど、それはあくまで智香さんの予想であって、根拠はないんでしょう?
確かに青森万可が何か動きを見せいるらしいけど、それが急増品の手足を必要とする事態なのかだって定かじゃない」
もっともらしい物言いで彼はさらりと嘘を吐いた。
倉光との会話で得た情報から、盗まれたものを取り返そうとしているらしい万可にとって、人手こそが必要なのだということは分かっていたが、釧はそれをわざわざ口にして面倒事を背負い込みたくはなかった。
「まあね。でも、万可・・・というか、超能力のアンダーグラウンド界隈は今、かなりピリピリしてる。
例の、葉月ちゃんが実質上の神戸学園崩壊をやってのけた時ぐらいの緊張状態なの。
誰かさんが何をやったのかまでは知らないけど、万可の動きが過剰なぐらい活性化してることからして、かなりヤバいことだってのは分かるわ。
人手をかき集めたがっていてもおかしくはない。
それに、今頃その確認に私の仲間が行ってるの。
ちょっとその施設をつつきにね」
「・・・・・・智香さんは行かなくても?」
「私は待機中。臨機応変に対応できるように別行動なのよ。リーダーだしね」
胸を張ってみせる彼女をじと目で見ながら、彼は先にモヤシを食べて分けておいた麺をすすり始める。
さらに、リーダーという役職に関して、彼女が自慢なのか愚痴なのか判断しかねる内容を話している最中に、ガララと戸を引く音を聞いてそちらに目をやった。
寂れた店に何人もの学生が無言で入ってくるのを見て、天井を見上げる。
溜め息。
それからまだ話し続けていた智香に向き直った。
「・・・・・・ところで、僕は見たことないんで知らないんですが、その暴走能力者ってどうやって作り出すんですか?」
「んー、耳に入れて使う小さな装置でね、特殊な電波を使って宿主の脳活動に影響を与える感じ?」
「洗脳みたいな?」
「うん、そうそう」
「ということは、割と簡単に普通の能力者と見分けってつく?
目が虚ろだったり、立ち方がおかしかったり、フラフラ歩いたり」
「そうそう」彼女は思い出し笑いをして、それから自分が注文した丼を手元に引き寄せた。
「私も数回しか実験体にはあったことないんだけどね。
見た目がまるでゾンビなのよ。
普通の人間と見分けがつかないのが一番怖いと思ってただけに拍子抜けだったわ。
ま、最終的にはそういった不具合も取り除く気なんだろうから、その前にぶっ潰しておくことに越したことは――――・・・・・・」
と、彼女の言葉尻は、自分の方を向く釧の目線が、実は自分ではなく、その後ろに注がれていることに気がついたことで途切れた。
おそるおそる、そちらに顔を向けた彼女の目には、虚ろな目をして、フラフラとおかしな立ち方をした、まるでゾンビのような連中が出入り口を塞いで、さらに店内に侵入してきている様子が映った。
「もしかして、その施設をつついてる仲間って瑞流さ――――」
「アホウドリよ」
「・・・ちょっと抜けてるところがありませんでしたっけ、瑞――――」
「アホウドリよ。あの鳥頭には人間らしい名前は要らないわ」
そうこうしている内に、ついにゾンビの大群がわらわらと動きだし、彼女達に向かってくる。
「あのバカ野郎ー!覚えてなさいよー!」
智香の叫び声が店内に響き、とばっちりを受ける羽目になった釧は遠慮なく店の壁を念力で破壊して外へ逃げた。
途中、店主の悲鳴も聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。
後に続いて智香も店から這い出してきて、ばり雑言を吐き散らし始めた。
彼女が近づいてきたことで、ゾンビまでやってきたのを見て、彼はついに念力を使って空中へとさらなる逃亡を図った。
それに気づいた彼女は上に向かって叫ぶ。
「ちょっ、ちょっと!助けてよ!というか手伝ってよ!」
「え、だって僕には関係ないし・・・」
「ほら、袖触れ合うも多生の縁っていうじゃない!」
「えー?それを言うなら、4年越しのこの邂逅が縁なんじゃないかなぁ。
それに僕一応怪我人だしさ。
こういう時は『ここは俺に任せて先に行け!』って言うべきじゃないかな?」
「何ソレすっごい死亡フラグ臭するんだけど!」
「まぁ、頑張ってください」
慰めにもならない一言を残して、釧は軽やかに夜空へと駆け、
「ぬわ――――!」
そのまま離脱していった。
/
釧に逃げられて、自身もゾンビの如く迫る暴走能力者から逃げることとなった智香は、ラーメン屋から出た後、問題の施設がある方角へ走っていた。
仲間との合流、状況の確認、作戦の練り直し。
やることはたくさんある。
そのためにも、できるだけ早く連絡をつけたかった。
だが、進路の先々で現れる暴走者の群に行く手を阻まれ最短コースとはほど遠い道のりを強いらている上に、ケータイの操作をする余裕すらないほどの猛攻を受けて、彼女は先ほどからうまく立ち回れずにいた。
暴走者、被洗脳者。呼び方はいくらでもあるが、あの『一般人でありながら敵となった、数を武器にしてくる厄介者』は、彼女がゾンビと揶揄した通り、動きはそれほど俊敏ではない。
また、暴走能力者の脅威である能力も、この状況ではまとも使えない。
だから暴走能力者とは言いながら、そのスペックはそれほど高くはないのだけれど、あまたある手に身体を掴まれば簡単に動きを封じられてしまうのも事実である。
絶えず逃げ続けなければいけないというのはなかなかの重労働だ。
この現状に早々限界を感じた智香は、それを打破すべく一番近い歩道橋を見つけるや否やかけ上がり、橋の真ん中から最終バスの上へ飛び乗ることで一時の休息を得た。
さすがにゾンビ達もここまでは追ってはこれまい。
無論、能力者なので空中遊泳のできる連中もいるだろうが、暴走能力者――――能力者を能力発現を含めて操るという技術は、結局のところまだ発展途上の技術である。
本来は実践配備できるほど成熟した研究ではない。
何にせよ、やっと余裕ができた彼女は、ケータイを取り出し、もちろん彼女がアホウドリと呼ぶ朝露瑞流へとコールした。
「何やってるのよ!バカアホウドリ!」
開口一番の怒鳴り声。向こうもそれを予測していたようで、負けじと声を張り上げてきた。
『うっせ!思ったより連中が過剰に反応してきたんだよ!
・・・なんだよ、その様子じゃそっちにもきたのか?』
「ええ、ゾンビの大群がね!
それと偶然釧君と会ったんだけど、さっさと逃げられちゃったしさぁ!」
『釧?ああ、『魔女』ね。
まぁ、そういう強者ほど気まぐれに動くのは今に始まったことじゃないしな。
んなことよりこれどうするよ?』
「あんたのせいでしょうが!はぁ・・・それで?そっちは今どの辺?」
『施設の近くだ。ほんと気味の悪い連中に追いかけられてるよ。
見るにあれは第二世代だな。あとサワガニも数台きてる』
「第二世代、ね。こっちのは第一世代がほとんどよ」
第二世代、第一世代というのは暴走能力者に使われている装置の世代のことだ。
能力を使用できないものを第一世代、僅かながら使用できるのが第二世代。
要するに研究課程で生み出されたプロトタイプの識別名だが、これらの性能の違いは機械的な機能の差というよりは、蓄積データとその処理能力の差に因るものだと言える。
実のところ、第一世代も宿主の能力を操ることはできるのだが、『大多数の超能力者を用意に作り出す』ことが目的である性質上、能力使用は味方も入り乱れる中で行われることが前提で、味方を巻き込まないための措置が必要になってくるために、実質上使用が制限されているの実状だ。
つまり、暴走超兵部隊を完成させるには、宿主によって全く違う能力を統制して連携させるだけの実践データと、その非常に高度な処理を行えるだけのシステムの開発が不可欠なのである。
その開発の末、ようやく少し能力が使える程度に連携が取れるようになったのが第二世代というわけだ。
彼女らの目的は研究の完成を阻止することであり、その一端としてはるばる北海道にまでやってきてわけだが、結果この戦闘行為自体が新たな研究データ採取を手伝ってしまっているとも言えなくはない。
そのことを歯がゆく思う一方で、だからこそ迅速に息の根を止めてやると、智香は決心と共に一度深く呼吸をした。
「んじゃあ・・・・・・20分後AlphaPhios社の玄関口で待ち合わせよう。
そっちサワガニに対抗できるの啓吾くらいでしょ?」
『いや、保駿ともはぐれた。
あいつ、1人で突っ込んで行っちまって・・・・・・』
「あっちゃあ・・・・・・・・・・・・やっぱ、冷静さを欠いたかぁ」
『まぁ、大丈夫だとは思うがこっちはおかげで大ピンチだよ。
あと・・・・・・もう1つ、気になることがある。
超大型戦術輸送機がこっちに向かってるって情報がきてんだよ。
万可にしても発条にしても、奴らの動きがよく分からない。
そっちの調査もよろしく頼む』
「あーはいはい。分かったそれじゃあね。
・・・・・・ふむ。なんか、どうやら、これは――――思った以上に大きなうねりに飛び込んでるっぽいな。
ふむ」
もう一度考え込む仕草を取ってから、智香はケータイを上着ポケットにしまいチャックを閉めた。
本当はそのまま情報屋に連絡して瑞流のいうマンタについて調べたかったのだが、そうもいかないらしい。
バスがさっきとは別の歩道橋の下をくぐり抜けた直後、ゴンッと着地音がしてフレームが揺れる。
新たな追っ手は智香の背後からやってきた。
「制限時間は20分。それまでにコレから逃れつつ、マンタの情報を集めつつ、集合地点へ・・・・・・少々自分で難易度上げすぎたかな」
一拍置いて、紫電が北の夜空に煌めく。
/
朝露瑞流は要するに霊体離脱の能力者である。
故に彼に与えられる役割は大体において斥候であり、今度の場合も施設を先に探ろうと霊体離脱したのだが、能力で施設内に意識を飛ばした瞬間、問題が発生してしまった。
捕捉、そして返り討ち。
透視能力者の能力を制限する装置が存在することから分かるように、ESPの能力波を感知・除去する技術というのは確かに存在するし、学園ならあらゆるところに使われている。
機密を扱う施設にも当然使われていることは知っていたのだが、大抵の場合そういった感知器の類は重要書類の保管場所などプロテクトしたい箇所に設置するもので、高コストでもあることもあって、まさか施設全域に渡って網が張り巡らされているとは思ってもみなかったのだ。
しかし実際敷かれていたセキュリティーは彼らの予想を超えて過剰なモノであり、その結果として元トリッキーズ残りのメンバーは追われることになった。
裏を返せば、それだけこの中に知られたくないものがあるということなのだが、非常に困ったことにせっかくお目当ての物を見つけたところで、強行突破できるほど彼らは戦力を持っていない。
佐々見雪成は変身能力者である。
音羽佐奈は冷却能力者である。
岸亮輔は人に触れられない接触系能力増強能力者である。
この通り、攻撃性の面で言えばかなり頼りない編成だ。
彼ら新トリッキーズの火力担当は保駿啓吾だが、とある事情で知り合った彼は、そのとある事情から独断専行に走ってしまって今はいない。
元々彼が理由でトリッキーズの面々は暴走コードを追いかけることになったのだ。
彼にとってこれらのことは他人事ではない。
これまでにない規模で暴走者を量産され、しかも自分達を追いかけてこられれれば、頭に血が昇ってもおかしくはなかった。
(はー、困った)
一応は副リーダーのようなポジションにいる瑞流は、目の前に現れた暴走能力者の顔面を殴った。
けれど、そのすぐ次の瞬間には新たなゾンビが近づいていて、それを殴ってもまた新しい顔が迫ってくる。キリがない。
それもそのはずで、彼らを追っているだけでも100人を越える暴走者が存在しているようなのだ。
(連中、ガチで潰しにきてるぞ・・・・・どうなってんだ?)
危険と言われる組織の施設にちょっかいをかけたのだから、もちろん反撃されることは分かっていた。
だが、ここまで鬼気迫る反応をされるとは思っていなかったのも事実だ。
自分達が狙ったのは『能力者の洗脳装置研究』であったはずで、結局それも初めから失敗している。被害はなく、研究内容を知られたからといって、躍起になるほどの
情報だとも思えない。
なのに、この反応。
彼には解せないものだった。
当然だ。アンダーグラウンドにも長く潜り、多くの情報通とも知り合っている彼らでも、事象の全てを把握できているわけではない。
けれど、もし彼らが青森で起こった一部始終を知っていたらならば、少しは推測できただろう。
青森の一件で、万可は実際は連携など取ってはいなかった3組の侵入者に、段々と身動きを封じられてた挙げ句に完敗を期した。
そんな事件からまた日の経っていない内に今回の件。
青森襲撃からの連鎖反応ではないかと万可が考えてもおかしくはなく、さらに被害が拡大することを万可は恐れたのである。
それはもちろん万可単体の機密に関してもだし、繋がりのある他の研究所に関しても言え、だからこそ発条がこんな反応を示してきたというわけだ。
それを知りらない彼らには分かりっこない事情だが、襲ってくる敵の多さが尋常ではないことは彼らにもよく理解できた。
迅速に対処しなければ。そのためにも約束の20分後までには集合地に着かなくてはならない。
「つーか、待ち合わせて、どうするってのも問題だよな・・・」
「でもまっ、つついて反応があったっていうのは収穫よね。
私らの求めてるものがここにある可能性は高いわ」
佐奈の言葉に彼は肯いた。
「だが、ここまで猛烈なアタックを受けながら壊しに行けるか?
本当にあるのか分からねぇし、マンタの動向も気になるしな。
もう一度俺が霊体離脱して中を探るってのもありだが・・・」
「よしそれでいこう」
瑞流の提案に雪成が即答したが、彼は首を振った。
「・・・・・・この状況で誰が俺の身体運ぶんだよ」
言われて、雪成は一瞬自分が運ぶことを考えた。
変身能力で身体の体積を変えれば、最低限の力で背負うことはできるはずだ。
けれど、そうしたところで機動力が下がることは避けられないだろう。
そもそも情報を得たところで、それを役立てれる状態かも怪しいものだ。
「智香の連絡を待つしかないか」
今回の件は火力である智香か啓吾が鍵になる。
追われ逃げながらも大して動くことのできない自分達の在り様に彼は溜め息を吐いた。
/
あれから、智香は再びアスファルトの地面に足を着けていた。
その息は荒く、かいた汗がポタポタと頬を伝っている。
普段逃げ慣れてはいるとはいえ、前後左右あらゆる方向から襲いかかってくるゾンビを相手にしながらの持久走は、彼女にかなりの負担をかけているようだった。
それもそのはずで、規則正しく呼吸を繰り返すことで体力を温存できる走技とは違い、今の彼女の逃避行は走りながら手技や足技を繰り出して進むという何とも不格好なものだ。
走るだけならともかく、殴る蹴るという動作は意図せずとも力を込めるのに腹筋などの筋肉を使う。
けれどそれらの胴体に内蔵された筋組織は呼吸にも使われる部位だ。
呼吸のリズムが崩れることは避けられず、呼吸器はすぐさま熱と痛みを訴え始めた。
移動を自前の足に戻した途端これだ。
できればバスの上にもう少し居座りたかったものだが、そうはできなかった。
別に乗り込んできた男にバスから追いやられた訳ではない。
一閃。たったそれだけで、襲撃者は膝を着き顔面をバスのフレームに打ちつけたほどだ。
それぐらいに彼女と彼とには戦力差はあった。
そう、あったのだが、派手に打ちつけたのがよろしくなかったらしい。
ついに運転手に異変を気づかれバスは急停車、そこを暴走者に囲まれてしまったことで、彼女は徒歩に移動手段を変えざるを得なったのだ。
そうしてバスから飛び降りるに至った智香は、迫ってくる連中に反撃しながらしばらくの間逃走。
けれどすぐさま体力も尽きてきたきたのが現在の状況で、ついに気が散る危険性を無視してケータイを操作し始めた。
走りながらでは画面が揺れて見にくいことこの上ないのだが、倒しても倒しても追ってくる例の連中に付きまとわれて、立ち止まることもできないのは今まででよく理解している。
まずは保駿啓吾に連絡を入れてみたが、彼が出ることはなかった。
大方無視されているのだろうと、彼女は彼との通話を早々に諦め、今度は瑞流の言ったマンタについての情報を手に入れようと、電話帳から使えそうな人脈を検索する。
とりあえずまず1人にかけてみるが、結果は芳しくなかった。
通話を切り次の人物の電話番号をプッシュすると同時に、道を右折する。
こうやって何度も右折左折を繰り返してはみるのだけれど、他の学園都市と比べて、どこの道も路幅が広めのこの街は逃げにくいフィールドだった。
直線距離も長い道が多く、追っ手をまきにくい。
2人目も駄目。3人目を探す最中、後ろから迫った第二世代、発火能力者が火を纏った跳び蹴りを食らわしてきた。
それをかわし、指パッチンで散らした電流を放つが、真上へと飛び上がった能力者に届かずに電撃は霧散してしまう。
どうやら特殊素材のブーツを履いているようだ。それを利用して発火能力で脚力をブーストしている。
それなりに高度なテクニックだった。
(前に見た第二世代よりも・・・・・・宿主の能力を使いこなせてる。
実用段階に入れる第三世代ももう完成は近いわね。
どうやら私らの破壊活動自体にも余裕はなさそうじゃない)
ガツンッ、と空中での回転を加えた回し蹴りを避けきれずに、両手を交差させて受け止めた。
炎の纏った足が腕に触れたが、こういった争い事が長い彼女は長袖長ズボンの下に頑丈なサポーターを付けているので火傷はしない。
むしろ被害にあったのは携帯電話の方で、見ると文字化けしたおかしなディスプレイを映していた。
落として壊すのを恐れて手放さなかっただが、それが仇となったらしい。
彼女は今度からケータイは首かけ式のストラップで持ち歩こうと心に決めた。
が、それはともかくとして、これでケータイは情報集めに使えなくなったわけだ。
まぁ、元々外部の人間が頼りなるとはそこまで期待してはいなかった。
自身にそう言い聞かせて、彼女は即座に代わりの策に切り替える。
まぁ、代案とは言ってもこうなったら直接敵に聞き出すしかないわけだが、・・・・・・それもまた一興であり、彼女が今までやってきた他愛もない日常でもある。
「さて」
彼女はオシャカになったケータイを放り捨て、ぐっ、ぱっと両手を握って開いた。
「それじゃあ仕方ない・・・一気に突破させてもらおうかな。
君らにゃ悪いけど、荒療治でいくわよ」
耳の奥に入れて使う例の洗脳装置は、当然ながらかなり小さな機械であり、その実物は小型チップといった形状をしている。
電波受信の為のアンテナ、脳へ命令を送る発信装置、それらの制御プログラムが5mm四方にも満たない細々とした基盤に乗った超精密機械。
それが暴走チップと便宜上呼ばれる発条の研究の一柱であり、そんな小さなもの1つ1つが耳から人間を操り、今回彼女達を追いかける軍勢を生み出した。
一個体に関してはとろいゾンビと揶揄されはしているのもの、数の暴力としては十分な成果だ。
だが、このそれなりに華々しい成果に至るまでにも多くの労力が消費されたわけで、とりわけチップの小型化・高性能化は暴走コード――――4年前に保駿啓吾がその試作品を使われ、サンプルデータが取られるに至った、研究の核となる電波信号――――と同様、研究達成の鍵となるファクターと言えるだろう。
つまり暴走チップを作るには暴走コードと外部装置の2つの要素が必要なのだが、特にチップ制作はおいそれとできることではない。
チップの小型化には最新技術の先をいく技術を求められるために、既存のチップ制作機が使えないからだ。
精密機械を作る機械を作るところから研究開発は始まり、その研究行程は膨大なものとなる。
それほどの高度な技術が詰め込まれた研究内容のもたらす危険性は労力に見合って恐ろしいが、実を言えば対処法がないわけでもない。
精密故に、そして小型化を優先したために、チップの強度の面は豆腐ほどしかなく、壊すこと自体は簡単だからだ。
宿主の健康状態さえ考えなければ、疲れも失神すらもリセットできる暴走チップは、まさしく倒しても切りがないゾンビを製造する機械なのだが、本体を潰しさえすれば復活は止められる。
また、電波を送受信するという特性上、電気に影響されやすく、一閃、たった一閃だけの電撃でも適所に当たりさえすれば無効化できるという弱点もある。
そう、つまるところ、発電能力者である智香とは相性が悪すぎるのだ――――。
「よっと」
彼女の右手人差し指がちょうど横を通り過ぎようとしていた男の右耳へと突っ込まれ、パチンッと静電気ほどの電流を流した。
ただ普通に電流という非常に高速な武器を微少な機械に当てるにはひどく神経を使うことになるが、こうして距離をほぼゼロにまで持っていけば適当に放っても外すことはない。
男は崩れ落ち、さらに同じ手を食らった別の学生が耳からわずかに出血させて倒れる。
耳の穴を傷つけたか鼓膜が破れたのだろう。
手荒な方法だが、数の多い敵に対してはできる限り無駄を省いて対処する方がいい。
最小の動きと最小の能力使用。
多勢で連携を取っての能力使用が可能になれば、手に負えなくなるだろうが、現状はまだ体力を気にして対処できる。
だからこそ今の内にこんな研究は潰してしまわなければ。
彼女らの見立てが正しければ、研究を妨げるにたる急所がここにある可能性が高い。
それは今こうして思考している間にも潰し続けている暴走チップ保持者の量からも読み取れることだ。
特性の機械で作られた超高度な緻密機械、それがこれほどの数を揃えられるということは、ここに生産ラインがあるとみていい。
それも質の良さからして、発条の支部の中でも最高レベルの技術力だろう。
立ちはだかる人壁の厚さに辟易するも、その苦労こそが当たりを引いた実感でもある。
ここ数年間追い続けていたものがすぐ近くにある。
(潰す)
それが彼女達の目下の目的だ。
一歩、二歩。そして三歩目。力を込めた跳躍で正面の女の顎に膝蹴りを入れる。
後ろへ倒れたその彼女が後頭部を打ちつける前に襟を掴んでダメージを軽減させ、横から迫る敵に回し蹴りを。
暴走チップ自体を潰せばもう起き上がってくることはないとはいえ数が多い。
そもそもここで彼らの相手をしている場合でもない彼女は、先ほどから辺りを見渡してどこかにいるはずのサワガニを探していた。
徊視蜘蛛というものを覚えているだろうか?
学園の様子を監視する蜘蛛型のあの監視カメラは、親蜘蛛と小蜘蛛の二種類に役割が分かれている。
小蜘蛛は映像を集め徘徊し、親蜘蛛は小蜘蛛の集めたデータを集積しさらに電波を飛ばしていくハブのような役割を持っていた。
それはランダムに動く小蜘蛛の電波が受信できなくならないように、ある程度動ける中継機を用意する必要があったからで、その点は暴走チップも事情が同じだ。
動く多勢の暴走能力者、その電波のやり取りを中継、あるいは直接指揮する働きをする役割がやはり存在している。
それを担っているのが特装を施されたサワガニであり、だからこの近くにも当然いるはずなのだ。
「ッ!いた!」
視界の端に灰色のボディが映ったのを見逃さず、彼女は足を速めた。
わらわらと進行方向を防ぐ連中に、手始めのドロップキックをかまし、ちゃちな水弾を放ってきた発水能力者に肘を打ち込む。
彼女の避けた水球に当たった暴走能力者が軽く身体を弾かれて路上に転がった。
フレンドリーファイア。
超能力者に延々と付きまとい続ける問題だろう。
中高大と学生生活の中で共闘を重ねる機会は多々あれど、実戦となれば能力者達は多くの場合ワンマンスタイルを取る傾向にある。
超兵がイマイチ普及していない理由もこの辺にあるし、だからこそ発条の研究が必要とされている。
ーーバチン、バチン、バチン。
彼女は自らの両手に電流と電波を帯電させつつ、行く手を阻む能力者をさらに蹴り飛ばしサワガニの方へと走り出した。
サワガニとの距離がおよそ20mにまで縮まったところで、両指を胸の前で絡めて右膝を着く。
傍目、神に祈りを捧げるようなポーズ。
その状態から解放された能力は電磁パルスとして放出された。
葉月の行ったものに比べればあまりにも小規模だが、それでも電波障害を引き起こすには十分な電磁パルス。
その影響から彼女の敵も逃れることはできず、周囲を囲んでいた連中の軒並み倒れ、サワガニもその余波を食らって戦闘不能に追いやられていた。
彼らに対してはあまりにも効果的かつ、多勢に有効な手段である。
暴走チップを追うことになってから、彼女が必死になって取得したとっておきだ。
が、非常に体力を使う上に範囲が狭いため多用できるものではない。
そんな切り札を使ってまで、一気にサワガニへと接近した彼女は、機能を失ったサワガニの有人ポッドから自ら出てきた男を殴りつけて引きずり出し、鍵をこじ開けるまでもなく開いたポッドの中に侵入した。
少し待つと電磁パルスによる障害は解消されてモニターが元の光を取り戻す。
「えーと、確か・・・・・・」
彼女はタッチスクリーンを操作して通信履歴を表示させた。
サワガニのOSは後で記録を洗えるようにと、もう1つ命令を見返せるように、音声会話もを文章記録として自動保存する仕様になっている。
そこからこのサワガニに送られてきた命令や作戦の内容を探っていくと、どうやら目的のモノらしいログを見つけることに成功した。
「はぁ・・・・・・やっぱりか。そりゃ、そうなるわよね」
しかし得られた情報は実にシンプルで、そして彼女達にとってはありがたくないものだった。
北海道発条のチップ製造ラインから、特に重要である製作機を回収し、マンタで搬入すること。
それが今彼らに課された作戦らしい。
どうやらこの度における彼女達トリッキーズの破壊作戦にも制限時間が設定されいるようだ。
「早いとこ、動かなきゃ駄目か」
/
「オーケー了解。できれば合流したかったが、まぁ仕方ねぇわな。
俺らの方も航空格納庫に向かう」
智香からの連絡を受けた瑞流は、通話を切った後、ついてくるメンバーに振り返った。
「どうやらチップの生産ラインは学園空港の航空格納庫に偽造されるらしい。
B-5棟、俺らの方が早く着く。回収される前に破壊するってのが一応の作戦だ」
「空港かぁ。綺麗な水と空気が不可欠なチップ工場をわざわざそんな所に作ってるあたり、最初っから持ち出すことを考慮しての配置なんだろうね」
「あそこなら超大型機のマンタでも着陸できる。
考えてみれば大型の精密機械を直に搬入するならあそこを使うしかないわけだ。
・・・・・・で、マンタと俺達、どっちが先に空港に着くんだ?」
「マンタだろうな」瑞流は頭をかいて面倒くさそうに続けた。
「それに護衛がいないわけがない。
よしんば先に着いたとしても、お守り部隊に足止めされる」
「で、こーゆー時こそ必要な火力は現在行方不明と。
最悪だな。チップなくても暴走してちゃ世話がないっての。
霊体離脱、変身、冷却、媒介で何とかなると思うか?」
「というかさー、私らこういうの多くない?
行き当たりばったりにずっと走り回ってさぁ!
挙げ句戦力はどう考えても足りない訳ですよ。
あーイヤになっちゃうなぁもう!」
「どうせ俺らは寄せ集めの部隊だからな。
だがまー、楽観視すりゃ、せめて智香がくるまで足止めできれば勝機は見えてくるだろ。
幸い未完成の暴走能力者は無視できるレベルだし、泥底にだけ気をつけておけば――――」瑞流は台詞を途中で中断した。
「あぁくそ!おいでなすった!」
それに呼応して他のメンバーも身構える。
低いエンジン音が近づいてくる。音源は・・・・・・上からだ。
顔を上げた彼らの視界が捉えたのは、眩しく輝く二つのライトを両眼のように光らせたサワガニで、その機動力の高い鉄の固まりは躊躇なく3階建ての建築物の屋上から飛び降りてきた。
何にせ数トンの巨体だ。落ちてくるだけでも脅威であるが、それに加えてその両鋏には機関銃が装備されている。
落下予測地点から跳び退いたメンバーだったが、地面の揺れにまでは備えられずにバランスを崩した。
だが、この一瞬こそが彼らの運命を左右する勝負の分かれ目だ。
倒れてばかりもいられない。
一番早く体勢を整えれた雪成はすぐさま反撃を開始した。
背負っていたバッグから素早くマグネット式の手榴弾を取り出し、左前足に投げつける。
カコン。
銀色の爆発物は心地よい音を立てて鉄製の脚にくっつき、間髪空けずに雪成の手元のスイッチで起爆した。
手榴弾自体は大した威力のないものだが、体を支える脚の1つが脆くなったことでサワガニは自重に耐えれずに倒れた。
すかさず両側から瑞流と亮輔が鋏を蹴り上げて、鋏と腕の継手を歪める。
これで追ってはこれないし、撃ってもこれない。
機関銃のトリガーを引くからくり部分が空回りする音を聞きながら、彼らは先を急いだ。
「手榴弾はあといくつある!?」
「2つだ」
「で、他に武器と言えるのは拳銃だけか。
弾数はそう多くないし・・・・・・正直、交戦すら遠慮したいよな。
奇襲・・・いや、無理か。すでにこっちの存在はバレてんだし・・・」
「そーこーしてる内に空港、見えてきたわよっ!
アレでしょ?看板が見える!」
「直接滑走路に侵入するぞ。瑞流、敵は!?」
雪成の問いに瑞流は霊体離脱の基本形、千里眼を使って敵情を確認し始める。
「うじゃうじゃいる、が・・・・・・救いなのはほとんどが暴走能力者だってことだな。
人の壁にはなっても危険度は低い。
サワガニ5体が厄介、泥底も5人・・・・・・ああくそ、マンタはすでに着陸済みだ。
格納庫まで行けそうにないな。搬入中を狙うしかない!」
神戸学園都市とは違い、本島と海で隔てられた北海道学園都市は、学園都市内部に空港を持つ。
元から特殊な搬送などに利用する滑走路が通常運行用とは別に存在しており、離れた場所にわざわざ作られたそのスペースは通常客には見えないように配置されている。
マンタのいるスペースはその滑走路の1つで、その近くには飛行機がまるまる入る大きさの白い施設も見ていた。
本来は飛行機整備に使われるものなのだから大きさに関しては当たり前のことではあるが、今はそこが暴走能力者を作り出す精密チップの試作品生産ラインになっているという。
いっそ建物ごと破壊してやりたいところだが、それができうる啓吾はここにはいない。
連絡が取れない状態が続いているものの、ここにくる可能性もなくはないが、いつのことになるかは分からないし、時間もない。
ないものをねだっても仕方がなく、拳銃と少しばかりの爆発物で百人はいそうな人海と戦車に突っ込まなければない。
フェンスを登り滑走路内に降り立ち、肉眼で見えてはいるのもののまだ遠いマンタの元へとメンバー達は駆ける。
「搬入中の機械に手榴弾くっつけれたら最高なんだけどよ」
「そりゃ無理だ。接近できるかも怪しいってのに・・・・・・おい、なんか動き出したぞ」
見ると、固まっていた暴走能力者がわらわらと蠢いていて、やがて人海の中から2人の男が出てきた。
その一方は鉄パイプを持っていて、その手を掲げたかと思うと、一緒に出てきたもう1人にフルスイングした。
ゴキン、と殴打された腕の骨が折れる音がし、彼が倒るのと同時に100mは離れている亮輔もが崩れ落ちる。
「あぐっ・・・がっ」
「~~~~、よりにもよって傷害転嫁系能力者かよ!」
接近を中断、彼らは能力者の視界から消えるために灌木に飛び込んだ。
のたうち回る亮輔は雪成が引っ張り、その怪我の状況を確認する。
腕と胸を押さえて痛がっているが折れてはいない。
だが、実際殴られた方は手と肋骨が折れてしまっているようだった。
「あーもう、厄介なっ!
えーとえーと、・・・・・・『視界』、『有効範囲』、『転嫁するダメージは人からのものでないといけない』、・・・・・・・・・・・・あと何だっけ!?
傷害転嫁、発動条件あったよねぇ!」
「おーちーつーけ!
『視界』は千里眼持ってたら意味ないし、有効範囲なんて人によりけりだろ!
人なんざそれこそ選り取り見取りだし・・・あーあーあー、でも確かにあったよな弱点!
雪成、知らないか?前に何かで読んだんだけどさぁ!」
「ESPのお前が知らないことを知ってるか!つーか、おいアレ!
早速搬入始まってるぞ!」
「くそっ、さすがに空までは追いかけれないつーのに!」
雪成の指す方向に、動く巨大物とそれを引くサワガニを捉えて瑞流は悪態を吐き、それから、
「智香だ智香。あいつなら覚えてるかもしれん」
ケータイを取り出して通話履歴を開いた。
「・・・俺だ。ちょっと厄介なのに出くわした!
傷害転嫁って何か弱点なかったか!?
ほら・・・・・・こう名前ほど便利じゃない感じの・・・・・・あー出かかってるのにでねぇ!」
『傷害転嫁ぉ?
何?今滑走路に1人で立ってる奴がそうなの?』
「近くまできてんのか!?
だったら早く機械の方を頼む!搬入始まってるんだ・・・・・・てっ!?」
いきなり鳴り響いた騒音に彼は会話を中断して、音のする方へ振り向いた。
フェンスを引きちぎる金切り音、植えられた灌木が蹂躙される乾いた音。
それらに相まって聞こえてくるエンジン音がどんどん近づいてくる。
ついに音の方向を見ると暗闇に光る2つの目が見えたと思った次の瞬間には、飛び出したサワガニがバッド男をはね飛ばしていた。
「うぉあ・・・」
それから、会話の途切れていたケータイから智香の涼しげな声が聞こえてくる。
『傷害転嫁って痛覚を転移させる能力でしょ?
転移できるのは痛みだけで怪我は移せないんだから、能力者本人を負傷させたらいいのよ』
「いや、それもういいわ・・・」
味方の容赦ない攻撃に若干引きつつ、瑞流はケータイをしまい、そのまま進み人海をかき分けたていくサワガニの後に続いた。
しかし、そのまま一気に接近できるほど甘くはなかった。
壁であるはずの暴走者が散ったのは、控えていた敵側のサワガニを通すため。
躍り出たサワガニの機関銃が火を噴き、智香の乗る脚足戦車は蜂の巣になった。
それによって安全装置が働き、有人ポッドが切り離される。
本来なら円錐形の――――ヤドカリの宿の形のポッドはそのままキャスターによってバランスを取りつつ自動で止まるようになっているのだが、銃の追撃を受けたことで倒れてしまい、智香の乗るポッドは火花を散らして滑走路を転がることとなった。
「もうっ!あと少しだったのに!」
中から出てきた智香が拳を上げて叫んだが、
「って、うわっ!またか!」
さらなる銃撃を受け、慌ててポッドの後ろに引っ込んだ。
そこに瑞流達も合流したのが、5人が入れるほどポッドは大きくない。
押しくら饅頭のように押して押されて、全員が全員パニックに陥った。
「ちょっ、当たる!弾当たるから押すな!」
「何で入ってきたのよ!」
「つーかどの道、この盾ももたねぇよ!」
「うげっ、サワガニが近づいてきてる!
ちょっと!電磁パルス、早くぅ!」
「だったらちょっとは落ち着かせてよ!」
まるで集中できない中で何とか手を帯電させた智香は、ほとんどチャージできていないままに両手を合わせる。
ーーガゴン、ガン。
サワガニが崩れ落ちる音に、メンバーは安堵の息を吐いた。
だが、のんびりしている暇はない。
「急いで!再起動に1分もかからない!」
ポッドの陰から飛び出し、今まさにマンタの中へと積まれようとしている機材に走り寄ろうとする。
しかし今度は泥底部隊に足止めを食らってしまった。
智香が電磁力で誘導し、放たれた銃弾自体は回避できたのだが、次にきた手榴弾まではさすがにそうもいかない。
爆発物に跳び退き、隙を突かれて銃撃を受け、結局さっきのポッドまで待避させられた。
生身の人間は電磁パルスで無効化できない分、暴走能力者や脚足戦車よりも彼女達にとっては厄介だ。
新たな足止めにタイムロスを許してしまったことで、サワガニが再起動するまでもはや時間がなくなってしまった。
「智香、電磁パルス!」
「無茶言わないでよ!あんな大技連続使用できるかっ!
だいたいもう今日は2回使っちゃったし、体力だって残ってない!」
言い合いをしている内にも機材が1つまた1つとマンタに搬入されていく。
それを見てさらに焦燥に駆られた瑞流は半狂乱になって頭を抱えた。
「が――――!圧倒的に火力不足!あと人手も足りねぇ!」
と。
――――そこへ。
空から、何か明るいものが降ってきた。
それを見上げて、
「あ」
智香は声を上げ、
「げっ」
瑞流はそう漏らし、
「ちょっ」
雪成は思わず手を伸ばし、
「うわぁ・・・」
亮輔は喜悲の嘆声を吐き、
「えぇええええええー!」
そして、佐奈が叫んだ頃には、その光――――火の玉はマンタに墜落。その巨大な機体を火達磨にした。
彼らが呆然と突っ立ている中、火の玉が墜落した辺りからひょろりと人影が現れる。
保駿啓吾、モノを焦がしたり燃やしたりすることが大好きな放火魔であり、彼らの新しい6人目のメンバーだ。
が、
「ちょちょちょっ、あれだけ走り回ってコレ!?
何なのよあいつ!私らの努力を返せぇ!」
「保駿・・・・・・てめぇいいところをかっさらって・・・つうか、足りない手数を駆使して強敵に勝ってこそ、痛快だってのによぉ」
仲間の到着に瑞流達の顔に浮かぶのは渋い表情。
そんなメンバーの心情など知ってことではない彼は、マンタからチップの生産ラインたる建物に飛び移り、これもまた炎で覆ってしまう。
「いや、目的は達成したんだけどね・・・?何だろうこのやるせない気持ち」
口から出てくるのは文句ばかりだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、まぁいいか」
頭をガシガシかいて、智香は燃え盛るマンタに目をやった。
ジャンボジェット機よりも遙かに大きな機体は今や黒い塊となって炎に包まれ、機材総額何十億になるのか知れない生産ラインももはや再建は不可能だ。
色々と消化不良気味の感情が脳味噌を漂ってはいるのもの、一応、本当に一応は一件落着と言える。
上がっていく煙に導かれて視線は空へ。
まだ夜明けには早いが、いずれこの空も青みを帯びて明るさを取り戻すのだろう。
彼女は苦笑いしながら息を吐いた。
(まぁいいか。結果オーライ。幸先はいい方よ)
決着の仕方に不満はあるが、これから先まだまだやらなければならないことがある。
その一手目が白星だったのは縁起がいい、はずだ。
「最先端の制作機を潰せたとはいえ、他の生産ラインはまだ残ってる・・・・・・外郭だけじゃなくて暴走コードの方も最終的には何とかしなきゃだし、これで向こうの守りも堅くなるだろうし・・・。
これからが大変よねぇ」
「まあな」と瑞流は肯いた。
「何にしても人手不足だ。・・・・・・久しぶりに風々の連中と合流するか?」
「そーねぇ、その方がいいかな。
景気づけにはなったし、めでたく反撃の狼煙も上がったわけだし、この調子で・・・・・・いやもうちょっとスマートに・・・・・・暴走能力者生産なんてそんなふざけた研究、完膚なきまでに叩き潰してやろうじゃないの」
/
ホテルのやたらと分厚いカーテンを開け放ったままの部屋で。
あれから帰ってずっと、ベッドに寝転がって採取した『火の玉』の能力波を分析していた釧は、黒かった夜空が白み始めたことに気づいて立ち上がった。
窓に近づいて夜明けの学園を見渡すと、まだ明かりを灯していない学園の低い白色の建物が、魚の鱗のように光を反射している。
牧場のある辺りではすでに生活が始まっていて、学生寮の方でもジョギングをしている連中が見て取れた。
静かで白い景色。
そんな中だからこそ、その黒色は目立っていた。
空港の方、もくもくと何かが煙りを上げているらしい。
「ふーん」
結果がどうなったのか、少しばかり気にはなった彼だったが、つけっぱなしにしていたテレビが流したニュースの内容に、そんなことはすぐさまどうでもよくなってしまった。
窓からテレビへと興味を移した彼の目に、外の景色より大きな雲とも見える大きな煙が空へと膨らんでいる映像が移る。
さきほど流された報道が再度繰り返された。
『ロシアで爆発事故があった模様です。繰り返します、ロシアで、え・・・・・・核爆発?
ロシアで核爆発!
えーロシア領ベーラヤ・・・ゼムリャ諸島、エヴァ・リヴ島で非常に大規模な爆発がありました。
放射汚染が確認され――――』
「・・・・・・エヴァ・リヴ島って確かあそこは・・・」