第66話- 能力色々。-Colorful-
秋野乃一は、体勢を崩すのも構わずに前へと跳びのいた。
膝、肩と打ちつけたが、常人部隊と同様に戦闘服を着込んでいる彼にはダメージにはならない。
だが、彼の先ほどいた場所にクレーターができているのを見て、肝の方は十分冷えた。
念力を思い切り上から叩きつけたのだろう。とんでもない一撃だ。
一度でも直撃すれば戦闘不能は免れない上、他のPKと違ってアレは攻撃方法や特性が分かっていても防ぎようがないから手に負えない。
放射されるのではなく、純粋に上から下に降り下ろされる攻撃では遮蔽物がほとんど役に立たないのだ。
机の中という手もなくはないのだが、ここは廊下部分でそんな物はないし、あの威力では机ごと潰されるのがオチだ。
物理干渉に対して有利であり、能力に対しても時にして干渉してくる、それが念力。
――――PK系で念力ほど怖いモノはない。
それは、彼の部隊の先輩の教えであり、彼の経験から導き出された答えでもある。が、
(それに加えて他のPKも使えるたぁ、話が違うじゃないかよ!)
標的が人体を砕けるほどの威力を持った能力の使い手だと、そう聞いていた。
その力がコントローラブルになっているのも知っていた。
その対処も考えていたのに、蓋を開けて出てきたのはマルチに対応したふざけた能力者だった。
(これじゃあ・・・)
心中で愚痴りながら、彼は身体を起こすために手に力を加えた。
が、起こしきる前に、次は左へ両腕をバネに身体をよじらざるを得なくなった。
間一髪で頭上のあった場所にガッシャン!と、30cm四方はある氷塊が叩きつけられ、その破片が頬にかかる。
(これじゃあ策なんて役に立たない!)
能力波を反射できない念力であれば、こちらのPK攻撃を防げない。
だから、攻撃の隙を与えずに大人数で攻撃を集中させれば勝てる相手のはずだった。
そのための人員が、今もこのフロアに向かって上がってきている。
それまでの時間稼ぎが彼ら先兵の役目で、そういうこともあって転移能力者によって先に送り込まれた。
しかし、他の能力も使えるとなると、
(念力以外でPKを防ぎ得る術を所持している可能性がある!)
念力と違って、他のPK同士は干渉し合うのだ。
(くそっ!しかも戦闘のペースまで向こうに取られてる・・・・・・逆境もいいところだ!)
今度こそ起きあがると、彼は他の2人へ攻撃が向けられているのを確認して、その場を離れた。
状況が変わったことを伝えなければならない。
廊下の角を曲がり、自らの身体が隠れるところまできてインカムに話しかける。
「こちら超兵A『酉』、緊急報告。標的に念力外のPK能力を確認!繰り返す、念力以外のPKを確認!
こちらの攻撃に対し防御能を持っている可能性大!
作戦変更を!時間も稼げそうにない、緊きゅっ――――ぐおっ!」
言い切る前に背中を預けていた壁が抉り飛ばされ、彼は床を転がった。
打ちつけた頭部から破片を払い、口の砂利を吐き出す。
気取られた。
作戦変更を待ってから行動に移す暇も与えてはくれないようだ。
瓦礫の中を這いだしたところをに念力の叩打を食らい、左足が巻き込まれた。
「あが、ぁああ!」
自分の骨が砕けた音が聞こえ、呻き声も漏れる。
が、手足の動きを止めるわけにはいかない。
止めたらアウト、最悪殺される。
迫る敵から目を離さないためにうつ伏せから仰向けに身体を回転させて、右足で床を蹴りながら移動し続ける。
敵の姿は穴の開いた角越しに確認できた。
他の2人は・・・・・・既に沈んでいるらしい。
(常人部隊に能力者2人を瞬殺とはやってくれる)
常人と言えど銃は携帯していたはずだし、メンバー2人の電気と氷は厄介な能力であるはずなのだ。
天井から氷柱を降らせ続けて追いつめる『垂氷滝』にしても、運動神経を誤作動させる『電伝無視』にしても、1人で対処するのは難しいタイプだ。
それをこうもあっさり片づけられたのは、ひとえに釧の手数の多さ故だろう。
自分の能力は発水能力。
分が悪いとは知りつつも、乃一はまだ戦意を失っていなかった。
釧が一歩踏み出した瞬間を狙い、全力の一撃を食らわせる。
消防車の放水同等の強い水圧が炸裂したが、若干反応されて直撃とはならなかった。
横っ腹を掠めて後ろに飛ばされる釧。
派手に飛びはしたが、どうせ大したダメージにはなっていないはずだ。
痛む左足を無理に立たせ身体を起こす。
稼げたのはほんの僅かな時間だけ。
その雀の涙ほどの猶予を使い、彼がした行動は一定距離ごとに備え付けられている壁のコントロールパネルのボタンを押すことだった。
赤い非常運用スイッチをONにして作動させ、味方のみが知っている暗号コードを打ち込み、システムに命令を送る。
戦闘スペースを確保するために、このフロア4のゲートは下層への昇降ルートを塞いでいる物以外は開いたままだ。
それを閉じて、さらなる時間稼ぎとする。
先兵隊、そして包囲戦法という現在実行中の作戦では歯が立たないと彼は確信していた。
部隊の損失を押さえて、策を立て直す時間を上層部に与える必要がある。
(さっきの連絡で標的の危険性の認識が改められていればいいが・・・)
――――と、閉じたシャッターゲートを食い破ってくるだろう敵に備えて身構える彼だったが、その予想に反して一向にゲートを削る音が聞こえない。
しばし瞬きし、・・・そして気づいた。
「しまっ!」
(野郎!オレを無視して下に!)
相手が侵入を目的にした人物であることを失念していた。
釧が掘削作業から彼らの相手に切り替えたのは、さすがに念力に意識を向けながら連中の攻撃を防御するのは難しかったからで、こうして自分と相手が分断されてしまえば――――。
そしてもう1つ、まずいことに気がついた。
下からは今も部隊が上がってきている可能性が高い。最悪鉢合わせになる。
監視カメラが生きていればオペレーションルームから、逐一情報と的確な指示が送られているだろうが、あれだけ釧がフロアを壊した後なのだ。
既にフロア5に侵入されていると気づいていない可能性すらある。
慌てて彼はインカムを口元に寄せた。
「こちら『酉』!標的はフロア5へ・・・・・・くそ、壊れてやがる!」
だが応答がない。
受信機が攻撃を食らった時に故障したらしい。
「あぁ畜生が!」
もう一度パネルに戻り、今度は緊急回線を繋ぐ。
「こちら『酉』、インカムが故障。標的はフロア5に侵入。状況は!?」
『転移能力者による移動を中断、既に上がっていたメンバーがフロア5で交戦中。
火の玉に出動要請が出ている』
「明野さんに?・・・一気にカタを?」
『フロア7のオープンスペースで接触させる予定だ。
・・・状況変動が激しい。無線が使えないなら離脱するように』
「了解した」
どのみち左足が折れている。この足では戦えない。
問題は同様の理由で離脱も難しいことだが・・・・・・、何とかして伸びている先兵メンバーの2人に起きてもらうしかない。
シャッターを解除して、彼は鈍くなった足で歩き始めた。
#
戦闘がフロア4からフロア5に移った頃。
「おーぅ、すっげぇ、さすがだな」
万可のボロボロになったエントランスに若内鈴絽とその妹楚々絽は姿を現した。
常人部隊が着用していた防弾服のオリジナルとも言える黒い外套を羽織った鈴絽。
暴力担当の彼女の代わりに機材を入れたバッグを背負っている楚々絽。
2人は堂々と門を通過し、釧の仕業である破壊の痕を見物していく。
「いいねぇ、正面突破、清々しいよな!」
「念力で穴を開けるんなら最初から奇襲かければいいのにって思わなくもないけども」
フロア2に繋がる穴を覗き込んでいた楚々絽の最もな意見に、彼女は肩を竦めた。「ロマンだよロマン」
「けど、そのおかげで俺らは楽に侵入できるわけだ。あー、本当は俺も堂々正面からいきたかったんだけどなー」
「姉様の言ったとおりになりましたね。エントランスにすら誰もいない」
「連中は釧ちゃんのことで手一杯だろうぜ。
そもそもここの万可は『頻繁に』狙われることを考えてはない。
『侵入しにくい』ってことはそれだけで大きな守りになるからな。
過激な能力者達の間でも『青森万可に侵入するなんて死ににいくようなものだ』ってのが共通の認識なんだ・・・・・・連中もまさか一日の内に3度も襲撃されるとは思うまい」
「でもふーさん、よく誘いにのったなぁ。私らよりお尋ね者で大変なのに」
「あー、それな」
楚々絽の何気ない問いに、彼女は唸りの混じった言葉を返した。
「実は気になっちゃいたんだが、あいつ、襲撃地が青森だって言ったらすぐ飛びついてきやがったんだよ。
ここ、他にも何かあるのかもしれないぜ?」
「嫌な感じがひしひしするなぁ・・・・・・」
「ま、開けてみましょうパンドラの箱ってね」
誰もいない、カメラも壊れた――――顎の外れた虎の口を、2人は他愛のない会話をしながらピクニック気分で突破していった。
#
セキュリティーレベルが2に上がったフロア5は、今までのフロアと間取り自体が違う。
廊下が狭くなったのと同時に研究室の数が増え、セキュリティーを担うシャッターゲートも至る所に配置されているのだ。
セキュリティーレベル1が万可の表の顔ならば、レベル2は表の研究施設といったところか。
重要度は高くないが、隠密性を最大限に利用した多様な研究が行われていて、部屋の大きさや数はかなりの数にのぼる。
このため、フロア4に比べて飛び道具専門のPK能力者にすると、廊下では応戦しづらい造りになっていて、自然に釧と超兵の戦いも廊下から部屋へ、・・・・・・というより部屋の壁を突き破って部屋に移動しながらというモノになっていた。
基本的に釧が逃げつつ、超兵がそれを追っている形だが、時折後ろに向けて釧の放つ念力が能力者の数を少しずつ削っていっている。
そして、今まさに――――新たな轟々とした騒音が生み出され、天井の一部が崩落し始めた。
落下物に部隊の1人は足を挟まれ、3人ほどが行く手を阻まれ、動きが止まってしまう。
そこを真横のベクトルを持った念力で薙払われて、一気に片づけられた。
口内を切って、血の混じった唾を吐いた他の隊員が、仲間が向かいにいなくなった機を見逃さず斬鉄風刃と繰り出したが、釧はそれを同じ能力で相殺し、次に右方からきた身体強化系能力者の投げたコンクリート塊を念力で受け止めた。
さきほど念力で横殴りした内の1人が放った斬物水圧をコンクリート塊で防いだことにより、抉れた破片と水しぶきが室内に飛び散っていく。
止まらない斬物水圧の攻撃を、釧は彼の頭上の天井を砕き崩すことで封じ、飛び散った水を利用して、撥水能力による攻撃に転じた。
撥水能力は発水能力と違って水を生み出すことはできないが、その分能力発現までのタイムラグが短く、操作も楽だ。
どうしても技巧が浅く広くになりがちな色神には有り難い。
散弾のように飛散した極小の水滴に身体を弾かれて、釧を囲もうとしていた数人は蹴散らされる。
が、1人、身体強化者だけは踏みとどまり、戦闘が始まって以来初めて彼の懐まで到達した。
踏み込み。
床を穿ったその一歩により、沈んだ床とは逆に釧の立っていた場所はシーソーのように浮き上がる。
足が床から離れて踏ん張れない状況下、彼のせいけん突きが炸裂した。
一瞬、空間が軋んだように揺らぐ。
それは本来無色であるはずの念力が、強力な衝撃を受けて傾いだからで、身体強化者のレベルの高さを物語っていた。
「やっぱ、物理じゃ分が悪いか!」
「分かってて仕掛けてくるんだから、君は随分肝が据わってるよね」
すかさず繰り出される蹴り上げを、純粋な身体能力で身体を捻ってかわした釧は数歩下がり、右手をかざした。
爆炎が放射され、薄暗い空間がにわかに明るくなる。
火加減はしているとはいえ、普通の人間なら火傷を負う火炎だったのだが、その火の中から腕が伸びて釧の首を掴んだ。
「そういう君もとんでもない恐れ知らずだ!
この青森万可に、単身で乗り込むなど正気とは思えん!」
そのまま、ガンッとおおよそ人の立てるものとは思えない音をさせて、床に叩きつける。
その際瓦礫の粒までが舞い、かなりの力で叩きつけられたのは明白だった。
だが、
「ちっ!」
釧は大してダメージを受けた様子もなく、涼しい顔をしている。
試しに首を絞める力を強めたが、首筋に指が食い込むことすらなかった。
「念力!」
「いや、単純に身体を硬化させただけ!」
逆に蹴り上げられ飛ばされた彼は部屋の机に激突した。
額から血が流れるのも構わずに立ち上がり、ちょうど足下にあった60万は下らない卓上型PCR装置をぶん投げる。
もちろんそれは釧によって容赦なく砕かれて無惨に床のゴミと化した。
「・・・・・・変容か。下にいる奴にも会ったが、厄介だよな。
何より俺の能力同等の効果兼用できるってのが気に入らん」
「厄介?おいおい、身体強化ぐらいにしか使えないぼくの変容や美樹の変容を見て『厄介』とは侮辱だね」
「いやてめぇこそ喧嘩売ってんだろ。身体強化能力者相手に言うことかよ」
「そもそも美樹の変容だって、身体構造をいじれる程度だろうに、どうしてこう躍起になって手に入れたがるかねぇ」
「それだけアレが重要なんだろう?」
その返答を釧は「はっ」と鼻で嗤った。
「さぁどうだか。連中の目的を知れば知るほど僕は疑問ばかりが浮かんでくるけどね」
「あ?」
「こっちの話だよ。
・・・・・・・・・・・・で?さっきから廊下から僕の方を狙ってる水系能力者にそろそろ撃たせたらどうなのさ」
「っ!?」
「別に貯蔵してる能力がPKだけとは言ってないけど?」
「|千里眼「ESP」かよ。はっ・・・だがお生憎様。
待機してたんじゃない。チャージしてたんだ。
それに狙いはお前じゃねぇ――――」
彼は自慢の脚力で思い切り跳んで、ドアのなくなった部屋の出入り口から外へと待避した。
「よ!」
その言葉尻を合図に、斬刃水圧が放射された。
部屋の壁を貫通した強力な圧の水が、釧ではなくその近くの床を切り裂いていく。
滅多にお目にかかれない等級3の超高威能力に、さすがの要塞も無事では済まない。
2階分のコンクリートを貫通し、同時にカットされた床と天井の多重は支えをなくして傾き始めた。
「うわぉっ、これはすごいな!」
バランスを崩しかけた釧は、何とか崩落する塊にしがみつき、
「素敵!是非とも取得したい!」
軽口を叩きつつ崩落から逃れるため足に力を入れようとして、・・・元より下に行くのが目的だったことを思い出し、それをやめて重力に身を任せた。
釧が落ちていくのを確認して、身体強化者の彼は地下で崩落というあまり考えたくない現象と、こもる分よく響く音に顔をしかめたまま、インカムに向かって報告した。
「徴兵D『牛』、標的をフロア7へ誘導完了。
・・・・・・後はよろしくお願いします、火の玉先輩」
#
美樹はフロア13から15まであるセキュリティーレベル4エリアの14階。車良二室長のいるオペレーションルームより下の層の宿舎めいた空間にいた。
部屋の中はかなり広い。
その上、3DテレビにDVDやBDの納められた棚、漫画や雑誌の本棚、ベッドもシャワー室もあり、ゲーム機も棚の上に乗せられている。
元は超兵部隊の待機場所として用意された休憩室の1つがなのだが、それが彼女にあてがわれているのだ。
当然、電子ロックで施錠されているが、時間を潰す道具には事欠かない、不自由な過ごせる最高の場所と言えた。
が、それでも軟禁されているという認識があれば羽目を外せるはずがないのだが・・・と監視を任されている女能力者は監視対象の様子を見て溜め息を吐いた。
非常に柔らかい沈み込み、脇に抱えたスナックを頬張りながら、75インチのテレビ画面でリリース間もない映画を鑑賞している美樹にそういった神経はないらしい。
軟禁されたと伝えられた時も、自分を迎えにかつての友が駆けつけてきたと知らされた時もずっとこの調子だ。
この難攻不落の地下要塞に進入する友を心配する素振りすら見せない。
画面で少女が大男の股間を強打するシーンでひとしきり笑った後、その美樹は唐突に彼女に喋りかけてきた。
「ねぇ、実ちゃん。今外がどうなってるか聞いてる?
釧君は今どこまで侵入してるのかにゃぃ?」
侵入者が捕まるという可能性を考えもしていない台詞に、彼女は首を振って答えた。
彼女に戦況は連絡されていない。
彼女の任務は美樹を逃がさないことだけだ。
「そっか」
と彼女は素っ気なく答え、
「でもま、そろそろでしょー。
釧君がやってくるにしても、室長が私を手放す決断をするにしても」
そう続けた。
「・・・・・・・・・・・・どうしてそこまで自信をもって言えるんですか?」
あまり良いことではないが、釧がくることは彼女の身の安全にも関わってくることだ。無視できずに思わず訊いた。
「うーん、まぁ色々あるけど、釧君には守護神が憑いてるってのが大きいよん」
「守護神?」
「そ。それに、彼はあれで抜け目ない男だぜ?
考えもなしに正面からやってくるようなタマじゃねぇっす。
むしろわたしゃ、どうして君らが自分の守りに自信がもてるのか疑問じゃよ」
「・・・・・・守りでここに勝てる万可なんてないでしょうよ」
「そーかもね。
でも、難攻不落というバリューネーム故の見落としもあるぜよ」
「え?」
「分からないの?ならいいよ、気にしないで」
手を振り彼女はそれっきり、画面の方に集中してしまう。
言いたいことだけ言って会話を切るという自由奔放な美樹に、何て無理な注文だと彼女は毒づいた。
#
ドミノが倒れていった時のように、床が斜めに陥没していく中を、その斜面を滑るように移動していた釧が最終的に着いたのは、今までの廊下や研究室とは違った明るく広く広い空間だった。
高さだけも5mはあるその天井からいきなり放り出された彼は念力にクッションに着地し、それからまず腰に吊していた黒いケースの中身を確認した。
中に入っているのは機械で、高価な上精密で壊れやすい。
崩落の最中受け身を取り損ねた際に壊れていないかチェックしていると、「やぁ」と声をかけてくる人物がいた。
「随分余裕じゃないか。周りの確認よりも先に、荷物の確認とはね」
「落とされた時点で罠だって分かってるんだから、改めて警戒する必要もないでしょう?」
視線を機械から前にいる自分より年上の男に向け、代わりに指を機械に向けながら、「それに高いんですよ、コレ」と釧。
「能力者の能力波を受信する機械と見たが・・・」
「ご名答。能力波の座標を測定・記録できる優れ物ですよ。
コレがないとチューニングするのに苦労する」
「能力パクる上に機械だよりっていうのはどうかと思うけどね」
「いやいや、加藤との共同開発とはいえ、コレを作るのには僕も携わってたし、僕の『色神』ってやつはラジオのチャンネルを合わせるのと同じで、相手の能力をコピーするのとはちょっと違うんです。
そういう言葉は下の美樹に言ってやってください」
「どっちみち、そんなに能力を集めてどうするつもりだい?
器用貧乏になるだけだとおもうんだけどな」
「葉月がいない間、学園に貯蔵されている能力を集めるというのが僕ができることですから。
あと万可の駆逐。彼女が帰ってこられるように掃除しておかないと。その一環が今のこれです。
実のところ、美樹のことは大して気にしてないんで」
「ひでぇ奴だな」
「いやぁ、美樹もぽやぽやして見えて結構エグいですよ?
さーて、お話はお終いにして、そろそろやっちゃいませんか?
わざわざこんなステージを用意している辺り、あなたは中ボスぐらいには強いんでしょう?
是非とも能力を教えて貰いたい」
釧の振るった右手から、先ほどコンクリートを砕いたモノほど力は劣るとは言え、通常より強力な斬刃水圧が噴射した。
「・・・・・・っ!さっそくか!」
「さっきの攻撃を待った甲斐がありましたよ。
水系能力はPKの中でも操作が難しいですから。
本来なら水を集めて圧を作るのにはコツがいるけれど・・・・・・この機械があれば同じ攻撃は真似できる!」
床を線引きながら追ってくるウォーターカッターに、彼も釧と同じく腕を振るった。
急激な蒸発が起き、一瞬の内に白で染まった視界に釧は彼の姿をロスト。代わりに、前方から能力波の塊が襲ってくるのを感じて回避行動を取った。
元は念力の能力波しか分からなかった彼だが、多くの能力者に触れた今では、純粋な能力波そのものを感じられる。
全てを機械に頼っているわけではない。
釧は透視能力で相手の位置を確認しつつ、彼を中心に弧を描きついて移動していく。
(炎系能力者は迂闊に近づけない)
特に、有効範囲が分からない内は近づきたくない。
だが、そんな釧をあざ笑うかのように、彼のいる範囲を容易く覆い、天井いっぱいに光が広がった。
それは青緑色の炎で、その揺らめきが消えると同時に、刃の雨が降り注ぎ始めた。
炎が刃に変化した。
「な――――!」
これには釧もさすがに驚きを隠せない。
「・・・何これセコい!」
刃が床に刺さる音、刃同士がぶつかる金属音、床を跳たね刃が他の刃に当たりまた跳ね返る音。
様々な現象とそれに伴った騒々しい音が鳴り響いた。
カンッカランッ。
最後の刃が、そんな実際の激しさと反した間の抜けた音をさせた後、ようやくして猛撃は止んだ。
突き刺さり、あるいは折れて床に散らばった刃の残骸の中――――、
「いやぁ、すごいな。物質のはずなのに念力で防げない刃なんて。
お陰で結構食らっちゃった」
数カ所切り傷ができた釧はそれでも立っていて、火の玉と呼ばれる彼は素直に賞賛した。
「謙遜すぎる。あれだけの数を、しかも上からの攻撃を避けきるなんて普通できない。
初見殺しと自負していたのになぁ。
・・・・・・あぁそうだ。自己紹介がまだだったよな。
いや、する前に大抵今ので勝っちゃうんで、機会自体が少ないわけだが・・・。
僕の名前は明野香大。『火の玉』、『炎色反応』あるいは『錬金術師』なんて呼ばれてる」
「ふぅん、それは奇遇ですね。
『彩色念力』、朽網釧。
僕も『魔女』だなんて呼ばれてます」