第64話- 此方に。-Over here-
朝焼けや夕焼けはサイコーである。特に雑音のない、見晴らしの良い場所で見る景色は格別。
故に学校の屋上というのは私の心のオアシスだ。
中学時代から放課後によくやってきては、柵に寄りかかり、下校する生徒や色合いを劇的に変化させていく空を眺めてきたのだ。
時折、そこにはづちゃんも加わって他愛もないことを話しながら過ごしたりもした。
その習慣は場所を変えても、高校生になっても変わっていない。
・・・・・・ちなみに、大学受験を控えていても変わってないし、進入禁止の屋上であろうと変わってない。
張り紙と施錠を無視して屋上に上がる不届き者に対抗して、チェーンやどでかい南京錠でロックされるようになってもだ。
断固として私はやめない。何が何でもやり遂げてみせる。
それが私、布衣菜誉のささやかな拘りである。
そういうわけで今日も今日とて、ピッキング道具とペンチを使って中に侵入した私は今、勝利を噛みしめながらブルーシートを敷いた上に寝転がっていた。
水筒のミルクコーヒーに口を付けながら、明日テストのある英単語帳を脇に、今開いているのは大分くたびれた大学ノートだ。見てくれは悪いけれど、これでもそれなりの価値がある情報が詰まっていると自負してる。
その横に新聞を5社分ほど積んで、そこにタブレットケータイを立てかけつつ、テレビ機能でニュースチャンネルを受信中。流れる内容は私に何の関わりもないだろう殺人や出来事だが、"ニュース"であることそのものに意味がある。
『本日、種子島基地から打ち上げられた人工衛星「ロゴス」が無事大気圏を突破し軌道に乗りました。ロゴスは――――』
「これは・・・あったこれだ」
大学ノートのページに同じ単語の並ぶ項目を見つけてオレンジ色で丸をつける。
『中国がISPOに提出したSPS薬供給枠の拡大要求は棄却されました。兼ねてから超能力開発に不可欠なSPS薬の提供量が少ないことに不満のあった中国政府はこの棄却に対して遺憾の意を――――』
これは見当たらない。駄目だったか。
ノートの端に青色で×印とニュースの内容を加える。
そう、このノートは私が浅夢予知で見た未来予知について書き留めている物なのだ。
的中率、重要な事象を逃していないか、どういった未来が見やすく、あるいは見にくいのか。
そういった事柄を分析するのに使っている。
これも一応は大学受験の一環なのだけど、それ以上に扱いにくい自分の能力を生かしてやりたいという気持ちが強くあった。
せっかくの能力だし、結構便利な能力だし。
どこぞの万能ちゃんやどこぞの女装子ちゃんなど、周りにおかしな能力者がいて実感が沸きにくいが、これは普通に考えればかなり有効な能力なはずなのだ。
副委員長だった亜子の残留思念読取ぐらいにはポピュラーで汎用性があると思う。
いや、この際はっきり言おう。
私は受験勉強をしたくないであります。
あーどこかの能力研究所付属の大学か会社が引き抜いてくれないかなぁ!
まぁ、戯れ言もいいとこだけど。
・・・閑話休題。というか現実逃避終了。
さーて、現実を見ますか。明日の英単テストも散々なんだろうっていう現実も、ついでにな。
一通りニュースをチェックし終えて、今度は新聞の記事を見出しだけ確認していると、ケータイが鳴った。
午後5時29分にセットしておいたアラームだ。
ということは――――と、施錠を解除した屋上の扉へと視線を向けたのと同時に、そのドアノブが回った。
おいでなすった。
この予知も的中、と。
ノートに丸をつけてから私は起き上がり、進入禁止のこの場所にやってきたお客を手招きした。
「お久、楚々絽」
「ん、そうかな。そういや全然学校きてなかったっけ?」
「・・・ちょっとは気にした方がいいよ?後何年留年する気なの?」
用意していた紙コップにコーヒーを注いで渡してやると、男子用制服を着こなした残念美少女は礼を言って受け取り、柵に寄りかかった。
全く・・・。ロクに学校にも来ず留年し、校則違反ではないとはいえ、男子制服に身を包むという奇行に走っているというのにこの娘、2歳年上という僅かながら大人の雰囲気を出しているからか、学校にくる度に男子同級生の好意を集めているらしい。
そのモテ度を私にいくらか分けてほしい。マジで。
「いやぁ、結構最近忙しくってね。
姉様についてってるのもあるけど、私自身色々やってるから。
視覚傍受を発展させて、多重視角複合を完成させたのはいいんだけど、今はカメラなんかの映像を傍受しようとして試行錯誤中」
「ふーん、いいなぁそうやって自分で開発の方向性決められて。
私の浅夢予知なんて操作性ないから観察するだけでやっとって感じなのに」
「でもその代わり、予知夢系の施設はいたせりつくせりだって聞くけど?
高級羽布団から低反発ベッドまで、何でも借りれるって」
「まーそうだけどさー。それだって能力開発の試行錯誤なのよ?
どの布団が寝夢見がいいかとか、寝やすいとか。
予知的中率上げるために真剣に考察してるってのに怠け者扱いされるんだから嫌になっちゃう」
「そんなものかねぇ。
私の場合はあんまり学園の施設使えないのが困りものなのだけどね。能力の情報を極力隠しておきたいから。
はぁ・・・、それはそうとまたしばらく学校にこれなくなるんで、何かあったら連絡よろしく」
彼女の飲み干したコップを受け取って、私は溜め息混じりの台詞を口にする。
「あーあ、今年もまた留年かな、これは。言っとくけど、私は来年いないんだからね?
それよりか、今更だし留年はもういいとして・・・・・・服装は直した方がいいと思うなぁ」
現に、今観察しても彼女の制服は酷いもので、シャツはくたびれ、ズボンの足裾が破れ、ネクタイに関しては捻れて紐のようになってしまっている。
「この期に女の子にイメチェンしてみたら?」
「えー?ほら、ちょうど女装してる友がいることだし、服装入れ替えたってことで・・・」
「あっちもあっちでおかしいのよ・・・。
私は両方元に戻った方がいいと思う。
楚々絽もせっかくの一生に一度の17歳を謳歌すべきよ」
「ご忠告どうも。それじゃあ、高校1年生の私は存分に青春を謳歌させてもらうよ。
誉も17歳の青春を存分に受験勉強に捧げてくれ」
「も・う・か・え・れ!」
睨む私を見て彼女はケラケラ笑い始めた。一通り声に出して笑った後、「そうだ」とポケットから小さな紙袋を取り出して投げて寄越してきた。
「お土産」
さっそく開けてみると、中身は小さな鐘の付いたストラップだった。本来は手首を通す、今では形骸化されて単なる飾りになっていて、細長い布地に『Liberty Bell』と書かれている。
「アメリカ行ってたの?」
「あぁ、ペンシルバニア州にな。ソフィP・S記念研究所があるだろ、あそこ」
「自由の鐘かぁ・・・・・・私の自由はどこなんだろうねぇ」
「世間体とか保身とか放り出して後先考えず行動しようとさえできれば、人は何時だって自由になれるもんだよ?」
「それはヤダ」
「わがままな奴め。さて・・・そろそろ行くよ」
「そっか。それじゃあこれ」
お土産のストラップを仕舞い、入れ替わりにハードカバーの本を取り出す。
タイトルは「夢見る人工ニューラルネットワーク」。30年前に書かれたもので、蔵書している図書館がなかなか見つからなかった一品だ。
「前に借りてた本、結構面白かったわ。
色々参考文献もメモれたし図書館で探してみる」
「おーう。じゃあな」
受け取った本で掲げて去っていく彼女の背中を一瞥、扉の閉まる音を聞いてから、私は予知のチェックを再開した。
/
返却された本を脇に挟んだ楚々絽は、学校の敷地を出、神戸とはまた違った学園を後にした。
神戸とはまた違った学園に出入りするようになって、神戸はバランスのよい場所だったのだと彼女は思う。
学校としての機能と研究所としての機能が特別指定学園都市には求められるが、他県の学園都市では必ずしもその2つ両方がバランスを取って存在しているかと言えば、そうでもない。
北海道は学業重視だし、研究所がほとんどを占める所もある。沖縄の要塞都市はまさにその典型と言えるだろう。
学園都市ごとに差別化が計られているというのが、彼女の考えだった。
地下鉄に乗り、人の集まるターミナル駅に着いた彼女は、売店でチューイングガムを購入。その場で包装を破りながら溜め息を吐いた。
(徊視蜘蛛は振り切ったが・・・)
1枚口に放り込んで、目を閉じれば浮かんでくるのは2つの別視点での視界だ。その両方共が自分の姿を捉えている。
(尾行は2人。男と女。
まず男だな。体格差は視線の高さから10cmほど、股下はちょうど膝蹴りの位置。
股に一発、身を屈めたところにもう一発。肋骨を数本折ってダウン。
女の方は化粧室で・・・がベストだがそうも言っていられないか。
こっちは平和的に線路につき落として、上がってくる前に巻いてしまおう)
こういう時、視覚を傍受できる能力というのは便利だと彼女は実感する。相手が自分の姿を見失っているのかどうか、相手の視点で確認できるのだから確実に尾行を巻ける。
しかしまあ、巻けるといって、学園に入る度にあとをつけられるのは勘弁願いたいものだとも思う。
おかげで自然と足が遠のき数度目の高校1年生の春を迎えてしまった。
もういっそのこと中退した方がいいかもしれないとも思うが、少なくても誉がいる内はメリットもあるからそうもいかない。
(まー何にせよ、今は後ろのうっとおしい連中を何とかしようか、ね)
人混みの中、相手が見失ったのを確認して足を止めた彼女は、男が後ろに接近したタイミングで振り向いた。
(まずは――――股っ!)
股蹴りから数十時間後。
アメリカから日本へ渡った後、すぐさま別行動を取った楚々絽とその姉鈴絽は、ここ数年の間に自分達を完全に敵と見なしたらしい学園都市暗部の手をのらりくらりとかわし、再会していた。
場所は群馬からも離れたとある県の、寂れた・・・というより本来住民すらいないアパートの一室で、雨天使用不可というお世辞にも心地よい空間とは言えないが、まぁ隠れ家とはそんなものだと鈴路は思う。
幼い時分に自称正義の味方と行動を共にした記憶を探っても、ヒーローのアジトというのはみすぼらしいものだった。
まぁ、ここを選んだのは、その方が雰囲気が出るという理由もあったのだが、さすがに屋根が破れているのはなんとかするべきかもしれない。
買い物が用事だった彼女は、自らがやたらと買い込んだ戦利品の包装箱を開けながら、少しだけ雨の心配をした。
傍らで楚々絽が誉に会ってきた成果を話しながら、買ってきたコンビニ弁当をつついている。
誉の様子から見て学園で目立った動きはないことや、一応まだ自分が学園都市の学校に在籍できている程度には脅威と見られていないこと、
「で、男の方は沈めて、女の方は落として・・・念のためローカル線使って遠回りしてきたわけ」
そして毎度の尾行のこと。
「いつもながら懲りないよなぁ。いや、学習能力がないのか?」
「んー、発信機仕掛けてたし前よりはレベルアップしてるんじゃないかな。
まぁ、ガムでくるんでくっつけて、明後日の方向に向かわせたわけだけど」
「ESPに電子機器は相性悪いってのによくやるよな。
しっかし、発信機ね。やっぱり狙いは俺かぁ」
「だろうね。彼らに取って私は大した驚異じゃないはずだし。
・・・・・・それで?姉様の方はどうだったの?
見る限り色々手に入れてきたみたいだけど、自作パソコンでも作る気なのかい?」
鈴絽が床に広げていく、電子機器の部品であるのは明らかだが、何の用途に使うのかはイマイチ分からない品々を見てそう訊いた楚々絽に、彼女は「似たようなもん」と答えた。
「『機械なんて殴れば止まる』とか言ってた姉様が?」
「破壊活動だけじゃ限界があるからな。
次の目的はクラッキングだ。万可のメインシステムにあると思うんだが、欲しい情報がある」
「情報?」
「今日衛生打ち上がったろ。アレに学園が関わってる。
葉月が消えて以来、学園は監視システムの充溢に血眼になってた。
ロゴスにその完成品が載ってるとしたら無視できない」
「なるほど、どこまでの性能か知らないとオチオチ破壊活動もできないと。
でも、それならプロに頼めばいいだろうに」
「何事も自分でやらなきゃ面白くないだろ。
それに万可は内部に入らないとクラッキングは難しいんだ」
「何だ、結局殴り合いじゃないか」
そう指摘されて鈴絽は肩をすくめた。
「問題は俺ら2人じゃキツいってことだが――――」
「いや、それなら当てがある。万可ならどこの学園都市でもいいんだろう?」
割り箸で折りたたみテーブルの上に乗った分厚いハードカバー本を指す楚々絽。
それを取った鈴絽はパラパラとページをめくり、半分ほどいったところで手を止めた。
「・・・・・・っ!さっすが誉ちゃん!愛してる!」
「これで人数の問題は解決。ついでに決行日も決まり・・・と」
「だな。けどせっかくだ、もう1人ぐらい場を賑わせてくれる奴が欲しいよな」
にぃっといたずらを思いついた悪餓鬼の笑みを作り、彼女は栞代わりに本に挟んであった紙を取り出した。
/
長く青や藍で染められた空が短期間に色を変えていく様は、いつ見ても私の心を虜にする。
中学生の頃から相も変わらず、早朝と夕方、雲が覆っていない限り一日に2回も繰り返す頻出イベントを眺めるという習慣を私は続けている。
わざわざ屋上にあがるのは、人の多い場所では物思いに耽ることができないからだけれど、逆に1人きりというのも少々寂しくもあるのは・・・・・・きっと、中学での1年間ははづちゃんとよく一緒だったからだろう。
答えを求めない、取り留めのないような戯言を言い合いながら、私達は赤く青く染まっていく空を見送っていた。
「"自然"の反対?"人工"でしょ」
それに人工物は結局"人"という自然物の産み出したモノでしかないと彼女は言った。
生まれたばかりの地球には酸素がなかったという。その時代、酸化されることが生命にとって脅威だった。そんな中、酸素発生型の光合成を行う生物が現れ、爆発的に増えた結果、地球に酸素が満ちたのだと言われている。このことをよくよく考えてみれば、酸素が大気や海中に満ちるということは、当時では環境汚染に等しかったはずだ。
けれど今、こうして私たちはその大変化した環境を基盤に生きている。人類が汚染した環境に適応した生態系は必ず出てくるだろう。
となれば、"人工物"という言葉はやはり"自然"の対義語にはなり得ないのかもしれない。
しかしながら、あれから時を経て、私の考えは少し変わってきている。
人を自然と切り分ける1つの手がかりらしきモノを私は発見したかもしれないからだ。
とは大仰に言っても、これは予知能力者なら誰もが感じていることだけれど、人為的介入がない、あるいは少ない自然的現象は予知しやすいのだ。
予知には基本的に演算予知と予知夢といった2つの分類がある。
1つ目は通常よりもこの世界からの情報を多く読み取る|観察眼「ESP」に起因し、その情報を演算処理することで生まれる予知。
2つ目は休眠中の脳作用による予知。
1つ目は任意的に予知する対象を選べるが、高精度を求めると演算の結果が出る前に予知したい未来の方がやってきてしまうというデメリットがあり、殊、人の意識が深く関わってくる未来に関しては精度が落ちる。
2つ目は対象も能力の発動ですらも融通が利かない代わりに、テロ事件といった人為的活動に関しても予知できることがある。
この2つの差がどこからくるのかはイマイチ分かっていないものの、結局のところ予知は人の関わってくる現象に弱い。
自然現象が物理法則に従って進行していくことを考えれば、その演算が可能なのは当然と言える。
けれど、それを言ったら心理学というモノがあるのだから、人の行動もかなり正確に予測できないとおかしい。
いや、実際私が織神葉月のバイオハザードを予知できたのも、美樹の能力複製と同様に彼女との接触が多かったからだろう。
よく知っている人間の未来に関しては予知できるというのは、私のような予知夢系だけではなく演算予知系でも確認されている。
人間の心理・行動パターンをインプットすることで精度が上がることは実証済み。だが、その向上分を含めても今日予知能力は実用的ではないという不名誉な烙印を押されている。
・・・・・・要は、他に人為的行動と自然現象を隔てるファクターが存在しているはずなのだ。
その要因が何かは分からない。
でも、もしその真実に至る者があるとすれば、それは私ではないんだろう。そんな予感がするのだ。
『命の価値は思い入れから生まれる』と言ったはづちゃんはあの頃、ぬいぐるみを抱き続ける少女のような童心で命を語り、生物と無生物の境界線は曖昧だと口にした。
生命という大きな枠組みですらそんなものだ。人とそれ以外を隔てる境界なんて、さらにあやふやに違いない。
将来の夢や目標や願望を訪ねた時、彼女は自分はもう死んでいるような者だと暗喩した。
生きているようで前進できるだけの気力もなく、今死んでも未練はないと言った彼女。
命を絶つほどの理由がないから生きているだけ。
生き続けているから、ただ巻き続けているだけ。
列車の終点で1人ぽつんと待っている、そんな連想。
あの日、私は彼女を哀しい人だと思った
だから、活きている彼女をみたいと思った。
あれから月日は過ぎ、多くの出来事が彼女の周りを通り過ぎていき――――現在。
彼女の心の在り様も変わっていることだろう。
その心で、あの時の問いに対する回答をもう一度訊いてみたい。
答えを得るとすれば彼女であろう、人と世界の間にある真実もを含めて、今はどう思っているのか訊いてみたいと思うのだ。
どうせ私には力不足。身の程は知っている。『布衣』とはまさに庶民の意。名前の通り私は普通の人間だ。
これから起こるだろう出来事を予感しながらも、できることは多くない。
けれどまぁ、それならそれで私なりの方法でやらせてもらおうじゃないの。
すでに打てる手は打ったことだし、100%の精度とは言えないまでも、予知能力者としての誇りを以って宣言しよう。
――――私の出番はもう終わり。
だけどせめて、その代わりに引き金は私が引かせてもらう。
開かれたノート、書かれた予知。
オレンジ青の夕焼けの如く色合いをした文字列の中に、楚々絽に渡した紙と同じ未来が書かれている。
『4/22 17:04 朽網釧 青森万可襲撃』
プロローグ2。
物語が動き出すのは次話からになります、すみません。