第63話- 後日白昼。-Recovery-
知ってた?『エキ日々。』の主人公って僕っ娘キャラ交代制なんだぜ?
長い間住み慣れているとはいえ、いや住み続けているからこそ、その場所の変化というものはよく目につく。
かつては学園都市駅から繁華街の手前まで広がっていた、超能力研究所の多くは取り壊され、母体が別の学園にある施設も再建することなく閉鎖することになって、神戸学園都市は急激に寂れていった。
万可統一機構を含め、幾らかの研究施設は残されたものの、教育施設という一面を確かに持ちながらも、技術革新を求められる超能力産業としては、神戸の学園は役割を果たせる状態とは言い難い。
規模縮小を避けることはできず、多くの学園が手を引く中、祠堂学園もその内の1つだった。
幸い、学園都市は他にもあり、学園も他の土地にも存在する。今後も超能力に関わっていこうという生徒は学園から離れることはできないが故に・・・、中学1年生の、あまりにも特異だったと今なら思える、かつてのクラスメート達はバラバラになった。
唯一、神戸に残ることになった僕もまた、あの頃とは随分立場が変わり、神戸に残りはしたものの、中卒後は学業を続けることなく、学園都市に行くこともほとんどないままだ。
焼け野原と化した土地には、研究施設の代わりに研究資料を纏めたデータベース施設や記念資料館などが立てられ、観光客を呼んでいる。それを再興と言っていいのかは判断しかねるが、結局学園都市は学園都市、超能力と切っても切れないものなのだろう。
♯
仕事を終え、地元に帰ってきた僕は、空港からモノレールで人工島を出て、繁華街に足を運んだ。
この辺も一時は壊滅的被害を受けていたけれど、今ではその傷跡は見当たらない。
完全復興まで20年。マスコミが当時騒ぎ立てていたそんなフレーズはなんだったのか。
ターミナル駅の二階から、そのまま連絡橋を渡って隣の建物へと移動する途中、他のビルに張り出された大きな壁広告に顔をしかめた。
サングラス、かけていて正解だったな。
燦々と陽の注ぐ空を見上げてみる。
いい天気だ。約束の場所はカフェテラスだったはずだから、この天候は嬉しい。
考えてみれば、しばらく直接顔を合わせてはいないあいつの顔を思い浮かべ、2年ほどの間にどれほど変わったのか想像してみる。
前に会ったのは、確か葉月のバイト先でもあった楽気苑の先輩が結婚した時だったか。
そう言えば、あの店にもここのところ行っていない。
近い内に蕎麦を食べに行こう、そんなことを考えて建物へと入っていった。
ビルディングの45階、『Roman』。
その階よりも上はフロアの面積が狭まるために、高層建築物の中間層でありながら、さながら屋上のように開放的になっている空間を、うまく利用して売りにした人気の高いカフェテリアだ。
別段緑化計画の一環というわけでもないのだろうけれど、人工芝が敷かれた敷地は、ビルの建ち並ぶ人工物だらけの土地ということもあって、瑞々しさが際だつ。
本格的な珈琲の一杯でも頼んでゆっくりと味わいながら、時折当たりを歩いてみるというのがここの楽しみ方なのだろう。
その上品さに負けず劣らず、一杯でもいい値のするカフェだが、まぁ、時にはこういうのも悪くはない。
結構なハードスケジュールで日々過ごしている身としては、今日の待ち合わせは羽を伸ばせる絶好の機会だった。
あいつがこんな洒落た場所を待ち合わせ場所に指定したのが意外であると言えば意外だけれど。
・・・海外生活でセンスが洗練されたのだろうか。
約束の時間まで数分となり、長ったらしくて名前を覚えられないような・・・・・・とりあえず本格的であることだけは伝わってくる珈琲をチビチビと口に含んでいたところで、「よっ」と呼び声がかかった。
いじっていたケータイの液晶から顔を上げ、二次成長を迎えて太く頼もしく変化した声の主を視認する。
「久しぶり、隆」
渡米して、爆破屋を始めた彼は、伸びた背を似合わない薄茶のスーツに包んでいた。
変わらない金の短髪に懐かしさを覚えるが、似非不良はもはや完全に社会人へとクラスチェンジしたと見える。
「あぁ、先輩の結婚式以来だな、直接顔を会わせるのは」
対面に座る彼に、自分のところに寄せていたメニューを渡す。彼がオーダーを終えるのを待ってから、改めて僕たちは対面した。
「婚約おめでとう」
まず、言っておかないといけないだろうことを口にする。
「美月さんはどう?元気にしてる?
妊娠3ヶ月ぐらいだろ、つわりのピークだ」
「まぁ、母体は安定してる。大変だったのは俺の方だ。
この歳で子供作ってから、両親に報告だぞ?
向こうの両親の時が修羅場過ぎた」
「そりゃそうだ。歳はともかく、まず婚約しておけばまだマシだったろうに。避妊してなかったのか?」
思春期としても落ち着いているこの年頃、今更性行為の話題に羞恥を感じることもないだろうと、聞いてみたのだが、向こうの反応は何故かぎこちないものだった。
「いや・・・その、だな・・・・・・」
「うん?」
「いつの間にかゴムに穴が開いてて・・・」
「・・・・・・・・・・・・やるなぁ美月さん」
そっちからだったか。あの人、押す時は押すからな。加えて、やたら運がいいし。
「いや、誉められたことじゃねぇからな。
会社のことで甲斐性がアピールできたから何とか認めてもらえたが、もうちょっと考えて行動してくれねぇとマジで困る」
「まぁ、よかったじゃんか。会社も順調なんだろ?」
「順調なんだろ?って・・・おい親会社の社長様よ、その辺はちゃんとチェックしとけや」
「忙しいんだよこっちは・・・・・・」
『お前のせいで』という意味を言外に込めて言ってやると、隆はにやっと笑い、親指で自分の背後の方角を指した。
「あぁ、そう言えば、ここにくる間にでっかい広告あったな。化粧品のCMの。
良かったじゃねぇか、そっちも好調で」
「良かないよ、どっかの誰かさんが人のプロフィールをタレント事務所にぶち込んでくれたおかげで、破壊工作に勤しむ時間がないんだから」
「うん、良かったな。そのまま目指せ女装タレントの星」
「あのさぁ、別に好きで女装してるわけじゃないんだよ、僕は」
「葉月がいなくなった後、いきなり聡一に「女装の仕方教えてくれ!」なんて口走った時には、あぁ・・・ぶっ壊れたかって思ったけどな」
「失礼だな。単に男より女の方が衣装の幅が増える分、変装しやすいと思ったんだ」
「正体隠さないとまずいことやろうって時点でぶっ飛んでんのには変わりねぇよ・・・。
まぁ、お前の近況はテレビで確認できるからいいとしてだ、他の連中は?
定期的に帰ってきてるとはいえ、知らない奴が結構いるんだけどよ」
「んー、僕も別に全員知ってるわけじゃないんだが、そうだな・・・・・・委員長のことは知ってる?」
「椎か?聞いてないな。何だ、腹黒さに磨きがかかってるとか?」
「うんまぁそんなところ。兄と揉めに揉めて会社が二分、兄妹で商業戦争してる」
「うげっ、こえぇ話だな」
「で、うちの会社としては委員長側として参戦中」
「お前も大概じゃねぇか・・・ってか、それ間接的に俺の会社もってことだよな」
「まぁそうなるね。今やってるCMもその一環。兄と違って委員長は手広くやってるからなぁ。
あぁ、それと副委員長は能力生かして警察の科捜研に所属してる」
「残留思念読取だもんな。能力を生かした進路か」
「敵にクラスメートがいるっていうのは複雑な気分だけどね。優秀なのが困り物」
「敵言うな。行政機関だろうが。
誉は?あいつの予知夢も職に生かせそうだろ」
「ポエミー誉?大して面白味もなく学生だったと思うけど?」
「いや、普通は学生でいいんだよ。お前とか傑物委員長らがおかしいんだ。
その他の連中も学生か?」
「そうかな。あ、でも楚々絽は鈴絽さんについてよくどっか行ってるらしくって、留年しまくってまだ高1とか言ってたな」
「何考えてんだあいつは・・・」
「後は・・・・・・あ、これはあんまり吹聴して回ることじゃないんだけど、最近九鈴が男子にフられた」
「マジ?何だ青春してんなぁ」
「隆には言われたくないだろうな・・・。
それでさ、そのフり文句が酷くって、『傷だらけな女の子は無理』だと」
「あー、あいつ、他傷にばっか目が行きがちだけど、自分でも結構怪我するもんな」
「で、その男は現在入院中」
「香魚子が切れたのか?」
「いや、それを聞いた在りし日の級友ら13人が照らし合わせもしてないのに殴りに行った結果」
「・・・お前等ホント素敵なクラスメイトだよな。
・・・・・・・・・・・・ん?待った13人?クラスは15で葉月と俺、張本人の九鈴除いたら12だろ」
「ああ、プラスαは楚々絽についてきた鈴絽さんだ。ちなみに入院の決め手も彼女な」
「何やってんだあの人は・・・。で、そいつどこに入院してんの?」
「何で?」
「俺はまだ殴ってないからな」
「隆も大概いいクラスメイトだよなー」
「あーでも、何だ。恋愛だとか、そういう話聞くと時間の経過を実感するよな。
恋愛って言えばあいつらは?絵梨と真幸」
「さぁ?何も聞いてないし、正直どうでもいい話だし」
「絵梨には冷たいなお前・・・」
「散々からかわれたもん。あいつの恋愛事なんて知らないね。
ま、何にせよ、だいたいの連中はそんな感じかな。
問題なのはとりあえず1人だけ」
間を挟むためにカップを取った僕に合わせて、隆も来ていたカップに口をつけてそれを置くと、向こうから切り出してきた。
「電話じゃ美樹が、って話だったが・・・」
僕は頷いた。
「青森万可に拉致された」
「そりゃあ・・・・・・何というか面倒事だよな」
「かなり低レベルのものとはいえ、形骸変容を発現。
難しいと言われている原始素能による第二等級能力の複製。
全く、格好の被験体だよ。神戸なら何とかなったんだけど、さすがに青森となるとね」
「皆違う学園に散らばっちまったのが仇になった形か。東北やら向こうの研究所としては、質のいい素体がやってきたようなものだしな」
「本人曰く『みょみょみょ〜んが利いたぜ』だって・・・」
「何だそれ?」
「さぁ?
とにかくだ。そっちを何とかしなきゃいけないわけなんだけど、救出後が問題でね」
「だから俺の出番か?アメリカに逃がすと」
「いや、米国を経由してウェールズに送ってやってくれ。本人の希望なんだ。ほとぼりが冷めるまで観光したいんだとさ」
「あいつ、へにゃっとしてる割に神経太いよな。
分かった。こっちの会社でしばらく預かってから送る」
珈琲を飲み干して、隆は席を立った。
「学園に行こうぜ。あれからどう変わったのか見てみたい」
♯
学園都市駅から徒歩10ほどで、目的地であるまだ新しい煉瓦作りの建物は見えてくる。
記念公園。
正式名称はもう少し長ったらしいのだが、存在を知っている人にはそう呼ばれるのが常な、例の12月・1月大災害の記念碑公園だ。
公園の至る所によく分からない芸術家の作品が飾ってあり、中央には2つの火をあれらの日以来絶えず燃やし続けている装置と記念碑がある。
僕自身、そう何度も足を運んだ場所でもないのでそれぐらしか知らないのだが、敷地内の半分を占める森林と人工的に作られた川や池などのビオトープは地元民には人気らしい。
それらを一望できるのが、赤煉瓦で建てられた展望台で、長い階段を上った先には開けた場所が現れる。
見た目こそ小ぎれいな建物だが、煉瓦を敷いた地面の隙間から雑草が茂って、月日を感じさせた。
「こんなところ、出来てたんだな」
「災害から半年もかからなかったんじゃないかな。
ほら、体育祭で校舎が丸々なくなったりしてたろ?建築技術に関しても学園都市は変に発達してたから」
茶色い塗装のされた鉄製のフェンスに寄りかかり、2人してそこからの景色をしばらくぼうっと眺める。
記念樹なのか、名前のかかれた板のかかった桜の木がいくつも生えている。この季節、咲いてもおかしくはないはずだけれど、育っていないのか花はよく確認できない。
人工的に水を汲み上げて作り上げられた浅く広い池には子供の姿があった。虫取り網を持って、掬う動作を繰り返しては、時々ほとりで母親が持っている容器に捕まえた何かしらを入れていく。
草原が坂になっているのを利用して、段ボールで滑ろうとしている子らもいるが、あれはかなり勾配のきつい坂でないと成功しない。案の定、途中で止まってしまい、無理に進ませようとして転んでいた。
視線を遠くから近くへと移動させてみると、手を置いていたフェンスには傷をつけて文字が書かれている。
遠足などでやってきた学生の仕業だろう。
相合い傘の中に2つの名前。それをからかう文。記念のつもりなのか日付の入ったモノ。たくさんの言葉が所狭しと書き綴られていた。
「もう4年か・・・」
「あの頃中学1、2年生だった奴が今は大学受験を控えてる」
「僕らには関係ないけどな。
小学一年生は高学年、赤ん坊は4歳。
年を重ねる毎に大災害を知らない世代や、経験していない世代が増えてくる。
今でだって、あの時の面影はほとんど残ってない。災害を伝える記念碑があろうと、子供にとってここは遊び場という印象が強い」
「20年経てば、本当に当時の様子を知らない人間が大人になる。
いや、10年でも薄れていくんだろうな。
戦争のあった時代のことを俺らが知らないように、それはある意味幸せでもあるのかもしれないが・・・・・・例え当時のことを伝えようとする人々がいたとしても、経験者が絶えてしまえば、記憶は記録になる。
実感として得られない情報は、人の心に残りにくい・・・・・・」
「戦争も災害も、その辛さが繰り返されないことを望まれるが、実際平穏が続くほど危機感が薄れていく。
悲しみを知らずに一生を過ごすことは幸せだが、そうであればあるほど人は悲劇を忘れて過ちを繰り返す。
皮肉な話だ、4年前のことだって結局は約35年前の焼き増しなんだから。
こうして記念公園が建てられようと、いずれ人は忘却していく」
「人は忘れるから生きていけるって言うだろ。
まさにその通りだ。忘れるのも悪くはないさ。
子供だった時分のことを大人になって忘れても、彼たる人格を構成するのは過去の自分でしかない。忘れようと亡くしてしまうわけじゃねぇ。
見ろよ、フェンスの落書き。公園の趣旨なんてまるで無視した内容だが、それでも人がここに足を運んでるんだ。
ここが完全に子供の遊び場と化したとしても悪くはないさ」
「カッコつけてるとこ悪いけどさ、『リサchan愛してるよ 胸はないけど』って書いてあるぞ、ここ」
「・・・・・・。ま、そんなもんだって。
でもこっちはまだそれっぽいぞ。『がんばれYO!幸せになるのだ』だとよ」
「『私はなおきKunが大好きです 遠くても会いに行くもん』
・・・・・・恋愛系多いなぁ」
「まぁ、そりゃそうだろうが・・・おっ、お前みたいな奴がいるぞ」
「え?」
視線を移動させて隆の指さした所を見ると、そこにはこう書かれていた。
ホントは雪ちゃんが初恋なのに・・・
嬉しくて嬉しくて涙が溢れたのに
どうして今あなたは側にいてくれないの?
あなたために生きたい
もう一度あの頃に戻りたい
今でもずっと愛してる
「・・・・・・・・・・・・美月さんの尻に敷かれて死にやがれ」
「いや亭主かん――――」
「隆には無理」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「はぁ・・・、ま、恋愛についてはおいおい何とかするとして、その前に僕はアクション映画の撮影で青森だ」
「そりゃ、おめでとう。後でスケジュールちゃんと教えろよ。
ちなみにその映画のタイトルは?」
「『破砕☆粉砕☆こっぱみじん☆虹色魔女装子くしろんと不思議な学園』なんてどう?」
「子供向けアニメ映画のタイトルだろ、それ」
「いいじゃん、それで。
適度にピンチでご都合主義で、悪役滅んでハッピーエンド。
あの頃とは違うんだ。いつまでもやられっぱなしでいるつもりはないね」
そう、あの頃とは違う。
――――あれから4年の月日が経った。
それは確かに長い月日ではないけれど、決して短い月日でもない。
何も知らなかったあの日々、僕は周囲の悪意を退ける力もなく、ただもがくだけが精一杯だった。
けれど、湿っぽい話はもうおしまい。
ここからはこちらの番。
「さぁて、反撃開始といきますか!」